焼けた空の英雄、教師になる(非常勤)   作:ラス夢

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第22話『戻る日常と綻び』

 

あの騒動から、およそ一週間が経過した。

トリニティ総合学園に残された傷跡は、

未だ消えたわけではない。

 

壁面には修復跡が残り、完全に取り換えられた

窓ガラスは周囲の古い建材と微妙に色が異なっている。

通路の一部は未だ立ち入り制限が敷かれ、

仮設の導線が生徒の流れを歪に誘導していた。

 

だが、それでも。

生徒たちは、日常へと戻りつつあった。

 

朝、門をくぐる生徒の足取りは、もう震えてはいない。

昼休みの喧騒は、かつてと同じ熱量を取り戻しつつある。

放課後、部活動へ向かう声にも、怯えは混じっていない。

それを遠目に見て、私は小さく息を吐いた。

 

(……悪くない)

 

私はこの学園において“偽物の教師”に過ぎない。

肩書きだけの、仮初めの立場。

 

それでも。

生徒たちが笑って通学できているという事実は、

どこか私の心に安堵をもたらした。

 

ふと、思い出す。

シャーレの先生が言っていた言葉。

 

『私の娘達みたいなものだから』

 

それで生徒達を甘やかして誰かに怒られているのを

どこかで見た事がある。

軽口のようでいて、あの人は本気でそう思っている。

だからこそ、あれほど無茶をする。

 

(……なるほどな)

 

今なら、その気持ちは理解できる。

 

 

 

 

 

今日は、約一ヶ月ぶりの授業だ。

非常勤である私に、職員室の席は用意されていない。

よって朝は生徒と同じ時間帯に登校することになる。

 

それに気温も上がってきた。

暦的には6月…初夏突入と言ってもいいだろう。

ジャケットを脱ぎ、黒のカッターシャツに

濃藍色のネクタイを締め直し袖を軽く整える。

 

(まぁ、こんなものだろう。

明日からは最初からジャケットは無くていいか)

 

そんなことを思っていると、正門へ向かう途中で――

 

「ラスティ先生!おはようございます!」

 

「ラスティ先生だー!久しぶりー!」

 

「今日よろしくねー!」

 

複数の生徒が、こちらへ向かって走ってきた。

手を振り、笑顔を向けてくる。

私はそれに短く答える。

 

「ああ、よろしくな」

 

なんの変哲もない、普通の返事だったはずだが…

 

「「「キャー!!!」」」

 

――何故だか悲鳴のような歓声が上がる。

 

(……何故だ?)

 

思考が一瞬止まる。

攻撃でもなく恐怖でもない。

むしろ逆のように思える。

彼女たちは、妙に頬を染め、こちらを見ていた。

 

(……ああ、そういえば)

 

騒動以前、私には奇妙な噂が流れていた。

下校時、ゲヘナの不良生徒に絡まれていた件。

あれが歪められ、「危険な男」「裏社会と関係がある」

などと勝手な尾ひれがついていた。

 

だが、今の反応はそれとは違う。

 

(……尾を引いてはいないようだな)

 

むしろ逆方向に転じている可能性すらある。

 

(後々、対処が必要と見える)

 

面倒なことになる前に、手を打つべきだろう。

そんなことを考えながら、私は生徒たちと共に門をくぐった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

午前の授業は昼休み前の1コマとなり、

廊下を歩きながら、次の授業を確認する。

 

「次の担当クラスは……杏山のところだな」

 

直前の授業では、妙なことになっていた。

授業終了後、何故か生徒に囲まれたのだ。

 

質問でも相談でもなく

ただ取り囲まれた。

 

理由は不明。

ただ生徒の視線の熱量だけが異常だった。

 

(……慣れないな)

 

戦場で敵に囲まれるのと、

学園で生徒に囲まれるのでは意味が違う。

 

あちらは死地。

こちらはどうやら、私では理解不能な領域のようだ。

どうにか抜け出し、次の教室へ向かうことになり今になる。

久しぶりのこの感覚に少し戸惑いながら、

次の教室へと脚を歩ませる。そんな時だった。

 

「お待ちください」

 

透き通る声が階段に響いた。

それは聞き覚えのある声で、セリフでもあった。

私は思わず足を止める。

 

「ラスティ先生……とお見受けいたします」

 

階段を登っていると、

踊り場にシスター服を纏った1人の少女が立っていた。

そのルーフの中には、整った顔立ちが多い

キヴォトス人の中でも一際輝く顔立ち、

長く透き通る銀色の髪、そして紫色の瞳があった。

 

「……君は」

 

記憶を探る。

 

「歌住サクラコ、だったか。

確か、シスターフッドの長の」

 

サクラコは静かに微笑む。

 

「私のことは、既にご存知だったのですね、恐縮です」

 

サクラコは軽く会釈を挟む。

その仕草は上品で落ち着いている。

だが、どこか“観察している”視線でもあった。

 

「……本題に戻りますが」

 

彼女は一歩、距離を詰める。

 

「先の騒動において、私達シスターフッドが

ラスティ先生に助けて頂いたこと…

…"お礼"を言いそびれておりまして」

 

「…ほう」

 

礼…まさか、私がスティールヘイズの

パイロットだと知っているというのか。

有り得ない、桐藤ナギサには事前に私が

"そうである"と説明はしていたが、

それは門外不出の話であるということも

合わせて説明したはずだ。

 

だがしかしあの時。

スティールヘイズが着地の勢いを殺しきれず、

教会の壁を破壊してしまったあの時ならば可能性はあるか。

その場には多くの生徒がいた。目撃者がいるのは当然だ。

 

だが――

 

(……どこまで把握している?)

 

慎重に応じる必要がある。

 

「さあ?私には身に覚えはないな。

人違いではないだろうか」

 

私はひとまず、即座に否定を試みた。

だが、サクラコは微笑みを崩さない。

 

「いえ……あなたは覚えていらっしゃらない

かもしれませんが、

“瓦礫をものともせず助けに来てくれた”と、

複数のシスターから証言を頂いております」

 

確定だ。

少なくとも、“現場にいた人物”としては認識されている。

 

(……厄介だな)

 

情報の拡散は避けたい。

ここで曖昧な対応をすれば、いずれ最悪の形で結びつく。

私は一歩、前に出る。

 

「……そうか。だが、礼には及ばない。

あれは人として、そして君達を導く立場として

当然のことをしたまでさ」

 

サクラコは、わずかに目を細める。

 

「ふふ……お話に聞いた通り、謙虚な方なのですね」

 

――変わらない。

表情が、一切崩れないのだ。

会ったその時から、ずっと微笑し続けている。

 

しかしマズイ、私がスティールヘイズの

パイロットだという話が広まれば、

私はトリニティ内の調査どころかこの学園都市

そのものに居場所があるかどうかすら分からない。

 

(致し方無い…あまりこの手は使いたくなかったのだが…)

 

私は階段を登る脚を再び動かし、彼女に近づいていく。

私は多少強引に彼女を黙らせる手段を変えることにした。

階段を登り、さらに距離を詰める。

 

「…あの…ラスティ先生?」

 

彼女の顔に戸惑いが混じる。

そんな彼女の顔に構わず、さらに脚を踏み込む。

 

「え、えぇ……!?」

 

私はサクラコに歩み寄り、彼女を壁に追いやった。

私の腕は彼女の顔の横スレスレを通り壁に付き、

身体の前進を止めさせる。

 

「な、何を……きゃぁっ!?」

 

そして逃げ場を作らせないよう、

もう片方の腕も壁へ付き彼女の退路を塞ぐ。

 

サクラコの呼吸が乱れる。

 

「頼みがある、シスター」

 

低く、圧をかけるように彼女の顔の近くで囁く。

サクラコは完全に動揺している。

先ほどまでの冷静さはどこへやら。

 

「……その話は」

 

彼女の耳元へ顔を寄せる。

 

「墓まで持って行ってくれないだろうか」

 

「…ふぇ???」

 

一拍。

 

「私との約束だ」

 

一瞬反応が遅れ、サクラコの身体がびくりと震える。

 

「えッッ!?ひゃ、ひゃい!

ひみちゅ、秘密守りましゅッ!」

 

明らかな混乱状態での同意を、

果たして正式な了承として受け取っていいかは

さておき、了承を得る頃には成功した。

 

「……ありがとう。さすがシスターフッドの長だ」

 

拘束…というほどでもないが、

それを解き彼女を自由にする。

 

彼女は壁に背をつけたまま、荒れた呼吸を整えている。

 

「ではすまない、次の授業があるのでね」

 

私は背を向ける。

そのまま階段を上がり、教室へ向かう。

背後からの視線は感じた。

だが振り返らない。

 

(……ひとまず、問題は先送りだ)

 

完全に解決したわけではない。

だが、今はこれで十分だ。

カズサがいる教室の扉の前に立つ。

中には、友人と話しているカズサの姿があった。

 

(あの時よりも、だいぶ表情は明るくなっているようだ)

 

カズサに対しどこか親心のようなものを

抱いているのを、この時の私は自覚していなかったが、

それを不愉快だとは思わなかった。

 

そしてドアをノックをする。

 

「お前達、席に着け。授業を始めるとしよう」

 

そして――

日常へと戻る。

 





――後日。
歌住サクラコの私室にて。

「それでサクラコ様、その後どうなったのですか?」

「はい。それで素直にお礼を申し上げたところ……」

歌住サクラコは、いつも通り穏やかな微笑を
浮かべながら語り始める。
しかし、その話題に差し掛かると明らかに表情が
緩み始め、耳が赤く染まる。

「その…何故か、壁に押しやられまして」

「「「えっ」」」

「そのまま……耳元で、小さな声で囁かれました」

ぴたり、と空気が止まる。

「サクラコ様……それで内容は?」

「いえ、それは……約束ですので」

サクラコは静かに首を振る。
その瞬間だった。

「「「きゃああああああああ!!!」」」

私室に悲鳴にも似た歓声が響いた。

「壁に……!?押しやられて……!?」

「耳元で……囁かれる……!?」

「な、なんという……なんというご褒美……!」

「そ、それで!?サクラコ様は!?
サクラコ様はどう思われたのですか!?」

次々と詰め寄るシスターたち。
目は輝き、頬は紅潮し、呼吸すら乱れている。
まるで火をつけられたかのような熱量だった。

「え、ええと……その……」

サクラコは彼女達が何故こうなっているのか
理解できないといった顔で、困ったように首を傾げる。

「申し訳ございません…
私は単に、壁に押しやられただけかと……」

「「「違います!!!!」」」

即座に否定。

「それは俗に言う“壁ドン”というものです!!」

「か、壁ドン!?」

「しかも耳元で囁き!?完全にそれです!!」

「完全にそれ!?」

「しかも相手はあのラスティ先生……!」

騒ぎは収まらない。
むしろ加速していく。

「サクラコ様……何ですかその
少女漫画みたいな展開は…!!!」

「きゃああああ!!」

サクラコの私室内はもはやカオス状態だった。

一方、その中心にいるはずサクラコは――

「えぇ…?」

当の本人は本気で理解していなかった。
ただお礼を言いに行っただけのはずだったろう。
確かに少し距離は近かったし、声も低かったが、
彼女としてはそれだけのハズだった。

(……何故、こんなことに……?)

サクラコは不意に彼…ラスティの顔を思い出す。

(違います…彼にそんな感情は…うぅ…)

そんな調子なので、彼女は紅潮した頬を
隠すように手を顔に被せる。
その様子を見て、周囲のシスターたちは
さらに盛り上がるのだった。
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