焼けた空の英雄、教師になる(非常勤)   作:ラス夢

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第20話『残る香り』

 

通信回線に走ったノイズは、ただの障害ではなかった。

 

(何故だ)

 

何故こんなことになる。

 

あの塔もガキ共も、私の計画にとって邪魔でしかない。

 

聳え立つだけで人心を繋ぎ止める“象徴”というものは

破壊する側からすればこの上なく不愉快だ。

炎を上げ、壁を割り、内部を焼いてなお、

人間に「まだ終わっていない」と思わせる。

あれが立っている限り、恐怖は浸透しない。

 

そんな時だった。

雑音の向こうから声がしたのは。

 

「クックックッ……お困りのようですねぇ」

 

部屋の空気が一気に冷えた。

 

(あの男だ)

 

私は目を細める。

モニターのどこにも姿はない。

ただ、声だけが滑り込んでくる。

その在り方そのものが、最初から癇に障る。

 

「……貴様か、黒服」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…何の用だ。こちらから貴様に話す事など無い。

おい、通信を切れ」

 

「おやおや、

そんな露骨に歓迎されるとは思いませんでしたよ」

 

黒服は愉快そうに続ける。

 

「ですが、どうしたのです?

UACさえあれば、転覆も狙えたのでしょう?

都市も、学園も…シャーレも。

全て思うがままに踏み躙れたはずなのに」

 

わざとだ。

語尾の一つ一つが、こちらの神経を

逆撫でするように置かれている。

 

「……こちらはやるべきことは全てやった」

 

そう言いかけた瞬間、黒服が笑う。

 

「“私達”……聞き間違いでしょうか?」

実際、この事件であなた方は直接何か

成し遂げたのでしょうか?」

 

黒服の声が、やけに丁寧に響く。

 

「答えは否。

成したことといえば、ただ上空から

UACが蹂躙しているところを見ているだけ。

それを自身の成果とするなどと……実に面白い」

 

部下たちの顔が強張る。

私は、机の端を握った。

 

この男は最初からこうだ。

人を焚きつけ、玩具のように扱い、

結果だけを眺めて笑う。

UACの話を持ち込んできた時もそうだった。

こちらが足を踏み外す瞬間を、

どこか楽しみにしているような目をしていた。

 

「…クックックッ、"神秘"の探求。

以前あなたにキヴォトスにおける

私の目的をお話しましたね」

 

「…それがどうしたというのだ」

 

「UACもまた、"神秘"なのだと、私は踏んでいます。

なのでそれらをあなた方凡夫へ委ねた場合…

どうなるか見てみたいのです」

 

今も同じだ。

こちらの苛立ちも、焦燥も、失策も。

すべて観察対象に過ぎないのだろう。

 

「……もう結構だ!」

 

気づけば私は怒鳴っていた。

自分でも分かる。

この歳の大人になって、実にみっともないことぐらい。

 

だが、そうでもしないと気が狂いそうだった。

 

「通信系統の電源を遮断しろ。

無理矢理にでも通信を切る!」

 

「し、しかし!それでは実働隊との通信が…」

 

「黙ってやれ!!!!」

 

怒号を受け、部下が慌てて操作に走る。

 

黒服の笑いが、最後まで愉快そうに残った。

 

「クックックッ……では、また。

次に“手に入れた時”にでも」

 

向こうから切断された。

部下が通信配線を焼き切ろうとした直前にだ。

 

突如叩きつけられた静寂。

だが胸の奥のざわつきは、そこで終わらない。

 

(まだだ…まだ私達には“アレ”がある――)

 

まだだ。

まだ終わっていない。

失った駒は補えばいい。

足りないなら、もっと大きなものを掴めばいい。

 

私は窓の外を見た。

夜のキヴォトスは私の心情を知ってか知らずか、

まるで今の私を嘲笑うかのように夜景で照らす。

 

「撤退だ。

ヘリを下げろ。次の作戦に移る」

 

今は一度引く。

だが、それは敗走ではない。

もっと深く、もっと致命的な一手のための後退だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

トリニティの日常が戻ってくるのは、

思ってたよりも早かった。

 

朝の「おはよう」から始まって、

昼休みの喧騒、放課後のざわめき、部活へ向かう足音。

 

確かに、校舎は凄まじい速さで復旧した。

壁は新しくなって、割れてた窓もいつの間にか元通り。

恐らく一週間もかかってない。

 

しかし。

見た目が戻ったからと言って、

全部が元通りになるわけではない。

 

あの時の音。

黒く染まった空。

校舎を食い破る炎。

泣き声。

叫び声。

 

爪痕は、壁より先に心へ残るものだ。

 

私は襲撃そのものの現場にはいなかった。

サンクトゥムタワー防衛戦が終わったあと、

ラスティ先生に車でトリニティまで送ってもらった。

 

その時に、嫌でも見えた。

 

撃墜されたアメンボが破壊した校舎。

まだ燻る黒煙。

地面に座り込んで泣いてる生徒。

顔を真っ青にして友達の名前を呼ぶ声。

怪我をした子を抱えて走る人。

 

……たぶん、ニュースで見聞きした

エデン条約調印式の時より酷い。

 

そう思った。

ラスティ先生は私を降ろすと、すぐに正職員の

人たちに合流して、生徒の安否確認へ走っていった。

 

私はというと、所属している“部活メンバー”の

安否を探すために走り回ることになった。

 

放課後スイーツ部。

アイリ、ナツ、ヨシミ、そして私の計4名。

…たまにうるさいのも来るが…

 

活動内容は名前そのままの部活。

放課後にスイーツ食べて、だらだら喋って、

たまに騒いで、そういう居場所を作る部活。

 

あの時間、みんなは授業中だったはずだ。

 

「アイリ! ナツ! ヨシミ!」

 

校舎の隅、体育館近く、崩れた渡り廊下の影。

しばらく走り回って、三人で固まってるのを見つけた時、

膝が抜けそうになった。

 

「……よかった。無事だったんじゃん……!」

 

声が涙を我慢したせいか少し掠れる。

 

ナツが振り向く。

いつもみたいに少し眠たそうな顔なのに、

その目の下だけ煤で汚れてた。

 

「おぉ~、君も無事だったかカズサ」

 

ナツの声はいつも通りな雰囲気で落ち着いてる。

しかしその落ち着き方が逆に、

恐怖心を無理やり抑えてたんだって分かる。

 

アイリは笑って私を迎えようとしたのだろうが、

完全に漏れ出た涙を隠すことができなくなったのか

笑いながら号泣する貴重なアイリを見ることができた。

 

「カ、カズサちゃあん……! 

も、もうダメかと思ったよぉ……!」

 

ヨシミは腕をさすりながら、苛立ったみたいに言った。

 

「アンタも無事なら最初からそう言いなさいよ……! 

…こっちは探し回ってたんだから!」

 

その強気な言い方に、逆に安心した。

いつものヨシミだ。

 

その後、四人で少しだけ固まっていた。

全員生きてる。

怪我はあっても、ここにいる。

それだけで、泣きそうになる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そうやって固まって、ナツがポケットに

忍ばせていた飴を1つずつ4人で頬張っていると、

校内放送が流れた。

 

『全生徒は速やかに体育館へ集合してください。

点呼と安否確認を行います』

 

私たちは顔を見合わせて、

そのまま四人で体育館へ向かった。

 

その後は、ひたすら現実的だった。

私達は一旦解散し、クラスごとに分けられた後

点呼を実施した。

怪我の有無も確認され、名前を呼ばれて返事をする。

泣いてる子も、放心してる子もいたが、

とにかく“全員いるか”を確かめるのが先だった。

 

先生たちも、生徒会も、恐らくこれからが大変だと思う。

エデン条約の時も大変だったって話は聞いてた。

でも、ここまで“生徒に直接実害が出た”のは、

初めてに近いんじゃないかと思う。

 

帰宅許可が出た時には、もう日が落ちていた。

 

「はぁ…今日はすっーーーーっっっごい疲れたな…」

 

溜息をつきながら、私は帰り道にあるいつもの

コンビニで遅めの晩御飯を買って帰路に着いていた。

 

改めて考えると、今日は色々なことがあった。

連邦生徒会に、壁の中にいた

"アレ"のことについて聞かれ、

その後爆発が起きたかと思ったらトリニティも

サンクトゥムタワーも"アメンボ"に攻撃され、

その後シャーレの先生と周りにいた生徒達と

一緒にアメンボを墜としたり…

…トドメを刺したのはラスティ先生だが。

 

「っていうか…結局、あのアメンボの目的って

なんなんだろ…ウチとあの塔狙うくらいだし、

なんか狙ってるんだろうけど…」

 

そう。

私達は生き残るためにやむを得なく撃墜したが、

結局目的は聞き出せていないのである。

 

「ラスティ先生みたいに、中に人が乗ってたのかな…

…でもそれじゃラスティ先生が…」

 

人殺し

 

私は玄関をくぐり抜け、煤だらけになった制服から

部屋着へと着替え、ようやっと息をついた。

 

冷蔵庫を開ける。

昨日の放課後買ってきた、ラスティ先生と

シェアするはずだったショートケーキ。

 

「せっかく並んで買ったけど…勿体ないし仕方ないか…」

 

ケーキの消費期限は短いもので、早々に食べなければ

その本来の美味しさを味わうことはできないだろう。

 

私は冷蔵庫の棚から箱を出し、それをミニ机に置いた。

クッションの上に座り、箱の中にある2つのケーキを

眺める。

 

「……なんか長い一日だったな」

 

誰に言うでもなく呟く。

私はフォークを手に取り、ケーキに突き刺し、食す。

 

「…っ! おいし…」

 

切り分けられたケーキの先端から食す派なのだが、

その先端でさえ隙なくイチゴが敷き詰められた、

正真正銘具沢山のショートケーキ。

放課後にちょうど2つ余っていたのが奇跡なレベルで、

いつもは完売御礼な人気商品だ。

 

私はそのケーキを食しながら、

またあの光景を思い出す。

 

(…でも助けに来てくれた時、

ホントにかっこよかったな)

 

思い出すのは、どうしてもそこだ。

甘い声を響かせ、スティールヘイズに乗って

空から来て、危ない時に来てくれた。

 

その後は、空からキヴォトスの夜景を見せてくれた。

流星群のように街灯が流れていく様子は、私の心を

完全に射止めてしまっていた。

 

ラスティ先生は一挙手一投足がズルい。

アレを無意識に、私以外にもやっていると思うと

心がムカムカする。

ケーキを食べて胃がムカムカしている訳ではない。

 

ケーキをまた一口食べる。

甘い。

私の疲れた頭はその甘さをもっともっとと言っている。

 

そんな時だった。

玄関のベルが鳴ったのは。

 

私はスマホの時計を眺める。

その時計の針は夜の十時を回っている。

誰かが来るなんていう約束をした覚えもない。

 

「……誰?」

 

ケーキとフォークを皿に戻し、立ち上がる。

今日のこともあり、壁に立てかけたマビノギオンを

手に取る。

既に砲身は焼け尽きており、射撃することは叶わないが、

脅し程度にはなるだろう。

 

インターフォンを恐る恐る覗く。

そこにいたのは――

 

「…んぇっ!?!?」

 

ラスティ先生だった。

心臓が跳ねる。

 

「なっ…どうして…

来るって言ってなかったじゃん!」

 

私は不意に思い出し、自分の格好を見つめ直す。

大きめサイズのTシャツに袖を通しただけで、

その下はあられもない状態になっている。

 

「…寝てしまったか?」

 

インターフォン越しから彼に声が部屋に響く。

 

「ちょっ、ちょっとちょっとちょっと…!」

 

ラスティ先生にこんな姿を見られたくない、

その一心でとりあえず棚から

勝負服的なパーカーを1枚羽織った。

 

「よし、これならまぁ…いいでしょ…

ってか、いつまでも待たせちゃダメじゃん…」

 

私は駆け足で玄関へと向かい、解錠し扉を開ける。

 

「…おや、起きていたのか。

すまないな、こんな夜分に」

 

「ホント、いきなりだね。

…別にイイけどさ…」

 

すると、ラスティ先生はその高い視線を私の視線まで

落とし、顔を近付け優しい表情で私にこう言った。

 

「すまない。少し、時間を貰っていいだろうか」

 

「…ひゃひ…」

 

強すぎる顔面を至近距離で浴びせられ、

私は一瞬固まり次の瞬間には彼の手に触れていた。

 

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