名探偵コナン短編連載「時をかける異邦人」   作:アサシン・零

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第7話「永遠不変後編」

「なるほどね……。ブルーウェーブ(神戸オリックス・ブルーウェーブ)とバファローズ(大阪近鉄バッファローズ)がくっついて、私たちが知っている『オリックス・バファローズ』になるんだ……」

 

雫は、1994年のスポーツ新聞の片隅にある順位表を指でなぞりながら、まるで古文書を解読する学者のように微笑んだ。

 

「今はまだ、イチロー選手が彗星のごとく現れたばかりの時代だものね……」

 

「……なあ、祐介」

 

コナンは、2021年の夢の中で見た、ある奇妙な球団名が頭から離れず、三男に問いかけた。

 

「あの世界で見た『東北楽天ゴールデンイーグルス』ってのは一体なんなんだ? 1994年のパ・リーグにはそんな名前、影も形もねーぞ」

 

祐介は腕を組み、未来の歴史を講義するように答えた。

 

「ああ、それは2004年に起きた球団再編騒動の結果、新しく誕生したチームだよ。お父さんたちの時代からすれば、ちょうど10年後の話だね。I

 

T企業が球団を持つなんて、今の時代の人に言っても信じてもらえないだろうけど」

 

「……IT企業?」

 

コナンは「スマホ」という言葉を思い出し、改めて時代の差に愕然とした。

 

一方、灰原はテレビから流れるプロ野球速報に目を向けていた。

 

「『横浜TBSベイスターズ』は……また最下位ね。『那須野投手、なぜストレートで押さないのかしら。』変化球ばかりで自滅しているように見えるわ」

 

「さぁな……。中央リーグ(セ・リーグ)の順位表を見るのが苦痛になるレベルで負け越してやがる」

 

コナンが吐き捨てるように言うと、雫が不思議そうに首を傾げた。

 

「TBSベイスターズ……? 私たちの時代のベイスターズとは、親会社の名前が違うみたい」

 

「驚くほど弱いわよ、今の彼らは」

 

灰原が冷淡に付け加えると、祐介がポンと手を叩いた。

 

「そうか……! 1994年にはスマホもSNSもない。だから、

 

ネットニュースで一瞬にして結果を知ることも、ファンの怒りのツイートを見ることもできない。お父さんたちは、夜のスポーツニュースや翌朝の新聞を待たないと、情報が集まらないんだね!」

 

「情報の断絶……不便だけど、ある意味では贅沢な時間の使い方ね」

 

灰原は皮肉っぽく笑ったが、コナンは真剣に順位表を睨んでいた。

 

「大洋ホエールズから築き上げた古豪の意地はどこへ行ったんだよ……。今はまさに、暗黒時代の真っ只中ってわけか」

 

1994年の茶の間。

 

ブラウン管テレビが放つ熱と、情報の遅さ。

 

コナンと灰原は、未来の子供たちから「これから起きる悲劇(あるいは奇跡)」を予習させられながら、改めて自分たちが「不自由な現在」に生きていることを実感していた。

 

「……ねえ、パパ。未来では、ベイスターズもちゃんと優勝争いをするようになるから、あんまり落ち込まないで?」

 

雫の優しいフォローに、コナンは「……そうかよ」と短く答えたが、その顔には「早く21世紀になってほしい」という切実な願いが浮かんでいた。

 

ブラウン管テレビから流れる地方ニュース。そこには、真新しい銀色の車体が、高架線の上を滑るように走る映像が映し出されていた。

 

「へぇ……。広島の方に、新しい交通システムができるみたいだな」

 

コナンがポテトチップスをかじりながら呟くと、隣でファッション誌を眺めていた灰原が顔を上げた。

 

「新交通システム……? 以前、地下鉄の計画があったはずじゃなかったかしら。それを断念して、ゆりかもめのようなゴムタイヤ式にしたのね」

 

「まあ、ゆりかもめと違って、こっちは中心部を地下に通すらしいぜ。日本初の地下を走る新交通システムってわけだ」

 

コナンの言葉に、背後でパズルを解いていた雫が「あ!」と声を上げた。

 

「それ、アストラムラインだ! そうか……1994年だから、ちょうど開業する時期なんだね。懐かしい……あ、私からすれば『大昔のニュース』か」

 

雫は、2021年の未来では当たり前のように広島の街を支えている路線の「誕生の瞬間」を、不思議な心持ちで見つめていた。

 

一方、画面の向こう側の広島では、壮大な「大人の事情」が渦巻いていた。

 

広島電鉄と市役所という強力なバックアップを得て、第三セクター『広島高速交通』として産声を上げた1号線。

 

しかし、その裏ではJR西日本との激しい火花が散っていたのだ。

 

新路線のルートが既存のJR可部線と交差する地点。

 

「ここに新駅を作るべきだ」とする市側と、慎重な姿勢を崩さないJR。

 

その激論の末に、古市橋駅と緑井駅の間に、連絡駅としての『大町駅』が誕生する……という歴史的瞬間に繋がっていくのだが、1994年のコナンと灰原は、まだその舞台裏までは預かり知らない。

 

「地下にも潜るし、高架も走る……。ゴムタイヤで地下を走る感覚って、どんな感じなんだろうな?」

 

コナンは、新しいメカニズムに対する知的好奇心を隠しきれず、目を輝かせている。

 

「江戸川君、まさか広島まで乗りに行きたいなんて言わないわよね? 私たちは今、組織から目をつけられている身なのよ」

 

灰原が釘を刺すが、コナンは「分かってるよ」と生返事をしながら、画面に映る近未来的な駅舎を食い入るように見つめていた。

 

「パパ、大丈夫だよ。2021年には、その路線はもっと長く伸びる計画まで出てるから。今はその『一番新しい姿』を楽しんでおきなよ」

 

雫の言葉に、コナンと灰原は顔を見合わせた。

 

自分たちが知らない場所で、着実に未来へのレールが敷かれていく。

 

地下を駆け抜ける新しい風の音を想像しながら、コナンは1994年という「変化の真っ只中」にある時代の熱量を、改めて肌で感じていた。

 

工藤邸の書斎。コナンはページを捲る指を止め、感心したように声を上げた。

 

「へぇ……。この1994年、JR西日本の駅名がかなり整理されて改名されてるんだな」

 

「そうね。阪和線や関西本線の『湊町駅』が『JR難波駅』に。山陰本線も嵯峨野線の愛称でルートが少し整理されて、『嵯峨駅』が『嵯峨嵐山駅』に名前を変えたわ」

 

隣でノートを広げる灰原が、淀みなく補足する。

 

「他にも、呉線には新駅の『安芸長浜駅』が開業している。忠海と大乗の間ね」

 

その様子を後ろから覗き込んでいた雫が、ふと純粋な疑問を口にした。

 

「ねえ、パパ、ママ。この時代の電車って、どんなのが走っているの? 私たちの頃とは全然違うんでしょ?」

 

コナンは「図鑑を見るより早いぜ」とニヤリと笑った。

 

「電車なら103系(1964年誕生)、105系(1981年誕生)……それに113系(1963年誕生)や115系(1963年誕生)、117系(1979年誕生)の国鉄型が主力だ。201系(1981年誕生)や205系(1985年誕生)もバリバリの現役で、どこへ行ってもこの顔に会える時代だな」

 

「気動車ならキハ40系や47系(1977年誕生)が地方の足を支えているわ」

 

灰原が窓の外に目を向けるように続けた。

 

「少し数は減ったけれど、急行列車にはまだキハ58系(1961年誕生)が使われている。あの独特のエンジン音、2021年のあなたたちには珍しいでしょうね」

 

話題が新幹線に及ぶと、コナンの口調はさらに熱を帯びた。

 

「新幹線なら0系、(1963年誕生)100系(1985年誕生)、200系

(1982年誕生)。それに300系(1990年誕生)と、オール2階建てのE1系(1994年誕生)がいるぞ」

 

「0系と100系、300系は東海道・山陽新幹線ね。0系と100系は主に『こだま』や『ひかり』。そして最近登場したばかりの300系が、新しくできた『のぞみ』として君臨しているわ」

 

灰原が時刻表の黄色いページを指差す。

 

「なるほど……。1994年ってことは、『のぞみ』が生まれてまだ4年目なんだ」

 

雫は、未来では引退して久しい初代『のぞみ』300系の活躍を想像して目を細めた。

 

「200系は東北・上越新幹線用よ。東北はまだ盛岡までしか通っていないけれど、上越にはあの巨大なE1系『Max』が走り始めたばかり。どれもこれも、2021年の基準から見れば『鋼鉄の塊』のような重厚感があるわね」

 

コナンは、指でなぞった時刻表の路線図を見つめながら、静かに息をついた。

 

スマホをタップすれば一瞬で最適解が出る未来とは違い、この時代の移動には「調べ、待ち、揺られる」という確かな手触りがある。

 

「今のうちに、この唸るようなモーター音や、少し煤けたシートの匂いを覚えておけよ、雫。これこそが、1994年の『距離感』なんだからな」

 

コナンの言葉に、雫は「うん!」と力強く頷いた。

 

ブラウン管のニュースの音と、古いインクの匂い。

 

かつて日本中を駆け巡っていた鋼のスターたちの鼓動を、親子三人は時空を超えた時刻表の中で共有していた。

 

「コレは毛利のおっちゃん、朝から大騒ぎしてたぜ。ナリタブライアンが10年ぶりに史上5頭目の三冠を達成して、有馬記念まで制したってな……。1994年は、まさにあの馬の年だったんだ」

 

コナンが新聞のスポーツ欄を広げながら言うと、雫が「ナリタブライアン……」と呟き、記憶の糸を辿った。

 

「ブライアンズタイムの息子……だよね? 確か、怪物って呼ばれてた」

 

「ああ、ロベルトの孫で、ヘイルトゥリーズンから見れば曾孫にあたる血統だ」

 

コナンの専門的な解説に、雫はさらに問いを重ねる。

 

「じゃあ、この時代にデビューしたばかりのサンデーサイレンスの子供たちは?」

 

「サンデーサイレンスなら、ブライアンズタイムとは『従兄弟(いとこ)』の関係ね」

 

灰原が紅茶を口に運びながら、冷静に付け加えた。

 

「父方の祖父が同じヘイルトゥリーズンよ。ヘイローとロベルト……母親は違えど、同じ父から血を分けた兄弟。その息子たちが今、日本のターフで覇を競っているというわけ」

 

「(血筋、か……)」

 

コナンはふと、自分と同じ『工藤』の血を引く、ある男の顔を思い浮かべた。

 

「快斗の奴……元気でやってんのかな」

 

その頃、江古田高校の教室。

 

「ハックシュンッ!!」

 

黒羽快斗は盛大にくしゃみをし、鼻を擦った。

 

「……んだよ、誰かオレの噂でもしてんのか? まさか、あの名探偵じゃねえよな……」

 

「快斗、風邪なんじゃないの? 昨日の夜、窓でも開けっ放しで寝たんじゃない?」

 

幼馴染の中森 青子が呆れたように言うと、隣の席の小泉 紅子が妖しく瞳を輝かせた。

 

「いいえ、風邪ではないわ。彼にとっては……ね。遠い場所からの、妙な因縁を感じるわ」

 

再び、米花町の工藤邸。

 

「ねえ、パパ。競走馬の兄弟と、人間の兄弟ってどう違うの? お馬さんも、俊太郎お兄ちゃんたちみたいに仲良く遊んだりするのかな」

 

雫の純粋な疑問に、コナンは少し困ったように苦笑いした。

 

「それは分からねーが……。ただ、競走馬の世界じゃ、父親が同じなのは『異母兄弟』。本当に兄弟として扱われるのは、同じ母親から生まれた『全弟』や『半弟』たちなんだ。例えば、ナリタブライアンにはビワハヤヒデっていう、同じパシフィカスをお母さんに持つ兄貴がいる」

 

「お兄ちゃんがビワハヤヒデ、弟がナリタブライアン……。どっちも最強なんて、まるでお父さんと快斗お兄ちゃんみたいだね!」

 

雫の屈託のない言葉に、コナンは「よせやい」と照れくさそうに顔を背けた。

 

1994年、最強の兄弟たちが砂塵を巻き上げ、ターフを支配した時代。

 

血の繋がりが織りなすミステリーは、馬も人間も変わらない。

 

コナンは、いつか2026年で再会する快斗の不敵な笑みを想像しながら、1994年の冬の空を見上げた。

 

「……騎手さんや野球選手の人たちも、パパと同じ気持ちなのかな?」

 

雫の問いかけに、コナンは1994年のスポーツ新聞に躍る『武豊』の文字を見つめた。

 

「武 豊騎手がそうだろうな……。父・武 邦彦という『ターフの魔術師』と呼ばれた偉大な背中を追う……。必ずしも追う必要はねーんだが、周囲の期待や血筋ってやつは、どうしてもプレッシャーになる。野球だってそうだ。あの長嶋茂雄監督と、現役でプレーしている長嶋一茂……。比べられるのは宿命みたいなもんだからな」

 

コナンの言葉を引き継ぐように、灰原が静かに、けれど強い眼差しで子供たちを見渡した。

 

「もしかしたら、サンデーサイレンスが父ヘイローの影を振り払って伝説になったように、あなたたちも葛藤することがあるかもしれない……。でも雫、祐介、みんな。父さんと母さんの影に構うことはないわ。あなたたちは、自分自身の途を歩みなさい……いいわね?」

 

しんみりとした空気が流れた直後、長男の俊太郎が呆れたように鼻で笑った。

 

「……何を今さら。だから僕は、2026年の世界で公安警察として働いているんじゃないか。お父さんのような『探偵』じゃなく、国家を守る『盾』としてね」

 

「……っ」

 

息子のあまりにも真っ当な「正論パンチ」を食らい、コナンと灰原は一瞬絶句した。

 

「ハハ……。全くだ。教えられるまでもなく、どいつもこいつも自分の足で立ってやがる」

 

コナンは照れ隠しに頭を掻き、灰原もまた、愛おしそうに子供たちへ微笑みを向けた。

 

「……ただし。技術や知識は進化しても、伝統は永久不変らしいな」

 

コナンがポツリと呟く。

 

「そうね。私たちが培ってきた推理力、分析力、そして真実を見抜く洞察力……。それだけは、しっかりこの子たちに受け継がれているもの」

 

工藤邸のリビング、1994年の柔らかな冬の陽だまり。

時代がどれほど移り変わり、プロ野球の球団名が変わり、名馬の血筋が塗り替えられようとも、親から子へと受け継がれた「魂の形」だけは変わらない。

 

「さあ、お喋りはここまで。お昼ご飯にするわよ。……今のうちに、1994年の美味しいお肉を食べておきなさい」

 

灰原の号令に、未来の大人たちは子供のような歓声を上げた。

 

その光景を眺めながら、コナンは確信していた。

 

例えまた、どんな歴史の荒波が来ようとも。自分たちの血を引くこの子供たちなら、どんな「未解決の未来」をも切り拓いていけるはずだ、と。

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