名探偵コナン短編連載「時をかける異邦人」   作:アサシン・零

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第3話「天真爛漫」

翌日、工藤邸。

 

昨夜の喧騒が嘘のように静まり返ったリビングで、コナンと

灰原は、子供たちが買い出しや散歩に出かけた隙を突いて「証拠」の回収に走っていました。

 

「……江戸川君、これで全員分(6人分)の毛髪は揃ったわね?」

 

「ああ。信じたくねーけど、もしあいつらが本当にオレたちの……その、なんだ……子供だってんなら、放っておくわけにはいかねーからな」

 

二人は息を潜めて阿笠邸へと戻り、地下にある遺伝子工学解析装置を起動させました。

 

本来なら数日かかる解析も、組織のデータを流用した最新鋭の機械なら数時間で結果が出ます。

 

ピピピッ……という電子音と共に、モニターに無慈悲な数字が並びました。

 

検体名 父方(工藤新一)適合率 母方(宮野志保)適合率 判定

 

俊太郎 50% 50% 実子

修二郎 50% 50% 実子

涼花 50% 50% 実子

祐介 50% 50% 実子

友花 50% 50% 実子

雫 50% 50% 実子

 

「…………マジかよ」

 

コナンはモニターを見つめたまま、がっくりと膝をつきました。

 

「工藤新一50%、宮野志保50%……。 疑いようのない、オレたちの実の子供だ……」

 

「……計算が合わないわ。私たちがいつ、そんなに……」

 

灰原も顔を真っ青にして、震える手でコーヒーカップを握ります。

 

今の二人はまだ「江戸川コナン」と「灰原哀」。黒の組織との死闘の真っ只中にあり、いつ命を落としてもおかしくない戦時中のような状況なのです。

 

「笑い事じゃないわよ、江戸川君。もし組織にこの子たちの存在がバレたら……」

 

「分かってる。今のオレたちには、この6人を守りきる力なんて……」

 

コナンはそこまで言って、ふと昨日の俊太郎たちの立ち振る舞いを思い出しました。

 

「……いや、待てよ。上の3人……俊太郎、修二郎、涼花は、もう成人して独立してるんだよな? しかも公安、FBI、CIA……。格闘術も蘭姉ちゃんと渡り合うレベルだ」

 

「ええ。組織に対する脅威という意味では、私たちよりあの子たちの方が上かもしれないわね。守るどころか、逆に私たちが守られそうな勢いよ……」

 

「だけど下の3人、祐介、友花、雫はまだ子供……いや、一般人だ。 この3人が狙われたらひとたまりもねえ」

 

二人が今後の防衛策について深刻な顔で話し合っていると、阿笠邸の玄関が勢いよく開きました。

 

「ただいまー! お父さん、お母さん、お昼ご飯買ってきたよ!」

 

元気よく入ってきたのは、末っ子の雫。その後ろには、大量の荷物を持った祐介と友花が続いています。

 

自分たちの「未来」が、今この危うい現代(1994年)に肉体を持って存在している。

 

コナンは蝶ネクタイを弄りながら、決意を固めたような、それでいてひどく困り果てたような顔で呟きました。

 

「……ったく。組織との決着をつける前に、親の責任取らされることになるとはな……」

 

「……え? 雫ちゃん、今なんて……?」

 

コナンの声が裏返りました。

 

阿笠邸の地下室に響いたその言葉に、二人は凍りつきます。

 

「だから……お父さんとお母さん……! ただいま……!」

 

屈託のない笑顔で手を振る雫。コナンと灰原は、まるで組織のジンに背後を取られた時以上の衝撃で青ざめました。

 

(待て……バレるはずがない。正体は隠し通していたはずだ。何か決定的な癖でも見られたのか……!?)

 

コナンが必死に脳内を検索していると、雫がニシシと笑って指をさしました。

 

「今、お父さんがお母さんの髪の毛嗅いでいた……! お父さんとお母さんの証拠……!」

 

「……っ!!」

 

コナンは飛び上がらんばかりに驚き、隣の灰原は氷のような、それでいて燃えるような視線でコナンを睨みつけました。

 

「ちょっと、江戸川君……。あなた、解析用の毛髪を回収する時に、私の髪に何をしたのよ……?」

「ち、違う! あれは……その、変な匂いが付いてねーか確認しただけで……!」

 

言い訳をすればするほど墓穴を掘るコナン。しかし、彼はまだ諦めずに「子供の理屈」で押し通そうとします。

 

「でも、それだけでボクたちをお父さんとお母さんと証明するのは難しいよな……?」

 

すると、雫は得意げに胸を張りました。

 

「お父さんは、お母さんの頭を撫でる癖があったから……。さっき、解析が終わった後に無意識にやってたよ?」

 

「…………」

 

完全な「詰み」でした。

 

無意識の行動。20数年後の未来で、新一が志保に日常的に行っているであろう愛情表現が、知らず知らずのうちにコナンの体に染み付いていたのです。

 

灰原は深いため息をつき、観念したように前髪をかき上げました。

 

「……観察眼が私たち譲りで怖いわ。仕方がないわね……。お兄ちゃんお姉ちゃんたちには内緒よ……!」

 

「やったー……!! パパとママに出会えた……!!」

 

雫はコナンの首に抱きつき、灰原の手をぎゅっと握りしめました。

 

幸いなことに、後ろにいた祐介と友花には、雫の「パパ、ママ」という決定的な呼び声は届いていなかったようです。

 

「灰原さん……荷物は……?」

 

祐介が重そうな袋を抱えながら尋ねると、灰原は努めて冷静な「灰原哀」の仮面を被り直しました。

 

「そこに置いてちょうだい……」

 

「了解します」

 

未来の息子からの敬語混じりの返事に、灰原はどこか気恥ずかしさを覚えながらも、末娘に視線を送ります。

 

「雫ちゃん、おいで……」

 

「うん……! 灰原さん!」

 

雫は約束を守り、満面の笑みで「灰原さん」と呼び直して駆け寄りました。

 

一方、コナンは一人、冷や汗を拭いながら猛省していました。

 

(うーん……もう灰原の髪の毛嗅ぐのやめようかな……)

無意識の癖がこれほどの危機(?)を招くとは。しかし、その内心を見透かしたように、灰原が至近距離まで詰め寄り、耳元で鋭く、けれどどこか甘さを孕んだ小声で囁きました。

 

「ダメよ……! 守ってくれるんでしょ……って言ったわよね……!?」

 

「う……」

 

かつて、バスジャック事件や組織の影に怯えていた彼女に自分が掛けた言葉。それを未来の「妻」としての権利のように突きつけられ、コナンはぐうの音も出ません。

 

やがて、荷物を置き終えた祐介と友花が「じゃあ、兄さんたちの様子を見てくるよ」と、再び工藤邸の方へと戻っていきました。

 

静まり返った阿笠邸のリビング。

コナンはやれやれと呆れたように肩をすくめましたが、その顔には隠しきれない慈しみが浮かんでいました。

 

「……たく、しょうがねーな」

コナンはそっと手を伸ばすと、隣に立つ**「未来の妻」である灰原と、自分たちの末娘である雫の頭を、愛おしそうに交互に撫で始めました。

 

1994年の冷たい空気の中で、そこだけが未来の温かさに包まれたような不思議な時間。

 

「戦時中」の真っ只中に現れた、守るべき、そして愛すべき家族の感触を、コナンはその小さな掌に刻み込むのでした。

 

阿笠邸のリビングで、コナンは何気なくテレビのスイッチを入れました。

 

「雫、好きなテレビ番組見てもいいぞ……?」

 

気遣うように声をかけたコナンでしたが、雫は画面を凝視したまま首を傾げました。

 

「?」

 

「アナログ放送がある……?」

 

「……?」

 

今度はコナンと灰原が顔を見合わせます。2021年の未来から来た雫にとって、画面の隅に「アナログ」の文字が出るブラウン管の映像は、歴史資料館で見るような代物だったのです。

 

テレビではプロ野球の熱戦が報じられていました。コナンは身を乗り出し、画面の中のスコアボードを確認します。

 

「お……パシフィック・リーグはダイエーホークスが勝ちそうだ……」

 

「あらら……大阪近鉄バファローズは負けたのね……?」

灰原も隣でコーヒーを啜りながら、懐かしい球団名を口にします。

 

しかし、その会話を聞いていた雫の頭の上には、さらに大きなハテナマークが浮かんでいました。

 

「?」

 

雫にとって、ホークスの親会社は「ソフトバンク」であり、近鉄バファローズという球団は、生まれるずっと前に消滅してオリックスと合併した、教科書の中の存在だったのです。

 

「……パパ、ダイエーって何? スーパーの名前?」

 

「あ……いや、そうなんだけど、今は球団持ってるんだよ」

 

「近鉄……? 電車の名前じゃないの?」

 

「……そうね。未来では球団がないんだったわね」

 

時代の断絶を、野球中継という意外なところで突きつけられた二人。

 

1994年の「当たり前」が、未来の子供にとっては「未知の世界」。

 

(これ……歴史の勉強を教えるより、今の常識を教える方が大変かもしれねーな……)

 

コナンは苦笑いしながら、ふと「未来ではこの球団がどうなっているのか」を詳しく聞きたくなりましたが、ヤブヘビになりそうなのでグッと堪えるのでした。

 

「そういえば……お父さんとお母さんの時代って1994年……」

 

雫がふと思い出したように呟きました。

その呟きに、コナンはテレビから目を離して問いかけます。

 

「ああ……それがどうかしたのか……?」

 

「お父さんとお母さんって、好きなサッカー選手はいる……?」

 

「そりゃあ……東京スピリッツのヒデ(赤木 英雄)……」

 

コナンが即答すると、隣でファッション誌をめくっていた灰原も顔を上げました。

 

「ビッグ大阪の比護選手よ……?」

 

二人の答えを聞いた雫は、まるでお化けでも見たような顔で「……」と沈黙しました。

 

「……ヒデ選手って引退したはずでは……? あと、比護監督になったのは……ご存知……?」

 

「「いつの時代の話だ……!?」」

 

コナンと灰原の声がハモりました。

 

自分たちのヒーローが現役バリバリで活躍しているこの1994年において、彼らが「引退」し、あろうことか「監督」になっているという未来の話は、あまりにも衝撃的すぎました。

 

「2021年……」

雫がポツリと答えると、コナンは少し寂しそうに、でもどこか嬉しそうに笑いました。

 

(そうか……。時は流れて、彼らも次のステージに行ってるんだな……)

 

「雫の好きなサッカー選手はいるのか……?」

 

コナンが優しく尋ねると、雫の瞳がパッと輝きました。

 

「バルバロッサ広島の鷹嶋選手……! ポジションはお父さんと同じ……MF(ミッドフィルダー)……」

 

「そうか……そうか……。いるにはいるんだな……?」

 

自分の愛したサッカーが、未来でもちゃんと続いていて、娘が自分と同じポジションの選手を応援している。その事実に、コナンの胸に温かいものが込み上げます。

 

「うん!」

 

雫の元気な返事が、阿笠邸のリビングに響きました。

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