1週間後、いつものように梟が大広間に郵便を運んできた。朝食の茹でトウモロコシを齧りながらアリスも両親からの手紙と小包を開く。グリフィンドール寮で楽しくやれているか……庭に何故かラッパ水仙が咲いて余分に賑やかだ……クリスマス帰省はまだか……父と母からの手紙にザッと目を通した。さぁどこから返事を書こうかな、ホグワーツに来てしょっちゅう届く手紙にアリスはせっせとペンを取っている。
小包の中身はいつの日か頼んでいた、ベーコンとじゃがいものパイだ。
アリスは好物に目が釘付けになったが、大広間中の視線と関心はハリー・ポッターの大きく細長い荷物が奪った。ハリーとロンはその大きな荷物を抱えて大広間を飛び出す。あの笑顔を見るにかなりいいものみたい。
「あっ……そうだ、ライアンも一切れどうぞ」
食べやすいように予め切れ込みまで入ってるパイをひとつ、彼の皿の上に盛った。
「ママの手作りだよ。美味しいんだ」
「アリスの……お母さんの?」
ライアンはしげしげとそれを眺めた。何の変哲もない普通のパイだ。
「そうだよ? あっ味付けはチーズなの。私とお兄ちゃんが好きでママに沢山入れてもらうようにお願いしてて」
「……いただきます」
一口に切り分けたパイを咀嚼するライアンは横から凝視されて若干気まずそうだが、飲み込んで 「美味い」 と呟いてもう一口運んだ。
「でしょう! ママに言っておこう! 手紙に書いていい?」
「うん、本当に」
「ママ喜ぶよ。特に家族以外から褒められるとね。次のふくろう便では気合い入っちゃうかも。ライアン好きな食べ物って何?私は苦い野菜以外なんでも」
「好きな食べ物……」
ちょっとしたお喋りの話題のつもりだったのだが、ライアンは深く長考した。
「……まぁ思いついたら教えて!」 アリスは軽い調子で言葉を続け、パイを頬張る。
アリスは空いた時間さえあればスケッチをしに校内を練り歩いた。あちこちと関心が散るくらい不可思議に溢れているので迷子になったりちょっとしたトラブルが付き物だ。
「立派な甲冑だ」
今も、廊下端にある大きな斧を携えた甲冑にそろりと近づき、つま先立ちして鉛筆で頭を無遠慮に小突いた。するとそういった仕組みなのか、はたまたアタマにきたのか、突如として動き出した甲冑はアリスのローブのフードを掴みそのままぐぅんと持ち上げた。
「あーっ! あーっ!」
宙ぶらりんになったアリスは小脇に抱えたスケッチブックや鉛筆を落としながら、懸命に足でジタバタ宙をかいた。抵抗する意思はあるため懐から杖を取り出したが、甲冑にどんな呪文を唱えればいいか分からないため、カチンカチンと甲冑を杖で叩くことしか出来なかった。
「おい、見ろよジョージ。あれは一体なんだってんだ」
「思うに、同寮の後輩がお困りみたいだ」
全く同じ声音が背後から近づき、アリスを見上げた。顔も全く同じだった。談話室や大広間で見たことある。ウィーズリー家の双子だ。
「素敵な午後をお過ごしかな、お嬢さん」
「小鳥が飛んでいるのかと思ったさ」
「いやアヒルが水面下で足を動かしてるのに近いな」
「言えてる」
軽快な双子のやり取りにアリスは杖で甲冑を叩きながら、 「良かったら助けて」 とお願いした。
「何だ? 呪文を見せてくれるのか?」
「うぅん、私どうやったらこの甲冑を大人しくさせるか分からないの。ねぇ、呪文で助けて!」
「だってさ! フレッド」
「君、杖を槍にしてる?たまげたね」
ケタケタ笑う双子にアリスはいい加減しびれを切らした。
「お願い助けて! 1人じゃ甲冑にかなわないの」
懸命に杖で物理的に甲冑を攻撃するアリスがツボに入ったのか、ひとしきり笑った双子は呼吸を落ち着かせて言う。
「もう君は時期に自由になるさ。ホラ 3─2─1」
カウント通りに甲冑の掴んだ手は緩み、アリスはどちゃ!っと地面に落ちてひっくり返った。双子はそれを指さしてまた笑った。
「カウントピッタリだな。最高だ」
「お嬢さん、これは暫くしたら元のポーズに戻るようになってるんだ。次捕まっても安心だな」
アリスはお尻を擦りながら双子を睨みつけた。
「助けてくれなかった理由が分かった。呪文を知らないんだ」
「何を仰いますか」
片割れが恭しく、地面に転がってるアリスに手を差し伸べる。
「あの甲冑はマクゴナガルの管轄で、終了呪文は効かないんだ」
「それに我々は素敵な呪文なら、意欲的に学びにいってるくらいだ」
「そうそう、見せてやる」
「来いよ」 とアリスの手を掴み引き上げると、曲がり角の先にいるスリザリン生たちを指さし、身を潜めながら杖を取り出す。
「ダックリフォース!」
双子の魔法が直撃したスリザリン生はなんとアヒルに変身した。キャアとスリザリン生の女子生徒は叫び、アヒルになったスリザリン生もギャアと鳴いた。
「上手くいったな」
「あの人アヒルのまんま? 違うよね?」
「安心しろよ、すぐ戻る」
双子の言うとおりスリザリンはすぐに元に戻った。 「誰だ! こんなくだらない呪い仕掛けやがって!」 怒声はアヒルと遜色ないものだった。そのまま腕を引かれて、“おべんちゃらのグレゴリー像”まで連れてかれる。
「ここの裏は抜け道になってるんだ。ホラ逃げろ」
アリスは躊躇なく像の裏に飛びこむ。そのお陰でスリザリン生を撒けたみたいだった。
「ホグワーツってこういう抜け道が他にもあるの?」
「そうさ。俺らはフィルチでさえ知らない抜け道を探し出してる」
「なぁ、さっきの抜け道はどうだった?」
「面白かった」
アリスの返事に双子は満足そうに笑った。
「ダックリフォースは4年の変身学で習うんだ。こんな悪戯向けな呪文、先行して学ぶしかないよな」
「どうだった?」
「凄いと思った」
正直なアリスに双子は目を見合わせる。
「素直で可愛いじゃないか」
「もっと悪戯見たいか?」
絆されかけたアリスはハッとして、背中を向けた。まだ心の中では甲冑での失態をからかわれた事が尾を引いていた。双子の片割れがそんなアリスの肩を抱き寄せた。
「俺はフレッド。そっちは双子のジョージ。なぁ、俺らは君が困ってたのが面白くて笑ってただけじゃあないさ」
「だって“俺らの悪戯によるもの”じゃないと真に楽しいとは言えないからな」
「それに、君の戦う術が無くとも立ち向かうグリフィンドール生らしい気概は気に入った」
「そうとも。なかなか肝が座ってそうだ」
“グリフィンドールらしい”
初めて言われた。素直に嬉しくてアリスは笑顔を浮かべ返す。
「分かってくれたみたいだな」
「お嬢さん、お名前は?」
「アリス」
「アリス、悪戯が気に入ったならもっと教えてやるよ」
「うん」
年下なのに仲間のように接してくれたフレッドとジョージは、普段年上からは幼い子としてしか扱われないアリスにとって新鮮で嬉しかった。
ここ数週間、魔法薬学もペアのライアンに助けられながらなんとかこなしてきた。彼はグリフィンドールではハーマイオニーの次に勉強が得意のようだった。丁寧で的確なフローを踏む性格と、彼自身の興味が魔法薬学と薬草学で特に発揮されている。知識量についてハーマイオニーの右に出るものはいないが、彼からは勉強へのアプローチ方法……物事の捉え方については自分が足りていないと気付かされることが多かったのでアリスは沢山学ぶことがあった。
自分と同い年の子達がこんなに尊敬出来る点を持ってるなんてアリスは凄いと純粋に思う。先述のハーマイオニーとライアン然り、ロンは小気味よく口が回わって面白い。ハリーは場の空気を読むのが上手く、ラベンダーはトレンドに敏感で、人にピッタリ合うものを勧めてくれる。パーバティは今すべきことを理解していて先見と判断力がある。
アリスは友達の良い所を見つけるのが好きだ。ポジティブなエネルギーを貰える気がする。そんな小さな喜びを見つけるみたいな日々に突如 、「花畑に住んでるディゴリー 」 と指さされた時には横っ面をひっぱたかれるような衝撃だった。これは全くいい意味ではない。脳みそに花が咲いているお気楽者の馬鹿という意味だそうだ。
魔法薬学の教科書と鍋を小脇に帰る身支度をしていたアリスは、自分への侮蔑にピタリとフリーズした。スリザリン生がニヤニヤ嘲笑いながらアリスを指差した。
「菓子作りしにきたなら家に帰ったらどうだ」
「魔法薬学を学ぶには脳ミソがまだ発達しきってないんじゃないの?」
「え!?」
アリスは冷水を浴びせられたようだった。悪口を言われるのは初めてで半ば放心状態だった。しかも一人は入学式にコンパートメントで話したこともある、角ナメクジを茹でるのが上手いマルフォイだった……。一度はお喋りをした仲なのに二重でショックだ。
いきなりアリスが大きな声をあげるのでスリザリン生はギョッとしたが、見るからにとてもショックを受けているアリスに満足したようで嬉々として中傷を続けた。
「どうした? 口も聞けなくなったのか」
「間抜け面やめてよね。笑わせな……」
パグのような顔をしたショートカットの女子は、アリスの背後からの突き刺すような視線に気づき言葉尻を濁した。鉄壁すら射通すような鋭く睨むライアンに、マルフォイと女子生徒は萎縮する。
彼の様子にアリスは驚いた。普段の誤解される仕草ではない。明確に怒りをあらわにしている。
「な……なによ……ドラコ、クラッブとゴイルは?」
「……先に夕食中だ……フン、たかがマグルか半純血出身が……随分横柄な態度が出来るもんだ」
ライアンは学年で指折りの体格の良さだった。マルフォイは女子のアリスと比較しても華奢だったため──この場合、アリスの体躯が良いのもあるが──分が悪いと踵を返して女子生徒を連れて去っていった。呆気に取られていると背後から 「ねぇアリス」 と声をかけられる。
「ハーマイオニー?」
教壇近くでこのやり取りを見ていたのかもしれない。ハーマイオニーはツカツカこちらに近づき、アリスの手を掴んだ。そしてライアンを眉をひそめて一瞥した。
「ちょっとこっちに来て」
「どうしたの?」
腕を引かれてアリスは背後のライアンに 「先帰ってて」 と声をかける。魔法薬学の教室を出て、廊下の隅まで行くとハーマイオニーは声を潜めた。
「ボードマンと友達なの?」
その様子が彼女にしては珍しくてアリスも釣られて小さく返事した。
「そうだよ。最近仲良くなったの」
不思議そうなアリスに、ハーマイオニーは言おうか言うまいか悩んでいるようだったが結局口を開いた。
「彼っていい噂聞かないわ。大丈夫なの?」
「大丈夫って?」
ハーマイオニーは早口で続けた。
「いつも彼は機嫌が良いようには見えない。喧嘩早い人とは付き合い方を慎重に考えていくべきだと思うの」
アリスはハーマイオニーの意図に気づいた。
「ライアンは皆のイメージと違って凄く良い人だよ」
「さっきもマルフォイたちと一触即発って感じだったわ」
「あれって私の為に怒ってくれたの。分からない?」
「……分からないわよ」
一言そう呟き、ハーマイオニーは唇を噛みしめ、地下牢の階段を駆け上がっていった。少しの間、立ち尽くしているとライアンが教室からでてきた。
「俺らも飯食いに行こう」
「うん」
今の会話って聞こえてたかな、気になったけど聞けなかった。
アリスは、ハーマイオニーが自分のことが心配であの話を持ち出してくれたのだと理解していた。そして彼のことを知ってもらうが為に、安易に二人を引き合せるのは妙手でないとも理解していたのでどうするべきか思い悩んだ。