焼けた空の英雄、教師になる(非常勤)   作:ラス夢

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第23話『蟻の巣で』

 

襲撃作成が失敗し、少し日が経った夜。

高層ビル上階に位置する執務室は、外界と

切り離されたかのような静寂に包まれていた。

窓の外では、キヴォトスの夜景が瞬いている。

だが、その光景を眺める者の内面は決して

穏やかではなかった。

 

私は、机の上に置かれた報告書を指で叩きながら、

苛立ちを押し殺す。

 

「……“マザーUAC”に戦闘ログだと?」

 

目の前に立つ部下が、わずかに肩を震わせる。

 

「そんな訳がないだろう。

あの場に"アレ"は投下していないのだ。

そもそもあの時、機体の脳ミソたる

CPUを動かしただけで機体の起動はしていない。

貴様も知っているだろう」

 

「……はっ、存じております。

しかし、事実そうなっており…

現在、技術班がこれを偶発的に発生した

エラーかどうかを確認中です」

 

部下の声は慎重を保ってはいるが、

その奥には明らかな困惑が滲んでいる。

 

「どうか、今しばらくお待ちください」

 

「……そうか」

 

私は短く返す。

この時内心では、思考が激しく渦巻いていた。

 

(あり得ない)

 

あの時、マザーUACは半起動状態でヘリ数機に

揺さぶれながら上空に留まっていた。

マザーの内部コンピュータを利用し、

UACの制御を行っていたためだ。

 

しかし、何度も言った通り"半起動状態"だったのだ。

ジェネレータすら起動せず、内部電源のみで

稼働させた状態だ。

 

にも関わらず、“戦闘ログが残っている”。

 

(……誰かが、動かした?)

 

あるいは

 

(……あの“狼”が関係しているのか…)

 

脳裏に浮かぶ機体…

黒鉄の装甲、異様な機動力を。

そして、肩に刻まれた紋章から取って

私はあの機体を、こう呼んでいた。

 

"狼"、と。

 

獲物を逃さず、確実に喉笛を噛み千切る存在。

あの戦場で、我々の作戦を崩壊させた最大の要因。

拳が、自然と握られる。

 

(……貴様だけは)

 

必ず、潰す。

そう内心で誓った、その時だった。

 

「……!

理事、今しがた技術班からの報告が上がりました」

 

私は一度思考を断ち切り、部下へ指示を飛ばした。

 

「そうか。読み上げろ」

 

「ハッ」

 

部下は手元の端末の画面を確認し、ソレを読み上げた。

 

「“戦闘ログを解析した結果、これはエラーではなく

正常に機体が稼働した結果記録されたログである”」

 

私の思惑は、思っていたよりもあっさりと否定された。

 

「“なお、マザーUACの記録ベースに

類似機体のデータを発見。

該当機体名、スティールヘイズ”」

 

スティールヘイズ。

 

初めて聞く名だ。

私は理事を務めるだけあって長くこの業界に

籍を置いているが、それでも聞いたことがない。

 

「搭乗者は……これは…?」

 

搭乗者の名前を言いかけたところで、

部下の口から音が止む。

 

「…なんだ、重要な部分だろう。

さっさと読み上げないか」

 

「いえ、それが……」

 

部下が一瞬躊躇する。

 

「…ひとまず、見たままを

読み上げさせていただきます。

“搭乗者は、V.IV ラスティ”と」

 

「……また聞いたことが無い名だな」

 

しかしその名は妙に引っかかる。

この業界には軍隊のように分かりやすい階級がある

訳ではない。なので我々は名前に"符号"のような

ものが枕詞として扱われることがある。

伝説の傭兵、黄金の不沈艦…等等、

例を上げればキリがない。

 

(V.IV……?)

 

V…読み方は"ヴェスパー"と読むようだ。

この文字の後に番号が付随しているのを見ると、

それは恐らくヴェスパーと呼ばれるモノの順列

なのではないかと嫌でも予測させる。

 

それとも

 

私の考えがまとまる前に、部下が続ける。

 

「……!まだ続いています。

“なお、マザーUACの正式名も判明。名は………”

……どういう意味の名でしょうか」

 

「知るわけがあるか」

 

その名を聞いたとて、

私には理解できなかった。

 

だが、直感が告げていた。

その名を知ったことを。

我々は、後々後悔することになる。

この時の私はまだ、それを知る由もなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

カズサを家へ送り届けた後、

私は一人帰路についていた。

 

ここの夜の空気は冷たく、街の喧騒もどこか遠い。

だが、胸の内は妙に満たされていた。

 

(……良い時間だった)

 

甘味巡りに費やした数時間。

あれほどの時間を、誰かと過ごしたのは久しい。

最後に娯楽に時間を費やしたのは、

まだ幼いツィイーや解放戦線に加入したばかりの

ダナムを連れてミールワームのBBQをした時以来だ。

 

…結局その時は、フラットウェルにバレて

大目玉を食らったっけか。

 

そんな昔のことを思い浮かべながら、足を進める。

 

「…皆、今はどうしているのだろうか」

 

そして、近道に使える裏路地に差し掛かった時だった。

視界の端に違和感、見慣れない屋台がそこにあった。

 

(この店は…以前は違う場所にあったハズだが。

支部前の公園にだったか?)

 

ビルの隙間風が暖簾を揺らす。

そこに書かれた文字。

 

"麺屋すずちゃん"。

そこそこの距離はあるはずなのだが、

その食欲を強く刺さる香りが、鼻腔を刺激する。

提供している品は…今日食したスイーツとは

対極にあると言ってもいいかもしれない、

豚骨ラーメンだった。

 

(これは…中々だな)

 

豚骨スープが食欲を強引に引きずり出す感覚に

身を任せ、歩む方向を変えた。

 

「……寄っていくか」

 

私は暖簾をくぐった。

中は思ったよりも狭く、そして妙に温かい。

席につき、周囲を見回す。

屋台の客椅子には既に2名が着席しており、

恐らく定員4人が座るのを想定してか敷物がしてあるが、

私の体格では2席分を1人で占領してしまった。

 

「…すまないね、大将。

2人分の料金で足りるかな」

 

「がっはっは!いいってことよツラのいい兄ちゃん!

たらふく食ってけよ!」

 

「感謝する。では、1杯を大盛りで頂けるかな。

いつも私の職場の目の前で」

 

(……落ち着かないな)

 

自ら進んで座ったものの、

こういう場所には慣れていない。

自然と視線が泳いでしまう。

 

その時だった。

予想外の人物が横に

座っていたことに気付いたのは。

 

「…!シャーレの……」

 

「あれぇ!ラスティ君じゃん。奇遇ぅ〜」

 

聞き慣れたハスキーな女性の声。

隣に座っていたのはシャーレの先生だった。

仕事帰りなのだろうか、その白いスーツからは

煤に塗れ凛とした印象から仕事人かのような

印象を受けた。

 

「ああ奇遇だな……そちらのお嬢さんは?」

 

私は視線をシャーレの先生のその後ろへ向ける。

金髪。

大きな獣耳。

一瞬、別の誰かが脳裏をよぎる。

 

(……似ているな)

 

カズサの耳も大きなネコ耳のようだった。

その記憶と重なる。

 

「あぁそっか、まだ会ったことないんだっけ。

紹介するよ、こちら――」

 

「いえ先生、自己紹介でしたら自分で」

 

青いスーツを身に纏う女性が、椅子から立ち上がり

屋台から一歩離れた場所へ出る。

 

「ヴァルキューレ警察学校公安局局長、

尾刃カンナと申します。以後、お見知りおきを」

 

丁寧な所作

だが、視線は鋭い。

 

…前から思っていたが、

七神リン、桐藤ナギサ、それに目の前の尾刃カンナといい、

君たちは本当に未成年の学生なのかと疑いたくなる。

しかしそれを聞くのは野暮なのだろう。

 

それに相手は子供とはいえ立派な女性だ。

その"イメージ"はつまるところ…「あなた実年齢より

老けてるイメージ」と言っているのと同じだ。

だから私は決して口にはしない。

 

「ご丁寧にありがとう。私は……」

 

一瞬、言葉を止める。

公的機関に所属しているとはいえ、

このまま身分を開けていいものか迷ったからだ。

 

私は手前の先生を見る。

彼女はそんな私に気付いたのか、

笑顔でウインクを飛ばす。

 

(…これは…いいのか)

 

「あの…?」

 

「コホンッ…すまない。では改めて…

私は連邦捜査部シャーレ所属の諜報員だ。

即ち、こちらに御座す彼女は私の直属の上司になる。

一応だが、教師としても配属されている。

何かあれば頼ってくれ、力になろう」

 

「……!あなたもシャーレの…

…失礼いたしました」

 

カンナが頭を下げようとする。

 

「よしてくれ、柄ではない」

 

「いえ、これはせめてもの…」

 

「いやしかし、君は何も…」

 

そんな感じで謙虚と遠慮が混ぜこぜになった

やり取りは続きそうだったが――

 

「へいお待ち!特製ラーメン一丁ぉ!」

 

全員の席にラーメンを叩きつけた店主の声が割り込む。

その声は強引に空気を切り替えた。

 

「兄ちゃんも姉さんも、ラーメン食って落ち着きなぁ。

食は、人の心を繋いでくれるんだぜぇ」

 

「おぉっ。おっちゃん熱いねぇ~。

オバチャン惚れちゃいそうだよぉ~」

 

「ヘッ。お師匠の受け売りだがな。

そんな訳だ!席に戻ってきな」

 

「「…了解」」

 

「ブッ…ラーメン屋台で…そんな神妙な顔で了解て…」

 

その勢いに押され、再び席へ戻る。

私とカンナの顔を見てシャーレの先生は吹き出し

ツボに入ったのか、お腹を抑え中々顔を上げない。

 

そんな上司を横目に、私はラーメンに向き合う。

 

「いただきます」

 

どんな文化であろうと、食前の儀式の意味は

ある程度共通なのだなと知った今日この頃。

私は割り箸を手に取り、割る。

 

(今日は上手く割れたな)

 

このキヴォトスに来た頃は割り箸を綺麗に

真っ二つに割るのでさえ一苦労だった。

そもそも箸で食う文化がルビコンでは無いので、

割った後が問題の本番と言ってもいい。

 

私は割り箸を丼の中に入った熱々の麺の中に差し込み、

それを掴み上げた…ハズだった。

掴んだハズの麺は箸の間を滑り、

丼の中へと帰っていく。

 

「……すまない大将、フォークはあるか」

 

「なんだ兄ちゃん箸使えねぇのか?

待ってな、裏の物入れに入ってたハズだ」

 

「かたじけない」

 

「…ラスティ君にも、出来ないことがあるんだねぇ。

先生なんだか君が可愛く見えてきたよ」

 

「…冗談はよしてくれ」

 

「あぁ、あったあった。

兄ちゃん、こんなもんでいいかい」

 

大将からフォークを受け取る。

それはコンビニ等で貰えるプラスチックのフォークだった。

最初はこいつに世話になったものだ。

まだ開封されていないので、

大将が使わず取っておいたのだろう。

 

「あぁ、完璧だ。さすが大将。

客の気持ちを汲み取るのが上手い」

 

「へっ、野郎からの世辞なんざ耳から耳だぜ。

…早く食いな、麺が伸びちまう」

 

「フッ…それもそうだな。

では改めて…」

 

今度はフォークで麺を纏め上げ、

それを口に入れる。

 

初めて屋台のラーメンを食べた。

しかし、ラーメンを食べた経験そのものが

少ないため味の評価や比較は出来ない。

だがこれは───

 

「…美味い」

 

「そりゃ良かった」

 

食文化が希薄な環境で育った私にでも、

この一杯の味はハッキリと伝わった。

 

「良いでしょ~大将のラーメン。

私の心の健康は、この一杯から来てると言っても

過言ではないよぉ…週10は来てるかなぁ」

 

「先生…確かに美味しいラーメンですが、

さすがにそれは健康に支障をきたすのでは?」

 

「いーのいーの!

痛みは我慢できるけど、美味みは我慢できないものなの!

カンナにも、いつか分かる時が来るよ」

 

「そういうものなのでしょうか…」

 

スープをレンゲで掬い、それを喉に流し込む。

熱い。だが旨い。

 

(先生の気持ちは、分からんでもないな)

 

しばし、ラーメンを啜る音と屋台で

大将が仕込みをする音以外が止み、無言が続く

 

(…"食は、人の心を繋いでくれる"か

確かに、その通りかもしれないな)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だが、その幸福な静寂は長く続かなかった。

 

――ドォォォォォォン!!

 

「なんだなんだぁ!?」

 

「この音は…!?」

 

席の両端にいた私とカンナはラーメンを

啜っていた手を止め、その轟音の正体を

確かめるように暖簾をくぐり屋台の外へ出る。

 

「…! 先生!アレです!!」

 

カンナの指先は、"私達の真上"を指していた。

その瞬間、轟音の正体が大きな影と共に姿を見せる。

 

「ヘリ…!?」

 

空気を切り裂く轟音をプロペラから発しながら、

私が来た方向からビルの最上階スレスレを

ヘリが通過する。

爆音と風圧によって屋台が揺れ、器が音を立てる。

 

「あららら……」

 

器用に私達のラーメンを両手に持ったまま、

シャーレの先生が苦笑する。

 

「急ぎの事件でもあったのかねぇ。

ってかおやっさん!店のもの大丈夫!?」

 

地面には先程まで大将が仕込んでいた

食材や食器が散乱していた。

その様子を眺めたシャーレの先生の

ラーメンを持った大将は肩をすくめる。

 

「はぁ…こんなの、この街じゃ日常茶飯事だろ?」

 

カンナが眉をひそめる。

 

「…治安維持に全力を尽くします。

しかし、妙ですね。あれ程焦った様子で飛ばして

いるなら、何か大きな事件があってもおかしくありません。

だというのに、私の回線には重大事件が発生した

連絡は来ていません。先生方、そちらへ連絡は?」

 

「確かに…ヘリコプターが出てくるってことは

割かし大きな事件が起きたってことだもんね。

ちょっと待っててね…」

 

「私も確認する」

 

私は端末を開き、着信履歴やメール受信BOX、

モモトークを始めとしたチャットアプリを確認した。

しかし…

 

「シャーレには何も来てないっぽいねぇ」

 

「…私の方にも、連絡は来ていない」

 

「……なぁーんかキナ臭いなぁ」

 

シャーレの先生が呟く。

だが、それ以上の情報は無い。

結局その後、三人で麺を啜り切り、

スープも飲み干した。

それが大将へのせめてもの礼儀だと

私達は感じたからだ。

 

その晩、私の胸中は落ち着きを見せなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌朝のトリニティ。

私はカズサのクラスで1コマ目の授業だったのと、

担任が体調不良で急遽休みを取ったと知らせを

受け担任業務を代わりに遂行するため、

早めに教室のドアを開けくぐる。

 

「キャー!ラスティ先生!?」

 

「今日はお早いんですね!」

 

「おはようございます!」

 

もはや慣れ始めてきたこのいつもの反応。

 

(……やれやれ)

 

だが、この違和感を感じ取れないほど

私は鈍感ではない。

 

「本日、このクラスの担任が体調不良で休みを

取っている関係で今から私が点呼を取る。

呼ばれた者は返事か挙手のどちらか…まぁ両方でも

構わないが、何かアクションを起こしてくれると幸いだ」

 

「「「はぁーい!」」」

 

私がそう言うと、皆はそそくさと自分の席に戻っていく。

私への過剰な反応はあれど、そこは流石お嬢様だろうか。

 

私も、点呼を取るために教卓の前へ行き

各々確認していく。

すると、彼女…杏山カズサがいないことに気付いた。

先ほど感じた違和感の正体は彼女だ。

 

彼女がいる時は、先ほどのように生徒に囲まれていると

凄まじく鋭い目線が私に毎回向けられる。

…当の本人は私には気付かれていないと思っている

ようだが、私に言わせれば気配の殺し方が甘い。

 

(…違う、そうではなく)

 

私は静かなトーンで生徒達に聞く。

 

「…すまない。確認なのだが、

今日は杏山は欠席か?」

 

おおよそ体調不良かサボりか。

学び舎に子供が来ない理由はその2極だろう。

だがその外観に反し意外にマジメな

カズサのことだ。

体調不良ならばクラスメイトの誰かに

連絡が行っているハズだ。

 

(…もしや昨日少し様子がおかしかったのは、

体調が悪かったせいだろうか…?)

 

悪いことをした。そう思っていると、

生徒から来た返答は、予想外のものだった。

 

「それが……誰も知らないんです」

 

「何……?」

 

教室内の空気が変わる。

 

「えっと…カズサちゃんが入ってる部活の子に

相談してみたのですが、そちらも同じのようで…」

 

「…そうか、ありがとう。

だが人というものは、たまにの息抜きというものが

必要だ。彼女は今その息抜きを遂行しているのだろう」

 

「なるほど...?」

 

「兎に角、杏山の件は承知した。

点呼を続けようか」

 

生徒を一旦なだめ、点呼を続けた。

しかし、今一番なだめて欲しいのは

他ならぬ私自身だった。

強烈な嫌な予感が脳裏を駆け巡る。

 

今日は午前中の3コマ目までしか授業は

無かったため、終わり次第私の脚は車へと歩を進めた。

 

「カズサ…!」

 

駐車場から車を飛ばす。

ここからカズサが住むアパートまでは車で向かう程の

距離では無いものの、悠長に自身の脚で行くほど

馬鹿ではない。

私は冷静な心を保つよう、カズサに会った時の開口一番の

言葉を考えていた。

 

(何も起きていないはずがない)

 

しかし、内心はとても穏やかにはなれなかった。

考えが悪い方向へ流れていく。

もはや止めることは出来なかった。

 

(待っていてくれ…!)

 

到着はあっという間だった。

私は車から急いで降り、

アパートの他の住人とぶつかりそうに

なりながら階段を駆け上がる。

 

そしてドアの前。

私はベルを鳴らす。

 

「…出ないか…?」

 

一回目は反応なし。

私はもう一度、もう一度とベルを鳴らし続ける。

しかし彼女からの反応はなく、それどころか

この部屋から人が動いている気配がしない。

 

(致し方ないか…すまないカズサ)

 

中に入るためには鍵穴を破壊するか

ドアを破壊するかの二択だった。

ここが廃墟であればドアを破壊する一択だが、

このアパートはカズサ以外にも当然住人がいる。

ドアを破壊し中に入っていく様は、強盗以外の

何者でもないだろう。

 

ということは実質一択になる訳で、

鍵穴破壊を行うためにドアノブに触れた。

 

その時だった。

 

「……鍵が空いている?」

 

回すつもりは無かったが、焦りが身体に出て

思ったよりも力が入ったのだろう。

しかし回ること自体は問題ではない。

"扉が開く状態になっていること"そのものが問題だ。

 

嫌な予感が、段々と確信に変わっていく。

 

私は靴も脱がぬまま中へ。

 

「杏山!杏山ッ!!

カズサァ!!!!」

 

応答は無く、私の声が不気味なほど静かな

部屋の中を反響する。

 

私は部屋を見回し、その光景に違和感を覚えた。

部屋は、不自然に“そのまま”だったのだ。

以前カズサの部屋には何度か入ったことがあるが、

その時よりももっと生活感に溢れている。

それに入った時から部屋の電気がついたままだ。

先ほどは中に人がいる気配が無いと感じたが、

この光景はそれの逆の意味を指していた。

 

生々しい生活の痕跡。

まるで先ほどまでここにカズサがいたのではないか。

そんな気さえ覚える。

だが、彼女はここにいない。

 

「くっ…失礼する!」

 

女性の寝室に入るのに抵抗はあったが、

そんなことは言っていられない。

リビングを抜け、寝室のドアを開ける。

 

「……やはりか」

 

ここにも居なかった。

それどころか、ベッドには眠っていた形跡すらない。

私は変質者紛いな事をするのを承知で、

ベッドにかけられた布団をめくり、体温が残って

いないかを確かめるためそこに腕を突っ込んだ。

 

「…冷たいな。寝室に来ていないのか…?」

 

そしてもうひとつの不自然な点。

それは制服やカバンだ。

制服は大体の場合1セット持っているのが

基本であると私は認識しているが、

部屋のどこにもトリニティ生の

制服が見当たらなかった。

 

「……何ッ!?」

 

そして、私は私の嫌な予感を決定付けて

しまうものを見つけてしまう。

それは、"そうでなくて欲しい"と願う私の心を

砕くには充分な威力を持っていた。

 

「これは……カズサの……」

 

カズサを始めとしたキヴォトス人は

ソレを必ず身に着けており、まさに一心同体と

言うにふさわしいだろう。

 

「…マビノギオン…」

 

カズサの愛銃が、玄関横に立て掛けられていた。

 

入ってきた時は死角になっており見えなかったが、

今の私はその大きな銃身が目から離れなかった。

 

「何故、家に置きっぱなしなのだ…」

 

玄関に置かれたまま外出。

この超銃社会たるキヴォトスで、

それはあり得ない。

 

そして私はひとつの結論に辿りつく。

それは、道中想像していた最悪のケースを

凌駕する"最悪"だった。

 

「……誘拐」

 

即座に通信を開始する。

通話先はもちろん…

 

『は~い! こちらシャーレ本部! どうしt』

 

「先生、緊急事態だ。カズサが誘拐された恐れがある!」

 

『……………え?』

 

私は困惑するシャーレの先生の言葉を待つこと無く、

私が見たありのままの状況を伝えた。

イヤホンの向こう側とこの空間で、

嫌な空気が木霊する。

 

『ラスティ君、それは…』

 

その瞬間だった。

私とシャーレの先生に割り込むようにノイズが

イヤホンからつんざいた。

 

「『ッ!?』」

 

そのノイズの音量は段々と大きくなり、

思わず顔をしかめてしまう。

 

(一体…!?)

 

そして、今度は段々とノイズの音量が小さくなっていく。

この"手法"を、ラスティはよく知っていた。

 

(通信ジャックか…!?しかし、一体誰が…)

 

しかし、私の思考の結論を待つことなく…

その犯人が顔を覗すように回線に割り込んできた。

 

『ご機嫌よう、シャーレの先生。

……それと、“ラスティ”君』

 

人工声に似た男の声。

スティールヘイズ等のACに搭載されているCOMが

感情の乗せて喋っているような、そんな印象を受ける。

 

『ッ!!お前は……!!』

 

シャーレの先生の口調が少し荒くなる。

以前アビドスという地域で一悶着あった一件以来、

彼女はこの"男"のことを毛嫌いしているようだった

 

『懲りないね君達は、"カイザー"』

 

『先生もお変わり無いようで何よりだ。…本当に』

 

「……PMC理事殿か。

私を置いてきぼりにしないで欲しいものだ」

 

『おっと失礼。シャーレの"飼い犬"君。

いや…"V.IV ラスティ"。』

 

「…隠す気は無い。

そうだ、私がラスティだ。何故私の名を知っている」

 

『おいおい、そんなことを気にしている場合か?

君らも大人ならば、このタイミングでこうやって

君たちにコンタクトを取った理由は…

なんとなく想像がつくだろう』

 

((まさか…カズサ!?))

 

私は拳を強く握り、爪が掌に食い込み出血する。

シャーレの先生の歯ぎしりが、通信に乗る。

 

そんな沈黙の後、男は笑った。

 

『フッ、聞かずとも分かる。

概ね、君らの想像通りだとも』

 

更に拳を握り、血が滲む。

私は、声帯から絞るように声を出した。

 

「…理事殿、それは…こちらへの

宣戦布告とお見受けするが…相違ないだろうか」

 

『好きに解釈したまえ』

 

理事は軽い口調のままそう答えた。

だが、その奥は明確な敵意を感じる。

 

『さてシャーレ…君らの健闘を祈ろう』

 

そうやって通信を切ろうとする理事に待ったを

かけたのは、シャーレの先生だった。

 

『待て理事!!カズサはどこだ!!

答えろ!!!!!!!!!』

 

先生の叫びも虚しく、通信は切断される。

 

静寂が重い。

息が詰まるようだ。

 

だがしかし、逆に言えば何を行えば

いいのか分かったとなるだろう。

 

私の身体は勝手に動いていた。

 

(……待っていろ、カズサ)

 

私はまだ、

彼女から教えを乞わねばならないからだ。

 

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