焼けた空の英雄、教師になる(非常勤)   作:ラス夢

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第1話『潜入』

 

ここに来てからしばらく経つ。

その中で感じたことは様々だ。

 

キヴォトスという街は、

表面だけ見ればよく出来た学園都市だ。

秩序があり、制度があり、

問題が起きれば「対処」される。

 

だが――

 

私の目には、その秩序が薄氷の上に成り立っているように見えた。

 

壁の外縁で起きている異変。

理由も説明もされないまま設置された境界。

そして、それを「当然」として受け入れている内側の空気。

 

(……危うい)

 

それが、彼がこの街に来てから一貫して抱いている感想だった。

 

そしてこの学園都市キヴォトスに転生してしばらくし、

私は連邦生徒会及びシャーレに所属することになった。

 

所属することになったきっかけは、

初めてこのキヴォトスに来たその日にスティールヘイズで

上空を飛び辺りを散策していたところ、

地上から見ていた一般人が

 

『大きな人?が空を飛んでいる』

 

と連邦生徒会に通報したことが発端だ。

 

その日中に私は拘束され、

そのまま危険な仕事を押し付けられる

"厄介処理係"としての仕事を与えられた。

 

しかしそれは果たして偶然なのか。

 

否、これは偶然とは思えない。

だが同時に、必然でもなかった。

 

厄介処理係として拝命されてから最初に接触してきたのは、

シャーレの“先生”と呼ばれる人物だった。

 

年齢も立場も曖昧で、

それでいて不思議な信頼感を持つ人物。

戦闘能力を誇示することもなく、

かといって無防備でもない。

 

私は一目で理解した。

 

(……"先生"も、

 相当な修羅場をくぐっているようだな…)

 

そこからは、"仕事"の話だった。

 

私が連邦生徒会に依頼され関与した

外縁部の“処理”。

記録に残らない事案。

被害を出さず、

騒ぎにもならず、

だが確実に「何か」を終わらせている。

 

それを見たシャーレの先生は、

短く言った。

 

「……君、さては現場向きだね?」

 

褒め言葉ではない。

だがそれは、信用の言葉だった。

 

そこから更に数日後。

私は、シャーレの一室に呼び出された。

 

簡素な部屋。

資料と端末。

余計な装飾はない。

机を挟んで座ったシャーレの先生は、

タブレット端末を操作しながら言った。

 

「最近、トリニティ総合学園の治安が少しずつ悪化してるんだよね。

エデン条約事変…あぁ、ラスティさんは知らないよね。

過去、トリニティは大きな事件の心臓部になったとして、未だに黒い過去を抱えた状態になってるんだ。

ティーパーティーって呼ばれてる、学園内で実質的なトップの生徒達も動いてはいるんだけど、中々手が足りなくってね…」

 

黙って聞く。

 

「でも今、表に出てるのは小さな問題ばかりだね。

 校内トラブル、噂話、不穏な動き」

 

連邦生徒会から配布された端末に、

シャーレの先生から送信されたいくつかの報告が映る。

 

どれも、“事件”と呼ぶには弱い。

だが。

 

(……積み重なっている)

 

そう判断するために、材料としては充分だった。

 

「大きな衝突の前触れかもしれないし、

 何も起きないかもしれない」

 

シャーレの先生は、

そこで一度、言葉を切る。

 

「だから、

 内部から見たい。

…生徒達には悪いけどね」

 

視線が、私に向く。

 

「正規の調査官を入れると、向こうも警戒しちゃう。

でも、非常勤講師なら話は別。

そこで君の出番ってわけ!」

 

私は少し考えた。

 

(……潜入、か)

 

転生前の自分がやっていたことを思い出しながら、

教師としての自分を想像する。

 

無論、自分が“教師向き”だとは思っていない。

規律は守る。

判断も早い。

だが、柔らかい指導が得意なタイプではない。

 

それを察したのか、シャーレの先生は続けた。

「あぁ、ごめんごめん!いきなり授業しろってもの酷だよね。

大丈夫、そこは任せて。」

 

シャーレの先生は、手を差し出す。

 

「君の腕と、君の“勘”を買ってる。

おかしいと思ったら、無理に動かなくていい。」

 

先生は続ける。

 

「ただ、見ていてほしい」

 

その言葉に、

私は少しだけ目を細めた。

 

(……信用されている)

 

条件は悪くない。

それに。

 

(……トリニティ)

 

直感がその名前に反応していた。

何かが、静かに溜まっている。

 

「分かった」

 

即答だった。

 

シャーレの先生は、

少しだけ安心したように息を吐く。

 

「助かるよぉ~~~~~~

実はシャーレ本部の仕事が溜まりに溜まっちゃってね…どうしたものかと思ってたところなんだよぉ」

 

「それは難儀だな」

 

「まぁそれはさておき…

表向きは、“経験豊富な外部講師”として紹介するよ。

校内での裁量も、シャーレ権限である程度は任せるね」

 

その言葉が言い切られた後、

私は立ち上がりながらこう言った。

 

「……一つだけ確認したい」

 

「なに?」

 

「トリニティに、

 “境界”と似た匂いはあるか」

 

境界…キヴォトス郊外の驚異から守るために建設されたあの巨大な壁。

シャーレの先生は、一瞬だけ黙る。

そして、こう答えた。

 

「……あると思う」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

数日後。

 

私は、トリニティ総合学園の正門前に立っていた。

 

白を基調とした上品な建築。

整えられた庭。

落ち着いた空気。

 

(……表面は、綺麗なものだ)

 

だが。

 

視線を向ければ、

生徒たちの表情。

微妙な緊張。

興味と警戒が混ざった視線。

 

(……潜っている、私を…)

 

何かが、内側で。

 

 

 

 

 

 

場所を移し、校舎内。

廊下を歩きながら、用意してもらった黒いスーツの襟を正す。

 

(…なぜこうもサイズがピッタリなのだろうか…

服のサイズを教えたつもりは無いが…)

 

黒髪は短く整え、黒いスーツは身体に無駄なく馴染んでいる。

身長は190はあったろうか。

AC操縦のために鍛えられた身体にも余裕ができるほどに、このスーツの着心地は並々ならぬ物だった。

 

しかし客観的に見れば、そのルックスは

視線を集めるのに"は"最適な物だった。

 

(凄まじいな…いや、これは…)

 

それは敵意ではなかった。

興味――もっと言えば、期待に似た熱だ。

 

(……潜入にしては目立ちすぎる…)

 

自嘲しそうになり、ラスティは飲み込む。

目立つのは仕方ない。

 

だがしかし…目立ち方は選びたいものだ。

 

必要以上に威圧しない。必要以上に媚びない。

“教師”として、線だけを引く。

 

改めて、自分の役割を再確認する。

非常勤教師

潜入。

錯綜する情報を収集すること。

 

(……まずは、教室か)

 

私は、教室の扉の前に立った。

中からはざわめきが聞こえる。

 

一度、静かに息を整える。

 

(……シャーレ)

 

その名を思うだけで、赤い光の残滓が瞼の裏で揺れた。

思い出さない。言葉にも乗せない。

 

"あれ"に名前を与えれば、世界の輪郭が歪む。

 

――まだ終わらせるべきではない。

 

――止める役目は、別の場所にある。

 

あのとき、言葉ではない“意味”が流れ込んできた。

 

そして気づけば、戦場ではない空の下にいた。

格納庫に立つ濃紺の機体と共に。

 

スティールヘイズ。

 

理由は分からない。

だが、“選ばれた”感覚だけが残っている。

 

(……ならば、準じてみせようか。この役割とやらに)

 

ラスティはそう結論づけ、ノブに手をかけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

扉を開けた瞬間、空気が跳ねた。

白い制服の少女たちが一斉に顔を上げる。

 

目が、揃って見開かれる。

 

「……え、なに……」

「うわ、すご……」

「イケメン……」

 

声は小さくても、感情は隠れない。

 

頬が赤くなる者、

手を口元に当てる者、

友人の肩を揺さぶる者。

視線が刺さるほど集まる。

 

ラスティは教卓へ向かいながら、教室を一瞥した。

 

落ち着け。相手は敵ではない。

だが戦場の視線より厄介だと、どこかで理解している。

 

「……静かに」

 

声は低い。

怒鳴らないよう、自然に通すように。

 

ざわめきが、すっと落ちた。

私は黒板の前に立ち、彼女達へ名乗った。

 

「私の名はラスティ。

本日付けで、このトリニティ総合学園に非常勤教師として

教鞭を取らせてもらうことになった。

担当教科は安全管理だ。よろしく頼む」

 

余計な敬語は使わない。

馴れ馴れしすぎもしない。

年頃の女子という生き物は難敵だ。

 

…この年頃の子を見ると、いつもツィイーを思い出す。

 

「授業は私のやり方で進める。質問があるなら遠慮するな。

 可能な限りなら答えよう」

 

教室の空気が、少しだけ引き締まる。

なのに、視線の熱は消えない。

むしろ強くなる。何故だ。

 

「……やば、声まで……」

「めっっっっちゃイケボだね……」

「何あのスーツ……」

 

ラスティは内心で首を傾げる。

 

(……私は何かしたか)

 

していない。

いつも通りに立ち、いつも通りに喋っただけだ。

だが、その“いつも通り”がここでは過剰なのだろう。

 

そんな女子達の顔と名前を覚えるため、

大豊製ガトリングを4丁構えたタンク脚のように怒涛の勢いで撃ち込まれる質問を受け流しながら教室中に視線を流すと、

 

教室の隅――窓際に、一際反応の薄い少女を見つけた。

 

名簿を確認する

…杏山カズサ。

 

彼女だけが、非常に落ち着いた態度を取る。

だが、興味がないわけでもないらしい。

むしろ――目が、逸れない。

 

(……観察している

…まさか潜入がバレた…訳ではないか…)

 

ラスティの思考が一段だけ慎重になる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

最悪だ。

 

いや最悪じゃない。

でも、心臓がうるさい。

 

(……なに、あの人)

 

黒スーツ。

黒髪。

背が高い。高すぎる。

顔が整いすぎてて、現実感がない。

 

それだけなら、ただの“イケメン先生”で終わったはずなのに…

 

(……空気が違う)

 

立ってるだけで、空気が変わる。

押し付けじゃないのに、従いたくなる。

 

(……やめて)

 

私の周りの子たちは分かりやすい。

 

「わぁすごいイケメン来た」

「かっこいい」

「やばい、見て、すごい筋肉……」

 

言葉も表情も隠さない。

トリニティらしい上品さが、今日は崩れてる。

 

でも私は、ただ浮かれていられなかった。

 

(……なんでだろ)

 

物腰も柔らかそうだし、声も落ち着いてて、

よく知る大人の男と違い怒鳴らない。

 

でも――“優しい”とは違う。

 

(……危ない感じ)

 

暴力的、じゃない。

むしろ真逆。

なのに、危ない。

 

自分の中のどこかが警戒してる。

それが、妙に悔しい。

 

(……私は、何を警戒してるの)

 

答えは出ない。

ただ、視線が逸らせない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「では、気を取り直して授業を始める。

日直、号令を」

 

内容は、表向き“非常勤講師”として用意した範囲。

だが、目的は授業ではない。

シャーレの先生の言葉を思い出す。

 

――トリニティの治安が、少しずつ悪化している。

――事件と呼ぶには小さいものばかりだが、積み重なっている。

――正規の調査官を入れると警戒される。

――だから内部から見たい。

――君の腕と、君の勘を買ってる。

――おかしいと思ったら無理に動かなくていい。ただ見ていてほしい。

 

“見る”ことには慣れている。

戦場でも、政治でも、裏切りでも。

目に見えない変化を、先に拾う。

 

授業中、ラスティは視線を巡らせる。

 

生徒たちの反応は…

疲労。

妙な緊張。

視線の交差。

表面は整っている。

だが、微細な歪みがある。

 

(……薄い氷だ)

 

それでも、ここは戦場じゃない。

私は意識的に速度を落とす。

正解を急がない。

 

そして一方、窓際。

杏山カズサが、こちらを見ている。

 

彼女は他の生徒と違う。

熱狂ではなく…観察。

だが拒絶かと言われればそうでもない。

 

(……面倒な子だ)

 

そう思いかけて、止める。

面倒なのではない。

あの子は、“怖いものを怖いと認識できる”だけだ。

 

ラスティは黒板に文字を書きながら、ふと口元を緩めた。

 

……ふっ。

 

ほんの一瞬。

その笑いが出たのは、なぜか。

理由は分からない。

 

ただ、杏山の視線がそこにあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今、笑った。

ほんの少し。

息が抜けるみたいに。

 

(……ふっ、って)

 

それだけで、胸がきゅっとなる。

 

(……何それ)

 

ずるい。

クールに見えるのに。

合理的に見えるのに。

 

急に“人”になる。

 

それが、私に向けられたわけじゃないって分かってる。

分かってるのに――

 

(……私だけが見た)

 

そんな気分になってしまう。

独占欲みたいなものが、喉の奥まで上がってきて、

慌てて飲み込む。

 

(……落ち着け)

 

私はただの生徒。

相手は先生。

距離は決まってる。

 

でも、決めたのは誰?

私はその距離の理由を何も知らない。

 

(……何も先生のこと知らないのに、

惹かれてる)

 

それが一番怖い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

授業の区切り。

 

「今日はここまでだ。

次回までに、配布した資料に目を通しておくよう」

 

生徒たちが立ち上がる。

 

「ありがとうございましたー!」

「先生、またね!」

「先生、質問……!」

 

黄色い声が飛ぶ。

私は一つ一つを切り分けて処理した。

雑談には乗らない。だが冷たくもしない。

必要な返答をし、流れを作る。

 

そして最後に、杏山カズサのところで視線が止まる。

彼女は立ち上がらず、席に座ったまま少しだけ迷っている顔をしたあと、顔を伏せてしまった。

 

(……話しかけるか)

 

だが、ここで情を持って踏み込む理由はない。

潜入任務は、感情の糸が絡むほど難しくなる。

 

「……杏山」

 

名前だけ呼ぶ。

伏せていた顔を上げる。

 

「体調が悪いなら無理をするな」

 

それだけ。

余計な言葉はない。

だが、杏山の表情が僅かに揺れた。

 

(……伝わったか)

 

ラスティはそれ以上踏み込まず、教室を出た。

 

「またねせんせー!」

「生イケメン成分補給助かるぅ…」

「あー!まだ質問がぁ!」

 

軽く手を振ってやる。

廊下に出ると、外気が少し冷たい。

気温の話ではなく、学園の冷たさだ。

 

(……トリニティ、か)

 

静かな表面の下に、

何かが溜まっている。

 

シャーレの先生の勘は、

あながち当たる部類のようだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……杏山」

 

呼ばれた。

名前だけなのに心臓が跳ねた。

 

言われたことは正論。

体調が悪いなら無理するな。

 

それだけ。

でも…

 

(……気にしてる)

 

私のことを。

少なくとも、視界には入れてる。

そう思ってしまう自分が、もう手遅れだ。

 

先生が教室を出ていく背中を見ながら、私は思う。

 

(……この人、女を沼らせるタラシだ…)

 

でも、内側は違う気がする。

何かを抱えている。

誰にも言わないまま。

 

(……私、知りたい)

 

知ったら危ないって、どこかが警告してる。

それでも、心が言う。

 

(……近づきたい)

 

まだ、何も始まっていない。

ただの非常勤講師が来ただけ。

 

それだけのはずなのに。

 

教室の空気は変わった。

私の世界も、少し変わった。

 

そしてそれが――

私の運命を左右する出会いだったことを、

後々知ることになる。

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