焼けた空の英雄、教師になる(非常勤)   作:ラス夢

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第6話『夜を分けさせて』

時は1時間程前に遡る。

 

シャーレトリニティ支部内での業務は既に終えていた。

提出書類。

非常勤として割り振られた授業の記録。

生徒の行動ログに対する簡易所見。

どれも、形式上は問題ない。

 

(……問題があるとすれば、外の方だな)

 

端末を閉じ、

ゆっくりと椅子から立ち上がる。

 

窓の外では、

顔を出した夜のトリニティが静かに息をしていた。

昼間の白さは失われ、多様な影を生み出し、

それらが交わっている…そんな景色だ。

 

ゲヘナの不良との接触。

突然現れた非常勤講師。

沈黙する男。

 

噂の素材としては、十分すぎる。

 

(やはり、訂正だったろうか)

 

思考巡らせるが、それは私が許さなかった。

否定は、対話を生む。

対話は、誤解を増幅させることもある。

 

(……今は、静観が最適だ)

 

判断は、変わらない。

 

ただ――

 

思考が、少しだけ散っている。

 

(整理が必要だな)

 

私は上着を手に取り、

なるべく顔を見られないルートで、

"愛機"が格納されている偽装ボロ倉庫へと

脚を進ませた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

平日ということもあり、

今日の夜の街は人が少ない。

 

喧騒や騒音も、昼間ほど表に出ない。

こういう時間帯の方が、

思考には向いている。

 

(……向かうか)

 

秘匿され、誰にも干渉されない空間に。

 

道行く人々に悟られないよう、

私は歩調を一定に保ったまま進む。

 

その途中――

 

コンビニの明かりが視界に入った。

何気なく、そちらを見る。

 

そこで、意外な人物を見かける。

 

(……カズサ、か?)

 

杏山カズサがコンビニから出てくる。

…制服のまま。

手には、小さな袋を持っていた。

夜食でも買いに来たのだろうか。

 

(買い食い、か)

 

普通、こういうシチュエーションに遭遇したのならば、

教師として声をかけるべき場面だ。

 

…いやしかし、私の普通がキヴォトス人の普通とは限らない。

 

夜。

一人。

寄り道。

 

(……注意、か)

 

だが、そこで今の自分を俯瞰してみる。

黒い噂。

正体不明の非常勤教師。

危険だという評価。

 

その状態で接触すれば、

彼女にも余計な視線が可能性がある。

 

(……避ける方がいい)

 

判断を下し、

私は視線を切った。

歩調も変えない。

 

…その数分後。

背後にわずかな気配を感じた。

 

足音。

間隔。

重心移動。

 

(……この感じ…ついてきているな)

 

確認のため、一度だけ角を曲がる。

遅れて同じ角を曲がる影が、

カーブミラーにチラリと顔を覗かせた。

 

(……やはりカズサか)

 

不思議と、警戒心は湧かなかった。

 

彼女とは断続的だが会話がある。

この間、不良に絡まれた時のような

突発的な行動は多いが、悪意や打算は感じない。

 

(……理由は、分からないが)

 

私は、足を止めなかった。

尾行に気づいていることも知らせない。

 

(彼女なら……問題ない)

 

そう判断した。

 

それに。

 

(……弱みを見せてもいい、か)

 

思考が、自然とそこに落ち着いていた。

理由は…分析しない。

 

目的地に近づくにつれ、

街灯は減っていく。

 

風が静寂を運び、外界から切り離された場所。

私は、例の倉庫の前で立ち止まった。

 

ポケットから鍵を操作する。

重い音が響き、シャッターがゆっくりと上がっていく。

 

中からはスティールヘイズが顔を覗かせ、

挨拶とでも言いたいのか、月明かりを装甲に反射させ、

私の目に差し込ませた。

 

私は返事として、小声で愛機に話しかけた。

 

「……さて、一体どう説明しようか」

 

私は、この場所を“安全”だと認識している。

だが、それは私の判断基準だ。

後ろのカズサにとっては異物でしかない。

 

それでも――

ここまで連れてきた。

 

(……選択は、間違っていない)

 

噂よりも。

説明よりも。

今は、“見せる”方が早い。

そう判断した。

 

脚部装甲に手を置く。

冷たい感触。

落ち着く。

 

「……ここは」

言葉を選ぶ。

 

「私が、一人で考える場所だ」

 

それ以上は、言わない。

 

だが――

 

「……ふっ」

 

小さく、息が漏れた。

 

(噂は、いずれ消える)

 

事実だ。

だが、その間に誰かを巻き込む気はない。

 

それは、

教師としての判断。

 

そして――

 

「…そこにいるんだろう?」

 

ここから先は、"私個人"の判断。

 

「…杏山」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

倉庫の中は、思ったより静かだった。

 

機械の音も、何もない。

ただ、重たい空気だけがある。

 

私はただただ、巨大な“それ”から目を離せずにいた。

 

名前も。

用途も。

意味も分からない。

 

ただ――

ラスティ先生の居場所だということだけは、分かる。

 

(……一人で考える場所)

 

さっき、そう言った。

それが、胸に引っかかっている。

 

(……なんで、ここなの)

 

普通じゃない。

でも、ラスティ先生は普通の場所みたいに立っている。

 

私は、ゆっくりと口を開いた。

 

「……ラスティ先生」

 

声が、少しだけ震えた。

 

「ここに来るときって……いつも、ひとりなの?」

 

本当は聞くつもりなんてなかった。

でも、このまま何も聞かずに帰ったら、きっと後悔する。

 

ラスティ先生は、すぐには答えなかった。

巨大な装甲に手を置いたまま、

少しだけ視線を落とす。

 

「基本は、そうだ」

 

短い答え。

たったそれだけなのに、胸がきゅっと締まる。

 

(……誰にも、見せない場所)

 

「……じゃあさ」

 

言葉が、勝手に続く。

 

「私が、ここに来たのって…

…もしかしなくても邪魔だった?」

 

一瞬、空気が止まった気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

質問の意図は分かる。

拒絶を恐れている。

 

だが、逃げてもいない。

 

(……随分踏み込んできたな)

 

私は装甲から手を離し、彼女の方を見つめる。

距離は、変えない。

 

「邪魔なら、最初から止めている」

 

事実だ。

カズサは少しだけ目を見開いた。

 

「……じゃあさ」

 

間。

 

「なんで、止めなかったの」

 

核心だ。

私は愛機の顔を見上げ、考える。

 

答えはある。

だが、そのまま渡す必要はない。

 

「君は、ここに来る理由があったんだろう」

 

逃げない答え。

 

「それを無理に切る方が、後に響くと考えたまでさ」

 

判断として、そう結論づけただけだ。

 

カズサは納得していない顔をしている。

それでも、否定はしない。

 

(……ここで十分だ)

 

だが。

 

「……ラスティ先生」

 

もう一度私を呼ぶ声が、震えている。

 

「ここってさ……先生にとっての、帰る場所なの?」

 

搾り出したような声、恐怖を含む表情。

そんな様子の彼女から提示された問いに一瞬、

答えが止まった。

 

“帰る場所”

 

その言葉が、思考の奥に触れた。

私は、ここを「帰る」と呼んだことはない。

私の本来帰るべき場所は…もう叶わない話だ。

 

だが。

 

仕事場でもない。

戦場でもない。

 

ただ、誰にも踏み込まれない場所。

 

(……定義は、曖昧だ)

 

私は、視線を逸らさずに言う。

 

「帰る場所、というほど綺麗なものじゃない」

 

正直な感想。

 

「ただ、思考を整理するには、向いている。

それだけさ」

 

嘘はない。

杏山は少し困ったように笑った。

 

「……やっぱり、先生って変だね」

 

私は、否定しなかった。

 

「はははっ…

そう見えるなら、それでいい」

 

自分でも気づかないうちに、自然に笑いが漏れた。

杏山がハッとしたようにこちらを見る。

 

(……)

 

理由は、考えないことにする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……今の。

絶対、笑った。

ほんの一瞬だけど。

いつもの鼻で笑うやつじゃない。

 

私に向けて。

 

(……もう…)

 

胸の奥が、ぎゅっと締めつけられる。

 

「……ラスティ先生」

 

気づいたら、口が開いていた。

 

「次ここに来るとき……私がいたら、困る?」

 

心臓が、ドクンと嫌に大きな音を立てる。

 

教師と生徒。

分かってる。

 

でも。

 

ラスティ先生は即拒絶せず、

 

「困らない」

 

即答。

 

「むしろ――」

 

言葉が、一瞬だけ詰まる。

 

「……思っていたよりも、

この空気も悪くない」

 

それだけ。

それだけなのに。

 

(……私、ここにいていいんだ)

 

そんな錯覚が、胸いっぱいに広がる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

静寂に包まれた倉庫の中で、

二人分の呼吸が重なる。

 

何も起きていない。

触れてもいない。

 

それでも。

 

境界線は、確実に薄くなっている。

 

選択は、計算の外にあった。

 

カズサがそこにいる。

 

それだけで、判断の優先度が変わる。

私は、不意に昇降用の足場を見上げた。

 

狭い。

一人用だ。

 

(……この選択は、決して適切ではない)

 

教師として。

大人として。

どの立場から見ても、そうだ。

 

だが。

 

「……カズサ。

少し、見せたいものがある」

 

自分の声が、思ったより低く落ちる。

杏山は、戸惑いながらこちらを見る。

 

「ここは……

一人用だ」

 

事実を伝える。

誤魔化さない。

 

「それでも。

どうしても不安なら、やめる」

 

退路は示す。

それが、最低限の境界だ。

 

カズサは、少しだけ考えたあと、

小さく頷いた。

 

「……教えて。

どうすればいいか」

 

私は足場を指差す。

 

「私の言う通りに動けばいい。

さぁ、おいで」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……正直、頭が追いついてない。

 

巨大な“それ”の中。

一人用って言われた空間。

 

(……なんで、私)

 

怖い。

 

でも。

 

(……先生が、誘ってくれた)

 

その事実が、

全部を押し切ってくる。

 

コックピットの中は、思っていたよりも狭かった。

所狭しと敷き詰められた金属が冷たい。

 

「…落ちるといけない。

ここを掴みながら入るんだ」

 

ラスティ先生の声が、頭のすぐ近くにある。

私は言われた通り、指示された場所を掴み、

同時にコックピットに乗り込む決心を固めた。

 

「ゆっくりでいい」

 

(……………………………………)

 

無事、入れたのはいい。

 

(けど、コレぇ……)

 

近い。

近すぎる。

 

コックピットに入った瞬間、空気が変わった。

 

狭い。

静か。

外界が、切り離される。

 

ラスティが先に座り、私はその膝の上に。

ほとんど、胸元に背中を預ける形になる。

 

(……無理)

 

鼓動が、うるさい。

 

「……問題ないか」

 

耳元で、いつもより囁き混じりの甘く低い声。

 

「……うん」

 

嘘じゃない。

でも、余裕もない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

コックピットを閉じる。

外部ロックが作動する低い駆動音。

 

密閉完了。

私は、最小限の起動操作に入る。

 

メインモニターに淡い青白い光が走る。

 

[ STEEL HAZE ]

SYSTEM BOOT SEQUENCE

>> CORE STATUS : STANDBY

>> POWER FLOW : NOMINAL

>> WEAPON SYSTEM : LOCKED

>> COMBAT MODE : DISABLED

 

戦闘系統は切ったままだ。

私は、操作を続ける。

 

(まぁ、いいだろう)

 

「…灯りを落とす。

眩しいと思うが、耐えてくれ」

 

「分かった…

え?電気切るんでしょ?眩しいは変じゃない?」

 

「直にわかる」

 

ラボ全体の照明をオフにする。

 

その刹那

 

コックピット内に光が生まれる。

 

MAIN CAMERA : ONLINE

VISUAL FEED : LINKED

AUX SENSOR : PASSIVE

 

スティールヘイズが、

静かに立ち上がった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……息を、めいいっぱい飲んだ。

 

目の前いっぱいに、

夜のキヴォトスが映し出される。

 

この古ガレージはどうやら港の中に偽装するように

建っていたらしく、目の前に海が拡がる。

 

静かで。

遠い。

学園の灯り。

街のネオン。

空を流れる微かな光。

そして海面に反射したそれらが、

現実との境界線を揺さぶっている。

 

(……なに、これ)

 

透明なガラス越しじゃない。

 

でも、自分が空にいるみたいな感覚。

 

画面の端には、意味の分からない文字や図形が流れている。

でも、不思議と邪魔じゃない。

 

「……いつも、こうしてるの?」

 

気づいたら、そう聞いていた。

 

「考え事をするときはな。

…普段はジェネレータを起動させず、先程のような

暗闇で思想に耽っているのだがな。」

 

背後から、ラスティの声。

直に響く。

吐き出された息が、耳に当たる。

 

覚悟して自分からここに来たのに、

興奮してしまう自分が、悔しい。

 

(けど…)

 

「……綺麗」

 

呟いた声は、自分でも驚くほど小さかった。

 

「そうだな」

 

背中越しに、暖かなその気配を感じる。

 

(……私だけ)

 

そんな考えが、危ないって分かってるのに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

時間感覚が薄れる。

操作は最小限。

カメラ角度を、ほんの少しだけ調整する。

 

CAMERA ANGLE : +3.5°

STABILIZER : ACTIVE

NOISE FILTER : ON

 

杏山は、画面から目を離さない。

 

(……見せすぎたか)

 

その時。

コックピット内に、控えめな通知音。

 

戦闘警告ではない。

だが、無視はできない。

 

EXTERNAL AUTH CHECK

>> FEDERAL STUDENT COUNCIL

>> UNAUTHORIZED SYSTEM WAKE DETECTED

 

(……来たか)

 

「"カズサ"、絶対に喋るな」

 

「えっ、あっ

う、うん………」

 

私は、短く息を吐いた。

外部通信を、最低限で開く。

映像は出さない。

音声のみ。

 

――連邦生徒会管理系統です

――未承認状態での機動兵器システム起動を確認しました

――管理責任者に説明を求めます

 

予想通りだ。

 

(……静かな夜は、ここまでだな)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

画面の向こうの夜はまだ綺麗なまま。

先生の空気が、少しだけ変わったのが分かる。

 

(……戻るんだ)

 

現実に。

 

「……ラスティ先生」

 

名前を呼ぶことしか、できなかった。

返事は、すぐには来ない。

 

でも。

 

「大丈夫だ」

 

明るい声が、確かに背後にあった。

 

「少し、説明が必要になっただけだ」

 

その言葉の重さを、

私はまだ、正確には知らない。

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