焼けた空の英雄、教師になる(非常勤)   作:ラス夢

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第5話『青い巨人』

女子校ということもあるのだろう。

予想よりも、噂が広がるのが早い。

 

理由は単純だ。

秩序が保たれている分、小さな異物ほど目立つ。

非常勤講師という立場も、

異物感の強い黒いスーツという外見も。

 

そして――

他学園の生徒と良くない形で接触したという事実も。

 

私はいつも通り、朝通学する生徒達と同じように、

正門をくぐって出勤した。

 

するとどうだろう。

すれ違う生徒たちの視線が、昨日までとは少し違う。

 

(……どうやら、変化が見られる。

…しかし、あまり良くない方向のモノのようだな…)

 

声は抑えられている。

だが、内容は聞き取れる。

 

「昨日さ……」

「ゲヘナの不良たちと一緒にいたって……」

「殴りあって黙らせたって話、聞いた?」

 

事実と憶測が既に混ざり始めている。

 

(訂正は…する必要もないな)

 

私は足を止めず、そのまま教室へ向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

授業中、生徒たちの集中は散漫だった。

視線が内容よりも私に向いている。

質問は少ない。

 

代わりに、空気が硬い。

 

(……想定の範囲内だ)

 

私は淡々と授業を進める。

 

危機管理。

距離の取り方。

不要な衝突を避ける判断。

 

だが、言葉の一つひとつが、

別の意味を持って受け取られているのを感じる。

 

「先生って……」

「裏がありそう」

「ヤバい人達と繋がりあるんじゃない?」

 

休み時間、廊下でそんな声が聞こえた。

 

(“説明しない人間”は勝手に補完される)

 

それは戦場どころか、学校という場所でも同じだった。

 

私は、弁解をしない。

理由を語らない。

 

それが、

自分の身を守る一番確実な方法だからだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

おかしい。

昨日までと空気が違う。

 

教室に入った瞬間から、

ひそひそ声が耳に刺さる。

 

「非常勤の先生さ……」

「ゲヘナとトラブったって……」

「やっぱり危ない人なんじゃ……」

 

胸の奥が、ざらっとする。

 

(……違う)

 

私は見ていた。

 

全部。

 

力を振るわなかったことも。

相手を追い詰めなかったことも。

 

なのに。

 

ラスティ先生は、何も言わない。

否定もしない。

説明もしない。

 

(なんで……)

 

昼休みの中庭。

ラスティ先生は、いつものベンチに一人で座っていた。

食パン一切れだけの味気ない食事を摂りながら、

授業の準備でもしているのか端末をいじっている。

 

私は、少し迷ってから近づく。

 

「……せーんせ」

 

顔を上げた目が、私を見る。

 

「どうした」

 

声は…

……私にだけ分かる甘い優しさを含んだ声。

 

変わらない。

 

「……噂」

 

それだけで、通じたらしい。

ラスティ先生は、少しだけ考えてから言った。

 

「…あぁ、事実じゃない部分もある」

 

それだけ。

 

「……否定、しないの?」

 

無意識に、私の声は少し強くなった。

ラスティ先生は、私をまっすぐ見る。

 

「否定しても、

 納得する人間ばかりではない」

 

冷静な判断。

 

「それに」

 

一拍。

 

「私が説明する必要はない」

 

胸が、ぎゅっと締まる。

 

(……やっば…)

 

でも、分かる。

この人は、誤解されることを“選んで”いる。

それが何故なのかは、

この時の私には知る由もなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

放課後。

 

昨日、事の発端となった場所の近くを通る。

 

夕陽が落ちるごとに伸びるビル影は、

まるで今のラスティ先生から伸び独り立ちした黒い噂話を

表しているようだった。

 

ちなみにラスティ先生は放課後、

トリニティ正規の教員からの指示で大まかな下校ルートの

パトロールに回っているそう。

昨日の一件も、その中で起きてしまったそう。

だからこそ、教員達もこの噂話にピリオドを

打つべきだと私は思う。

 

…まぁ、あの先生なら大丈夫そうではあるが、

銃社会のキヴォトスでヘイローを持たない外部の人間が

パトロールなんて、普通は自殺行為モノだろう。

 

(……隣で守ってあげたいな…

なんちって…そんな心配もする必要ないか…)

 

なんてことを思っていると

 

「おや、奇遇じゃないか。帰りか?」

 

「!?!?!?」

 

…そのパトロール中のラスティ先生に

遭遇するところまでは…考えてなかったな。

 

(っっっっっぶなぁ…!

え、私、声に出してないよねさっきの!?)

 

「…そう警戒するな。今日は何も起きていない」

 

「今日は、って…」

 

からかうように笑うラスティ先生。

そんな彼に我慢できずに、言ってしまう。

 

「……先生、損してるよ」

 

ラスティは、少しだけ目を細めた。

 

「そうか。

……だが、問題ない」

 

顔を向け、私の瞳を覗き見る。

 

「君が、"私"を見ていた」

 

それだけで十分だ、

そう言われた気がした。

 

心臓が、嫌な音を立てる。

 

(……ズルじゃんそんなの。

そんなこと言わないでよ…)

 

周りがどう思うかじゃない。

私が、どう感じるか。

 

その基準を、

私に委ねないでほしい。

 

「……ラスティ先生」

 

私は、言葉を選びながら続ける。

 

「私、ラスティ先生が変な人だなんて、思ってない」

 

ラスティ先生は、すぐに答えなかった。

夕陽が、二人の影を長く伸ばす。

 

「それでいい」

 

穏やかな声。

 

「他の評価は、私の仕事だ」

 

(……違う)

 

そうじゃない。

でも、私それ以上は言えなかった。

 

その日以降、ラスティ先生を見る目は

学園内で二つに分かれ始めた。

 

『危険な非常勤講師』

『何を考えているか分からない大人』

 

どちらも本人の口から否定されることはない。

 

ただ一人。

私、杏山カズサだけが、違うものを見ている。

それが、自分自身を少しずつ追い詰めていることと知らず。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夜の空気は、思ったより冷たい。

制服の上から羽織ったパーカーの袖を引き寄せ、

私は歩いていた。

 

理由は単純。

 

(……お腹減ったなぁ…)

 

夕飯を少ししか食べなかった。

コンビニで何か夜食を買って帰る。

 

それだけのつもりだった。

 

――その時。

 

前方に、見覚えのある大きな背中が目に映った。

 

(……え?)

 

思わず足が止まるり、反射で物陰に隠れる。

 

黒いスーツじゃない。

ネクタイもない。

ラフな服装。

 

肩の力が、いつもより抜けている。

それでも、分かる。

背の高さ。

歩き方。

無駄のない体重移動。

 

(……ラスティ先生?)

 

トリニティで見る姿とは、少し違う。

教師でも、大人として振る舞う姿でもない。

 

ただの、夜の街を歩く一人の男。

 

(……なに、それ。

ギャップじゃん)

 

胸の奥が、ざわっとする。

知らない。

こんな姿、見たことない。

 

(……私、だけ?)

 

そんな考えが浮かんだ瞬間、

心臓が、嫌なほど速く打ち始めた。

 

ラスティは、私に気づかないまま歩いていく。

どこへ行くのか。

誰にも会わずに。

 

(……気になる)

 

理由は分からない。

気づいた時には、

私はラスティ先生の後を尾行けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

距離を取る。

足音を消す。

街灯の影を選ぶ。

彼にとって、この行動は意味は無いと知りつつ。

 

(……なにやってるんだろ、私)

 

でも、引き返す理由が見つからない。

 

ラスティ先生は、学園から少し離れた方向へ向かっていた。

夜になると人通りが減る、静かなエリア。

 

(……一人で?)

 

胸が、じわじわと落ち着かなくなる。

やがて、一つの古い倉庫の前で足を止めた。

 

錆びたシャッター。

明かりはない。

 

(……ここ?何だか不気味…)

 

ラスティは、周囲を一度だけ確認すると、

ポケットから取り出した鍵を操作した。

 

重い金属音。

シャッターが、ゆっくりと開く。

 

倉庫の中。

闇の奥に『理解できない“何か”』があった。

 

巨大。

異様。

人が作ったものかどうかも分からない。

普通の人間のためにあるとは思えない。

 

人…鳥?のようなシルエット。

濃い青色の装甲。

鋭い輪郭。

空気を切り裂くためだけに存在しているみたいな形。

 

(……なに、これ)

 

頭が、真っ白になる。

兵器?

乗り物?

 

(……こんなの、聞いたことない)

 

今までキヴォトスでこんなものを見たことはない。

 

ラスティ先生はその巨大な存在の前に立っている。

 

慣れた様子はある。

でも、急いでいない。

焦りも、緊張もない。

 

(……ってか、何してるのラスティ先生!?)

 

ラスティ先生は、巨大な機体の脚?に手を置いた。

乱暴じゃない。

確かめるみたいな仕草。

 

「…あぁ、私だ。…『少し、頭を整理したい』。

そうだ、いつものやつだ。承認を頼む。」

 

どこかに電話しているようだ。

追い詰められたような、いつもより低い声。

 

(……整理?)

 

「…助かる。使用時間は1時間程だ。

では…」

 

ラスティは電話を切り、

ゆっくりと昇降用の足場へ向かう。

 

同時にコックピットハッチが開く。

中に入ろうとしているようだ。

 

(……そこが、ラスティ先生の落ち着く場所なの?)

 

理解できない。

でも。

 

(……そっか。

ラスティ先生も一人になりたい時もあるのかな…)

 

そう感じた瞬間、

胸が、ぎゅっと締め付けられた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……そこにいるんだろう」

 

(……っ)

 

ラスティ先生が、こちらを見ていた。

 

驚いていない。

やはり最初から、気づかれていたようだった。

 

「……杏山」

 

名前を呼ばれる。

心臓が跳ねる。

 

「出てきていい」

 

叱る声じゃない。

拒む声でもない。

ただ、静か。

 

私はゆっくりと影から出た。

 

「……先生」

 

声が、震えた。

 

「これ……なに」

 

正直な疑問。

ラスティ先生は私と“それ”の距離を一度測ってから言った。

 

「…見せるつもりはなかった」

 

事実だけ。

 

「……危ないもの、なんでしょ」

 

私は、そう言う。

 

ラスティは、少し考えてから頷いた。

 

「…ふっ、そうだな」

 

短い、息の抜ける音。

 

(……なんで、そこで)

 

笑えるんだろう。

 

「だが」

 

声は、驚くほど柔らかい。

 

「今は、使うつもりはない」

 

「……じゃあ、なんで」

 

聞かずにいられなかった。

ラスティ先生はコックピットの方を見る。

 

「考えが纏まらない時、

一人になれる場所が必要になる。

あそこは外の音が届かない」

 

言葉は、それだけ。

 

「……逃げ場所…的な?」

 

そう言うと、ラスティ先生は否定しなかった。

 

「そうとも言える」

 

胸が、痛くなる。

 

(……やっぱり、ラスティ先生も逃げるんだ)

 

そう思った瞬間、

怖さより先に、別の感情が湧いた。

 

私は、誰も知らない時間を見てしまった。

ラスティ先生が、誰にも見せない場所。

誰にも邪魔されない時間。

 

(……私だけ)

 

そんな考えが浮かんで、

慌てて打ち消す。

 

でも。

 

私の胸の奥で、

独占欲がはっきりと形になっているのを

自覚せざるを得なかった。

 

 

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