焼けた空の英雄、教師になる(非常勤)   作:ラス夢

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第9話『不干渉を貫け』

 

正直、気は進まなかった。

 

「ね、ちょっとだけ見に行こうよ!

あの壁の近く!立ち入り禁止になったじゃん?

それさ…逆に気にならない?」

 

放課後。

クラスメイト数人に囲まれて私は歩いていた。

行き先はキヴォトス全域を囲っている"アレ"。

 

大昔いつの間にか設置されて、

いつの間にかみんなして「近づくな」と

言われるようになった大きな外壁。

 

(……そういえば理由、聞いたことないなぁ)

 

"危ないから"

"念のため"

"安全確保のため"

 

大人たちの説明はいつもそれだけ。

 

(……でも一体、何を守ってるの?)

 

誰も知らない。

だから興味だけが先に膨らむ。

 

"「カズサも来るなら安心だし。

ね~~~~~?」"

 

なんて、そんな理由で

私も人数に数えられていた。

 

実は今日の朝、担任より釘を刺されるかのように

通達があったのだ。

 

「"外壁"全域の工事が近日入るため、

絶対に近付かないように」

 

と。

私たちはそれを無視し、実際のところ

何が起きているのかコッソリ見に来ているワケだ。

 

外壁は、近付いてみると想像以上に高かった。

見上げると、空を切り取るみたいにそびえている。

 

素材は無機質な…鉄?コンクリート?

継ぎ目も少ない。

 

「ほんとに、The壁って感じだよね」

 

「中、どうなってるんだろ」

 

「……どうなってるも何もさ…」

 

普通は、何もないはずだ。

そう思っていた。

 

でも。

 

「……あれ?」

 

一人が、遠くの方の壁の根元を指差した。

 

「扉、開いてない?」

 

本当に、ごく僅か。

人が無理をすれば潜れる程度。

 

「え、入れそうじゃん」

 

「ねっ、カズサぁ~~~~~

ちょっとだけ、ね?」

 

「…ホントにそれ、ちょっとで済むの?」

 

止める言葉を探す前に、

一人、二人と潜り込んでいく。

 

(……置いていくのは、流石に無いか…)

 

結局、

私も後に続くように扉の中へと入っていった。

 

壁の内側は妙に静かだった。

 

風が、ない。

音が、遠い。

影が、濃い。

 

「……な、なんか空気重くない?」

 

「きっっっ、ききききき気のせいでしょ」

 

足元は、何故か固い地面と土が混じっている床だった。

あんな外見の壁の癖して、中はまるで洞窟のようだ。

 

「……ここ、本当に何?」

 

守るための壁。

でも、何から守っているのかは分からない。

その違和感が、背中に張り付く。

 

その時。

 

「……ねえ」

 

先頭の子が急に立ち止まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……あれ、なに」

 

震えた声で、指を指す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

最初はただの影だと思った。

地面の盛り上がり。

瓦礫の塊。

 

でも。

 

(……動いた!?!?)

 

ゆっくり。

確実に。

太い輪郭が、うねるように揺れる。

 

節。

節。

節。

 

(……イモムシ、かな?)

 

しかし、大きさがおかしい。

人より太い。

人より長い。

皮膚は鈍い色で、金属でも石でもない。

所々青緑色に発光している。

顔のように見える部位はまるで一面口のようで、

360度歯が敷き詰められている。

 

「……嘘、でしょ…?」

 

誰かが声を押し殺す。

 

"それ"は、"生き物"。

それだけは、はっきり分かった。

 

“それ”が身体を持ち上げる。

地面が低く軋む。

 

「……かっっっっ、かかかかかかかか帰ろ」

 

誰かが、震えた声でそう言った。

でも、足がすぐに動かない。

視線が、"それ"から離れない。

 

(……見ちゃいけない)

 

分かってるのに。

視界を通じて身体の奥で、何かが蠢くのを感じた。

音がする。

低くて、湿ったような振動。

耳じゃなく、胸に響く音。

 

(……なに、これ)

 

虫でも、動物とも思えない。

分類など、できない。

 

その瞬間。

“それ”が、こちらを向いた。

顔かどうかも分からない。

 

でも。

 

(……見られた)

 

この場の全員、はっきりそう思った。

 

背筋が、凍る。

 

「……走って!!!!!!!!」

 

叫んだのは、自分だった。

全員が一斉に動き出す。

 

背後で、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ずるり

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

重いものを引きずる音。

 

(……来てる!!!!)

 

振り返らない。

私達は全力で走る。

そのうち、壁の隙間が見えた。

 

一人、二人、また一人潜り抜けた。

私も、必死で身体を滑り込ませる。

 

外に出た瞬間、空気が変わった。

 

音が戻る。

風が戻る。

光が戻る。

 

全員、その場に座り込んでいた。

 

「ぜぇ…ぜぇ…

……なに、今の…」

 

「はっっ…はっっ…

見間違い……だよね?」

 

誰も答えられない。

私達の持っている銃で攻撃することもできたはずだ。

けど、

"それ"はその意欲すらを私達から掻き乱し、抹消した。

 

私は外壁を見上げた。

当然、壁以外何も見えない。

 

(……でも)

 

確かに、中に“何か”がいた。

 

何のための壁なのか。

何を閉じ込めているのか。

 

(……知らなくてよかった、はずなのに)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その夜。

ベッドの中で目を閉じる。

 

浮かぶのは、うねる影。

人のサイズを超える、

イモムシみたいな…正体不明の生き物。

 

(……理由、聞かされないはずだ…)

 

あれを見たら、説明なんてできない。

説明したところで、誰も信じない。

 

節のある長い身体。

地面の振動。

 

(……あれ、そもそも動物?)

 

違う。

動物なら説明できる。

 

(……じゃあ、何)

 

答えは出ない。

ただ、一つだけ分かる。

 

(……壁は、必要だった)

 

あれを、街に出しちゃいけない。

理由は分からないけど、直感がそう言ってる。

 

天井を見つめながら、一つ心に決める。

 

(……言わない)

 

誰にも。

聞かれても笑って誤魔化す。

それが今の正解だ。

 

そして同時に、

胸の奥で一つの確信が芽生えた。

 

(……ラスティ先生は、知ってる)

 

根拠はない。

でも。

 

「知らないままでいい人」と

「知ってしまってる人」がこの街には、一人しか居ない。

 

でも…

 

(……先生)

 

もし、先生が一人で背負ってるなら。

それを全部じゃなくてもいい。

少しだけ、分けてほしい。

 

そう思ってしまった時点で、

私はもう

「知らない側」には戻れなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日は何事もなかったみたいに始まった

 

ホームルーム。

いつもの席。

いつもの声。

 

「昨日さー」

「見た?あの配信」

「次のテストやばくない?」

 

世界はちゃんと回ってる。

 

(……私だけ、止まってる)

 

外壁の内側で見たものは、

誰の口からも出てこない。

話題にすらならない。

 

それが、一番おかしいはずなのに。

 

あの場にいたお喋りな子たちも、

何も言わなかった。

目が合っても、一瞬だけ逸らす。

 

(……口裏合わせ、してないよね)

 

でも、似たような空気が過去から伝わってくる。

 

「言わない方がいい」

「言っても、どうにもならない」

 

言葉にしない合意。

 

(……怖い)

 

怪物がいたから、じゃない。

それを“無かったこと”にできてしまう状況が。

 

いつもの授業中。

ノートを取りながら、ふと窓の外を見る。

外壁は、ここからだと小さく見える。

 

でも。

 

(……ある)

 

確実に。

理由も知らされないまま、「守られている」場所。

 

(……守られてる、って何)

 

何から?

誰が?

考え始めると、思考が同じところを回った。

 

今日の放課後は、

なんだかいつもより早く訪れたような気がした。

 

帰り道。

足が、無意識に遠回りする。

 

外壁の方角。

もちろん、近づかないし、近づけない。

 

「……もう一回見たら、もう戻れなくなっちゃう…」

 

あのうねる影。

音。

空気。

 

(……知らない方が、楽)

 

そう思うのに。

 

(……でも、知っちゃった…)

 

誰にも説明されないままに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

報告は、想定より早かった。

端末に表示される識別コード。

 

連邦生徒会・技術監査部。

 

(……外壁の内側か)

 

ついにこの時が来たかと思うと同時に、

私は静かに通信を開いた。

 

COMMS CHANNEL : SECURE

PARTICIPANTS : FSC / TECH AUDIT

 

映像は出ない。

いつもの私担当の生徒会メンバーの音声のみ。

 

――特殊任務担当者ラスティ

――外縁部封鎖区域において

――生体反応と思しき存在が確認されました

 

言葉を選んでいる。

つまり、確信はない。

 

――外形は節状

――人のサイズを超える

――生徒による偶発的接触事案あり

 

(……見られたな)

 

――当該存在について

――心当たりはありますか

 

来た。

私は、一拍置いてから答えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「焼くと美味いぞ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

通信が、時が止まった。

 

一秒。

二秒。

 

一瞬の間のハズだが、それが永遠に思えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――……は?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

明確な困惑。

 

――今、

――なんと?

 

私は、落ち着いたトーンで続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「焼くと、美味い」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――……

――確認します

――我々は

――“正体不明の生体反応”について

――質問しています

 

「理解している」

 

――冗談ですか?

 

「冗談ではない」

 

即答。

一瞬、複数人が同時に息を吸う気配。

私は追い討ちをかけるよう、さらに付け加えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「生でもイケるぞ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

通信の向こうで完全な沈黙。

誰もすぐに言葉を発せない。

 

――………………

――………………

――……技術監査部、聞こえていますか?

――……はい、聞こえています

――聞こえては、います

 

声が明らかに引きつっている。

 

――確認します

――あなたは

――封鎖区域内に存在する

――未知の巨大生物について

――「調理経験がある」と?

 

「個人的な経験談だ」

 

淡々と返す。

 

――……

――それは

――任務外行動では?

 

「…昔の話だ」

 

それ以上は言わない。

 

「本題に戻れ」

空気が、一気に引き締まる。

 

――コホン……了解しました

――当該存在は

――外壁内側に定着している可能性があります

 

「妥当だ」

 

――攻撃性は?

 

「刺激しなければ、低い」

 

――野生動物に近いですか?

 

「違う」

 

即答。

 

――では、分類は?

 

「不要だ」

 

短く言い切る。

 

――理由を

 

「分類した瞬間に、

 “管理できる”と錯覚する」

 

沈黙。

 

――……封鎖は?

 

「維持しろ」

 

――調査は?

 

「掘るな。照らすな。近づくな」

 

――……了解しました

――当該存在については

――“存在が不明なもの”として

――記録します

 

――なお

――先ほどの発言ですが

――「焼くと美味い」

――「生でもイケる」

――これらは

――正式見解では?

 

「違う」

 

即答。

 

「私見だ」

 

――……

――記録からは

――削除します

 

通信が、切れた。

 

COMMS STATUS : CLOSED

 

私は、椅子に深く座り直した。

 

(……反応は、上場だな。

我ながら愉快だった)

 

これで深入りはしないだろう。

外壁内の調査は、彼女らには任せられない。

 

あとは…私が何とかしようか

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一方その頃、連邦生徒会の某室内にて

 

「……切れた?」

 

「切れました」

 

「「「「「「…………」」」」」」

 

数秒の沈黙。

 

「……ねえ」

 

「……なに」

 

「ラスティ先生って基本的に、

顔も良くて、声も良くて、仕事も完璧でさ」

 

「うん」

 

「性格も冷静で理知的でカッコイイのに」

 

「……うん」

 

「ちょっと、変じゃない?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「「「「「ちょっと?」」」」」」

 

珍しく全員の意見が一致した瞬間だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやゴメン…だいぶ」

 

「生でもイケる、は普通出てこないわよ」

 

「なんで食の話になるの」

 

「しかも即答」

 

「たまにいるわよね。怖いというより

 価値観が違うタイプの天才」

 

「……でも」

 

一人が、小さく言う。

 

「止めろって言われた場所、

 本気で止めた方が良さそうね」

 

「同意」

 

「変な人が

 ああ言うってことは」

 

「……見ちゃダメなやつ」

 

全員が、

無言で頷いた。

 

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