焼けた空の英雄、教師になる(非常勤)   作:ラス夢

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第7話『脅威の所在』

 

私は通信回線を

最小構成で固定した。

 

映像は出さない。

音声のみ。

位置情報も、限定的にマスクする。

 

COMMS CHANNEL : SECURE / VOICE ONLY

SIGNAL ENCRYPTION : ACTIVE

LOCATION DATA : MASKED (LOCAL NODE)

 

コックピット内に、淡い青の情報光が浮かぶ。

杏山は私の指示通り何も言わず静かにしていた。

だが同時に、

私の服を握り締め、緊張した呼吸が胸元から伝わった。

 

(……巻き込むわけにはいかない)

 

私は、声を落とした。

 

「――こちら、管理責任者ラスティ」

 

名乗りは最低限。

余計な修飾は不要だ。

 

――確認しました

――事前承認事項以外での機動兵器システム使用について

――目的と経緯の説明を要求します

 

AIによる無機質な女性の声がコックピット内に流れる。

想定通り。

私は、事実だけを切り出す。

 

「機体は非戦闘モード。

武装系統はすべてロックしたままだ」

 

指を動かし、ログを提示する。

 

WEAPON SYSTEM : LOCKED

AMMO FEED : DISCONNECTED

COMBAT AI : OFFLINE

 

「起動目的は、

メインカメラとセンサーの限定使用」

 

――理由は?

 

短い問い。

感情はない。

 

私は、少しだけ間を置いた。

 

(……ここだな)

 

「思考整理のためだ」

 

嘘は言わない。

だが、全ては言わない。

 

「…コックピットは、

外界から切り離された環境を提供してくれる」

 

――それは、私的利用と判断される可能性があります

 

「承知している」

 

即答。

 

「だが、機体の秘匿性と安全性は維持されている」

 

通信の向こうで、

短い沈黙が流れる。

 

連邦生徒会は感情で動く組織じゃない。

 

(……だからこそ、厄介だ)

 

――現在、トリニティ内で

――あなたに関する不確定情報が増加を確認しています

 

例の噂のことだ。

 

――その状況下での未承認起動が確認された以上

――監査対象に含める必要があります

 

予想していた。

私は、即座に答えを用意する。

 

「異議はない」

 

その一言で、杏山の呼吸が、わずかに変わった。

 

(……聞こえたか)

 

だが、ここで杏山の方を向く訳にもいかなかった。

 

「ただし」

 

続けざまに言葉を継ぐ。

 

「第三者の立ち入りは、制限させてほしい」

 

――説明を

 

「現在のトリニティでの"非常勤業務"に支障が出るからだ」

 

半分は事実。

半分は、守るための言葉だ。

連邦生徒会も、私がシャーレの先生からの依頼で

動いていることは承認している。

コレを飲むことができなければ、

あの"先生"から反発があるだろうことは

火を見るより明らかだろう。

 

――検討します

――暫定措置として

――以後、事前承認なしのシステム起動を禁止します

 

当然の結論であり、飲ませた代償。

 

「了解した」

 

短く返す。

 

通信が、切断された。

 

COMMS STATUS : CLOSED

LOG UPDATE : FSC REVIEW PENDING

 

コックピットに、静寂が戻る。

私は操作パネルからゆっくりと手を離した。

 

(……引くべきだな)

 

感情ではない。

判断だ。

 

これ以上、境界を曖昧にすべきではない。

私は区切りをつけるように、

メインカメラをシャットダウンした。

 

MAIN CAMERA : OFFLINE

VISUAL FEED : TERMINATED

 

幻想とも思えた夜のキヴォトスが、消える。

 

私はゆっくりと息を吐いた。

 

「……杏山。

今日は、ここまでだ」

 

膝の上にいるカズサに向けて言う。

声は、意識して距離を取った。

 

「これ以上、

 ここにいる理由はないだろう」

 

拒絶ではない。

線引きだ。

 

「今夜のことは、誰にも話すな」

 

教師としての言葉。

 

「君のためだ」

 

一拍。

 

「……それと」

 

少しだけ、声を落とす。

 

「しばらく、ここには近づかない方がいい」

 

自分に言い聞かせるように。

 

カズサが、何か言いかけた気配がした。

私はそれを見てみぬフリをする。

 

(……守るつもりなら、引くべきだ)

 

それが、今できる最善だ。

 

コックピットを開き、

カズサと私はそのままガレージの外へ出た。

夜風が、冷たい。

 

背後にカズサの気配。

だが、声はかけない。

 

噂はしばらく消えないだろう。

連邦生徒会も、簡単には引かない。

 

それでも。

 

(……境界は、守った)

 

そう判断し、私は歩き出した。

それが正しかったかどうかは――

 

まだ分からない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ガレージを出たとき、

夜の空気がやけに冷たく感じた。

 

さっきまで、あんなに近くにいたのに。

視界の端にラスティ先生の背中がある。

 

でも先生は、

振り返らない。

声も、かけない。

 

(……終わった、ってこと?)

 

さっきまで見ていた夜のキヴォトス。

高いところから、

一緒に見ていた見慣れていたハズのキヴォトスの夜街を

一緒に見たあの時間。

 

それが、

まるで夢だったみたいに薄れていく。

 

(……私、何かした?)

 

理由を探す。

言葉を思い返す。

 

間の取り方。

質問の仕方。

 

どれも、「ダメ」って言われるほどじゃない…と思う。

 

なのに。

 

「しばらく、ここには近づかない方がいい」

 

その一言が、

胸の奥に残って離れない。

 

歩き出すタイミングを完全に失っていた。

ラスティ先生は一定の距離を保ったまま進んでいく。

 

同じ方向。

でも、並ばない。

 

(……何してんだろ私…

ついて行っちゃダメって…)

 

分かってる。

 

教師と生徒。

非常勤とはいえ、立場は明確。

 

それでも。

 

(……一言くらい)

 

そう思って、

何度も口を開きかける。

 

でも、音にならない。

 

夜の街灯が等間隔で影を作る。

その影の一つ一つが、今の距離みたいだった。

近いのに、触れられない。

 

コンビニの明かりが見えた。

最初の目的地。

小腹を満たすための寄り道。

 

袋の中身を思い出す。

レンチンしてもらってから早1時間は経つ。

既に冷めきっていた。

 

(……バカみたい)

 

どうでもいい理由で外に出て、

どうでもよくないものを見てしまった。

 

先生の「場所」。

先生の「考え方」。

先生の「引き際」。

 

それを知ってしまった以上、

前と同じ距離には戻れない。

 

(……戻らせてもらえない、のかな)

 

不意に足が止まる。

それに気付いたラスティ先生の背中も、少し先で止まった。

 

(……え)

 

先生は振り返り、私に告げる。

 

「…………………今日は、ここまでだ」

 

同じ言葉。

でも、さっきより少し柔らかい。

 

(……なに、それ)

 

「もう遅い」

 

それだけ。

叱る声じゃない。

責める声でもない。

 

ただ、

その時間に“区切り”をつける声。

 

「早く家に帰れ」

 

短い指示。

 

私は、思わず言ってしまった。

 

「……それってさ…心配してるってこと?」

 

聞いた瞬間後悔した。

こんなこと、

聞く権利ない。

 

でも。

 

ラスティ先生は、

すぐに拒絶しなかった。

 

一瞬、先生の視線が揺れる。

 

「……確認しているだけだ」

 

いつもの言い方。

 

でも。

 

(……それ、ただの優しい言い換えじゃん…)

 

私はそれ以上、何も言えなかった。

 

再び歩き出す。

 

今度は、私が先。

背中に先生の気配がある。

 

(……近付かない)

 

数歩。

十歩。

 

何歩進んでも決して振り返らない。

 

振り返ったら、戻ってしまいそうだから。

 

(……私)

 

守られた。

でも切り離された。

 

その両方が、

同時に来るなんて思わなかった。

 

(…なんで)

 

家の前まで来て、

ようやく足が止まる。

 

振り返ると、ラスティ先生の姿はいつの間にか

消えていた。

 

(守って、くれてたのかな)

 

玄関の灯り。

見慣れた風景。

 

袋を開け、

買ってきたものを一口かじる。

 

…冷たい、味がしない。

 

(……距離を取るって)

 

たぶん、

先生なりの正解。

 

でも。

 

(……それでも)

 

私は、あの場所にもう一度行きたい。

 

それが、許されない願いだってことも、

ちゃんと分かっているのに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

朝の空気は、夜よりも冷静だ。

感情が入り込む余地が少ない。

これは持論だが、重要な判断を下す際には向いている。

 

シャーレトリニティ支部の執務室。

コーヒーで食パンを流し込みながら端末を起動すると、

未読の通知が一斉に並んだ。

 

…想定内だ。

 

FEDERAL STUDENT COUNCIL

PRIORITY : HIGH

SUBJECT : SYSTEM OVERSIGHT NOTICE

 

連邦生徒会からだった。

私は、椅子に深く座り直す。

 

(……来たか)

 

開く前から、内容は分かっている。

表示された文面は、簡潔だった。

 

――先日はAI対応になり申し訳ありません。

――改めて、連邦生徒会は

――未承認状態での秘匿兵器起動を重く見ています

――ついては、当該機体および管理責任者を

――暫定的に管理下に置くことを決定しました

 

暫定。

 

便利な言葉だ。

期間は、未定。

条件も、流動的。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…そもそも、何故私やスティールヘイズがここまで厳しく

管理されなければならないのか。

 

時は遡り、

まだ学園都市キヴォトスの基盤が固まる以前の話。

 

この星はルビコンや地球のような、

人間が居住可能な星であった。

戦争も無く、人々は比較的平和に暮らしていたという。

 

そこに突如、

 

『AC(=Automatic Core)』と呼ばれる

『無人機動兵器』によって

 

焼き尽くされ、

当該地域は謎の物質によって汚染、

汚染地域は徐々に拡がり生物は死に絶え、

未来永劫その土地に命が芽吹くことはなくなった為だ。

 

また、

この現象はキヴォトス内でも連邦生徒会を始めとした

一部の者のにしか知らされておらず、

話を広めることは極めて重罪とされている。

 

そんな過去があるこの世界において、

スティールヘイズに疑惑の目が向くのは何故か?

 

驚くべきことに、

過去の資料によれば出現した機体の中には

私の世界で一般的に流通していた

アーキバス製やベイラム製のフレーム、武器を

身に纏った機体が出現していたのだ。

 

中には、スティールヘイズと同じフレーム、

NACHTREIHER一式の機体も見受けられた。

 

もうお分かりだろう。

私のスティールヘイズはこの世界の認識として…

 

AC(=Armored Core)ではなく、

AC(=Automatic Core)なのだ。

 

そういう訳で、キヴォトス上空を飛んでいたAC…

もとい私は、キヴォトス全戦力をもって鎮圧された訳である。

無論、作戦に参加した"ごく一部"の生徒達には

現在も厳重な戒厳令が引かれている。

 

そんな認識が一般的な世界…またはキヴォトスにおいて、

AC(=Automatic Core)に"人間"が乗っていた。

 

これはこの世界の常識を根本から

変えてしまう可能性がある重大事件だった訳だ。

 

スティールヘイズだけでなく私までも

厳重な管理対象になっているのはこのためだ。

 

「……まぁ、妥当だな」

 

独り言が、室内に落ちる。

感情は動かない。

これは、責任の問題だ。

私は返信を打つ。

 

 

――承知した

――一時的な監督に従おう

――運用制限に関する詳細を要求する

 

送信。

そしてすぐに詳細が届く。

 

運用制限:

- 事前承認なしのシステム起動禁止

- 位置情報の開示義務

- 定期的な精神状態及び意思決定能力の審査制限

 

最後の一文に、

ほんの僅かに視線が止まる。

 

(……そこまでするか)

 

だが、拒否する理由は今のところない。

私は、判断を誤ってはいない。

未承認起動は事実。

 

このキヴォトスにおいて、

スティールヘイズは秘匿性の高い対象。

監督が入るのは当然だ。

 

それでも。

 

(……タイミングが悪い)

 

噂が広がり、

非常勤講師としての立場が揺らいでいる今。

生徒との距離。

 

特に――杏山。

 

(……近づきすぎた)

 

それが、外部から見れば

『判断力の低下』と映るのも無理はない。

 

私はその可能性を否定しない。

否定できない理由が、確かに一つあるからだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

授業に向かう廊下。

視線が以前よりも露骨になっている。

 

「……ヴァルキューレの監査入ったって」

「やっぱり、危ない人なんじゃ……」

「ナギサ様は何を…」

 

噂は訂正されないまま増殖する。

…どこかで聞いた話だ。

 

(……放置でいい)

 

誤解されることより、

巻き込むことの方が問題だ。

 

教室の前で、一瞬だけ足を止めた。

 

…カズサ

 

(……距離は、保つ)

 

判断を再確認し、私は教室に入った。

 

授業は、問題なく進む。

声。

態度。

内容。

どれも、平常通り。

 

だが。

カズサと視線が合った瞬間、

あちらが先に逸らした。

 

(……正しい反応だ)

 

教師と生徒としては、それが正解だ。

 

それでも。

 

(……痛みは、残るな)

 

私は、板書に向き直る。

集中を切らさぬよう。

この痛みに耐えるように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

昼休み。

端末が短く振動する。

 

FSC FOLLOW-UP NOTICE

SITE INSPECTION : SCHEDULED

DATE : TBD

 

内容は、連邦生徒会からの視察の案内だった。

実質的な監査になるだろう。

 

私は端末を伏せた。

 

(……ここから先は)

 

私一人の問題ではなくなる。

 

正しい判断を積み重ねている。

境界も、

守っている。

 

それでも。

 

杏山の視線を無意識に探している自分がいる。

 

(……ノイズだ)

 

そう断じる。

 

だが。

 

(……切り捨てきれない)

 

その事実が、

今回の管理措置の理由の一つなのだとしたら。

連邦生徒会は正しい。

 

放課後。

私はトリニティを飛び出す。

今日はガレージへは向かわない。

 

向かう理由が失われたからだ。

 

夜の街に出ても、

足は自然と遠回りを選ぶ。

そんな中で、コンビニの明かりが視界に入った。

 

私は一瞬だけ立ち止まり、

何も買わずに通り過ぎた。

 

(……管理下に置かれる、か)

 

それは、

守られるということでもある。

 

同時に、

選べなくなるということだ。

 

私はその重さを受け入れたまま、

歩き続けた。

 




某日、連邦生徒会内

生徒会メンバーモブA
「私ラスティ先生と極力通話しないんだけど、何でかわかる?」

生徒会メンバーモブB
「え~そんな唐突な…
……ACから降りてきた、謎の人外だから…とか?」

生徒会メンバーモブA
「ぶっぶー
正解はね……」

生徒会メンバーモブB
「う、うん…(ゴクリ)」

生徒会メンバーモブA
「耳が孕んじゃうから。声が良すぎて」

生徒会メンバーモブB
「仕事しろよ」

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