すっかり乾いたオイル痕を辿り続けて、
何時間が経過しただろうか。
陽はすっかり姿を隠し、世界は月明かりの下へ沈んでいた。
街の灯りも遠い。
足元には乾いた土と、時折途切れながらも続く
黒いオイル痕がある。
その線を追い続けた先に、
ようやく目的地らしきものが見えた。
薄暗い土地に建つ、無骨な施設。
灰色の壁。
背の高い柵状フェンス。
複数の監視灯。
複数の巡回。
いかにも不審、という言葉がよく似合う建造物だった。
「あの先か」
"私達"は茂みの中に身を沈め、施設の構造を観察する。
場所は恐らく、アビドス自治区とトリニティ自治区の狭間。
境界の曖昧な空白地帯。
土地の規模感は標準的なサッカーグラウンド
三つ分程度、といったところか。
私はサッカーというものに詳しくはないのだが、
以前雑用と称してトリニティの問題生徒と共に
使われなくなったサッカーグラウンドの雑草抜きを
したことがある。
サイズ感はまさにそういう感じだ。
そして隣で、白い影がもぞもぞと動く。
宇沢レイサ。
何故かここまで同行してきてしまった、
騒がしいトリニティの少女だ。
「宇沢、渡したインカムの調子はどうだ?」
「はい!問題ありません!」
「……そうか、ありがとう」
依然として声は大きい。
だがまぁ…最初と比べればまだ抑えられている方だ。
それでもインカム越しの音圧は、私の鼓膜を激しく
揺さぶり続ける。
(帰ったら耳鼻科に行くべきかな…)
とりあえず、そう結論づけた。
「この規模の施設では、固まって動く方が不利になる。
このインカムがあれば、離れた場所でも通信が可能だ。
常に装着しておくんだ」
「了解しました!」
彼女の元気に即答を聞きながら、
私は施設を顕微鏡で確認した。
外周に見張り。
正面ゲートに二名。
屋上に監視灯。
裏手には搬入口。
無論、正面突破は論外だ。
可能ではあるが、救助対象の安全が保証できない。
潜入し所在を確認、可能なら救出。
不可能なら場所を特定し、
スティールヘイズの到着まで持たせる。
それが現実的な筋書きだ。
「ここがラスティ先生の目的地ですか?」
「そうだ」
私は宇沢を見る。
月明かりに照らされた彼女の顔は、
先ほどまでの明るい顔とは違い、笑みは残しつつ
真剣そのものだった。
「…宇沢。ここから先、君の身を私が守れる保証はない」
言葉を選ばず告げる。
「大人として…そして先生として不甲斐ないが、
自分の身は自分で守るんだ」
この警告が最後のチャンスだった。
ここで退いてくれればいい。
この先は、子供にはきついところがあるだろう。
戦闘だけではない。
子供が見てはいけない現場が待っている可能性が高い。
だが、目の前の宇沢レイサは一切迷わなかった。
「いえ!」
彼女は胸を張る。
「そこに正義を求める方がいらっしゃるのならば!
私は下がりません!」
「……そうか」
(正義…か…)
私は短く息を吐く。
「無理だけはするなよ」
「はい!!」
底抜けな明るさだった。
奇妙なことに、その明るさに救われる感覚があった。
単純に声の大きさで思考が吹き飛ばされている
可能性もあるが…
それでも、救いと形容できる程度には、
今の状況は重い。
「では……」
「ああ。そろそろ行くと――」
茂みからヒッソリと出ようとした、その瞬間だった。
白い影が、まるで稲妻のように茂みから奔った。
「私が囮になります!!!
先生はその間に中へ!!!!」
「宇沢!?」
止める間もない。
彼女は茂みから飛び出し、
フェンスへ向かって一直線に走った。
そして、それを軽々と乗り越える。
白い髪が月明かりを弾き、施設の敷地内へ着地する。
「宇沢何をしている、早く戻れ!」
『先生!一刻を争うんですよね!』
「ああ……そうだが」
『私が悪い方の注意を引きます!
その間に中へ行ってください!』
そう言うや否や、レイサは持っていた銃を
構え直し、正面ゲートへ向かって走り出した。
「待て宇沢!敵の戦力も分からないままでは…
……宇沢!!!」
インカム越しにでも届いているはずだ。
だが彼女は一切減速しない。
そのまま、門番のすぐ前まで走り込んだ。
「な、なんだお前は!?」
「侵入者!?侵入者だ!!」
当然、即座に門番に捕捉され、
けたたましく警報が鳴り響く。
そして施設内からは、兵士が雪崩れ込んでくる。
その様はまるで、蜂の巣をつついた騒ぎのようだ。
その兵士達の腕には、キヴォトスで一般的に
見るものとは明らかに違う形状のライフルが
抱えられていた。
(なんだあの銃は…)
まるで玩具のような外観をしている。
恐らくバレルがあるであろう場所は、
その玩具のような外装に覆われ、中身が見えない。
恐らく、輸送の際に行われた偽装工作なのだろうが、
それをそのまま戦場に持ってくるだろうか。
(いや…それを考えるのは後にしよう)
そんな状況で、宇沢レイサは堂々と立っていた。
『こんばんわ!!!!
あなたたちが、悪い人……でしょうか?』
インカム越しに聞こえた声は、
それまでの彼女の印象とはうって変わり、
意外なほど落ち着いていた。
『悪い人だぁ……?ふざけやがって…
そうだって言ったら、お前どうするんだ!』
門番の声がインカムに拾われる。
そして次の瞬間、そんな門番の問いに答えるように
ドォンッッッッッ!!!!!!
『ぐおぁあッッ!?』
ドォンッッッッッ!!!!!!
『うぉわぁッッ!?』
低く、重い衝撃音が2連続。
恐らく、彼女が持つポンプアクション式
ショットガンから放たれたモノだろう。
既に50メートル以上は離れているというのに、
その轟音は私の鼓膜を震わせた。
『正義を求める人の元に……私あり……』
耳の中でレイサの声が響く。
『そう、私こそがスーパースター!!!!
宇沢レイサ、見参です!!!!!!!!!』
「……ふっ、勘弁してくれ」
思わず笑いが漏れた。
同時に、私の鼓膜は悲鳴を上げている。
だが、その大きな声の効果は絶大だった。
レイサ1人に対し、明らかに過剰な数の兵が集まっている。
同時に、私の鼓膜は悲鳴をあげていた。
だがその声のボリューム故か、いつの間にか
宇沢1人に対し過剰とも言える人数が集っていた。
子供に対しこういう言い方が好まれないのは
百も承知だが、囮役として適正が高すぎる。
(無茶をする…)
だが、今はその勇気を利用するしかない。
「……感謝する。武運を祈る」
『はい!!!そちらもご無事で!!!』
私はカズサの家から持ってきた肩の"ソレ"を
背負い直し、宇沢の勇気に敬意を払いながら
施設内へ侵入した。
目を覚ましてから、1時間ほど経った頃だろうか。
電撃を喰らいベッドに横たわり寝ていた私の身体を、
微かな衝撃波が揺れ起こした。
「……ん」
まぶたを微かに開く。
身体はまだ重い。
肩が痺れている。
喉も痛い。
微かに開いたまぶたの隙間から見えた景色は、
少し様子が変わっていた。
「おい!もっと増員できないのか!」
「できねぇよ!そもそも、なんでガキ一人に
俺たちがここまで押されてんだ!」
兵士たちの声。
どうやらかなり焦っているようだ。
鉄格子の向こう側を、複数の兵が走り去っていく。
さっきまでいた監視員でさえ、姿を消していた。
「……外で何かあったんだ」
目を覚ましてから早5分と短いが、
この状況を察するには余りある情報の数々だった。
"外で戦闘が起きている"
誰かが助けに来てくれた。
それで兵士達が慌てながら外に向かっていたのだ。
(…もしかして、チャンス?)
脱出するチャンスが到来したかに見えたが、
現実というのはそう上手くは回らないものだ。
問題は、私がここから動けないことだった。
「どうしよう……」
私は自分の手を見る。
丸腰。
マビノギオンはたぶん、家に置きっぱなしだ。
…正確には置き去りにされたんだろう。
つまり自衛手段がない。
それに、私はこそこそ動くのが得意なタイプじゃない。
仮に鍵が開いても、そこから逃げ切れる未来が見えない。
そんな風に頭を抱えていた、その時だった。
「杏山。お捜し物は、これかな?」
「えっ?」
鉄格子の向こうから声が聞こえる。
でも、兵士たちが走っていった方向とは逆からだ。
それは懐かしく、恋しく…
ずっと待っていた甘い声だった。
闇の中から、その人が姿を表した。
「ラスティ。ただいま見参した」
「先生!!!」
思わず勢いよく立ち上がり、
肩の痛みに顔をしかめる。
でも、それでも笑ってしまう。
どこかで聞いたような口上を、彼の甘い低い声で
言うから、余計におかしかった。
ラスティ先生はいつものスーツではなく、
ここにいる兵士達ともまた違う戦闘服姿だった。
そして肩には、置いてきたハズの私の愛銃…
"マビノギオン"が担がれていた。
「とりあえず、これを受け取ってほしいんだが」
先生は鉄格子の隙間から、
簡易的に分解された愛銃のパーツと
組立用の工具を差し出した。
「……先生これ」
手に取ってみると、やはり私の銃だ。
しかし触れてみて初めて分かったが、
持った感触が違く思える。
よく見ると、放置していた融解したバレルが
新品のものに替えられている。
そして煤だらけになった排莢部が
ピカピカになっている。
それだけではない。ほぼ全てのパーツに補修が
行われており、外観こそ同じだが中身はほぼ
新品と言っていいレベルだ。
「簡易的ではあるが、
動作チェックも一通り完了している。
…とても大切にしているのが、私にも伝わった」
金属の表面が、まるで生まれ直したみたいに
僅かな光を反射し煌めいていた。
「ありがとう、先生…
…こんなに早く助けに来てくれたんだ」
「何を言っている。当然だ」
先生は迷いなく続ける。
「私の可愛い生徒が誘拐され、
それを放置するほど私は腐っていないさ」
「ふふっ……なにそれ」
思わず笑みがこぼれる。
何気ない会話のハズなのだが、何故か笑いのツボに
刺さってしまった。
…あのデートからそんなに時間は経って
いないはずなのに、なんだか久しぶりに笑った気がした。
「……本題に戻ろう」
先生の声が少し低くなる。
「ひとまず今渡した銃を元通りにした後、
私と共にここから出る。いいな?」
「うん、分かった。少し待ってて」
私は工具箱から必要なものを取り出す。
組み立て直す手は、少し震えていた。
マビノギオンを組み立て直した後、何が起こるかは
想像に難くないからだ。
分解されたパーツを並べ、固定具を締め、
段々と愛銃が本来の姿を取り戻していく。
その間ラスティ先生は何も言わず、待ってくれていた。
ただ背を向け立っているだけだが、
その顔に似合わず大きな背中を見るだけで心が落ち着く。
そして何故か、妙な優越感まであった。
(こんな時に何考えてんだろ……私……)
それでも、先生が私のために待ってくれている。
その事実が、胸の奥を変にくすぐった。
そんな妄想をしながら最後の工程に入る。
最後のロックを嵌合し、愛銃は本来の姿を取り戻した。
「できたよ、ラスティ先生」
「よし。ならばすぐにここから帰るとしよう。
カズサ、離れた場所で伏せていろ」
「う、うん」
先生は檻に掛けられた錠前へ、脚に巻かれた
ホルスターから取り出した拳銃を向ける。
カァンッッッッッッ!!!!!
短い発砲音に続き、金属が軋み割れる音が
静かな檻に木霊し、錠前が弾けた。
「……成功だ。今開ける」
鉄格子の扉が、重い音を立てて開く。
その瞬間、私は先生の胸に飛び込みたい衝動を
必死になって押さえた。
(危ない危ない...)
状況はまだ終わっていないからだ。
ここから出るまで、決して慢心してはいけない。
むしろここからが鬼門だったことを、
後々の私たちは知ることになる。
脱出する前に、カズサが怪我を負わされて
いないか軽く確認した。
特段制服の上から見える場所に目立つ傷は
ついていないようだったが、本人曰く
肩に弾をもらったようだ。
「その銃弾を食らうと電撃が走るのか?」
「うん。少し時間差があったけど、当たった場所から
全身にビリビリが回った感触だったよ。…ほら」
カズサは顔と耳を赤くし、制服と下着を
少しズラし肩を私に見せつけた。
「…杏山、止めなかった私も私だが…。
異性にそうやって無闇に肌を見せるものでは無い」
「だっ、だってこうしないと見えないし…仕方ないじゃん
(見せる相手なんて…先生くらいだもん)」
「まぁそれはそうだが…ありがとうカズサ。
診せてもらおうか」
彼女の露出した肩に触れないよう、
顔を被弾箇所に覗き込ませながら確認する。
そこには軽い打撲痕があり、ここに銃弾が
命中したことを物語っていた。
そして電撃を食らったということはそれ特有の
傷痕があるハズなのだが、ここはさすがのキヴォトス人。
まるで傷痕が残っていない。
私は、携帯用救急箱から湿布を何枚か取り出した。
(…何故彼女らは、ここまで頑丈なのだろうか)
しかし診ている間も、カズサは若干震えていた。
やはりキヴォトス人とはいえ、電撃による痺れは
暫しの間残り続けるようだ。
だが幸いなことに意識は明瞭、判断もできている。
確かに最悪の自体ではないだろう。
だが、到底許せるものでもない。
「あの…先生…そろそろ、さ…」
「ん?どうした杏山。
こっちはまだ湿布を貼れていない。
もう暫しの間辛抱してくれ」
「いやその…だって顔近…」
カズサの声は段々と力弱く、小さくなっていった。
私は彼女の肩に湿布を貼り付け、顔を上げると
彼女の真っ赤な頬が鼻先まで迫っていた。
私は鼻先がカズサに触れる直前で立ち上がり、
それを回避した。
「おっと、すまない杏山」
「べ、別に…」
カズサは何故か若干頬を膨らませ、
不満気な表情でそっぽを向いてしまった。
(何故だ…)
それからしばらくして。
「走れるか」
「まだちょっと痛いけど、いけるよ」
「よし。だが無理はするな」
「うん、分かった」
彼女は少しだけ笑った。
僅かだがその笑みが見られただけで、
ここまで来た価値があるように思えた。
私はカズサを連れ、なるべく目立たぬように。
尚且つ素早く通路へ出た。
施設内部は警報で赤く染まっており、
レイサの囮が想定以上に機能しているのが
見て取れる。
するとそこに、
『ラスティ先生!!悪い方がたくさんです!!
とてもたくさんです!!これ以上は…
とぁぁあーーーーっっ!!!!!』
『ドォンッッッッッッ!!!!!』
『うわぁぁああ"あぁぁあ!!!!』
インカムから疲弊したレイサの声と、彼女の銃に
撃たれ吹き飛ぶ兵士の声が聞こえた。
「宇沢、こちらは救助対象を確保した。
これ以上場を持たせる必要は無い。
こちらも今から退却を開始する。
君も早く脱出するんだ」
「え…?宇沢…?
それって…」
『はい!!ところで退路はどちらですか!!』
「宇沢、まず周囲を見ろ」
『周囲は敵です!!』
「……そうだったな」
頭が痛い。
しかし敵は待ってくれない。
「ひとまず、その囲まれている状況から
出られさえすれば大丈夫だ。
今君がいる場所の反対側に、貨物搬入口がある。
そこまで"逃げ回るんだ"」
『わかりました!!』
「あぁ、君ならできる」
銃声の数、敵兵の怒号。
そして絶え間なく響く彼女の声。
実はインカムの音量をほぼ最低値にしているからか、
インカムからと施設外から彼女の声が聞こえていた。
そんなの声量で敵を集めながらも、
彼女は依然としてその場に立っていた。
「杏山、行くぞ」
「う、うん。
っていうか先生、宇沢と知り合いだったんだ」
「いや…ここに来る途中、どこから嗅ぎつけたかは
不明だが勝手に着いてきたんだ」
「えぇ!?あの馬鹿…」
「ん?知り合いだったかな?
だがしかし、そんな彼女のおかげで君を
迎えに来れた。感謝しなければいけないな」
「まぁ…そうなのかな…?」
私たちは赤い非常灯の下を走る。
すると曲がり角に敵兵二名。
ちょうどこちらも曲がろうとした
「いたぞ!」
「…ッ!先生、ごめん!!」
物陰に隠れようとする私より早く、
私を庇うようにカズサが先に動いた。
「さっきの…お返しッ!!」
ガァァァァァアァァァァァァァァアア!!!!!!!!
マビノギオンが火を噴く。
5秒間ほどの短い連射。
放たれた弾丸は敵兵の胴体を正確に撃ち抜き、
彼らの動きを止めた。
「ほう…見事な腕だな、杏山」
「ふふん、こんなの朝飯前だから」
しかし、引き金を引いた彼女の手のひらは震えていた。
あからさまな強がり。
「…そうか。無理はしないでくれ」
そのまま私達は出口となる貨物搬入口へと向かった。
道中で兵士に鉢合わせることは無く、
トントン拍子に事が進んだ。
「杏山、もう少しで出口だ。
そこからシャーレに連絡して、迎えを寄越してもらう。
それまで、私とそこでお茶でもしていようか」
「お茶って…っていうか今から呼べばいいじゃん」
「それが、この内部から外部への通信が一切できなく
なっていてね。道中で回収した君のスマートフォンを
見ると分かる通り、圏外になっている」
「あ、ほんとだ圏外…」
「それと脱出用の乗り物は手配出来なくてね。
スティールヘイズを輸送してもらい、君たちを
ハンドマニピュレーターに乗せて脱出する」
「え"…また??」
「すまないが、まただ」
「あれ結構トラウマなんだけどなぁ…
けどまぁ、ラスティ先生とだったら大丈夫。
……うん…」
苦い表情を浮かべる彼女を尻目に、
搬入口に通じる扉のノブを回す。
あとはここで逃げ回っているレイサを、
ここで保護すれば万事解決。
そう考えた矢先だった。
通路のスピーカーからキィーンと甲高い
ノイズが走る。
『見事な手際だ、ラスティ君』
至る所から男の声がする。
誰だお前は、と聞かずとも正体はお見通しだ。
カイザーPMC理事。
先の学園襲撃事件と今回の誘拐事件の黒幕。
以前より悪事に事欠かないとしてシャーレが
マークしている組織の長だ。
「…君付けで呼ばれる筋合いなど、
君とは無いハズだがな。理事」
「…えっ?」
横目に見えるカズサの身体が強張る。
『フンッ…その強がりがいつまで続くか見物だな。
だが、少し遅かったな』
「何が言いたい」
『外へ出てみれば分かるとも』
そう言い終わると、館内放送が切れる。
「ねぇ先生、今のってあの…」
「あぁ。君の話に出てきた、あの男だ。
しかし外だと…?このまま私達を出してしまえば、
そのまま逃げられるものを…何かあるな」
「何か、って?」
「…分からない。ひとまず、先へ進もう。
考えるのはその後でも遅くないハズだ」
胸に抱く嫌な予感。
私はカズサを背に庇い、
搬入口への扉を蹴り開けた。
すると当然だが、冷たい夜風が吹き込んでくる。
そこには、潜入開始した時には無かった
戦闘跡が広がっていた。
倒れた兵士。
焼け焦げた地面。
破壊された照明や設備。
そして。
「……宇沢!?」
「うそ…ッ!?」
レイサが背後から兵士に拘束され、
首元へ銃口を押し付けられている。
それでも彼女は、
こちらを見つけると笑ってみせた。
「ラスティ先生!!申し訳ありません!!
捕まってしまいました!!」
「そうだな!ありがとう!」
「あ!!!!!
救助対象とは杏山カズサのことだったんですね!!!!
ご無事で何よりです!!!!!!」
「いやあんたが無事じゃないじゃん!!!」
もうインカム越しからは声が聞こえない。
捕まった時に剥がされたのだろう。
彼女のその笑顔は時として、人の心を締め付ける。
ある意味で毅然とした態度でいられる裏側は、
恐怖心に心を支配されているかもしれない。
「すぐに助ける!杏山!」
「わかってる!」
手に持った武器を構え直し、
レイサを救出しようとしたその時。
突然理事が姿を現した。
「まぁ待て待て。折角の余興だというのに、
それを壊さないでくれたまえよ」
「何を言っているか分からないな、理事」
余裕のある足取りで、捕まったレイサへ近付く。
杖を手に、こちらを見下ろすような笑みを浮かべながら。
「ようこそ、狼」
私は反射的に、既に前に出ていた
カズサを下がらせる。
「理事、そろそろいいだろう。
狙いが私なのは分かっている。
罪のない子供たちは帰してもらおうか。」
「確かに…狙いは君だよラスティ君。
しかし、ただ拘束するというのも味気ないだろう」
理事がそう言い終わると同時に指を鳴らした、
その直後。
上空から、重い駆動音。
「…何、この音。それになんか聞き覚えあるし…」
「あぁ、同感だ杏山」
やけに耳馴染みのある駆動音。
その音の正体は、間違いなく以前まで
日常の一部として扱われていた"アレ"だ。
「…やはり来たな、AC」
私は空を見上げる。
だがしかし、ソコに居たのは
私の想定を大きく狂わせるイレギュラーだった。
「…馬鹿な」
片手にガトリング、
そのまた片手に炸裂弾投射機。
肩には二連グレネードランチャー、
そのまた肩には分裂ミサイル。
そんな装備をしている
"ベイラム製フレームの四脚"など、
見間違うハズもない。
私の手で殺したのだから。
「…地獄から戻って来たか」
空から墜ちてきたのは、
かつてベイラム部隊に所属し、
歩く地獄として敵味方問わず恐れられ、
木星戦争の英雄として称えられた豪傑。
もっと馴染みのある言い方をするならば…
『愉快な遠足の始まりだ!!!!!!!!!』
G.I ミシガン、
AC ライガーテイルだった。