セドリック・ディゴリーと反抗期の妹   作:97nnn79

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不出来な妹

 クリスマス休暇が終わり、生徒たちは学校に帰ってきた。談話室の角っこの椅子に腰かけ図鑑を眺めているライアンを見つけ、声をかける。

 

「クリスマスはどうだった?」

「充実してたよ」

 

 彼は図鑑を指差しこっちに見せた。 「貰った株の植え替え手順が載ってた。花曇りの季節がベストだって」

 

 入学してからライアンは植物に熱心だ。欲しがっていた花がディゴリー家の庭に咲いていたので株分けして、手作りチョコレートケーキと一緒にクリスマスプレゼントとして贈ったのだった。

 

「ライアンも素敵なバーソープありがとう!」

「あぁ、あんなのでごめんな」

「早速使ってるくらいお気に入りなのに!」 アリスは彼に石鹸の残り香を嗅がせようと、長いポニーテールを振ったりして一生懸命アピールするのでライアンは驚いてのけぞった。

 

「その手袋もクリスマスプレゼント?」

 

 ライアンが、アリスの手にはめている赤いミトンを指差す。

 

「うん、そうだよ」

「可愛いね」

 

 ライアンの素直な言葉にアリスも嬉しそうに口角を上げた。

 

 休暇明け早々クィディッチの試合を控えているグリフィンドールの選手たちは、授業後は雨天、雪空の中でも練習に励んでいる。ここ最近、キャプテンのオリバーの勢いは鬼気迫るものだった。次の試合のハッフルパフ戦に勝てば七年ぶりに寮対抗杯をスリザリンから取り戻せるからだ。

 

 今日も土砂降りの中練習してきたみたいで、城内の石畳には泥水の跡が点々と残っていてフィルチが悪態をつきながらモップがけをしている。泥の痕跡を横目に廊下を歩いていると、練習後のウィーズリー双子とかち合った。彼らと会うのは休暇前の談話室での出来事以来だ。形容しがたい微妙な空気を壊すようにフレッドが口を開いた。

 

「スパイに来たのか? ディゴリーちゃん」

 

 軽口を叩く彼に、いつの日かパーシーの 「あいつらの悪洒落は大広間の天井知らず」 という冗談のような愚痴を思い出す。

 

「つまんないジョークだね。腕が落ちた?」 アリスもチクっと反撃した。

 

「兄上にチームの作戦を漏らされると困るぜ」

「ハッフルパフの応援席はもうリザーブしてるかい?人気だろうからな」

 

 グリフィンドールとハッフルパフの試合は初めてだが、どっちを応援するかなんて決まっている。そんな当たり前なことをこうやって野次られるのはかったるくって仕方がない。言い返そうと口を開いたがそれは第三者によって憚れた。

 

「どうかしたの?」

「お兄ちゃん」

 

 双子と同じように練習着に身を包んだセドリックが背後から現れたので、アリスは驚いた。

 

「ほうら、やっぱりスパイだ」 つまんなそうに彼らは言い捨てた。

 

 セドリックは眉を顰める。 「あまり妹をからかわないでくれるかな」実家でアリスがこぼした双子への愚痴を思い出したのかもしれない。

 

「アリスってうちの末っ子よりも甘えたちゃんだろうな」

 

 ジョージがアリスの顔を覗き込んだので、カッとなりセドリックから離れた。

 

「早く着替えた方がいいんじゃない。みーんなびしょぬれで濡れたフクロウみたいだから!」

 

 アリスはそう言い捨てて走って逃げた。まったくムカつく年上たちだ。アリスが思ったようにうまく立ち回り出来ないのは双子や兄の前だけだった。

 

 むしゃくしゃした気分でいると途中、図書館近くでスリザリンに囲まれているネビルに遭遇したので思わず足を止める。

 

「何をしているの?」

「アリス……足が……」

 

 ネビルは転がっていていつものようにべそをかいていた。足が蝋で固めたようにがっちりくっついている。

 

「足縛りの呪文さ」

マルフォイは愉快そうに嘲笑った。その隣でお付きのようなでっかい二人組、クラッブとゴイルもダハハと笑った。

 

「解いてよ! ネビルどうやって寮まで帰ればいいの」

「うさぎ跳びでもしたらどうだ?」 マルフォイは片眉を上げてなんでもないように提案した。

 

 アリスは屈みこみ、ネビルの太った腕を自分の首に回すと、まるまるとした胴体を支えて立ちあがった。マルフォイは 「おや」 と目を見張る。

 

「情けないな女の子に助けてもらうだなんて。おまけに勇気もない。グリフィンドールにふさわしくないと思わないか? なぁディゴリー?」

 

 マルフォイの意地悪は聞こえないふりをして、 「どいたどいた」 と蹴散らしてグリフィンドール塔までネビルを引きずって運んだ。ネビルは縦の大きさはアリスよりも小さいが、横の大きさはあったので肖像画の穴を這い出た頃には冬なのにアリスの額には玉のような汗をかいていた。

 

「なにがあったの?」

「ネビルが足縛りの呪文かけられて……解いてくれる?」

 

 駆け寄ってくれたハーマイオニーに託してアリスは自室に戻った。今日は疲れたので早くシャワーを浴びたい。

 

 

 

 

 グリフィンドールとハッフルパフの試合当日、お昼をお腹におさめた生徒たちは競技場に集まった。

 

「いいこと、忘れちゃだめよ。ロコモーター・モルティスよ」

「わかってるよガミガミいうなよ」

 

 試合観戦前にかかわらず、ハーマイオニーとロンは杖を袖の中に隠し持ってコソコソと話している。二人はスネイプがハリーに試合中呪いをぶつけると思っているのだ。

 

「アリスとライアンもスネイプが怪しい行動をとったら躊躇なく呪文をかけるのよ」

「かけるのよって言われても杖持ってきてないよ」

「持ってきてっていったじゃない!」

 

 スネイプが全校生徒の前で、しかもダンブルドアもいるのに。果たして呪いをかけるだろうか甚だ疑問ではあったが警戒する気持ちも十分に理解できる。それくらい最近のスネイプはハリーに対して、凡そ教師とは思えない酷い当たりだったからだ。

 

「さぁプレイボールだ。アイタッ」

「あぁごめんウィーズリー、気がつかなかったよ」

 

 ロンの頭をこづいていきなり喧嘩を売ってきたマルフォイに、隣でディーンが 「俺らとおしゃべりしにわざわざご足労いただいたわけ?」 とうんざりした。だが今回も試合用に応援旗を作ってきたのだから、外野に気を取られてる場合ではない。旗を掲げながらフィールドを一心に見入る。

 

 試合はジョージがスネイプにブラッジャーを打ったという理由でハッフルパフにペナルティーシュートを与えられた。セドリックはブラッジャーを交わしながら高い位置をとり、スニッチを探している。

 

「グリフィンドールの選手は気の毒な人が選ばれてるんだよ。ポッターは両親がいないし、ウィーズリー一家はお金がないし……ネビル・ロングボトム、君もチームに入るべきだね。脳みそがないから」

「マルフォイ!これ以上言ってみろ……」

 

 ロンの大きな声にアリスの集中力はそちらに向く。

 

「こいつには一つ痣を作ってやらないと気が済まない!」

「試合中にどうしたっていうの」

 

 アリスの声は男の子たちには聞こえてないようだ。一方競技場は歓喜の声が上がっていた。ハリーが稲妻のように加速して急降下したからだ。アリスは兄が同じタイミングで反応し、針に糸を通すようなテクニックで選手と球を避けて追う姿を見ていた。

 

「ウィーズリー! ポッターはきっと地面に落ちているお金を見つけたんだ!」

 

 マルフォイの言葉にロンはついに飛びかかる。アリスたちの座席下でコロコロ団子になって喧嘩がおっぱじまった。

 

「うわぁ 大変だ」

 

 ライアンとパッと目が合い、阿吽の呼吸で、喧嘩の仲裁に入った。ロンと同じ背丈のライアンは馬乗りになっている彼を剥がし、アリスは鼻息荒いマルフォイを後ろから羽交い締めして取り押さえる。なにも無い空中に向けて未だ手足をジタバタすることに夢中になっている彼に、慌てて脇をしっかり固め直す。

 

 振り回した手がアリスの長い髪にぶつかったようで、ようやく彼は動きを止めた。不可解そうにこちらを見上げる。乱れたブロンドの向こうでグレーの瞳がハッと丸くなり、その瞬間、青白い顔がカッと赤く火照った。自分が女の子に羽交い締めされている状況を理解したのだ。

 

「離せ!」

 

 アリスの腕の中でマルフォイは滅茶苦茶に暴れた。ネビルと違い、細っちくってアリスよりも背が低く、腕力も大したことないので抑えるのは難しくなかった。ライアンの方はというと、ロンは少し落ち着きを取り戻したようで、お次はネビルとクラッブ、ゴイルの取っ組み合いを仲裁をしていた。

 

 アリスも、沈静化には成功したと判断してマルフォイを放った。弾かれたような勢いで離れた彼は憎々しげにアリスを睨んで観客席から去っていった。その後をクラッブとゴイルが慌てて追う。

 

「怪我ない?」 ネビルに肩を貸しているライアンが駆け寄る。

「全然大丈夫だよ」 アリスは軽く襟元を正した。本当に何ともない。

 

 後ろから 「おっかねぇ」 と、ずっと隠れ見ていたシェーマスがサッと目の前を通過していった。

 

「何ともなくないのはネビルだよ」

 

 ライアンの肩程の高さまで持ち上げられた彼は、足をぶらぶら宙に浮かせてハフハフと息を整えて何とか言葉を紡いだ。

 

「嫌だって言えたな」

「うん……僕、僕……無我夢中だったけど、初めて言い返せた」

「勇敢だったよ」

 

「皆何してたの!? 試合終了よ! ハリーが勝ったの!」

 

 三人で顔を見合わせニッコリ微笑み交わしているところに、踊り飛び跳ねているハーマイオニーが座り込んでるロンを引っ張りあげる。何だと?と皆でそちらを向けばハリーは箒から飛び降り、スニッチを掲げていた。

 

「5分も経ってないんじゃない!?」

「えぇえぇ 凄いことよ!」

 

 喜ばしい。グリフィンドールが首位に立てた!

 ハーマイオニーが前列のパーバティに抱きつき、ラベンダーもアリスも続いて女の子達は輪になり、勝利を祝してキャアキャア身を寄せあった。

 

 男の子たちは芝生に飛び出した。皆ハリーを賞賛したくって仕方がなかった。それくらい異例の素晴らしいプレーだったからだ。

 

 

 試合後、グリフィンドールの談話室でパーティーが行われるらしく皆は城に戻って行ったがその列から離れた。アリスはセドリックを探していた。

 

 ハリーは本当に素晴らしかったけれど、ユニフォームを纏い空を飛ぶ兄も……素晴らしかった。

 セドリックはクリスマス休暇でもクィディッチの戦法を、スニッチの動きの癖や飛行テクニックについて──ハッフルパフ勝利のために努力を欠かさないでいた。その姿をアリスは知っていたのでひとこと、 「おつかれさま」 と声をかけたかった。初めて見る兄の試合姿の感想が泡のように浮かんできて、探しまわる足はじれったそうにたたらを踏む。

 

 競技場の箒置き場には沢山のハッフルパフ生がいた。その中心にセドリックはいて、勝利をつかんだハリーぐらいに多くの鼓舞と労いの言葉を貰っていた。

 

「セドリックお疲れ様です!」

 ハッフルパフの一年生、ジャスティンが溌剌と声をかける。

 

「次は絶対セドリックが掴むわ!私たち、きっとそうだって信じてるもの!」

 目を輝かせるハンナにセドリックはようやく表情を和らげた。

 

「皆……ありがとう。応援してくれるから僕も心強かったんだ。次は期待に応えるつもりさ」

 

 セドリックの言葉に周りはワッと歓声があがる。

 

 アリスは陰からそれを眺めていて、今なら素直に言えそうだった言葉の泡たちが消えていくの感じ、その場をあとにした。

 

 

 楽しい催しの次にアリスたちを迎えてくれたのは大量の課題だった。期末試験が近づき、授業速度は教科書の厚さで例えるとクヌート硬貨2枚分のカリキュラムを進めないといけなかったし、試験範囲はガリオン硬貨6枚分はあった。そんな教科書を開いて、ライアンから分けてもらったマグル製の蛍光色したツルツルのポストイットを指で弾きながら文字の羅列を頭に叩き込む。

 

「ねえ、ライアン。この呪文学の参考書、こっちの版だと解釈が違うの。どっちが正しいと思う?」

 

 ハーマイオニーが本を指さして尋ねると、ライアンは少し考えてから答える。

 

「どっちも間違いじゃないけど、実践するなら前者。呪文のニュアンスを考えると、効率が良い」

「やっぱりそうよね!」

 

 ハーマイオニーは満足げに頷いた。二人の会話を聞いていたアリスはロンと目が合う。ロンはぐるんと白目を剥いてみせた。男の子たちは初めてライアンとハーマイオニーの課題風景を目の当たりにして、想像していたよりもライアンが“ハーマイオニーの仲間”らしいことに気づいて戦々恐々している。

 

「君の時も組み分け帽子はレイブンクローと迷ったろうね」

 

 ハリーは本心からそう言ったが、“勉強仲間”がからかわれていると思ったのかハーマイオニーが咳ばらいをした。そして机に長ーい紙束を広げる。

 

「学習スケジュールよ。私のテンプレートを皆にも配布するわね」

「なんだって?」

 

 事細かに計画された学習表に今度はハリーとアリスも白目を剥く。流石のライアンも彼女の熱心さには圧倒され、「グレンジャーは入学前は進学校目指してた?」と思わず聞いた。

 

 ホグワーツの試験で高得点を取るには教科書を丸暗記しても不可能だ─丸暗記できるのはハーマイオニーくらいだが─授業と教科書での理解を踏まえたうえで応用、最適な解を求められる。時にはセンスが必要な科目も。ただでさえ試験範囲は広いのにそれを越えて先行する友人たちに、きっと兄もこうだったのだろうとアリスはペンを握りなおした。

 

 

 イースター休暇も相変わらず机にかじりつく毎日で図書館はいつも満員だった。あのシェーマスも最近はもっぱら図書館の住人だったのでお互い姿を見つけると「意外な人が……」「そっちこそ」と自嘲気味に笑いあった。

 

「どうだよ調子は?」

「やればやるほど、知らないことが増えるのってしんどくなる」

 

 学習表をシェーマスに見せる。長い巻物に「これなに」と、彼は目を丸くした……。

 

「なんだよ範囲はあらかた終わってるみたいだな」

「一周しただけで完璧じゃないし……良い成績を貰うには試験範囲以上のことやらないと……でも集中力が皆みたいに続かない」

 

「だいたいさ、勉強しすぎなんじゃないの?」シェーマスが大きなあくびをしながら言った。「僕なんかもう半分諦めてるぞ。あ、でもアリスはあのセドリックの妹だし、きっと何とかなるだろ?」

 

 その言葉に、アリスは眉をひそめた。

 

「妹だからって、私が何でもできるわけじゃないんだよ!」

 

 シェーマスは困ったように頭を掻きながら、「いや、そういうつもりじゃなかったんだけどさ」と小声で弁解した。

 

「スプラウトやフリットウィックがいつも君に、兄貴がいかに優れているか話してるだろ?」

「……ごめん、ちょっと勉強のし過ぎで疲れちゃったのかも」

 

 シェーマスはポンとアリスの背中を叩く。

 

「息抜きにまた城の壁でも登りに行こうぜ」

 

 アリスは体の緊張を僅かに解いた。

 

「また降りられなくなるかもだから、今度はハリーに箒の迎えをお願いしよう」

 

 シェーマスと別れたあと勉強はキリのいいところで終わらせて、寮に帰ろうと廊下を歩いてるとハッフルパフの同級生と出くわした。こちらに気がつくと笑顔で駆け寄ってくる。

 

「アリス、これ見てくれない?この前でた課題よ」ハンナ・アボットが開いた薬草学の教科書を差し出しながら言った。「この植物ってもっと汁を出す切り方があった気がするんだけれど……自信がなくて」

 

「それからこっちも!」ジャスティン・フィンチ=フレッチリーが別の問題集を手に、続けざまに質問を投げかけた。

 

「次の授業のテーマがこれなんだけど、どんな風にまとめたらいいと思う?」

 

 アリスは少し困ったように笑いながら、彼らの質問攻めに応じていた。基礎を習ったばかりではあったが、ここの応用はメモをした覚えがある……

 

「えっと、確か……この材料は、葉脈に沿って刻むんだと思うよ」

 

「さすがセドリックの妹だな!」アーニー・マクミランが感嘆の声を上げる。

 

 その言葉に、アリスの心がチクリと痛んだ。彼らが自分を慕っている理由の大半が"セドリックの妹"であることにあるのは、アリス自身も薄々気づいていたからだ。

 

「セドリックって、いつも完璧よね」ハンナが微笑みながら続ける。「そんなお兄さんがいるから、アリスもきっと同じくらい優秀なんだろうなって思ってたの」

 

 アリスは曖昧な笑みを浮かべながら、彼らの言葉を聞いていた。

 

 その次の週、彼らと一緒に取り組んだ課題の結果が返ってきた。アリスがアドバイスしたハンナの薬草学の課題は、思っていた結果以下だった。アリス自身の課題も、スプラウトから「もう少し工夫が必要だ」と評された。

 

「……あれ?」ハンナが首をかしげる。「アリスが言った通りにやったんだけど、これじゃダメだったの?」

 

 声を潜める彼女に、ジャスティンも困惑したように言った。「正確なアドバイスがもらえるかと思ってたんだけど」

 

 アーニーが思わず口を滑らせる。「もしかして、アリスってセドリックみたいに優秀ってわけじゃないの?」

 

 その言葉に、教室が一瞬静まり返った。ハンナがすぐにフォローしようと、「そんなつもりじゃなかったの、アリス!」と慌てて言ったが、アリスはお腹がシクシク痛くなる。

 

「間違えちゃってごめん」アリスは笑顔を作りながら言った。「私……本当はセドリックみたいじゃないの。でも、頑張ってるのは本当だよ」

 

 ハンナたちは気まずそうに視線を落とした。

 

 

 

 アリスは授業後に大広間の隅の席でノートを開いた。

 

「あぁ……この切り方は魔法薬学で使った材料だった……」

 

 あのように頼られると応えたい気持ちが沸き上がったが、分相応をわきまえていなかったみたいで恥ずかしくなった。次会ったときにハンナたちに共有しようとポストイットをペタっと貼って訂正の書き込みをする。その時、後ろから嘲る声が聞こえてきた。

 

「おや、ディゴリーがこんなに真剣に勉強しているとは驚きだな」

 

 振り返ると、マルフォイがスリザリンの仲間数人を引き連れて立っていた。悪意を含んだ笑みを浮かべ、アリスの机を覗き込むようにして近づいてくる。

 

「どうせろくに覚えられていないんだろうけどね。きっと君のノートなんて、間違いのオンパレードなんだろう?」

 

 マルフォイは冷たく笑い、周りのスリザリンの生徒たちもそれに続いてクスクスと笑い声をあげる。

 

「放っておいてよ」

 

 マルフォイは机の上に置かれたノートを指で叩いた。

 

「ここの綴り、間違っているぞ。グリフィンドールって、知性も勇気で補うんだったか?」

「あ……」

 

 彼の指摘に習って慌てて修正する。 アリスの顔が赤くなるのを見て、マルフォイの表情はさらに意地悪なものへと変わる。

 

「兄貴と違って、君は期待外れだな。落ちこぼれの烙印を押される日も近いんだろうね」

「……そうならないように努力してるの」

 

「努力ねえ……」マルフォイは大げさに首をかしげた。「でも、努力してこの結果ってのは、ちょっと哀れすぎないか? 兄妹揃って優秀なんて期待していた連中もがっかりだろうに」

 

 アリスのポニーテールが元気なさげに机の上に垂れた。マルフォイの舌が調子づいてきたので、それ以上言葉を続けさせないためにアリスが口を開こうしたその時、別の声が割り込んだ。

 

「アリスに構うな」

 

 ライアンが眉間にしわを寄せてマルフォイを睨む。

 

「ボードマン、君が口が利けるとは知らなかった」

 

 マルフォイは挑発的な笑みを浮かべると後ろからクラッブとゴイルが姿を現す。ライアンも上背があるが、同級生の中でずば抜けて分厚い身体の二人は威圧的に立ち塞がった。ライアンの眼光が鋭くなる。「何だよ。どけ」

 

「クラッブ、ゴイル、どう思う?」マルフォイは面白がるように言った。「こいつ、まるで喧嘩でも売りたそうじゃないか?」

 

 クラッブとゴイルは、不遜な態度でライアンを取り囲み、丸太のような腕でガバッと彼の胸元を鷲掴みした。しかし、ライアンは微動だにしない。それどころか、一歩前に出て、クラッブとゴイルをまばたき一つせず睨みつけた。

 

「いいぜ」ライアンが低くつぶやいた。「やってみろよ呪いでも拳でも」

 

 クラッブが一瞬言葉に詰まり、ゴイルも困惑したように目を泳がせる。想像していた反応と違う。二人の図体は確かに大きかったが、頭脳や機転が利くタイプではない。ライアンの物怖じしない態度に、早くもマルフォイの指示を仰ぐような表情をしていた。

 

「やめて!」

 

 アリスが割って入る。ライアンが胸元を掴んでいる腕を荒々しく振りほどいた。

 

「感情的で粗暴な奴め。グリフィンドールはいつだって理性より衝動が優先だ」

 

 ライアンの気迫に押されたのか、マルフォイは二人を引き連れ去っていく。大広間にいる生徒はさっきまでの張り詰めたやり取りを面白そうに見学していたが、ライアンが周囲を見渡したのでサッと各々視線を戻した。

 

 アリスは肩を落とし、再び机に座り込む。

「ライアンありがとう。……でも、危ないことはしないで」

「あ……」

 

 さっきまでの調子はどこに行ったのか、ライアンは眉を下げて言葉を詰まらせる。獅子から子猫になったくらいの変貌だ。

 

「ごめん……俺……」

「この前の試合で私がマルフォイを掴まえたからその仕返しのつもりなんだ……でも、言われたことは間違いないんだよ」

 

 アリスが弱弱しく、耳打ちする。「どうして私はお兄ちゃんみたいにうまくいかないのかな」

 

「こう思っちゃうのも我儘なのかな?甘え?努力が足りないんだよねきっと」

 

 アリスが情けなさそうに弱音を吐いた。

 

「……ごめん、私だって毎日楽しい気分なわけじゃなくって……今日はたまたまその日だったみたいだね……」

 

 ライアンはなんて返せばいいか分からず、自分の口下手を呪った。

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