――何故こうなった。
発端は、ラスティ先生が教室の
ドアをくぐった、その瞬間だった。
約一ヶ月ぶりの授業。
以前流れていた黒い噂は、いつの間にか影を潜めており、
今の教室は、まるで“初めて彼が来た日”のような
空気に包まれていた。
期待。
好奇心。
そして、彼への熱。
私もその例外じゃない……と言いたくはないが、
完全に否定できないのが悔しい。
「ラスティ先生〜!今日もカッコいい〜!」
「ネクタイの色似合ってます〜!」
「今日の授業、めっちゃ楽しみにしてました〜!」
クラスメイトからラスティ先生へ黄色い声が飛ぶ。
前はこんなに露骨じゃなかったはずなのに。
(……なんなのこれ)
ラスティ先生はいつも通り、淡々と教壇に立つ。
しかしその「いつも通り」が、余計に効いてる感じがする。
「やれやれ…席に着いてくれ。
話なら…そうだな、昼休みに聞こう」
「「「「「やったぁーーー!!!」」」」」
(は?)
そしてその後、先程までの騒ぎは何だったのかレベルで
教室は静まり返り、皆は静かに授業を受けていた。
そして授業が終わり、問題の昼休みが始まる。
「ラスティ先生!お弁当一緒にしませんか?」
チャイムが鳴った瞬間、誰かが言った。
その瞬間、鳴り続けるチャイムとは裏腹に
教室の空気が止まる。
(は??????)
内心で即ツッコみ、
それを言った子を思わず睨んでるしまう。
でも先生は、
「……そうだな。
話を聞こうと言ったのは私だ。たまにはいいだろう」
あっさりと彼は了承してしまった。
「「「「「キャー!!!」」」」」
けたたましく鳴る歓声。
(ちょ、ラスティ先生!? 今日どうしたの!?)
理解が追いつかない。
(なんで、そんなすぐOKするの?
私と2人の時より、なんでそんな軽いの?)
ふと周りを見る。
……おかしい。
明らかに、クラスメイトの気合いが違うように見える。
スカートの丈。
メイクの完成度。
アクセの有無。
髪型。
そして――
(……あの子、あんなだったっけ?)
クラスメイトの一人。
ハスミ先輩ほどじゃないが、ソレはかなり大きい。
しかもよりによって今日はソレが“強調される改造制服”。
ウエストがキュッと絞られ、
胸部を強調させるように改造されている。
ソレを、意図的か否かは定かではないが微かに彼の
腕に擦らせている。
(あの子何やって…………ッ!
何さ…みんなしてラスティ先生を…)
思わず舌打ちしたくなる。
(っていうか、ライバル増えすぎじゃない?)
それも遠慮がない。
普通に隣座って、普通に話して、普通に距離が近い。
(……私の“ラスティ”なのに)
そう思った瞬間、自分で自分にびっくりした。
(……は?
今私、なんて…??)
しかし、それを私は否定できない。
それがまた、私の苛立ちを増加させた。
そんなこんなで、昼休みは終わった。
私は珍しく作ってきた弁当の中身を半分ほど
残してしまい、それを惜しみながら袋へと閉じる。
(なんか…胸の中がモヤモヤする、感じ?)
クラスメイトからラスティ先生へと向けられ
投げられた黄色い声や視線を私が認識する度、
心がキュッと締まり食欲を奪ってしまう。
(まさか…嫉妬してるの?私が?
……ダメダメ、何言ってるの。
ラスティ先生は"みんな"の先生で…みんな、の…)
私はそんなことを思いながら、未だ冷めやらぬ
熱気の中を掻い潜り教室から出ようとする
ラスティ先生を見つめた。
「えぇ~ラスティ先生もう行っちゃうんですか?」
「次の授業の先生に許可をいただいて、
後ろで見ていてくださいませんか!?」
「せんせぇ~!行かないでぇ~!」
「お前達…すまないな、私はこれから
外せない用があってね。行かねばならないんだ」
先生はそう言って、名残惜しそうに(主に女子達に)
見送られながら教室を出ていった。
(外せない用…何だろう。
この間みたいに、スティールヘイズ…だったっけ。
あれに乗って何かするのかな?それとも…)
午後のラスティ先生を妄想をしながら、
次の授業の準備をする、そんな時だった。
(なんてね…ん?)
その直後、机にしまっていたスマホが震えた。
(こんなタイミングで?誰だろ…アイリとかかな)
机から画面を覗かせ、それを見る。
(……え?)
そのメッセージの送り主は、"ラスティ"だった。
(え!?えぇ!?!?)
心臓が一気に跳ねる。
その内容は――
『実は今日の放課後、丸々予定を空けておいた。
共に、甘味巡りと行こうじゃないか』
(……!)
来た。
この前、約束したスイーツ巡り。
しかも今日、スイーツ部は休み。
完全にタイミングが噛み合っていた。
「は〜い、席についてくださいねぇ」
午後1発目授業の先生の声。
「午後の授業を始めますよぉ」
「「「「「はーい」」」」」
(やばっ)
私は慌ててスマホを隠す。
しかし指は止めない。
授業が始まる直前まで、私は返信を打っていた。
内容はもちろん――
トリニティ管轄エリア内、放課後の駅前で
ラスティ先生と待ち合わせる約束をした。
「変…じゃないよね?」
私はスマホのインカメを
鏡代わりにし自分のメイクを見直す。
待ち合わせまでは時間があったので、
授業が終わってすぐ化粧室に籠り
ナチュラルメイクからガッツリ本気モードに
メイクし直したのだ。
(…っていうか、これじゃあの子達のこと
何も言えないな…)
そんなことを思いながら、
私は待ち合わせ場所まで歩を進める。
しばらくし目の前まで到着し、スマホの時計を
確認すると、約束の時間より少し早く着いていた。
(……ラスティ先生、いるかな)
辺りを見回す。
すると――
「何あの人…?モデルさんとか…?」
「ね~、すっごい脚長ぁ…肩幅ゴッツぅ~」
イヤホンをしていたので気づかなかった。
ケースにそれを納める頃には、私の耳には
何だか覚えのある雰囲気が入ってくる。
ラスティ先生の周囲には軽く人だかりが出来ており、
その多くが私と同じトリニティ生や女性だった。
「…ちょっ、これマズいんじゃ…」
嫌な予感を胸に抱きながら、私は人だかりを避けて、
彼を囲む途切れ途切れの円の内側まで進んだ。
するとそこにいた。
予感的中、この騒動の発端はラスティ先生だったようだ。
彼の私服姿は初めて見るかもしれない。
白のTシャツにピッチリ黒アンダー。
少しサイズが小さいのか、肩周りの
筋肉が浮き彫りになっている。
シャツの隙間から見えるその全てから色気を感じる。
首からは金属板が楕円形に加工された物を
首から下げたもの…ドッグタグだったろうか、
それを身につけている。それも1枚では無いようだ。
ズボンは藍色のスラックス。
靴は歩き易さを意識してか白に
青のラインが入ったスニーカー。
髪はいつもかき上げていたのを、今は下ろしていた。
一見、ただシンプルな男の服装。
ただそれだけなのに――
(……何それ…ズルいでしょ)
学校の時や2人で会っていた時より、
距離が近く感じる。
目の前に彼は先生であるハズなのに、
“先生”ではない。そんな感じだ。
私だけが知ってる、みたいな錯覚。
胸の奥が、じわっと熱くなる。
「ん…来たか、杏山」
先に近付いたのは向こうだった。
(まずっ…!)
彼に見蕩れてこの状況のことを忘れていた。
今ここで私に彼が接触すれば、再び彼に良からぬ噂が
流れかねない。それは私も同じだが。
私は咄嗟に身振り手振りでラスティ先生に、
『あっちで会お!』と伝えた。
それを見た彼はまるで大きな犬が首を傾げるような
顔で私を見ていたが、3秒ほど硬直した後『了解した』
とでもいいたげな顔で"私が指示した方向の真反対"へと
歩を進み始めた。
(ちょっとぉーーーー!?!?)
私はそんなラスティ先生を追うことは出来ず、
先に指示した場所へ向かうことにした。
(大丈夫かな…)
しかしそれは杞憂に終わる。
しばらくし、ラスティ先生が私の指示した
変更場所に来てくれた。
「すまない、待たせてしまったかな」
「…ううん、今来たところ」
完全に嘘だ。
それは彼も当然知っている。
しかし、物事には何事も"お決まりの展開"があるように。
ある種コールアンドレスポンスのようなやり取りを
ラスティ先生と交わした。
(…あっ)
しばらく先生と目が合う。
お互い一言も話さずに。
彼は表情ひとつ変わらず、その深い瞳で
私の瞳を見つめ続ける。
そんな静寂を先に破ったのは、
意外にもラスティ先生の方だった。
「…杏山、昼間に見た時よりも雰囲気が変わったかな。
私にはいつもの君も美しく映っているが、
今は特段増しに見える」
「な、なにそれ…褒めてるつもり?」
「…不躾だったかな?」
やはり私の目にはラスティ先生が大型犬に見える。
彼の今の雰囲気は、さしずめ尻尾を下げ落ち込んだ犬に
見えて仕方がない。
「ふふっ、じょーだんじょーだん。
ありがと先生、嬉しい」
「おっと、一枚取られたな。
これは、今日の店に期待してもいいということかな」
「さ、どうだろね。
…じゃ、行こっか」
「ああ。頼む」
彼と並んで歩く。
それだけで、周りの音が少し遠くなる気がした。
最初に入ったのは、あのショートケーキの店。
…以前、一緒に来れなかったあの店だ。
今日は偶然にも入りが少ないらしく、店内には
客がほとんど居ない。
トリニティ生も多く訪れるこの店だが、今のラスティ
先生を連れて来るとなると騒ぎになりかねない。
この状況は好都合と言えるだろう。
「いらっしゃいませ〜♪」
店員の明るい元気な声。
私はその声の正体に覚えがあったが、
今はそれどころではない。
私達は席に案内される。
「ごゆっくりどうぞ~♪」
窓際の席。ラスティ先生はソファ側に座った。
私はそこに向かい合う形で椅子に座った。
(……なんか近い)
前もそうだったが、彼の体格の良さで
距離感がバグる感覚を覚えた。
「せんせ、何にする?」
私はメニューを見ながら聞く。
ラスティ先生も同じようにメニューを見ているらしく、
目線をそちらに向けながらこう言った。
「任せる。君の判断を信じよう」
「おっけー。
じゃあこれと、これと……あとこれ」
私は注文用タブレットで次々とメニューを
打ちこんでいく。
「慣れているな」
「とーぜん。私達の行きつけだし」
「"私達"?杏山はどこか部に所属していたのか?」
「あれ、言ってなかったっけ。
放課後スイーツ部、っていう…まぁ何するかって
名前の通りではあるけど」
「なるほどな…
今日はその部活は出なくても良かったのか?」
「あぁ、いいのいいの。気にしないで」
「ならいいのだが…
私との会食も、活動に差し支えないようにしてくれ」
「うん、分かった」
そんな会話が続き、しばらくして注文の品が運ばれてくる。
「お待たせいたしました~♪
こちら旬果物の……」
店員さんの商品説明を聴きながら、
ショートケーキと、フルーツタルト、カフェオレ。
1つずつ机に並べられる様子を2人で眺めた。
「……以上になります♪
それでは、お召し上がりください♪」
店員さんは何故か上機嫌なようで、
張り付いた笑顔ではなく真に笑っているような
表情で私達を見ていた。
彼女はそのまま厨房へと帰っていった。
「こうやってどんな物かっていうのを説明してくれるんだ。
あの店員さんも面白かったね、せんs…先生?」
「……」
先生がじっと、何かを見ている。
「ど、どうしたの?」
「いや……美しいと思ってな」
「それ、ケーキに言ってる?」
「半分は」
「半分って何」
お互いに笑う。
先生も、少しだけ口元を緩めていた。
それを見て、また心臓が変な動きする。
私は机に置かれたフォークを取る。
(ヤバいヤバいヤバい…
これ間接キスになつやつじゃん…
いいのかな…いや絶対良くない。
けど…)
迷う私を、私が制する。
「…はい、どうぞ」
私は切り出したケーキの切れ端をフォークで刺し、
それを差し出す。
「……先に食べないのか?」
「…いいから」
「…では、失礼して…ん…」
先生が一口、私のフォークから切り分けられた
ケーキの切れ端を頬張る。
彼はそれをゆっくり噛みしめ、飲み込む。
そして――
「……良い」
彼の感想は短い。
しかし、その一言が妙に私の心をまさぐる。
(……よかった)
ふと安心する。
なんだか、自分が褒められたみたいな気分になったからだ。
私達はそのまま、並べられたものを感想を
言い合いながら食べ進める。
「これ、どう?」
少し物足りなさそうなラスティ先生を見て、
私はメニュー表から1人ではあまり頼まない
クレープを指差す。
「クレープか…興味深い」
「よし、じゃ決まりね」
私はそれカゴに入れ、追加注文ボタンを押す。
そのクレープは、まるでミカンが丸ごと入ったかの
ような果肉の多さで評判高いものだ。
私達が出来上がりを待つその間、今度は沈黙。
しかし気まずくはない。
むしろ、落ち着く。
ラスティ先生は、店内を眺めながら
カフェオレを飲んでいた。
そんな彼の視線は、獲物を見定める狼のような
普段の鋭い目ではなかった。
そんな先生を見つめている間に、
クレープが運ばれてきた。
他の客があまり入っていないせいか、
いつもより提供が早く感じる。
「お待たせいたしました~♪
こちら、たっぷりミカンの…」
店員さんの説明と同時に並べられたクレープは、
評判通り…むしろ宣材写真よりも具が入っている
ように感じた。
「ごゆっくりどうぞ~♪」
ラスティ先生はクレープを見るのが初めてなようで、
ナイフとフォークを片手ずつに持ちながら
どう食べるべきか右往左往していた。
「ぷっ…ラスティせんせ、なにしてんの…ぷぷっ…」
「…あまりからかわないでくれ」
完璧超人に近いラスティ先生の、そんなイメージとは
真反対の行動に、私はつい吹き出してしまう。
そんな彼も、私は愛おしく感じる。
「しょーがないなぁ…ほら、こうやって食べるんだよ」
私はラスティ先生にクレープの持ち方を教える。
彼も私に倣い、紙に包まれたクレープを手で持ち上げる。
「ほう、食器は使わないのか。
この手のモノはナイフかフォークで食すのが
定番だと思っていたが」
「だいたいのクレープはそういうものなの。
で、こう…あむ…」
私はクレープの上からかぶりついた。
評判通り、なんと果肉の多いことか。
生クリームもさることながら、この甘さとミカンの
酸っぱさがなんとも言えない塩梅でマッチしていた。
「~~ッ♪おいしこのクレープ。
ほら、先生も食べなよ」
「あ、あぁ。では…ん…
…………これは…!?!?」
クレープを大口で頬張ったラスティ先生の顔は、
まるで宝物を見つけた少年のような顔をしていた。
先生はそんな顔をしている自覚はないだろうし、
普段接する機会が無い生徒は分からないだろうが、
私には分かる。彼は今そんな目を…表情をしている。
(ふふっ、かわいい)
すっかり夢中になったラスティ先生をよそに、
私もクレープを食べる。
クリームがいつもより甘く感じる。
フルーツの味がいつもより濃く感じる。
目の前で、先生が同じものを食べている。
(……同じの食べてる)
それだけで、なんか嬉しい。
「……甘いな」
遅れてラスティ先生が感想をポッと話してくれた。
「でしょ?」
「あぁ、悪くない」
私達は、お互い笑い合いながらクレープを完食した。
「またのご来店をお待ちしております~♪」
会計はラスティ先生がいつの間にか払ってくれていた
ようで、私達は並んで店を出る。
今は帰り道。
人通りの少ない裏路地を先生と進む。
太陽の端が夜空にしがみつく空に照らされた街。
必然と人の流れが増えてくる。
ひとりでこんな場所を通ることが少ない私は
いつもなら視線が気になっていたところだが、
今は不思議と気にならない。
彼が、隣にいるからだろうか。
(……ッ!?)
自然にラスティ先生の腕を引きそうになって、
ギリギリで制する。
(危な……)
彼には気付かれていないようだ。
距離は近いまま。
ふと、思う。
(これ、完全にデートじゃん)
自分で勝手に妄想して、自分で勝手に動揺する。
(いや違うし。ただのスイーツ巡りだし)
でも――
否定しきれない。
それが私の心をさらに同様させる。
太陽が少しずつ落ちていき、
完全に暗くなるまであと一歩のところ。
少ししかついていなかった街灯が徐々につき始め、
夜のキヴォトスが顔を覗かせ始めた。
私は変わらず並んで歩く。
距離は、さっきよりも近い気がする。
「今日は……誘ってくれてありがとう」
「何を言う、礼を言うのは私の方だ」
不意に出た私の発言を、先生が返してくれる。
「これが甘味巡りか、悪くない」
今の彼は、まるで今日食べたスイーツ達
のように甘い雰囲気を醸し出していた。
胸が、きゅっとなる。
「……また行こ?」
気づけば私は立ち止まり、
彼のシャツの裾を掴みそう言っていた。
「…杏山」
先生は少し間を置き、私に頭に手を乗せた。
(…へ?)
ポンポンと、まるで犬猫にするように頭を軽く
手で弾ませた。
「私が、断るとでも思ったのか?」
「~~~ッ!?」
(……やば)
人通りが少ないところを通っていて正解だった。
思わず声にならない声が出た。
今のはズルい、ズル過ぎる。
「…ラスティせんせ、女の子の頭ポンポンするの、
普通なら嫌われちゃうんだよ?」
「おっとすまない。故郷にいた頃こうやっていたものでね。
直すよう気をつk」
「…いいよ」
「る…何?」
「私は別に…いいよ」
「…そうか」
今日一日。
その全てが甘すぎる。
ラスティ先生の言葉を借りるならば、
悪くない。その一言だった。
~数分前~
「理事、報告です。降下準備整いました。
いつでも作戦開始可能です」
「了解した。
…ついに見つけたぞ、"狼"ぃ…
まずは、その大事なモノを私達が
責任を以て管理させてもらおう」