焼けた空の英雄、教師になる(非常勤)   作:ラス夢

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第16話『蜘蛛返し』

 

クロノス報道部の中継が嫌でも目に入る。

 

投影された画面は揺れており、

解像度の荒い空の下――濃紺の“あの機体”と、

トリニティを襲った重装の敵機がぶつかり合う

瞬間を切り取っていた。

 

爆炎が花みたいに咲き、瓦礫が砂埃になって舞い、

巨大な金属の塊が“人間の喧嘩”みたいな速度で

間合いを詰める。

 

(……ラスティ先生…)

 

倉庫で見た、

夜の暗がりで眠っていた巨大な“鳥”みたいなやつ。

それが今は、トリニティの空の下で戦ってる。

 

校舎が燃えてる。

人が逃げてる。

悲鳴が途切れない。

 

それを――

 

「おおっとォ!? ここで鋭い回り込み! 

完全にサイドを取ったァ!!」

 

川流シノンの実況が、やけに明るい声で叩き込んでくる。

 

クロノス報道部。

普段から何でも“絵”にする連中。

でも今は、笑っていいのか分からない。

 

「来た来た来たァ!

ガトリングのような銃から放たれる弾丸、まるで嵐の壁! 

しかし濃紺の機体――これをスピードでぶった切るッ!

これは機動力の押し付け合い!激しい攻防が続くッ!!」

 

まるで、格闘技の実況解説みたいなテンションで

現場実況が轟く。

 

(……なにやってんだか…)

 

これは試合じゃない。

勝った方がベルトを貰うやつじゃない。

負けた方が、死ぬ…本気のやつ。

 

画面の向こうの先生のロボットは止まらない。

火線を避けて、角度を取って、痛いところを狙う…

まるで相手の呼吸を読むみたいに動く。

 

「いやぁ、これ完全に“打撃戦”じゃないですか!?

おっとぉ出た! 高高度からの――落下ブースト突撃! 

観客席があったら総立ちですよォ!!」

 

そんなものはもちろんはない。

そこにあるのは――

燃える校舎と、泣いてる生徒と、瓦礫と、焦げた匂いだけだ。

 

私は中継から目を逸らした。

見るていると、心が引っ張られるような気がしたから。

しかし見ていないと、怖くなってしまう。

どっちも嫌。

 

だから私は、今できることをやる。

そんな私はサンクトゥムタワーの防衛…

シャーレの先生の指揮の下、私はそこに参加していた。

 

サンクトゥムタワーの周辺は、

他の学園とも空気が違う。

高い塔の影が地面に落ち、建物の角が作る陰が濃い。

いつもなら観光みたいな気分になる場所なのに、

今日は空気が鉄臭い。

爆発の余韻がまだ漂っていて、喉の奥に煤が絡む。

 

周辺の避難誘導は完了した。

泣いて立ち尽くす子を肩で押して、

瓦礫に足を取られてる子を抱えて、

「走って!」って叫びながら導線を作り、

頭の中を空っぽにして動いた。

 

避難が一段落して、私はようやく呼吸を整えられた。

その時、ミレミアムの…

ユウカさんが端末を抱えて戻ってくる。

 

「あ、いた…カズサさん、こっちです!

一度、先生のところに合流してください!」

 

「…ッ分かった!すぐ行く!」

 

声が若干詰まる。

叫び続けたせいか喉が乾いて、声が上手く出ない。

 

そんな時、正義実現委員会の副委員長…

ハスミ先輩がライフルを肩に掛け、横から私に声をかけた。

 

「すみません、大丈夫でしょうか?

かなりお疲れの様子のようですが…

とりあえず、コレをお飲みください」

 

ハスミ先輩の手から、

ペットボトルの水を手渡される。

 

「あ、ありがとうございます。

…まぁ、普段こういうことしないし…

正実の副委員長さんなら、こういうの慣れてるんじゃ?」

 

「えぇまぁ…

しかし、こうも大規模なテロとなると、私でも体力的に

苦しくなってくるものです…」

 

普段から現場に赴き、正実として任務に当たっている

このハスミ先輩であっても、この状況というのは

厳しいものがあるらしい。

 

遠くに目をやると、

自警団のスズミ先輩が周囲を警戒しながら避難者を誘導し、

ゲヘナのとこのチナツさんが

救護用のバッグを抱えたまま走る。

私の側に来てくれたハスミ先輩も、

いつの間にか避難者の誘導を手伝っていた。

 

全員、顔が硬くなっているのが手に取るように伝わる。

しかし、それでも目は折れてないようだった。

 

(すごいなぁ…)

 

私はその側で、自分の力が如何に貧弱かを思い知らされた。

 

(とりあえず…私もそろそろ動かなきゃな…)

 

私は、とりあえず回復したであろう重たくなった脚を

持ち上げ、ユウカさんが言っていたシャーレの先生が

指示を飛ばしている場所まで歩みを進めた。

 

そしてシャーレの先生は、

黒い画面だけが映るタブレット端末を弄りながら、

瓦礫の陰で状況を見ながら指示を出していた。

 

いつもとは全く違う、こういう荒事の時に見せる

完全本気モードな、鋭い目つき。

 

そんな先生に話しかけていいものか戸惑いつつも、

とりあえず声をかけてみる。

 

「えーっと…せんせ。

とりあえずこっちは終わったよ。

次は何すればいい?」

 

「ん…あぁ!

おかえりカズサ。

みんなと一緒に、避難誘導ありがとうねぇ」

 

まるでこちらに気付いていなかった先生は、

そう言いながら私の頭を軽く撫でる。

それだけなのに、なんだか胸が少し軽くなる。

 

「べ、別に…」

 

「……まぁ、まだ肝心の

"ヤツ"は上にいるんだけどねぇ…」

 

先生に釣られ、私も空を見上げると、

タワー周辺にも黒い影が残っている。

 

上空でアメンボみたいな、腰から4本の脚?が生えた

黒いロボットが移動する度に、赤い光がちらつく。

 

先生は頷いた。

 

「そう…厄介なやつが、ね」

 

その言い方は、その言葉の単純な意味よりも

更に奥深くの意味を感じてしまう。

 

「いやぁにしても…カズサの頭は撫で心地が良いねぇ…

この、大きくてモフモフなお耳のお陰かにゃぁ?」

 

「ちょっ、また…」

 

先生が私を撫でながら耳を堪能しようとした、その時。

先生の背中側から大きな声。

 

…というか、先生は女性の中でも背丈が大きい方だな、

と心の中で念じる。

声が聞こえた向こう側がまるで覗けない。

ラスティ先生程ではないものの、

少なくとも平均身長ではないということは分かる。

 

今度、当番のときにでも聞いてみよう。

 

「先生!逃げ遅れた方々の避難誘導、終わりました!」

 

そう言い走ってきたのは、

同じトリニティの制服を身に纏ったスズミ先輩。

額からは走り回った証とでも言うように、

汗が滴り落ちている。

 

「おぉ~!ありがとうスズミーン…!

相変わらず、頼りになるぅ~!」

 

「またスズミンって…

もう、先生…こんな時にからかわないでください」

 

「へへへぇ。許してよぉ~」

 

この状況がまるで嘘かのように

緩い会話が繰り広げられる。

というか、スズミンと言われたのを嫌がっているように

見せて、実のところ隠しきれない笑顔を浴びせられ、

はたまたイチャついているような様子を目の前で

見せつけられる私の気持ちを考えて欲しいものだ。

 

するとそんな先生の背後から、

 

「…せ~ん~せ~い~???」

 

「うわぁユウちゃん!?こ、こりゃ失敬…

いででででででででぇ……」

 

ユウカさんが先生の耳たぶを引っ張る。

すごく伸びているように見えるけど大丈夫だろうか。

しばらく耳たぶを掴まれていたが、多少赤くなっている

だけで先生はなんとも無さそうだ。

もう首の根元まで…

 

……伸びすぎでは?

 

「…ユウカさん。その辺りにしてあげましょう?

先生がセクハラ紛いなことをするのは、

いつものことではありませんか。」

 

「まぁ…確かに…毎回毎回怒ってられないわね。

先生、チナツさんに感謝してください」

 

「いててて…ありがとうねぇチナっちゃん…」

 

「礼には及びません」

 

すっかり伸びきった耳たぶをさすりながら、

先生はチナツさんに縋り寄り、抱き寄せる。

 

その様子がどうも納得がいかなかったのか…

ハスミ先輩が戻ってくるまで先生が

ユウカさんによって締め上げられたのは、

言うまでもないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

茶番はさておき…

 

…あの耳たぶと、変形した顔面の先生を、

はたしておいて良いものか…

 

私達はタワー上層階向かうことにした。

あの黒いロボットを倒すため。

 

高層ビル特有の長い階段を目指す。

エレベーターは当然稼働停止しており、

自力で登るしかないからだ。

いつもなら、塔の中から上へと続く道…

 

――だったはずの場所。

 

そこは、先の爆発で崩れていた。

階段が途中で折れ、

石材がぐちゃぐちゃに積み上がっている。

煙がまだ薄く漂い、瓦礫の間から熱が上がってくる。

 

「……ちょっと…上がれないじゃん」

 

思わず口にする。

ユウカさんが眉を寄せる。

 

「ルート変更が必要ね……

でも、迂回するには時間が――」

 

その時。

重く響くローター音。

風が吹き荒れ、砂埃が巻き上がる。

 

私達が反射的に身構えた瞬間、

青いヘリが目の前に降りてきた。

 

扉が開き、戦闘服を身に纏う四人組が現れた。

そのどこかしこにウサギっぽさを感じる、耳みたいな装飾。

 

「SRT特殊学園…RABBIT小隊、現着しました。

これより、シャーレの指揮下に入ります」

 

ヘリから降りてきた、

うさ耳ヘッドホンの少女が落ち着いた声で言った。

 

「先生、ご無事でしたか」

 

先生が、ほっとしたように笑う。

 

「来てくれてありがとうウサギちゃん達!すごく心強いよ!

…さて、ミヤコちゃん。状況はどうかな」

 

銀髪のロングヘアの少女。

“ミヤコ”と呼ばれた彼女が、一歩前に出る。

 

冷静で淡々と、その報告は正確だった。

 

「状況は芳しくありません。

外側からでしか確認できませんでしたが…

…内部は完全に炎で包まれています」

 

その言葉が、胸に刺さる。

 

炎。

 

タワーの中には、まだ人がいるかもしれないのに。

 

ミヤコさんは淡々と続けた。

 

「ドローンを何機か投入し、

要救助者を捜索しようとしましたが……

あの巨大なロボットにことごとく撃ち落とされてしまい…

…要救助者、その数不明です」

 

言いながら、彼女の目がわずかに曇る。

感情がないわけじゃない。

ただ、任務の中に押し込んでるだけ。

 

場の空気は上で燃え盛る炎とは正反対に凍りつき、

先生も一瞬だけ黙った。

 

沈黙の間に、風がヘリのローターで揺れ、瓦礫の粉が舞う。

焦げた匂いが、鼻の奥に刺さる。

 

「そっ、かぁ……」

 

先生が深く息を吐く。

 

「…分かった。ありがとうミヤコちゃん。

もちろん、他のみんなもね」

 

そしてその言葉は、優しかった。

でも、優しいだけじゃない。

 

ヘリの中から、他の3人の顔が見える。

皆、先生の顔を見れて多少安心したのか、

その顔は先程の顔よりも少し砕けていた。

 

次の瞬間、先生は皆よりも前へ歩み出た。

崩れた階段の前まで。

 

「先生!?危ないよ!!」

 

思わず声が裏返りそうになる。

サンクトゥムタワーの方へ先生は歩む。

その背中が、やけに大きく見えた。

 

(先生って、

こんな前に出る人だったっけ)

 

普段は守る側じゃなくて、支える側の人なのに。

 

先生は笑顔で振り返る。

しかし、その目は笑ってない。

そして叫ぶ。

 

「よぉし!

そろそろあのお高く止まったアメンボ野郎を、

ぶっ飛ばしに行こうか!」

 

その言葉を皮切りに、胸の奥が熱くなる。

 

(……そうだ、やるんだ)

 

ラスティ先生も、トリニティで頑張ってる。

私だって、ちゃんとやれるってところを

ラスティ先生に見せつけるんだ。

 

そう心に唱え、

肩に担いだマビノギオンの薬室に弾丸を装填する。

 

「…たまには、こういうのも悪くない」

 

ユウカさんが端末を握りしめる。

 

「了解です!」

 

ハスミ先輩がライフルを構え直す。

 

「お任せください。

必ず、落としてみせます」

 

スズミ先輩が閃光弾を片手に。

 

「安全の確保ならお任せください!」

 

チナツが医療バッグを持ち上げる。

 

「負傷者が出たらすぐ対応します。

皆さん、無理しないでくださいね」

 

ラビット小隊は無言で頷き合う。

ミヤコさんが短く言った。

 

「輸送と上空支援、お任せください」

 

その奥から、

 

「よし、作成開始だn…

おいゴミ箱から出てこいミユ!!!!

お前もだモエ!!!!それどうする気だ!!!!」

 

「ひ、人がいっぱい…ですぅ…こわいぃ…」

 

「えぇ~このミサイル詰んだらぁ、

あいつ派手にドッカーンってすると思うんだけどなぁ…」

 

そして私は――

気づけば拳を握っていた。

 

先生に協力してほしいって言われた。

ラスティ先生にも、動いた方が安全だって言われた。

 

怖い。

 

でも、怖いからって

何もしないのはもっと嫌だ。

 

先生は振り返り、皆を見渡す。

 

「それじゃあ、行こうか」

 

「「「「「「「「「了解!!!!」」」」」」」」」

 

私は短く頷く。

 

「……うん。やる」

 

声が震えてないのが、自分でも驚きだった。

 

(恐怖心とか、今はいい)

 

今は、守る方が先決。

学校の枠組みなんてもう関係ない。

 

トリニティ、ミレニアム、ゲヘナ…

どこだろうと関係ない。

 

ここにいる九人――

学校の枠組みを全部取っ払った混成部隊が、

ようやく動き出した。

 

私は空を見上げる。

黒いアメンボが、まだ上にいる。

クロノスの中継は、またどこかで騒いでるかもしれない。

 

しかしこれは試合ではない。

勝って、守る。

でなければ、死ぬだけ。

 

そうやって、

巨大アメンボ攻略戦が幕を"開けようと"していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

時は少し経ち、夕暮れ色が空を支配し始めた頃。

サンクトゥムタワーの上層階は、思ったよりも近かった。

しかし感覚的には、それ以上に高いし長く感じる。

 

白い塔の壁面が、

終わりなく垂直の道みたく続いているせいだろうか。

 

そこを、私達は飛んでいた。

ヘリのローターが空気を叩き、

タワーの壁に反響して低く唸る。

 

窓の外を見れば、街はもうかなり下だ。

建物が小さく見え、爆煙がゆっくりと風に流れている。

 

「……こんなとこ…普通飛ばないよね…」

 

思わず呟く。

でも、今は普通じゃない。

 

飛び立つ寸前、実は問題があったのだ。

ラビット小隊の保有するヘリは1機だけ。

つまり当然、九人全員は乗れない。

 

「どうするんだろ」

 

そう思った時だった。

先生が、ふっと何かを思い出した顔をした。

 

「……あ」

 

タブレットを取り出す。

 

「た、し、かぁ…連邦生徒会の

別棟格納庫、近くにあったよね」

 

そう言って、指先を滑らせる。

先生の周りにモニターのようなものが流れ、

その中の通信リンクのアイコンが点滅する。

 

数秒後。

 

近くの建物の屋上で、ヘリが一機。

ゆっくりと動き出した。

 

「え?」

 

誰かが声を上げた。

操縦席に人はいない。

なのに、機体は浮き上がる。

 

ローターが回り、空中へ滑り出す。

先生は肩をすくめ、笑いながら言う。

 

「まぁ…うん。鍵借りただけだよ」

 

いや、絶対違う。

ユウカさんが半分呆れた声を出す。

 

「……それ、たぶん借りたって言わないですよ」

 

しかし、文句を言う暇はない。

ラビット小隊のヘリの横へ、もう一機のヘリが近付いてくる。

改めて近くで見ると、やはり完全に無人のようだった。

どうやら、先生のタブレットに繋がっているらしい。

 

「よし、カズサたちはこっちだよ!急いで!」

 

先生が無人ヘリを指差す。

私達は恐る恐る、そのヘリへと乗り込んだ。

 

その結果――

ラビット小隊のヘリと先生のタブレットが操縦するヘリ。

その2機体制となった。

 

今、私達はそのタブレットが操縦する機体に乗っている。

操縦席に人はいないのに、ヘリは滑るように空を進む。

 

「……ちょっと怖いんだけど」

 

私が呟くと、

配られたミレミアム製イヤホンから

端末を弄りながら呟くユウカさんの声が聞こえる。

 

「いやこれ、普通に凄いわよ。

無人操作のクセして、制御が完璧過ぎるわ」

 

「先生、一体何をされたのですか…」

 

チナツさんにジト目で見つめられ、先生は笑う。

 

「はははっ…

ちょっと、お願いしただけだよ」

 

お願い…ということは、

遠隔で操縦してもらっている…とかだろうか。

私みたいな素人考えでは、

どうにも答えに到達出来そうにもない。

 

そんな中、

ラビット小隊のヘリが私達を先導する。

その後ろに、私達のヘリはぴったり張り付く。

 

小窓から一望できるサンクトゥムタワーの外壁は、

窓が等間隔に並ぶ巨大な格子のようだった。

そのガラスの一枚一枚が、街の光を反射している。

 

でも、今は違う。

煙が流れ、所々の窓は既に割れている。

内部から炎が揺れている場所もある。

 

そして──上空。

 

黒い装甲が広がり、

ゴツいような華奢なような長い脚を

4本持ったロボットが空に張り付いている。

赤いラインが時折、下へ向けて火線を吐く。

あれが、今のサンクトゥムタワーにおける諸悪の根源。

 

「……あれ、ほんとにロボット?」

 

私は思わず口を開く。

 

それに対し、ユウカさんが答えてくれた。

 

「どう見ても兵器ね。

…うちの"会長"も、あぁいう悪趣味なロボット作ってたわ」

 

後半の言葉の節々から恨みの感情が滲み出ているが、

詮索するとややこしくなりそうなので今はスルーした。

 

でも、ユウカさんの言っていることは正しい。

あれは兵器以外ありえないだろう。

 

その時、通信が入った。

ラビット小隊からの回線。

 

「こちら、RABBIT.1」

 

ミヤコさんの声がヘッドセット越しに届く。

 

「先程お話した通り、ここから上にヘリを飛ばすと

ドローンと同様に百発百中で撃ち落とされることが

予想されます。よって、ここからは徒歩になります」

 

私達は思わず顔を上げた。

徒歩?

まだ屋上までは階数がある。

しかしミヤコさんの声は冷静だった。

 

「皆さん。

窓ガラスを割り、突入する準備を」

 

私が心の準備を終えていないままに、

ミヤコさんが指示を伝え終わるとそれぞれ

降下用のロープを確認し始める。

 

(いよいよか…よし!)

 

私は覚悟を決め、ロープに手をかける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

まさにその瞬間だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

上から――駆動音。

金属が擦れるような低い振動。

全員が同時に空を見上げる。

 

(……気付かれた)

 

間違いない。

アメンボが、こちらに気付いた。

赤いラインがサンクトゥムタワーの窓越しに光る。

そして、銃口のような突起がゆっくりとこちらを

向いていることに気付き、心臓が止まりかけた。

 

時間が、一気に縮まる。

 

しかし、そんな空気を一瞬で打ち砕いたのは先生だった。

 

「みんな!早く降りるんだ!」

 

先生の叫ぶ声。

振り返る間もない。

先生は手本を見せるかのようにロープを掴み、

一番最初にヘリの側面から飛び出した。

 

「えっ!?」

 

私達は思わず叫ぶ。

空いた降下用ドアから覗く頃には、

先生はもうロープで下まで行っていた。

 

そして。

既にヒビが入っていた窓ガラスへ――

身体ごと、ぶつかった。

 

ガラスが砕ける。

先生の身体がタワー内部へ消えた。

 

「……うそでしょ」

 

でも、止まってる時間はない。

アメンボはすぐそこまで来ているだろう。

 

「行くわよ!」

 

ユウカさんが叫ぶ。

一人、また一人。

先生が割った窓の後に続くよう突入する。

 

私も釣られるように飛んだ。

風が顔に叩きつける。

塔の壁がすぐ目の前。

砕けた窓枠を通り抜け、中へ転がり込んだ。

 

(こっっっっっっっわかっったぁ………

もうどんな絶叫系アトラクション乗っても

ビビらない自信あるわこれ…)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんな事を思っていた直後だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

轟音。

爆発。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

すぐさま私は振り返る。

 

その一瞬で、

さっきまで私達が乗っていたヘリが、

空中で爆散しているのが目の中に入ってくる。

もう1機、ラビット小隊のヘリも同様に。

 

爆風。

火球。

破片。

炎が夕暮れ空に同化するように散ってくる。

 

理由は単純だ。

あのアメンボの攻撃に違いない。

 

「伏せろ!!!!!!!!!!!」

 

先生が叫ぶ。

刹那、連続して衝撃波が塔の内部へ流れ込んだ。

 

トリニティを襲ったあのロボットと同じように、

ガトリング砲のような銃撃をこちらに押し付ける。

 

私達は辛うじて避けられたが、

余りに強い衝撃波で床へ壁へと叩きつけられる。

 

しばらくし、少しの静寂が訪れた。

恐らくあのロボットからの射撃が止んだためだ。

そして私含め動ける生徒が、咄嗟に先生へと動く。

 

ラビット小隊の人は盾を構え防御の姿勢。

ユウカさんがバリアを展開。

スズミ先輩が身体を低くし、先生の前へ。

チナツさんが叫びながら先生を庇う。

ハスミ先輩はその大きな漆黒の翼で、全員を囲おうとする。

守る力など無い私は、

ハスミ先輩の翼にしがみつくように隠れ、必死に踏ん張る。

 

それぞれ、吹き飛ばされた衝撃で身体が激痛で支配

されているだろうに、先生を守るために一致団結する。

 

(やばい)

 

息ができない。

煙が喉に刺さる。

心臓が喉まで来ている気がする。

 

私の心を包み込んだのは、紛れもない純粋な恐怖だった。

 

「第二射!!!来ます!!!!」

 

もはや誰の声かと認識する前に、

巨大な銃弾がバリアにぶつかる轟音によって

思考が掻き消される。

 

「ウソでしょ…!?

対応強度は完璧なハズなのに…」

 

ピシッ

 

この状況で一番聞きたくない音がバリアの中に響く。

 

ッ バリンッッッッッッッッッッ

 

ハスミ先輩の羽の隙間から、

バリアが砕け散る様子が叩きつけられた。

「サキ!!!!!」

 

「分かってるよ!!!!!!!」

 

次の瞬間。

 

「「ッあ"ああぁぁあぁあ"ぁぁぁあぁぁ!!!!!!」」

 

音にならない叫び声と、金属同士が激しくぶつかる音が

鼓膜の中で乱反射する。

 

2人は1枚ずつ大きな盾を構え、

私達を守るように銃弾が吹き荒ぶ嵐へと身を乗り出す。

その顔は苦痛に満ち溢れたものだった。

 

だがその抵抗虚しく、

その大きな銃弾が盾を貫通し2人まで到達してしまう。

 

「ミヤコ!!!!!!!サキ!!!!!!!!!」

 

先生が身を乗り出そうとして、

覆いかぶさっていた生徒達に止められる。

前にいる2人は、襲いかかる銃弾を自らの身体を盾にして

銃弾がこちらに来ないよう耐えている。

しかし、あの頑丈そうな盾が破壊されたのを考えると、

あの二人が吹き飛ばされるのは時間の問題だろう。

 

(殺される…)

 

そうなれば、ハスミ先輩、私達…そして先生…

その順番で撃ち殺されるのは明らかだろう。

 

(お願い…止んで…!!!!)

 

そんな瞬間だった。

 

突如として、静寂が私達を包み込んだ…

…否、轟音のせいで耳がイカれてしまったのか…

 

何はともかく、異変が起きたのは明らかだった。

理由は不明だが、起きた現象は単純。

急に嵐が止んだ。

 

「止まっ…た…?諦めてくれたのでしょうか…」

 

「分かりません…

しかし、あのまま射撃を続けていれば有利なハズ…

一体何が…?」

 

先生に覆い被さる私達が現象の不可思議さに浸っていると…

奇跡的に壊れず耳にハマったままのイヤホンから、

"弱々しい女の子"の声が聞こえてきた。

 

「こ、こちらRABBIT.4…

は、排除対象の武装を…い、一部無力化しましたぁ…

せ、先生…つ、追加の指示を…お願いします」

 

「…よくやってくれたね、ミユ」

その言葉の意味が一瞬理解できず、

私達は互いの無事を確認するように目線を合わせた後、

あのロボットの方へと目線を移す。

 

そこには─────────

 

機体のあちこちから漏れ出る赤い光とは明らかに違う、

巨大な腕で持っている銃から私達が

よく知る色の光が漏れ出ていた。

 

次の瞬間。

 

まるで花火でも上がったように、

先程とは比較的軽い破裂音と炸裂した光が私達を包む。

 

「…まさか!?」

 

光を目を瞑ることで塞ぐのと同時に、

私は脳で何が起きたか理解した。

 

「あの銃…ぶっ壊したワケ…!?」

 

「そ。飛ぶ前、私がミユに頼んだんだ。

彼女の隠密力と狙撃力には、目を見張るものがあるしね。

でもホントは屋上に着いて戦闘開始したらやってもらう

つもりだったんだけど…いやはやままならないもので…」

 

先生はいつのまにか私達から抜け出しており、

そのままミヤコさんとサキさんの2人の方へ歩きだしていた。

あの射撃を身体で受け、全身打撲or血まみれで

床に伏せた2人は既に気を失っていた。

 

「…よく、耐えてくれたね…」

しゃがみ込み、2人の頭を軽く撫でる。

 

「…今は休んでいて。

あとは、私達に任せて」

 

そして先生は、

武器を失い手持ち無沙汰になったアメンボに向き直った。

 

ラビット小隊に守られ奇跡的に無傷で済んだ私達は、

先生にならうように …守ったくれた2人を今度は守るように

アメンボの前に立ち塞がった。

 

黒い煙が塔の内部を満たし、視界が灰色に染まる。

 

「……さてみんな、」

 

先生の声。

 

「やろうか!!!」

 

ガラスの向こう。

煙の向こう。

 

黒い影が、ゆっくりと近付いてくる。

改めて近くで頭部を見ると、まるで蜘蛛のような複眼が

私達を睨み返してくる。

 

負けじと、私達は各々の銃をアメンボに向ける。

 

「やってやる…!今度はアタシたちの番だよ!」

 

巨大アメンボ攻略戦が、幕を"開けた"。

 

 

 

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