焼けた空の英雄、教師になる(非常勤)   作:ラス夢

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第2話『距離が縮む音』

教壇に初めて立ってから早1週間。

 

トリニティ総合学園の廊下は、

平常であれば相変わらず静かだ。

 

音が少ない。

足音も、話し声も、どこか上品に抑えられている。

 

私はその中を歩きながら、

今日の授業内容を頭の中で整理していた。

 

非常勤講師としての滞在時間は短い。

だからこそ、無駄は削る。

 

(授業自体は…よし、問題ない)

 

しかし問題が無いと言えば嘘になる。

任務に?

違う、別のところにだ。

 

「……あ」

「ね、あの人じゃない?」

 

抑えた声。

だが、感情は抑えきれていない。

視線が集まる。

 

理由は分からないが、

こういう状況には慣れている。

ヴェスパー部隊に入隊した時の、

疑惑に満ちた視線の方が私にとっては苦痛だったからだ。

 

私は生徒達を気にせず、

歩調を変えずそのまま去る。

 

そして次の教室に向かうため、角を曲がった先――

窓際に、立ち止まっている生徒がいた。

 

杏山カズサ。

腕を組み、外を見ているふりをしている。

だが、こちらに気づいていないはずがない。

 

(……意図的だな)

 

私はそのまま通り過ぎようとした。

 

「……先生」

 

呼び止める声。

私は足を止め、振り返る。

 

「どうした」

 

声は低く、柔らかく落とす。

詰問する意味はない。

 

カズサは一瞬、言葉に迷ったようだった。

それから、視線を逸らしたまま言う。

 

「今日も……来てるんだ」

 

確認。

それ以上でも以下でもない。

 

「…そうだな。

今日は、杏山のところの三限目にある授業だけだ」

 

「……ふーん。そうなんだ」

 

それきり、会話が途切れる。

立ち去る気配はない。

距離は、近づきすぎない程度。

 

(…距離を測っているのか…?)

 

「…他に、聞きたいことはあるか?」

 

カズサは眉をひそめた。

 

「……非常勤ってさ」

 

「あぁ」

 

「すぐ、いなくなるんでしょ」

 

直球だ。

だが、悪くない。

 

「必要がなくなればな」

 

事実だ。

 

「ただ――」

 

少し間を置く。

 

「私の力を求める声がある限り、

君たちの力になり続けよう」

 

それだけを伝える。

表情は…納得していない顔をしていた。

そのまま彼女は食い下がらない。

 

「……じゃあ」

 

背を向ける前、ぽつりと落とす。

 

「来なくなったら……困る人も、いるかも…よ」

 

私は引き止めなかった。

ただ、その言葉が――

ほんの少しだけ、引っかかった。

 

(困る、か)

 

判断材料として、頭の端に置いておくことにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……やっぱり、いる。

 

廊下で先生を見つけた瞬間、

胸が変な音を立てた。

 

別に、探してたわけじゃない。

本当に。

 

でも、いなかったら……

それはそれで、落ち着かなかったと思う。

 

「今日も……来てるんだ」

 

口に出してから、後悔した。

もっと他に言い方あったでしょ。

 

なのに先生は、

いつもみたいに淡々と答える。

 

「そうだな。

今日は、杏山のところの三限目にある授業だけだ」

 

それだけ。

変に期待させない。

変に突き放さない。

 

……ずるい。

 

「すぐ、いなくなるんでしょ」

 

本当は、聞きたくなかった。

答えなんて分かってるのに。

 

「必要がなくなればな」

 

胸が、ちくっとする。

でも、その後。

 

「私の力を求める声がある限り、

君たちの力になり続けよう」

 

その一言で、全部持っていかれた。

 

(……求める声…)

 

誰が?

何を?

聞き返したかった。

でも、怖かった。

 

廊下の向こうで、他の生徒たちがひそひそ話している。

 

「今日も来てるんだって」

「やっぱりかっこいいよね」

「非常勤とか…いつでも会いたいのに、残念……」

 

……やめて。

 

私の中で、なにか黒いものが動く。

 

(知らないでしょ)

 

先生が、どんな目でこっちを見てるか。

どれくらい、距離を測ってるか。

 

(私だけは、ちゃんと分かってる)

 

そんな考えが浮かんだ瞬間、

胸の奥が、じわっと熱くなる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

もう少しで三限。

あの非常勤講師の授業。

 

みんな「イケメン先生が来る」ってはしゃいでいて、

手鏡が手放せなくなっているようだった。

 

私は、いつもより早く席に着いた。

ラスティ先生は、既に授業の準備を済ませ、

チャイムを待っているようだった。

 

そして授業開始の鐘が鳴る。

ラスティ先生の授業が始まった。

 

「前回の続きからだ…」

 

教壇で端末を操作している。

無駄のない動き。

 

でも、昨日より少しだけ――

雰囲気が柔らかい。

 

(……気のせい?)

 

授業内容は、危機管理。

言葉は優しいのに、言ってることは重い。

 

「判断を急ぐな」

「迷ったら、一度立ち止まれ」

「守りたいものが見えた時ほど、視野は狭くなる」

 

私は、ノートを取るふりをしながら聞いていた。

 

(先生は……なにを守ってきたんだろ)

 

ふと、ラスティ先生と視線が合う。

先生は逃げない。

先生は逸らさない。

その一瞬で、心臓が跳ねた。

 

授業の終わり。

 

「質問はあるか」

 

…誰も手を挙げない。

 

「……先生」

 

教室がザワつく。

私はこの授業を通してずっと気になっていたことを、

ラスティ先生に投げかける。

 

「もしさ。

 守りたいものが出来たら……どうすればいいの」

 

ラスティは、すぐには答えなかった。

少しだけ考えてから、言う。

 

「簡単ではない」

 

低い声。

でも、どこか柔らかい。

 

「守るものが出来ると、判断は鈍る」

 

一拍。

 

「……それでも守りたいなら、

自分が、どれだけ弱くなるかは分かっておいた方がいい」

 

胸が、ぎゅっと締まる。

怖い。

でも――逃げられない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

授業が終わり、生徒たちが教室を出ていく。

私は、気づいたら廊下まで先生を追っていた。

 

「……先生」

 

振り返った目。

 

「杏山か、どうした」

 

「さっきの話

……優しくないね」

 

少しだけ、冗談めかして言った。

ラスティは、ほんの一瞬考えてから息を吐いた。

 

「…なるほど。

そう、見えるか」

 

……ふっ。

 

短い。

でも、確かに笑った。

私の胸が、跳ねる。

 

(……え)

 

今の、なに?

先生は、そのことを気にしていない様子で続ける。

 

「ただ、嘘は言わない」

 

それだけ。

なのに。

 

(……私だけ、見た)

 

他の誰にも向けてない顔。

そう思ってしまった瞬間、もう戻れなかった。

 

「……ずっと、授業しに来るんだよね」

 

小さく聞く。

ラスティは振り返らない。

 

「必要があればな」

 

歩き出す大きな背中を見送りながら、

私は唇を噛んだ。

 

(……必要に、なってやる)

 

そんな考えが浮かんで、

自分で自分が怖くなる。

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