「ん……ッ……!?」
頭が痛い。
内側から鈍器で叩かれたみたいに、
こめかみの奥がずきずきする。
私はやけに痛む頭を起こしながら、
重いまぶたを開いた。
「あれ……ココ、どこ?」
視界いっぱいに広がっていたのは、
知らない黒い天井だった。
私の部屋じゃない。
白い壁も、ミニ机も、冷蔵庫の低い音もない。
あるのは、やけに冷たい空気と、無機質な黒い天井。
身体を起こすと、部屋の中が見通せた。
家具はほとんどない。
私が寝かされていた簡素なベッド。
それから、部屋の隅に置かれたパイプ椅子が一脚。
ハッキリ言えば、人が住む場所じゃない。
かと言って休むための場所でもない。
それは、漫画や映画等で見たことのある
閉じ込めるための場所…牢獄に近い。
「それに服も制服のままだし…
…何が起こってるわけ……?」
記憶を探る。
最後に覚えているのは、いつもの家の風景だった。
ラスティ先生とデートし、その後も彼の事ばかり想像
していた気がする。
それから――
…何かが抜け落ちている。
私は状況を確認しようと、
ベッドから足を下ろそうとした。
その時だった。
「お目覚めかな、お嬢さん」
「え……?」
背中側から声がした。
男の声。
しかし、生身の人間のそれとは少し違う。
ドロイド人特有の、機械的な響きが混ざっている。
驚いた私はすぐに振り向いた。
そこには鉄格子があり、
その向こう側に男が立っていた。
「あんた……誰?」
堪えられない恐怖で声が少し掠れる。
しかし、何とか目の前の男を睨みつけることはできた。
「こんな拉致監禁みたいなことして…
…誰もあんたのこと擁護できないよ」
「おっとっと……そんなに睨まないでくれたまえよ」
男は笑う。
「私はただ君と――」
「そんなことはどうだっていい」
私は男の言葉を遮る。
「ここはどこで、あんたは誰?
なんで私がこんな場所にいるのか、さっさと答えて。
っていうか早く帰してよ」
状況はもう分かっている。
私は連れ去られたのだ。
この男か、その仲間によって。
何が目的なのかは分からない。
しかし少なくとも、友好的な相手ではないことは確かだ。
男はしばらく黙っていた。
そして、ゆっくりと声を低くする。
「……肝が座ったお嬢さんだ」
その声から、さっきまでの軽薄さが消える。
「忠告しよう。
こちらがいつまでも下手に出ていると
思っているようなら、それは大間違いだ」
「何を言って――」
すると、私の言葉を逆に遮るように、
男の背後から二人の兵士が現れた。
そして、鉄格子の隙間からライフルの
銃口を差し込み、私へ向けた。
「……あっそ」
緊張で喉が少しだけ乾く。
「それで本気のつもりなんだ。
忘れたわけじゃないよね、私がキヴォトス人だってこ――」
「私はいつだって本気だとも」
男は余裕そうに言葉を続ける。
「確かに、君たちをただのライフルで
黙らせられるとは思っていない」
「じゃあ、意味ないじゃんその脅し」
「……そう。ただのライフルなら、な」
男が兵士へ目を向ける。
「やれ」
「ハッ」
兵士が構え直し、
銃口が私へ正確に向く。
「何を…」
次の瞬間。
パンッッッッ――
乾いた発砲音が、狭い部屋に響いた。
「いっっっったァッッ……!?
ッ……!? あぁアッ……!!!!」
肩に衝撃が走る。
しかし、弾が身体を貫いたわけではない。
私は反射的に肩に手をあてがう。
「…あれ?」
血は出ていない。
しかし未だ、継続して痛みが襲っている。
次の瞬間。
着弾した場所から、身体の奥へ釘を
刺されたような痛みが走った。
「あ"あぁぁああ"ぁッッッッ!!!!!!!」
激しい痛みに耐えられず、
私は地に伏しながら撃たれた箇所を抑えた。
私の肩に命中したソレは、私の皮膚から下まで
到達することはなかったが、その代わりに
どういう訳か着弾点から局所的に
電撃のようなものが走っている。
局所的に焼かれ、神経だけを
引き抜かれるような痛みだ。
痛みに耐えるように呼吸が荒くなり、
息ができなくなる。
「……さて」
男の声は、依然平然を保っている。
「状況は理解してくれただろうか、お嬢さん」
「フーーーッッ……フーーーッッ……」
血は出ていない。
私は未だ痺れ激しく痛む肩を抑え、
向こう側の男を睨みながら立ち上がった。
「……私に……何の用」
「素直に聞く気になってくれたようで何よりだ」
男が満足そうに頷く。
「では、君に質問がある」
「……質問?」
「そうだ。最近トリニティ総合学園に来た、
ガタイの良い男がいただろう」
最近トリニティに来たガタイの良い男…
その質問を聞いて、私は理解した。
この大人達は、間違いなくラスティ先生を狙っている。
理由は知らない。
しかし今の一瞬だが、男の声の温度が
明らかに変わった気がした。
憎しみや執着。
そういうものが混ざったような、嫌な空気に。
「し、知らない……そんな先生」
「おやおや」
男が笑う。
「誰がその男を“先生”だと言ったかな」
「……ッ!」
しまった。
完全に口車に乗せられた。
「いやはや……
君のような素直な子供は扱いやすくて助かる」
男は楽しそうに続ける。
「次の質問だ。あの男…
…ラスティと名乗る彼は何者だ?」
「……」
答えない…というよりも"答えられない"。
本当に知らないのだ。
私だって知りたいくらい。
ラスティ先生がどこから来たのか、
何を背負っているのか。
どうしてあんな瞳をするのか。
私は、何も知らない。
「……」
「……早く答えてもらおうか。
こちらとしても時間がないものでね。
それに私も大人だ。子供が撃たれ苦しむ様を
見届けるほど腐っちゃあいない」
「さっきは問答無用で撃ってきたクセに、何今更……」
すると男は、持っていた杖を持ち直した。
まるで警棒か、剣のように。
「……教育する際に、最も効率的な
外的要因が何か……知っているかな。
"トリニティ総合学園一年、杏山カズサ"君」
「私の……ッ!」
私の在学校、学年、名前まで知られている。
もしやとも思ったが、どうやら私がここに
"拉致監禁"されたのは偶然ではないらしい。
「それはね、杏山君――」
「ァ"ッ……!?」
次の瞬間、喉に痛みが走った。
何が起きたのか分からなかった。
膝が崩れ、その場にへたり込む。
「ゲホッッ……ゲホッッ……」
喉が熱い。
息が引っかかる。
視線を上げると、男が鉄格子の隙間から
杖の持ち手を突き出していた。
それで、喉を突かれたのだ。
「“痛みによる教訓”だ」
男は、私の咳が止むのも待たずに続ける。
「最近は体罰だの、教師からのパワハラだので、
これを行う教師はほとんどいない。
だがそのせいで子供はつけ上がっていく一方ではないか」
私は男を睨む。
男はそれを見て嘲笑い、言葉を続ける。
「まるで自分が、その場において誰よりも偉い。
誰からも守られている。そう錯覚する」
狂ってる。
そうとしか言えない。
「痛みを忘れた子が、最近溢れ過ぎている。
君たちの異様な物理的頑丈さも、
それに拍車をかけているのだろう。
だからこそ、正しい方へ導いてあげようではないか。
私が、大人として」
足が勝手に下がる。
怖い。
悔しいが、怖い。
私は吐かないように喉を押さえながら、
壁へじりじり下がる。
「……ラスティ先生……助けて……」
声はすっかり掠れていた。
届くはずがない。
しかし、名前を呼ばずにはいられなかった。
状況開始まで、残り1時間。
現在トリニティ某所。
カズサの誘拐が発覚してから、およそ12時間。
手掛かりは、未だ見つからない。
部屋に残されていた日常。
開いたままの鍵。
点いたままの電気。
そして玄関に置き去りにされていたマビノギオン。
それらは、彼女が自分の意志で姿を消した
可能性を否定していた。
「……さて、どうしたものか……」
私は端末を見つめながら呟く。
隣を歩くシャーレの先生も、
別の端末を操作している。
"シッテムの箱"と名付けられたソレは、
どういう訳か横から覗こうが正面から見ようが
画面が真っ黒なままなのだ。
だというのに、先生はその真っ黒な画面をいじり続ける。
キヴォトス人は大概変人が多いイメージだが、
どうやらシャーレの先生もその例に漏れないらしい。
「ホントは人海戦術で捜索を回したいところだけど…
…それはかえってあちら側の思う壺のように
感じるしねぇ……」
その判断は正しい。
"トリニティの生徒が誘拐された"。
それを公にすれば、ティーパーティを始めとした
トリニティ各勢力や、無関係の騒動に便乗した
外部勢力が動き出す可能性がある。
無論、協力してくれる者もいると思う。
だが同時に、無用とも言える憶測が
飛び交うことになるだろう。
彼女はキヴォトス基準で言えば、
ごく普通の女子高生だ。
だが、企業勢力と学園勢力が絡む争いに
巻き込んでいい存在ではない。
「もはや日が変わろうとしている。
ここまで一切の手掛かりを掴めていない。
これ以上はカズサが危険だ」
「それは分かってるよ」
先生の声から、いつもの軽さが少し消えている。
「相手はカイザー。
こっちが焦って動いて、報復だとか言って
何しでかしてもおかしくない」
相手は平和な学園都市に、
突如火種を起こしたカイザーPMC。
そう考えれば、確かに先生の考えは
間違ってはいないのだろう。
…しかし、何故だろうか。
私の心の隅では、ソレを否定するような
考えが起きるのを感じる。
「ふむ……ところで先生」
「ん?」
「今、私達はどこへ向かっているのだ」
先生は歩きながら、少しだけ振り返る。
「聞き込みは捜索の基本だからね。
"それ"をしに行くのさ」
向かった先は昨晩、屋台が出ていた裏路地だった。
しばらく歩くと、覚えのある匂いが鼻を突いた。
昨晩と同じ、豚骨スープの濃い香り。
そう、麺屋すずちゃんだ。
「おやおや!こんな昼間に珍しいじゃんか!
シャーレのお二人揃ってたぁ珍しいこった。
何にするよ?」
店主は、仕込みをしていた手を止めて、
こちらに手…肉球?を振ってくれる。
それを見た先生も、軽く手を振り返す。
「あー……おやっさん、ごめんねぇ。
実は今日は客として来たわけじゃないんだ」
「お?なんだいなんだい」
先生は店主を必要以上に巻き込まないよう、
カイザーとカズサの名を伏せたまま
昨晩の出来事と現状を簡潔に説明した。
「……って訳でね。
今日みたく屋台を開いてたおやっさんなら、
何か見てないかなぁって思ってさ」
店主は腕を組み、記憶を引き出すように
うーんと唸った。
「どんな些細なことでも構わないよ。
例えば……そうだなぁ。
変な物を拾った、とか?」
店主は先生のその言葉を聞き、
ハッとしたような顔でこちらを見上げる。
「おぉー!そうだそうだ!!
昨日あんたらが帰った後だ!!
ちと待っててくれ!!」
店主は屋台裏の物置へ駆けていく。
「おっ、早速ヒットかな」
「私達が帰った後、か。
一体何が……」
しばらくして、
店主が何かを両手に抱えて戻ってきた。
「これだよこれ!
昨日はドタバタで気付かなかったけどよぉ。
店閉める時に偶然、屋台の裏で見つけたんだよ」
「「……!?」」
"ソレ"を見た瞬間、私は息を止めた。
ソレは本来そこにあるべきものではなかった。
否、あったとしてもソレは拒絶されるべきモノだ。
「気味が悪いもんでよぉ。
物知りなシャーレの先生なら、何か知ってねぇかい?」
店主が抱えていたもの…
小さな異形。
節のある体。
鈍い外皮。
どこか生理的嫌悪を掻き立てる姿。
「……ミールワームだと」
思わず声が漏れる。
「馬鹿、な……」
本来、キヴォトスを覆う外壁内部にしか
存在しないはずだ。
それが、トリニティ自治区の裏路地に落ちていた。
「……おやっさん」
先生が顔を引きつらせる。
「そのぉ…資料としてそのキモいの…
もらっていってもいいかな?」
「おう、持ってけ持ってけ。
っていうか持ってってくれよ。
今にも動き出しそうな出来だぜこりゃあ。
作ったのはトリニティの生徒さんかねぇ?」
(……死んでいるのか?)
ミールワームとは、本来外敵と見なした
相手が接近すれば爆発する生態を持つ。
しかし、目の前の個体は
そうではないらしく、これは既に
死亡している可能性が非常に高い。
しかもこの個体は非常に小さい。
ミールワームは成体になると、人など
丸呑みにしてしまうほど巨大なサイズに成長する。
だがどうだろう、目の前の個体は成人女性である
先生の片手で鷲掴みできるレベルのサイズだ。
ルビコンにいた頃でさえ、このサイズは見たことがない。
先生は片手でつまむように持ち上げてみせた。
「うへぇ~…
…動かないって分かっててもキモい見た目してるなぁ」
「店主」
「おう!なんだい兄ちゃん」
「コイツは一体…どこにいた?」
「さぁねぇ……?
けど見つけたのはこの屋台のそばさ。
ちょうど、"あんたらが立ってるら辺"だったかねぇ」
「「...!」」
その瞬間、思考が繋がった。
誘拐されたカズサ。
犯人のカイザーPMC理事。
そして、謎の小型ミールワーム。
先生も同じ結論に至ったのだろう。
目を見開き、こちらを見つめる。
「……なるほどな」
これで、カイザーが何をしたかは捉えた。
完全ではない。
だが、線は繋がった。
その後、込入った話をするため、
店主への迷惑料代わりに持ち帰り用の唐揚げを買った。
「まいど!」
店主の声を背に、
私達はシャーレ・トリニティ支部へ向かう。
時間はかかったが、手掛かりをようやく掴んだ。
だが同時に、流れた時間の分カズサの
置かれている状況が、悪化していることを
意味していた。
(待っていろ)
私は拳を握る。
(必ず助け出す)
その日の晩。
夜の裏路地を抜ける風が、妙に冷たかった。
※
筆者です。
GWにイベント事があり更新遅れました。
以降通常ペースで執筆できると思いますので、
更新を楽しみにお待ちください。
追記.ブルアカを始めて早3年になりますが、ようやく通常アコちゃんをお迎えできました。難産過ぎますね。