十二月、ホグワーツは真っ白な雪で覆われていた。教室移動で城から出ると、白い息が冬の空へと消えていく。コートを着込み、赤のマフラーに顔を埋めてザクザク雪が積もる道を歩く。
「ライアンはクリスマス帰る?」
アリスはまだ、足跡のない新雪を探して踏みしめに行くのに没頭しながら尋ねた。
「どうしようかな」 後ろから返事が返ってくる。
「迷うよね、だってホグワーツのクリスマスは楽しそうだし……」
セドリックは毎年クリスマス休暇は帰ってきた。エイモスが 「クリスマスは家族で過ごすべき特別なイベントだ!」 と特に張り切る家族行事だからだ。今年は愛娘の元にもホグワーツではなく、実家を選んで欲しい!という手紙が何通もきている。
「パパ、 『ツリーに飾るジンジャークッキーを焼くのはアリスのお仕事だったはずだぞ!』 って何度もうるさいの。ホグワーツでのクリスマスは、今年はお預けかも」
「そうか」
ライアンは寒さで鼻が赤らんでいた。ゆっくり口を開く。
「ふつう……ツリーにクッキーを飾るの?」
「ライアンのおうちでは飾らない?オーナメントなんか、毎年ママがクリスマスマーケットで買い集めてる。ほとんど趣味の域だよ」
「そうなんだ……」
ライアンはぼうとしているようだった。彼は大人っぽいしもう親とツリーの飾り付けはしないのかな。アリスはちょっと恥ずかしくて話題を変えるように、「寒い寒い」 とパッと彼の背中に隠れた。
「俺を風よけにするんじゃねぇよ」
「うぅ……あったかいココアが飲みたい……」
ライアンは自分の背中にくっついて離れない友達に、歩みを早めた。アリスは慌ててついて行く。
「走らないでよ~」
前が見えなくてヨタヨタ付いてまわるアリスに、コートの背中越しにライアンが小さく笑う声が聞こえた。
「わっ」
突如がアリスが身体を震わせて、気の抜けた声で叫ぶ。
「どうした」
「雪、投げられた」
アリスのポニーテールとローブに白い雪がついている。
「仲良しおふたりさんこちらだよ」
「カルガモの親子かと思ったぞ」
この調子のいい声は双子だ。二人はニヤニヤ雪玉を抱えている。
「私の雪玉は凄いんだからね」
アリスは地面にしゃがみこみ、ささっと雪玉作り固め、二人に投げ始めた。
「うわっなんて強腕だ。女の子とは思えませんな」
「すげぇ固い雪玉。なぁ作り方教えてくれよ!」
雪玉を作りながら双子を追いかけ回すアリス。しかし双子の、雪玉が跳ねて追い回す魔法により、一瞬で形勢逆転した。
「ねぇ! 呪文はズル、ズルだよ!」
「なんだ? ズルズルズルズル」
「鼻でもたれてんのか?」
三人は全身を雪だらけになりながら犬のようにはしゃぐ。アリスはスカートを持ち上げて、雪玉をストックしている。
「おい、スカート……」
「なに? ライアン、聞こえない!」
三人は向こうの噴水まで行ってしまい、ライアンの注意は届かなかった。ここからだと彼女は白くぼやけてしか見えない。ライアンはため息をつくと、ふと、隣に誰かが立っているのに気づく。
「グリフィンドールは元気だね」
嫌味のない柔らかな声にライアンは横目で盗み見る。雪景色の中、艶やかな黒髪が映えていて。雪原のような、寒空のような澄んだ明るいグレーの瞳が友達にそっくりだった。
「あれ、あそこにいるの……アリスかな」
アリスの兄だ。
彼から彷彿される友達の面影でライアンは直ぐに気付いた。彼女が話す、幸せそうな家族のお話の中に出てくる一員。だけど、彼女を通して話される”兄”は、兄妹なのにどこか複雑な印象を受けた。
「君……妹と仲の良い子だよね」
「え?」
明確に自分に話しかけられて、少し動揺する。
「妹……アリスといつも一緒にいるなって。君といると楽しそうだ」
ライアンは初対面に睨んだ顔になるのは良くないと顔の筋肉に気を付けて、一回頷いた。
「あたっててよかった。雪合戦、君は休憩中?」
「休憩というか……」
三人に混ざっていいかわからなかった。フレッドとジョージはアリスの友達であって自分の友達ではない。それをどう答えればいいのか、黙り込む。
「そうだ 僕、雪玉を固く作れるんだ」
セドリックは足元の雪を掘りはじめた。
「地面から少し下にある雪を使うんだよ。 こうやって、手をコップみたいにしてね。そしたらちょっと力を加えて……」
ライアンもしゃがんで真似て雪玉を固めた。セドリックは説明が上手かった。
「力を入れすぎると崩れるから気を付けて。雪からの抵抗力を感じたら、握るのをやめて、仕上げに雪玉の表面をなでて……」
ほらできた、とセドリックとライアンの手の中に完璧な雪玉が生まれた。ライアンは真っ白の雪玉をまじまじと眺める。そしてつい 「綺麗」 と言葉がついて出た。自分にとって雪とは、道路の端に寄せられた、アスファルトの上で溶けて、固まっている汚れた雪を思い出す。
ふと、幼い頃初めて雪で遊んだの思い出す。父親の勤めるオフィスビルの手すり階段に積もった、僅かな綺麗な雪を手のひらで掻き集めて不格好な雪だるまを作り、父親を待っていたクリスマスを。
「アリスを助けてあげてくれる? 双子相手じゃ分が悪そうだ」
「……うん」
こういったところがアリスとセドリックはそっくりだ。この兄妹はすっと人の感情や言葉の行間を読み取って、それとなく手を差し伸べることが出来るのだ。なんだか力が抜けて楽になる気がした。ギュムギュム、雪を蹴飛ばしてこちらに駆けてくる足音が聞こえる。
「あれ、お兄ちゃんだ」
グレーの瞳が不思議そうにまんまるく見開いている。この寒さの中、薄ら汗をかいているおでこには前髪が張り付いていた。
「風邪ひいちゃうよ」
セドリックはハンカチで妹の額を拭う。そんな様子を、隣にいるライアンがじっと見てくるのでアリスは唸って身をよじった。
「あっライアンも雪玉作り教えてもらったんだ! ねぇ一緒に双子にぶつけにいこうよ!」
アリスは先ほど教わっていたセドリックの手順通りに手際よく雪玉を作る。笑顔を浮かべて友達の腕を引いて行った妹の姿をセドリックは見送った。
その晩。アリスは談話室の暖炉前のソファーで、火にあたっていた。雪合戦した後は大広間で温かいシチューを食べたが、夜はさらに寒さが深まるため就寝前に暖炉が恋しくなるのは必然だった。
「アリス寝ないの?」
「うん、まだ暖炉に当たってるよ」
「そう」
ライアンにおやすみを交わすと談話室はさらに静かになった。鞄から厄介な魔法薬学の教科書を取り出して、膝小僧を机代わりに座学の復習をする。
「おい、まだ起きてたのか」
「夜更かししてまで復習なんて立派なもんだ」
突如後ろから現れた双子にアリスは口から心臓が出そうになる。
「びっくりした! 驚かさないでよ」
双子はドガッとそれぞれアリスの両脇に座り、一気にソファーがぎゅうぎゅうになる。フレッドとジョージはアリスの頭の上で目を合わせた。
「なぁ……驚いたぜ。アリスの兄貴ってあのセドリック・ディゴリーなんだって?」
いきなり飛び出た話題にアリスは教科書から視線をちらりとあげた。
「むしろ知らなかったんだ。二人とは同い年だから兄のこと知ってると思ってた」
アリスの言葉にフレッドはせせら笑う。
「セドリック・ディゴリーは知ってるさ。知ってるにきまってるだろ?ご近所のディゴリー家」
「ようやく思い出したよ。あそこに末娘がいたことをさ」
フレッドの意味ありげな口調と、ジョージの鼻を鳴らす様子にアリスはピンときた。アリスの兄がセドリックと知るとほとんどの人間は──時には羨望が混ざるくらいに好意的な反応だった。しかし恐らく彼らは違う。アリスは身構えた。
「それで? なに?」
「"なに"? いや別に? ただまさか……本当に二人が兄妹だったなんて! 特大ニュースにたまげてるだけさ」
「アリスって見た目は別として、何から何までセドリックと正反対だろ。言われなきゃ気づかないぜ。首から 『lil sister↑』 って名札をぶら下げておくべきだね」
「別にいいでしょ。似てたって似てなくたって」
アリスは気丈に言い返したが、彼らは口角を上げて笑った。
「真面目で秀才、いつだって完璧ディゴリー。だがこっちのディゴリーはなんだ?」
「セドリックがハッフルパフの王子様なら、ちょっと……残念なお姫様か?兄上は大変だったろうな」
アリスは俯いて……腹の底でグツグツ沸き上がる何かを必死に我慢した。頭の中ではフレッドの言葉が何度も反芻されていた。
「少しは兄貴を見習う気はあるのかい?」
からかった物言いに、ぶちっと感情の制御ができなくなった。アリスは勢いよく立ち上がり、吠える。
「知ってるよ私だって! お兄ちゃんみたいに出来る子じゃないことくらい!」
「おぉ怖い」 下級生の女の子が怒ってるのなんてフレッドにとっては恐れるに足りないらしく、寧ろ面白がった。それが余計癪に障り、アリスは目をつりあげる。
「わたし、本当に頭にきたんだけど!」
「どうしたんだ? 本気で怒ってる?」
こちらを睨みつけるアリスの様子に、ジョージは少したじろいだ。この鬱屈とした怒りは、普段ニコニコ笑顔のアリスを変えてしまった。
「なんだよジョークだろ。アリスってこんなに冗談通じなかったのかよ」
フレッドはつまらなそうな素振りで 「行こうぜ」 と立ち上がったが、競う勢いでアリスは談話室を後にする。それくらいのことにでも対応心が湧くくらい心のキャパが今は小さかった。
自室に戻ると、灯りをつけて本を読んでいたハーマイオニーの驚いたような目とかち合ったが、アリスは肩を怒らせて鞄と魔法薬学の教科書をベッドに放り投げた。
「どうしたの?」 ハーマイオニーは初めて見る友達の姿に動揺していた。
「何かあったの?」
「なんでもない」
言葉少なにアリスは寝巻きに着替えてベッドのカーテンを閉めきる。そして身を縮めるように頭までシーツを被った。
……酷い!
ワッと感情が湧きあがり、胸がじくじく痛む。シーツの中に包まると怒りは消え、悲しさと惨めさで満ちる。フレッドとジョージの言葉は全て正しくて、彼らの言葉全部がアリスに刺さった。何より、彼らに不出来さを指摘されるのは 「認められた」 と思っていた分、ショックだった。
「セドリックが大変」 だと揶揄されたことを思い出す。やっぱり周りにはそう思われてるんだ……。お兄ちゃんは……どう思ってるんだろう……。
アリスは今のセドリックが分からなかった・・・・・・・・。
悲しみの次は恥ずかしさがアリスを襲った。
──アリスってこんなに冗談通じなかったのかよ
大声あげて逃げだして……。もっともっとシーツの中で小さく縮こまる。あれはちょっと怒る程度でにして、笑い返せるくらいじゃないとダメだったんだ。全部図星だったので、怒ることで自分を守ってしまった。
パーバティなら軽くあしらえることができたのかな。ハーマイオニーは冷静に二人に想いを伝えられるだろうな。私がライアンだったら何を言われてもじっと言葉を受け入れることが出来るかもしれない……。
こうして、怒ったり悲しんだり恥じたりして一人きりの反省会を過ごした。