聖女と聖剣の旅   作:妄想零炎

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第4章 光輝の騎士、震撼す。

 

 国境の要衝ラインハルト。その戦いの爪痕が残る城門へ、黄金の陽光を背負って一隊の騎馬軍団が駆け込んできた。

 

 先頭を行くのは、王国の第一王子、シグルド・フォン・ルミナス。

 

 白銀の全身鎧に身を包み、腰には王家に伝わる名剣グラム(こちらは由緒正しく、選ばれし者の手によってスッと抜ける名剣である)を佩いている。

 

 風になびく金髪と、憂いを帯びた碧眼。彼はまさに、エルナが夢にまで見た「絵本から抜け出してきたような王子様」そのものだった。

 

「……遅かったか!  エルナ、今助けに行くぞ!」(CV:宮野真守)

 

 シグルドの声は、訓練されたバリトンの調べをもって戦場に響き渡った。

 

 彼はラインハルトが四天王デズモンドに襲撃されたという報を聞き、愛馬を三頭潰す勢いで不眠不休の行軍を続けてきたのだ。彼の脳内では、すでに完璧なプロットが組み上がっていた。

 

 恐ろしい死霊騎士に追い詰められ、涙を浮かべて祈る可憐なエルナ。

 

 そこへ自分が颯爽と現れ、デズモンドを討ち取り、崩れ落ちる彼女の細い腰を抱きしめる。

 

 そして耳元で囁くのだ。『もう大丈夫だ、僕の小鳥。君を怖がらせるものは、この僕がすべて斬り伏せたから』(CV:宮野真守)と。

 

 だが、門をくぐったシグルドの瞳に飛び込んできたのは、予想だにしない光景だった。

 

「……あ、あの、兵士諸君。状況を報告せよ。死霊騎士デズモンドはどこだ?  我が国の宝、聖女エルナの身に万が一のことがあれば――」

 

 シグルドが焦燥を露わにして問いかけると、守備隊の分隊長が、どこか疲れ果てたような、悟りを開いたような顔でゆっくりと指を差した。

 

「ああ、王子。……デズモンドなら、あそこに『展示』されてますよ」

 

「……展示?」

 

 シグルドが訝しげに視線を向けると、そこには戦場というよりは「大規模な土木工事の失敗現場」のような惨状が広がっていた。

 

 直径二十メートルはあろうかという巨大なクレーター。その中心部には、漆黒の甲冑を纏っていたはずのデズモンドが、まるで押し花のように平べったくなり、地面と完全一体化(ツライチ)して埋まっていた。

 

 その頭部があったと思われる場所には、無慈悲にも「岩の角」で叩き潰された痕跡があり、周囲の石畳は衝撃波で粉々に粉砕されている。

 

「……これは、一体……?  いかなる大魔導行使の結果だ?  古代魔法『メテオ』か、あるいは禁忌の重力魔法か?」

 

「いえ、王子。物理(フィジカル)です」

 

 分隊長は遠い目をして、当時の状況を語り始めた。

 

「聖女様がですね、背中に担いでいた巨大な岩……ご本人は『実家から持ってきた家宝の漬物石』と仰ってましたが、それを背負子ごと放り投げ、空中でキャッチし、そのまま自由落下のエネルギーを乗せて、デズモンドのどたまにズドン!   

 と」

 

「……漬物石を、投げた?」

 

「はい。その後、動かなくなったデズモンドを見て、聖女様は『あー、やっぱり重心がズレてるわ。もっと重い岩に付け替えないとダメかしら』と、爽やかな笑顔で力こぶをチェックしておられました」

 

 シグルドは絶句した。そして、自分が用意していた「震える彼女を抱きしめる」ための腕を見つめた。

 

 ……この腕で、あの「四天王をプレス機のように潰す女性」を抱きしめられるだろうか?

 

 もし抱擁の際に、彼女が「嬉しい!」と反射的にハグを返してきたら?

 

 自分の肋骨は、果たしてデズモンドの甲冑よりも強固だろうか?

 

「……王子?  どうなさいました、顔色が真っ青ですが」

 

「い、いや。何でもない。……ただ、少しだけ『騎士』という職業の定義について、再考する必要があると感じただけだ」

 

 守るべき乙女が、自分よりも遥かに強く、辺りをを更地にしているのなら、私は一体何のためにここにいる……?

 

 シグルドの心の中で、恋心という名の温かな灯火が、生存本能という名の冷たい消火器によって、じわじわと消し止められていく音がした。

 

 白亜の城塞都市ラインハルトに入城した際、彼はまだ、自らの「運命」を信じていた。

 

 背負った名剣グラムの重みは心地よく、その胸には、危機に陥った可憐な聖女エルナを救い出し、愛を誓うという輝かしいプロットが完成していたのだ。

 

 しかしそれが今、音を立てて「物理的に」崩壊し始めた。

 

「……あ、あの、分隊長。もう一度、確認させてもらいたいのだが」

 

 シグルドは、デズモンドが埋まっていた「巨大なクレーター」の縁で、引き攣った笑顔を浮かべていた。

 

「この穴は、聖女エルナが……祈りによって神の雷を呼び、その神聖なる裁きによって穿たれたもの、なのだな?  そうだろう?  そうだと言ってくれ」

 

 分隊長は、まるで見たこともない深海魚を見るような目で王子を見つめ、静かに首を振った。

 

「いえ、王子。ですから申し上げた通りです。エルナ様がですね、あの、背中に背負っていた『漬物石のような何か』を両手でガシッと掴みまして……『ちょっとそこどきなさいよ!』とお叫びになりながら、フルスイングされたんです」

 

「フルスイング」

 

 シグルドの口から、乾いた単語が漏れた。

 

「ええ。ちょうど、その、デズモンドのどたまの高さに、遠心力で最大加速された岩の角がピタリと。……あの瞬間、空気が『割れた』ような音がしましたよ。死霊騎士の甲冑?  ああ、あれはもう甲冑じゃありません。ただの『銀紙』のように丸まって、本人の骨と一緒に地面にラミネートされちまいました」

 

 シグルドの視線の先には、たしかにデズモンドの兜だったと思われる「平べったい鉄屑」が、地面にパテのように塗り込まれている。

 

「ラミネート……」

 

「さらに、エルナ様はこう仰ったんです。『あー、やっぱり重心がズレてて、いまいちパンチに欠けるわね。次はもっと空気抵抗を考えた形に整形しなきゃ』と」

 

 彼が知っている物語の中の聖女とは、教会の庭で小鳥と戯れ、祈りの最中にうっかり居眠りをしてしまうような、守ってあげたくなる「聖女」だったはずだ。

 

「……そ、それで、エルナ嬢は、その時どのようなお顔をされていたのだ?  やはり、人を手にかけてしまった(といっても死霊騎士だが)という罪悪感に、その華奢な肩を震わせていたのではないか?」

 

「いえ、すこぶる健康的な、いい汗かいたって感じの笑顔でしたよ。その場でスクワットを十回ほどされてから、『よし、鍛冶の街に行くわ!  漬物石を改造しなきゃ!』と言い残して、岩を担いだまま駆け抜けていかれました。時速は、そうですね……全力の軍馬より少し速いかな、と」

 

 シグルドは、自分の細い指先を見つめた。

 

 この指で、「巨大な岩の塊」を振り回す女性を、抱きしめるのか?

 

 ……折れる。確実に、自分の腕か、あるいは腰の骨が、一瞬で木っ端微塵になる。

 

「王子!  大変です!  ラインハルトの郊外、聖女様が通られた道の周辺を確認してきたのですが……!」

 

 偵察に出していた騎士が、青ざめた顔で駆け寄ってきた。

 

「なんだ、どうした!?  新たな魔王軍の伏兵か!?」

 

「いえ!  街道沿いに生えていた樹齢百年の大樹が、三本ほど『なぎ倒されて』います!  また、その進行方向には点々とAランクの魔物や魔獣たちが形を留めぬままに潰れておりまして……」

 

「形を……留めぬまま……」

 

「兵士たちの間では、すでに新しい二つ名が定着しつつあります。『無慈悲の鉄槌』、あるいは『歩く重力崩壊重機』。……王子、本当に我々は彼女を追いかけるのですか?  あれは救いに行く対象というより、接触禁止人物に指定すべき災厄に近いのでは……」

 

「黙れ!  彼女は、聖女エルナは……僕の、フィアンセ候補なんだぞ……!」

 

 シグルドはそう叫んだが、その声はかすかに震えていた。

 

 脳裏には、結婚式の初夜、エルナに「嬉しいですわ」と手を握られた瞬間、自分の右手が複雑骨折する未来図が鮮明に浮かんでいた。

 

 彼はラインハルトを後にし、王命に従って彼女を追うことにしたが、その進軍速度は極端に遅かった。

 

 もし。

 

 もし、追いついてしまったら?

 

 彼女が「シグルド様ぁー!」と喜んで飛び込んできたその瞬間、自分の人生は終わるのではないか? その溢れんばかりの情熱をもって自分を抱擁した瞬間、王家の鎧は銀紙のように丸まり、自分はラインハルトの石畳に続く「ラミネート加工品・第二号」になるだろう。

 

 シグルドは震える手で馬の手綱を握り直し、ただ一言、誰にともなく呟いた。

 

「……鎧、もっと厚く作っておけばよかった」

 

 ――シグルドよ、そうじゃない。

 

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