先日の友人二人の関係についてモヤモヤを引きずったまま朝を迎えた。ハーマイオニーのベッドを覗いたが、既に身支度を終えていた……。でもこんな気分は勿体ない、今日はハロウィンだからだ。
朝の準備時間もルームメイトとはハロウィンの話で持ち切りで、 「ホグワーツのハロウィンってやっぱり家のとは規模が違うのかしら」 「お菓子を貰いに行くことは期待できないかもね。でも食卓にきっとパンプキンパイが出るはずよ。シェーマスがわざわざ早起きして大広間の甘い匂いを嗅いできたんですって」 と、イベントに胸を踊らせた。
急いで朝食を取りに大広間へ向かうと焼き菓子のいい香りが女の子たちを包み込んだ。
「なんだ、いい匂いするけど普段とあまり変わらないメニューだね」
「きっとディナーにお菓子がいっぱい並ぶのよ」
さぁ席に着こうとグリフィンドールのテーブルへ向かおうとする肩をトントン、と背後から叩かれる。
「アリス、おはよう」
「あっ……お兄ちゃん」
人の多い大広間で話すのは珍しかった。ラベンダーとパーバティは興味深そうに二人を眺める。
「トリック・オア・トリート」
「お菓子なんか持ってるわけない」
「じゃあ悪戯だ」
セドリックは不服そうなアリスの柔い頬を優しく1回突っつく。アリスは暴れたくなった。友達にこんな幼い子のような扱いを受けてる自分を見られたくない!
文句を言おうと口を開いたが、 「僕からはキャンディー」 と眼前に差し出されたキャンディーの詰め合わせに大きい目を瞬かせる。
「君たちもどうかな」
「きゃ! いいのかしら」
「ありがとう……ホグワーツでは見ないキャンディーだわ」
「週末、ホグズミードで買ったものなんだ」
ラベンダーとパーバティは頬を赤らめて喜色を浮かべてお礼を言った。アリスは文句を言おうとした手前だったので言い淀んだ。セドリックはいつもこうで、アリスが文句垂れる状況を上手に流す。それを意図せず行うので尚更、アリスは一人勝手にもやもやするしかなかった。
「昔ハロウィンは父さんがピニャータを用意してくれたよね。アップルボビングでアリスに勝てたこと無かったな」
懐かしそうに微笑むセドリックにアリスはうーんと曖昧そうに取り繕った相槌をした。
……お兄ちゃん、そんな昔のこと覚えてたんだ……。
「キャンディーは授業中に食べちゃダメだからね」
「!」
オマケにアリスはそんな素振り見せていないのに、ズバリ心中を予見してきたので怖いくらいだ。ここは素直に頷くと 「夜は美味しいお菓子がもっと食べられるよ」 と微笑んで、ハッフルパフのテーブルへ戻っていった。
「アリスってあんなに素敵なお兄さんがいたのね」
「本当! ハンサムで優しくて羨ましいわ」
二人が貰ったキャンディーを大事そうに抱え、兄を褒めそやす。
「あなたのお兄さんだなんて、にわかに信じられないわ」
「ラベンダー、どういう意味?」
「とっても頼りがいのありそうじゃない」
「それとも兄ってああいうものなのかしら?」
「あのねぇ……!」
アリスは口をパクパクさせた。失礼だ。だが何も言い返せない……。
「今日は浮遊呪文をします! 杖の動きはビューン、ヒョイの動きですよ!」
レイブンクローの寮監でもあるフリットウィック先生は、フレッドとジョージ曰く 「すべての生徒が試験に合格できるように教えてくれる」 先生らしく、授業をとても分かりやすく教えてくれる。
さっそくアリスも杖を降ってみるが、羽はピクリとも動かない。
「あぁ難しいなぁ……」
「動きは出来てると思う。発音が最後曖昧かも」
次にペアのライアンが挑戦した。
「ウィンガーディアム・レヴィオーサ」
羽はゆっくり震えると、少しずつ目の高さまで浮かび上がった。
「凄い、一発で成功した!」
「たまたま」
「先生! ボードマンが羽を浮かせました!」
フリットウィック先生はアリスの弾んだ声に気づき、 「ボードマンのスムーズな成功を称えてグリフィンドールに10点!」 嬉しそうに加点した。
名指しで加点を貰ったライアンは耳のかどっこを赤くして、パッと顔を下に向けた。ハーマイオニーの羽は天井近くまで浮いていて、感嘆の一言に尽きる腕前だった。アリスもライアンのアドバイスに従って、羽を震わせるくらいは出来るようになった。
授業はその後爆発音や激しい喧嘩をしている声で騒がしかったが、アリスとライアンは平和に羽を漂わせていた。
「早く夕食にならないかな。わたしカボチャプディングが食べたい」
「そうかよ」
授業後、城内に漂う甘い香りに釣られてふらふら歩くアリスを、ライアンは人にぶつからないように、時折アリスの腕を引きながら歩く。
そこにハリーと、カッカと腹を立てた雰囲気のロンがやってくる。
「我慢できないぜあんなやつ」
「ロン、どうしたの?」
ロンは文句を言おうと口を開いたが、隣にいるライアンを見て顔が強ばる。
「君のことじゃないからな」
「そんなの言わなくても分かってる」
アリスはロンがライアンを怖がっているのに気づき、呆れて一言制した。しかしあまりそれは意味をなしてないようで、オリーブの三白眼に怯えながらハリーとロンは顔を見合わせる。
「アリスも知ってるよね、さっきの授業でロンとハーマイオニーがペアだったんだ」
「喧嘩してたのはそこだったの?」
ロンは怒りを思い出して苛立ち気に言い返す。
「あぁそうさ、誰だってあいつには我慢できないっていうんだ。本当悪夢のような奴だ」
アリスはその言葉に大きく、ショックを受けた。そして横を駆け抜けてった誰かがハリーにぶつかる。
「ハーマイオニーだ...…今の聞こえてたみたい」
「それがどうしたんだよ。友達がいないことくらい気づいてるさ」
「ロン……!」
頭を振ってロンに詰め寄る。
「ロン、あんまりだよさっきのは。ロンだってあんなこと言われたら傷つくでしょ」
「なんだよ。元はと言えばハーマイオニーが先に…… 」
アリスは自分が意地悪言われた時より酷くショックだった。ハーマイオニーの心中を察して、次にロンがそんな言い方をするなんて……と悲しくなる。
「わたし見てくる。ライアン、これ持ってて」
「アリス……」
羽ペンや羊毛紙をライアンに預けると、アリスはハーマイオニーのあとを追う。その様子を見ていたラベンダーとパーバティも駆け寄ってくる。
「アリス、私達も探すわ」
「あの子泣いてた……」
男の子たちは着いてこなかったが、女の子たちは例えハーマイオニーが一人にしてほしい思っていても、最後は迎えに行くべきだと確信していた。
ホグワーツ城は広く、様々なルートが存在しているため直ぐには見つからない。しかしパーバティが束ねた髪を跳ねさせながら 「4階のトイレにいたわ!」 と大きな声で報告する。
「私、ラベンダーにも伝えてくるわ。彼女、寮まで探しに行ってるから」
「ありがとう。ハーマイオニーの様子見てくる」
アリスは階段を駆け上がり、額に汗を浮かべてトイレの中に駆け込んだ。暗いトイレの奥の個室から鼻をすする音が聞こえる。
「ハーマイオニー」
「……アリス、……悪いけど出てって」
返事に躊躇したが、泣いてる彼女をどうにも一人に出来ず、声が聞こえる個室の前まで行くとハーマイオニーは絞り出したような声を出す。
「……分かってるわ、皆私の事うるさく思ってるって、」
ポツポツ呟く彼女の声にアリスは聞き入った。
「私は皆みたいにまともに人間関係を築けないのかもしれないわ。譲歩出来ないし……無神経になってしまうのよ」
ハーマイオニーは人との接し方について酷く思い悩んでいる。下手に 「そんなことないよ」 と返すのは真摯では無い気がした。
「ハーマイオニー、あのね」
アリスはハーマイオニーの反応を伺いつつ、提案を織り交ぜるために一つ、息をついた。
「まずはさ、知ることから始めてみるってどうかな。自分の考えをいつも持っているハーマイオニーは凄いよね。そこに他の意見を知って、取り入れることも出来たら……ハーマイオニー自身の選択肢も広がるし良いと思う」
アリスは乾いた唇を舐めた。
「私はハーマイオニーの周りに流されないで意見を言えるところ……尊敬してる。この前、ライアンについても私の為に勇気をだして言ってくれたんだよね」
ハーマイオニーにも彼が優しい人だと知って欲しい。しかし彼女にとって第三者の言葉や介入は理解への手助けにはならない。彼女自らが彼の本質に知ることが重要なのだ。
「……でもね、思うんだけど、まだ完璧でいる必要はないよ。私たちは1年生だよ。少しずつクリアしていこう。私も沢山挑戦することがあるの」
脳裏に苦手な科目が思い浮かんだ。今はダメダメでも続けていけば少しずつ出来るようになるはずだ。少なくともアリスはそう信じている。
少しの空白の後、目の前のドアがカチャリと開く。ハーマイオニーは俯いていたが、「……そうね」 と呟く。
「アリスのアドバイス……凄く気づかされたわ。私じゃ思いつかないもの、完璧じゃなくていいって。とってもアリスらしいわ。柔軟な姿勢が時には重要ってことよね」
いつもの調子で捲し立てるハーマイオニーに、アリスはウンウン頷いた。彼女はフゥと息をついて、豊かな栗毛をかきあげ、小さく潜めた声で話す。
「……ありがとう、探しに来てくれて……本当は嬉しかったの……」
言葉尻がちょっと震えていて、アリスは胸がぎゅっと締め付けられた。
「うぅん、私もトイレで泣いたら探しに来てね」
そっとアリスより小さいハーマイオニーを抱き締めた。腕の中でハーマイオニーは小さく笑った。
泣きやんだハーマイオニーは腫れた目を擦って辺りを伺う。
「……そろそろ大広間に戻らないと夕食がなくなるわね」
それは困るとアリスも同意したが、周囲に漂う変な匂いに眉を顰める。
「ハーマイオニーなんか変な匂いしない?」
「そうね……一体なに……」
ぴた、と声が止まる。
「うん? ハーマイオニー、どうしたの」
「あ、あ……あれ……」
指さす方向を見てみるとトイレの壁に大きな怪物のような影が見える。
「え、なに……」
「トロールよ! わたし、本で見たことあるわ!」
天井まであるだろう恐ろしい巨体が二人の前に姿を現す。ぶん!と唸らせ、棍棒が目の前に振り落とされる。トイレの個室は粉々に崩れ落ち、水道管から水は吹き出して二人のローブを濡らした。
「ハーマイオニー! 危ない!」
ハーマイオニーの腕を引いて物陰に隠れる。ズンズンと足音を立て、棍棒で辺りを滅茶苦茶になぎ払う。お互いに身を寄せあって震えることしかできない。
何でホグワーツにトロールが!?
対抗できる魔法なにがあったっけ
先生方、ここです! 早く見つけて!
頭の中を色々と思い過るが、トロールの足音がすぐ真横から聞こえるとヒュッと息を止める。どうしよう、思わず目を強くつむった───。
「やーいウスノロ! こっちだ!」
「ロン!」
目を開けるとロンとハリーが懸命に瓦礫をトロールに投げつけて、意識をこちらから逸らしていた。
「早くこっちへ!」
アリスとハーマイオニーは互いに支え合うかのように、ほぼ抜けた腰と力の無い足に鞭を打って転がるように出口へ駆けた。
「ロン! 危ない!」
囮となったロンは棍棒の餌食一歩手前だ。ハリーはどこに勝機を見出したか不明だが、なんと勇敢にもトロールに飛びつき、鼻に杖をぶっさす。
「ハリー! 振り落とされる!」
「ロン! なにかするのよ!」
「なにってなにを!」
「ビューン、ヒョイよ!」
「ウィンガーディアム・レヴィオーサ!」
ロンの呪文は成功した。棍棒はボカン!と鈍い音をたててトロール自身の頭に衝突し、そのまま倒れ込んだ。皆息絶え絶えでトロールを見て、己らの顔を見合せた。
「これ……死んだの?」
「いや、ノックアウトされただけだと思う」
ハリーが鼻にささった杖を引っこ抜いて顔をしかめる。
「一体全体どういうことですこれは!?」
マクゴナガル先生の声がトイレに響きわたる。険しい顔をしたスネイプ先生と青ざめたクィレル先生も一緒だ。先生たちの早い到着にアリスはほっと安心した。
「寮にいるべきあなたたちがなんでこんな所に! 死んでもおかしくなかったのですよ!」
「わたしのせいなんです」
皆一斉にハーマイオニーを見る。
「わたし、トロールを探しに来たんです。本で見たことあるし一人で倒せると思ったんです」
アリス、ハリー、ロン、は豆鉄砲喰らったかのような面立ちだ。ハーマイオニーが嘘をついている。
「アリスは注意しに来てくれたんです。けれど私聞かなくて……トロールにやられそうになった時にハリーとロンが私たちを見つけてくれたんです。私、皆がいなかったら今頃死んでました」
「ミス・グレンジャー、愚かしい行為を。たった一人で野生のトロールを捕まえようだなんて。本当に死ぬところでしたよ」
ハーマイオニーは俯いたまま何も言わない。
「グリフィンドールから五点減点です。あなたには失望しました。……ミス・ディゴリーも怪我はないようですね。グリフィンドール塔に帰った方がよいでしょう。パーティーの続きがされています」
マクゴナガルに従って──スネイプからの睨めつける視線に会釈もして──トイレを後にした。
身体の埃を払ってると、女子トイレ出てすぐの廊下の影に誰かがいるのを見つけた。
「ライアン?」
声をかけられるとハッとしてこちらに近付く。
「大丈夫か? 怪我は……先生たちは……」
「もしかしてライアンが先生を呼んできてくれたの」
「あぁ……ポッターとウィーズリーの、アリスとグレンジャーが4階トイレにいるって話が聞こえて……」
「どうりで先生たちの到着が早いと思った。ありがとう」
ライアンは顔を厳しく顰め、大したことはしてない、と首を横に振った。しかし危機を察知してくれて、彼なりに助けてくれようとした事が嬉しかった。ハーマイオニーも同じのようで、恐る恐る、礼を言うタイミングを見計らってるようだ。
「本当に怪我はねぇの?」
「うん、汚れただけ。ハーマイオニーは大丈夫?」
「えぇ……」
そうか、とライアンは一息をついて杖を振る。
「スコージファイ」
途端に水と埃をかぶった姿から、清潔な香りに包まれる。
「わぁ、ありが── 「貴方、もう清め呪文が使えるの!?」
アリスの声に、ハーマイオニーの驚愕の声が被さる。ライアンも瞬きして、「あぁ……完璧か分かんねぇけど……」と少し声に動揺が乗った。
「いいえ、完璧だと思うわ。私もちょうど理論についての理解が済んだところなの……ボードマン、呪文学が好きなの?」
「好き……かは分からないけど……清め呪文って“魔法”らしくて……」
「えぇ、分かるわ。憧れるわよ。一瞬で清められるだなんてまさしく“魔法”だもの」
若干気恥しそうにしているライアンに、ハーマイオニーは同意した。アリスにとって清め呪文は日常的によく見られる呪文だったため──自分が使えるかはさて置き──、そういうものなのかと二人の会話を不思議そうに聞いていた。
そんなアリスの視線に気づいたのかハーマイオニーは咳払いをして、ライアンを見据えた。
「謝るチャンスを貰えるかしら……私、影であなたについて失礼なこと言っていたの……ごめんなさい」
ライアンはパチパチ瞬きをして首を横に振った。アリスには彼が凄く驚いてるように見えた。
「……俺も……原因の自覚あるから……」
アリス以外の女の子と話すのが難しいみたいで、たどたどしく言葉を紡ぐ彼をハーマイオニーはじっと観察していた。間に耐えかねてライアンがアリスに助けを求めるので、アリスは 「笑いかけてみれば」 というように微笑みを作った。
「…………」
ライアンは片頬を吊り上げたか、それは笑顔ではなく嘲笑であった。しかしハーマイオニーは彼を理解したのか、微笑みを返した。
「正直、私の次に勉学に熱心なのはあなただとは思っていたの。マグル出身同士、切磋琢磨したいわ」
ハーマイオニーの提案に、ライアンは頷いた。アリスは二人が仲良くなった記念に、セドリックからのハロウィンキャンディーを三人で分け合い、寮までの帰路、アリス達は美味しい飴を楽しんだ。