焼けた空の英雄、教師になる(非常勤)   作:ラス夢

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第25話『狼と小型犬』

 

「…間違いない。あのヘリだな」

 

私は今、カズサが住むアパートの屋上に立っていた。

昨日の聞き込みを終え、短い仮眠を挟んだ後のことだ。

 

空はまだ薄く白み始めたばかりで、

建物の影が長く伸びている。

早朝特有の冷えた空気が、

屋上のコンクリートを静かに撫でていた。

 

そしてシャーレの先生はというと、

ここにはもういない。

早朝方、七神リンと早瀬ユウカから交互に

電話が入ったようで、ほとんど尋問に近い熱量で

本部への帰還を命じられていた。

 

盗み聞きするつもりは無かったが、あまりも大きな声で

話していたものだからスピーカーから漏れ出た声は

一字一句聞き逃せなかった。

 

また、その言葉遣いは一応丁寧ではだったが、

要約すればこうだ。

 

『早く仕事に戻れ、阿呆』

 

シャーレの先生は半泣きになった子供のような声で

「はい……はいぃ……」と答え、そのまま

シャーレ本部へ戻っていった。

 

その様子は少し懐かしいものを思い出させた。

 

(……言われる側の態度の違いはともかく、

スネイルに詰められるフロイトのようだったな)

 

昔を思い出す余裕があるのは、

まだ私の精神が完全に擦り切れていない証拠だろう。

だがもっとも、状況は笑えない。

 

シャーレの先生が一生徒だけに

構っていられないのは理解している。

あの人はキヴォトス全体に関わる案件を抱えている。

 

まして、先の襲撃直後だ。

やるべきことは山ほどある。

 

だが…タイミングが悪すぎる。

私も一応シャーレ所属ということになっている。

しかし、私に与えられている権限は限定的だ。

 

スティールヘイズに搭乗、及び戦闘を行うこと。

上部の指示の下に、現場で動くこと。

 

それ以上の指揮権、調査権限、

及び学園間調整権限はない。

 

手綱を握るのは、あの“先生”だ。

今の先生に、私へ細かく指示を

飛ばす余裕は無いだろう。

 

(だからこそ……だな)

 

私は独断でここに来た。

 

始末書なら後でいくらでも書く。

咎められるなら、その時に受ける。

今は、カズサの安否確認が最優先だからだ。

 

私は膝を折り、屋上ヘリポートの床を観察する。

するとどうだろう、

屋上にはあまりにも証拠が残りすぎていた。

 

相当ずさんな誘拐だったのだろう。

あるいは、実行犯が余程焦っていたのか。

隠滅らしい隠滅は、何一つされていない。

 

彼女の部屋から階段を伝い、

屋上へ続く複数人の足跡。

ヘリが着陸していたと思わしき痕跡。

コンクリートに残るオイルの筋。

プロペラの風で土が巻き上げられ、

無残に荒らされた花壇。

 

そして。

 

屋上の隅に転がる、

小型ミールワームの死体が二体。

 

「案の定と言えばそうなのだが…うむ…」

 

片方には、明確な銃創があった。

私はしゃがんだまま、その死骸を観察する。

 

それは余りにも小さい。

ルビコンで見た個体と比べれば、

幼体以下と言っていい大きさだ。

 

だが、形そのものは間違いない。

節のある身体。

不快なほど鈍い外皮。

そして、餌を噛み破るためにある口。

 

もう片方の個体の口元には、

黒く粘った液体が付着していた。

 

私はそれを、手持ちの簡易解析キットで

成分を確認した。

 

解析結果は…オイル。

それも極端な高温や低温環境下でも

性能を維持するよう設計された合成油だ。

これは多くの航空機等で使われている物でもある。

つまり、ヘリの機体から漏れていたものという

可能性が高い。

 

(……なるほど)

 

状況が、一本の線になり私の脳に映像が流れる。

 

犯人グループ…カイザーは恐らく、

複数人でカズサの部屋へ侵入した。

そして何らかの方法で彼女を拘束。

部屋の保存状況から察するにその際、

彼女は何も抵抗しなかった…

…否、できなかったのだろう。

 

その後、屋上で待機していたヘリへ運搬。

そして離陸直前、機体に紛れ込んでいた

ミールワームを発見。

 

1体は射殺し、そのまま屋上に放棄。

もう一体はヘリの外装を食い破り、オイル室へ到達した。

その証拠に、口元から同成分が検出された。

 

そしてそのまま離陸。

その直後に、オイル漏れで計器が狂ったのだろう。

トラブルに動揺した操縦手は誤って低空飛行を敢行。

例の晩に、麺屋すずちゃんの屋台付近をヘリが

低空で通過したのはそのためだ。

 

その落下に近い勢いで、まだ機体に

へばりついていたミールワームが屋台付近へ落下。

その衝撃で死亡し、店主に発見される。

 

一連の流れは、この程度だろう。

 

そしてそれは同時に…相手が、

"○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○"ことを

意味していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

少し前のことだ。

場所は、カイザーの秘匿基地ヘリポート。

外部から隔絶されたその場所には、

金属と油の臭いが満ちていた。

足元のコンクリートには複数の誘導線が描かれ、

照明が無機質に床面を照らしている。

 

そして今私は、ヘリの横に立っていた。

目の前にいるのは、依頼を受けたヘルメット団の小娘共。

 

「理事さ~ん、言われたことやってきましたぜ。

早く報酬寄越してよ」

 

随分と耳障りな声だった。

 

「……うるさいガキ共だ。

支払いの前に依頼内容を完遂しているか、

まずはそこからだろう」

 

「チッ……早くしてくれよ、腹減ってんだよぉ」

 

…下品だ。

つくづく下品だ。

 

私は小娘共を無視し、

ヘリに寝かせられたままの“対象”へ目を向ける。

 

杏山カズサ。

確認できる映像の中で、

ラスティと共にいる頻度が最も高い生徒。

 

彼女はよく眠っていた。

自分が拉致されているというこの状況でよくも…

危機感の欠如が見て取れる。

 

「……コイツか」

 

ヘリの床には、睡眠薬を染み込ませた

ハンカチが無造作に落ちていた。

 

私がヘルメット団のリーダー格へ渡したものだ。

別に教養など求めてはいなかった。

だが、これはあまりにも粗雑だと思うのは

私だけだろうか。

 

「理事……」

 

「分かっている」

 

部下の声に、私は短く答える。

 

「だが私達は直接現場へは向かっていない。

それを盾に何とでも言える」

 

私は端末を操作しながら、

対象が目視で無傷であることを確認する。

 

外傷はない。

少なくとも今の段階では…だが。

 

「依頼内容の完遂を確認した」

 

私はヘルメット団のリーダー格へ告げる。

 

「既に報酬は口座に振り込んである。それで――」

 

飯でも食うといい。

そんな最後の良心を言いかけた、その時だった。

 

「あ゛!?ざっけんな!!!現ナマ寄越せや!!!」

 

「今ここにモノがなきゃぁ、

信じらんねぇなぁ!!おっさん!!!」

 

「ここでやってやってもいいんだぜ!!!!」

 

そう言いながら、銃をちらつかせる小娘どもが

私の前に立ち塞がる。

 

(……ハァ)

 

少しでも良心を覗かせた私が間違っていた。

 

この街のガキ共は、何故こうも横暴なのか。

それを制御する存在はいないのか。

…まぁ、いないからこうなるのだろう。

 

「……おい」

 

「ハッ」

 

私は部下を呼び寄せる。

そして、こう告げた。

 

「奴らを“脳ミソ”にしろ」

 

「……承知しました」

 

指示は即座部下のそのまた部下に伝達され、

兵士たちが、ヘルメット団の周囲を囲む。

 

「あ゛!?なんだテメェ、やんのかよ!!」

 

「やってみろや!!!!!!」

 

彼女たちが銃口をこちらへ向けた、その瞬間。

 

「拘束!!」

 

パンッッッッ――

 

"ライフル型射出式スタンガン"の発砲音が響く。

 

「がァッッッ!?!?!?」

 

リーダー格が倒れる。

それを見ていた残党2名が、

ソレを救助するために走り出す。

 

「お、おい!!くそっっ!!!!」

 

「逃がすな!!!!!!」

 

兵士たちは立て続けに発砲。

一度倒れようが動けば撃つ。

這おうとしても撃つ。

指先が銃へ伸びれば撃つ。

 

彼女たちは社会のゴミだ。

存在するだけで秩序を乱し、市民を怯えさせる。

しかも、今この場で、自ら犯行を供述してくれた。

 

"トリニティの生徒を拉致した"と。

 

これは礼であり、躾だ。

 

「……これは独り言ですが、理事もお人がよろしいようで」

 

部下が小さく言う。

 

「フッ、何とでも言うといい」

 

肉が焦げる臭いが、風に乗って鼻を突く。

 

「……そろそろだな」

 

私は倒れたソレらへ近づく。

 

「おいガキ共、起きてるか?」

 

「「「……」」」

 

3人はピクリとも動かなくなり、

白目を剥いた状態の焦げた顔からは

生気をまるで感じない。

 

「チッ…

死んだら意味が無いだろう。おい」

 

「ハッ」

 

部下へ目配せし、杏山カズサと

地面に転がるゴミを運び出すよう命じる。

 

「ひとまず、よしとしようか……あ?」

 

後始末は部下に任せその場を去ろうとしたその時、

足の裏に奇妙な感触があった。

 

ブニュッ。

 

そんなオノマトペが似合う

だろう感触が足の裏に伝わる。

何かを踏んずけたのか、しかしそんな感触が

する物をこのヘリポートに手配した記憶は無い。

 

「なんだ……?」

 

恐る恐る足元を見る。 

そこには

 

「ッッ!?何だこのデカい芋虫は!?」

 

私が踏みつけたせいかは存ぜぬが、

この巨大な芋虫のような生き物はピクリとも動かない。

しかしそれは、どこかで見たことがある気がした。

だが思い出せない。

 

「チッ……犬の糞よりはマシか……」

 

それを側溝へ蹴り飛ばそうとした、その時だった。

 

「理事!よろしいでしょうか」

 

「なんだ」

 

部下が焦った様子で駆け寄ってくる。

 

「報告です。ヘリを収容する際、

外装に食い破られたような傷を発見しました。

調査の結果、その傷がオイル室まで到達しております」

 

「……何!?」

 

"食い破る"。

 

その言葉にハッとし、

私は蹴り飛ばそうとした足元の芋虫を掴み上げた。

 

「おい!その傷口はコイツの口とサイズが同じか!!

今すぐ調べてこい!!!!」

 

「は、ハッッ!!」

 

部下は今まで見たこともない嫌そうな顔で

それを受け取り、ヘリへ走った。

 

(もしそうなら…クッ…プライドを捨て、

あのクズ共を利用したことそのものが

全て無駄ではないか!!!!)

 

それから部下は五分もしないうちに戻ってきた。

先程よりも急ぎ足…というよりガッツリ

走っている部下は私にこう告げた。

 

「い、一致しました……。

また、傷が付けられてから時間が経っており…

恐らく奴らが飛行中には既に……」

 

「…オイルを垂れ流しながら飛んできた、と!?

ふざけやがって……」

 

思わず口調が崩れる。

崩れざるを得ないだろう。

 

それはつまり…

 

「『分かりやすい足跡を残しながらここまで来た』と…

…そういう訳か」

 

だが。

いっそ、その方が都合が良いのかもしれない。

 

私は、ラスティの操る機体に興味がある。

あの“狼”がここへ来るというのならば、

迎え撃つ準備をするまでだ。

 

「……これより作戦会議を行う。

各小隊長クラスを招集しろ」

 

「ハッ!」

 

いつでも来い、ラスティ。

君の可愛い生徒がどうにかなる前にな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私は戦闘服に身を包み直し、

ヘリが残していったオイル痕を辿っていた。

 

アパートの屋上にいた時から既に

五時間は経過している。

 

昼食の時間も過ぎた頃だが、何も口にしていない。

 

腹は減っているはずだ。

だが、不思議と意識に上がらない。

囚われたカズサのことを考えると、

食事を摂る時間すら惜しかったからだろう。

 

無論、追跡についてはシャーレの先生へ通達済みだ。

嬉しいことに、場所を特定次第

スティールヘイズをヘリで輸送してくれる

手筈になっている。

これで万が一、またACに類似した

機体が投入されていたとしても、

スティールヘイズがあれば状況を覆せる。

 

(今度、差し入れを持って行ってやるとしよう)

 

まさに状況は万全……と言いたいところだった。

 

ただ一点。

私の意思が介入しない不安要素があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「こんにちはラスティ先生!!!!!!!!!

今日も気持ちいい天気ですね!!!!!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

耳をレーザーランスで貫かれたのかと錯覚する。

 

音圧が異様に高い。

声が通る、という段階をとうに越えている。

 

私は足を止めずに、横目に彼女を見る。

 

宇沢レイサ。

自警団に所属する、トリニティの生徒だ。

やたらと元気が良く、真っ直ぐで、

正義感と承認欲求が全身から

はみ出しているような少女…だと資料にはあった。

 

そんな彼女が、何故かついてきていた。

 

「……宇沢」

 

「はい!!!!宇沢レイサです!!!!」

 

「名乗らなくても知っている」

 

「知っていてくださったんですね!!!!

ありがとうございます!!!!」

 

依然として声が大きい。

私は耳の奥に残る振動を無視しながら歩く。

 

「…何故ついてくる」

 

「ラスティ先生が!!とても真剣な顔で!!

どこかへ向かっていたので!!

これはきっと大事件だと!!!!」

 

「帰れ」

 

「嫌です!!!!」

 

清々しいほどの即答。

迷いは無いのだろう。

 

「これは危険な調査だ。

生徒を同行させる理由はない」

 

「でも!!困っている人がいるなら!!

私も力になります!!!!!!!」

 

「気持ちは買おう。

だがそういう訳には…」

 

「では同行許可ということで!!!!」

 

「違う」

 

会話がまるでエルカノ製軽タンクのように滑る。

彼女は私の言葉を聞いているようでいて、

必要な部分だけを都合よく拾っている。

 

そんな彼女にこれ以上は構えないと、

私は足元を見る。

 

オイル痕はまだ続いている。

細く、途切れ途切れに。

だが確実に、郊外へ向かって。

 

そこにカズサがいる可能性が高い。

時間を無駄にする余裕はない。

 

「…宇沢」

 

「はい!!!!」

 

「声量を落とせ」

 

「はい!!!!」

 

「落ちていない」

 

「申し訳ありません!!!!」

 

やはり駄目だ。

私は短く息を吐く。

 

この街の少女たちは、

私の理解の外側から踏み込んでくる。

この宇沢レイサも例外ではないらしい。

 

だが、その目…

誰かを助けたいという意思だけは本物だ。

 

私は判断を切り替えた。

…否、諦めとも言うか。

 

「勝手に動くな」

 

「はい!!!!」

 

「私の指示に従え」

 

「もちろんです!!!!」

 

「声量は…」

 

「…はい!!」

 

少し下がった…ような気がする。

ほんの少しだが。

 

「……よし」

 

私は再び前を見る。

オイル痕のその先に、何があるかは分からない。

 

だが、行くしかない。

私は必ず辿り着いてみせる。

 

この、燃え尽きたハズの命を以て。

 

「出発です!!!!!!!!!!!!!」

 

「おい」

 

…やはり不安だ





筆者です。

実は嬉しいことにですね、
アクセス数が合計1万を突破いたしました。
ここまで来れたのは皆様が
お手に取ってくださったからです。

改めて感謝申し上げます。

引き続きお楽しみください。
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