【ネタバレあり】牢屋敷内にある裁判所の証言台は13台しかないらしい 作:みかづきのみ
牢屋敷生活十三日目。
しっかり確認したわけではないが、桜羽エマたちの計画はかなり進んできているようだ。
希望があることはいいことだろう。
「ラ、ライカさん……! ちゃんと、休んでください……!」
そんな中俺は、昨日から体調を崩していた。
と言っても、そこまで大事ではない。頭痛と、微熱があるだけ。自分としては全然動けるし、この程度で休んでいては怒られてしまう。
それでも、同室である氷上メルルが心配性なため、なかなか自由に動かせてはくれなかった。
体調不良の原因は寝不足か、一昨日桜羽エマがひっくり返したバケツの水を被ったからか。
(どっちもか)
面倒になって、最初の週は欠かしていなかった朝食や夕食も食べない日が出始めていたのも良くなかったかもしれない。
掃除でもしようものなら、涙目の氷上メルルが飛んできてしまうため、今はおとなしくベッドに横になっていた。
こんなことで作業の手を止めさせるわけにもいかない。
夏目アンアンや罪悪感を感じているらしい桜羽エマがお見舞いに来てくれることもあるが、なまじ元気なためむしろこちらが申し訳なくなってしまう。
『ライカ』
「あ、夏目さん。今日もお見舞いに来てくれたんだ。ありがとう、わざわざごめん」
医務室に入ってきた夏目アンアンは小さく頷いて、なにも言わずベッド脇の椅子に座る。
『体調はどうだ』
「全然元気だよ。多少頭痛と熱があるくらいで」
『そうか』
(……元気ないな)
そもそも、牢屋敷に来てから夏目アンアンの元気なところを見た記憶はほとんどないが。
それでも、体調というよりは精神的に参っているように見える。
「……脱獄の計画はどう?」
わざわざ来てもらってなにもしないというのも気持ちが悪い。そう考え、適当に話題を上げる。
夏目アンアンは少し動きが止まった後、苦虫を噛み潰したような表情でスケッチブックに字を書く。
『順調だ。決行の日もある程度は決まっている』
(……もうそこまで行ってるのか)
順調そうだとは思っていたが、すでにほとんどの作業は終わっていそうだ。
「すごいね。後ちょっとか」
(それにしては、全然嬉しそうじゃないけど)
目の前の少女は、後少しで地獄のような環境から出ることの出来る人の顔ではない。
むしろ、どこか忌々しげだ。
「……ライカ」
『貴様はわがはいたちが脱出した後、どうする気だ』
細く小さい声で俺の名前を呼び、言葉を飲み込んでさらさらと文字を書く。
「んー。特になにも考えてないよ」
どちらかと言えば、考えられないというのが正しい。
仮に脱獄が成功したとして、牢屋敷の管理者が残った囚人にどのような対応をするのかが不明だからだ。
もちろん、なにもないかもしれない。だが、連帯責任で処分される可能性もある。
「牢屋敷の管理者が手を出してこないなら、普通に生活を続けるかなぁ」
最低限だが生活保障はされているし、娯楽もある。気まぐれで殺される可能性はあるが、まぁ仕方ないだろう。
『何とも思わないのか』
「そりゃあ、二週間近く一緒に過ごした人達と二度と会えないってのは寂しいと思うけどね……」
たった二週間と言っても、こんな劣悪な環境で、仲間として同じ屋根の下で寝食を共にしている。少なからず情はあるし、普通の会って二週間の人とは顔を合わせた数が違う。
『何かあった時、巻き込まれる可能性もある』
「……まぁ、リスクはあると思うよ。桜羽さんたちが成功しようが失敗しようが、実行に移した時点で皆殺しって可能性もあるし」
規則には、許可のない行為に脱走の準備の記載があるだけで、破った場合にどうなるかは書かれていなかったはずだ。
だが、誰も脱出を試みなければ安全かと言えば、そんなことはない。危険を冒すほどここを出たい人物は、現時点でストレスがかなりかかっているだろう。ストレスがかかっているということは、魔女化が進行している。どちらにせよ、死ぬ時は死ぬのだ。
「なら……っ!」
ゆるく、首を振る。
ここまで言われれば、いやでもわかる。
夏目アンアンは、俺と同じように牢屋敷から出たくないのだろう。なぜそれを他のメンバーに言わないのかは憶測の域を出ないが、おそらく人間関係が壊れることを恐れているのだと思う。
だから、同じ非脱獄派の俺に、桜羽エマたちの脱獄を止めてほしいのだ。
そうすれば、夏目アンアンの周りの人間関係が壊れることはないし、牢屋敷から出なくても済む。
(……でも、俺はそれに応えられない)
「……ごめん。俺は、ここを出たいって気持ちも理解出来るから」
項垂れる夏目アンアンに、心がちくりと痛む。
それでも、同じ仲間の少女たちの努力を踏み躙ることはできない。
「…………わがはい、は……。……ミリアと、メルル……あの2人と、一緒にいたい」
ポツリと呟かれる、そんな言葉。
ぽたぽたと、スケッチブックに雫が落ちる。
名前の挙がった2人は、夏目アンアンと仲の良い2人だ。
脱獄が成功すれば、確実に会う頻度は少なくなる。そもそも、会えなくなる可能性すら考えられるだろう。
俯く目の前の少女に手を伸ばしかけて、踏みとどまる。
(……癖だな)
家族ならともかく、顔見知り程度の人間に頭を撫でられれば気持ち悪いだけだろう。
かけられる言葉も見つからず、涙を流す少女になにもしてあげることができないまま、時間だけが過ぎてしまった。
牢屋敷生活、十六日目。
夕食後。夕食の場で、桜羽エマがラウンジに集まるように声をかけていた。
おそらく、脱獄関連の話だろう。邪魔するのも悪いため、娯楽室で時間を潰している。
(……完成してそうだったし、明日か、明後日か……)
たまたま、宝生マーゴの部屋から気球のようなものを持ち出すところを見てしまった。
その時には、ほとんど出来ていたように見える。全員が乗れそうな大きさでもなかったが。
(出来るだけ早い方がいいって考えれば、明日かな)
結局魔法を使ってほしいとも頼まれなかったし、看守の足止めくらいはするつもりだ。
「……ん?」
中庭の方に視線を向けると、桜羽エマが出てきたところだった。話は終わったらしい。
そこに、佐伯ミリアもやってくる。
(あんまり見てるのも悪いか……)
2人で話し始めため、立ち上がって片付けに移る。
ラウンジでの話し合いが終わったなら、そろそろ下に戻ってもいいだろう。
監房に戻る前に医務室による途中、同じく医務室に向かう少し顔色の悪い佐伯ミリアを見かけた。
(……?)
少し嫌な予感がして、中庭を覗く。
すると、桜羽エマはベンチに座って空を眺めていた。
(……桜羽さんに何かあったわけじゃないのか)
少しホッとし、息を吐く。
(それだと、体調不良?)
少し遅れて医務室に入ると、中には誰もいなかった。
(外に何か用事……?)
脱出関連の何かか、それとも全く別の関係ないことか。
案外、ただ外で1人になりたいなんて可能性もある。その場合、あまり追いかけるべきではない。
先に医務室での用事を終え、10分近く待っても戻ってこないことを確認し、外出禁止時間も近づいてきていたため、諦めて房に戻ることにした。
翌朝。
少女たちが騒がしく、何かが起きたのかとついて行ってみると、そこには気球の残骸があった。
周囲には引き裂かれた布切れが散乱し、籠部分も使い物にならないほど潰されている。
一瞬夏目アンアンに視線を向けるが、彼女自身も驚いているようだった。
「おい、佐伯!」
「ぐっ……」
紫藤アリサが佐伯ミリアの首リボンを掴み上げ、至近距離で睨む。
「隠し場所はおめえしか知らなかったはずだ。おめえがやったのかよ!?」
「…………」
佐伯ミリアは、なにも言わない。
(……あれか)
昨日の、医務室を通り過ぎて外に出て行った佐伯ミリア。
あの時の彼女は、確かに様子が少しおかしかった。
「ミ、ミリアさん、何か言ってください……。そうしないと、みんなが……」
「……マジなの? そんな大それたことやるキャラじゃないじゃん。やっぱあてぃしらのこと、騙してたワケ……?」
「残念だわ」
八日目の夕食後、佐伯ミリアと話したことを思い出す。あの時の、俺はなぜ出たくないのかという質問。
彼女も、ここを出たいと思っていなかったのだろうか。
誰も佐伯ミリアを擁護せず、場が静まり返る。
そこで、スマホに通知が入った。
『監視フクロウより報告が入りましたので、お知らせしますね……。佐伯ミリアさんが、外出禁止の深夜に外を出歩いていたそうで。規則を破ったため、懲罰房に入ってもらいますね……やれやれ』
「——っ」
その情報は、佐伯ミリアの犯行を裏付けするかのような内容だった。
確かに、この気球は数分でどうにかしたような状態ではない。1時間、下手すれば2時間近くかかった可能性もある。
(……一応、擁護出来なくはないけど)
おそらく、事実とは違うだろう。
「なるほどぉ……深夜に脱け出して、ここにきて、気球を破壊したんですね」
佐伯ミリアの同室は既にいない蓮見レイア。バレることはなかっただろう。
「ひどいですわ! 一体どうしてそんなことを!?」
そこで笑い声を上げる、沢渡ココ。
「んなの当然じゃん? そこのザコが黒幕なんでしょ。あてぃしらに逃げられると困るからやった。そうなんだろ!? ねえ!!」
糾弾する沢渡ココの声は、悲しみと信じたくないという気持ちが滲み出している。
「ちが……」
泣きそうになっている沢渡ココの顔を見て反論は弱まり、佐伯ミリアは力無く項垂れる。
(……見てられないな)
「……佐伯さんが黒幕なら、なんてゴクチョーはこんな佐伯さんに不利になるような内容の連絡をしてきたのかな」
「で、でも壊したのはそこのザコなんだろ!? 黒幕じゃないなら、なんで壊したんだよ!」
沢渡ココは、佐伯ミリアのことをかなり信頼していたのだろう。
「実際どうかはわからないけど、黒幕とか牢屋敷の運営に脅されたって可能性はあるよね。あとは、前囚われた人の魔法が干渉しちゃって、壊す気はなかったけど壊しちゃった、とかさ?」
自分自身、ほとんど信じていない可能性を口にするのは心が沈む。
「……みんな、ごめん。エマちゃん、ごめん……。おじさんのこと、信頼してくれたのに。本当に、ごめんなさい」
佐伯ミリアはその可能性を認めるでもなく、否定するでもなく、ただ、涙を滲ませながら謝罪の言葉を口にする。
そこに、看守が近づいてきた。
看守が佐伯ミリアを抱え上げ、連れ去っていった。
誰もなにも言わず、俯く。
そんな中、声を上げたのは桜羽エマだった。
「みんな、今回はダメだったけど、気球をまた作ろう! 気球じゃなくて、他の方法を模索するのでもいい。ボクは諦めないよ! みんなと一緒に脱獄して見せる!」
その言葉は、立派ではある。
希望が一度砕けても立ち上がるそのメンタルも、賞賛されるべきものだろう。
(……ただなぁ)
俺、黒部ナノカ、夏目アンアン、そして、おそらく佐伯ミリア。いるかわからないが黒幕も含めれば、半数は脱獄したいと思っていないのだ。
少人数ならまだしも、そんな中全員での脱獄を企てても、成功する確率はかなり低いだろう。
「そうですよね! よく考えたら、アリサさんがいるわけですし。気球をまた作ればいいってだけの話です!」
「簡単に言わないでちょうだい。わたくしがどれだけ苦労したか……。……でも、エマさんのいうとおりね。わたくしだって諦めたくない。壊されたなら、作り直せばいい。何度だって付き合ってやりますわよ。ふん」
「ハンナちゃん、シェリーちゃんも、ありがとう……」
桜羽エマは、感極まったように呟く。
「がっくりはしてしまったけれど、作戦を練り直しましょう」
「そうだね、みんな、一度ラウンジに戻ろう」
桜羽エマの言葉に、少女たちは肩を落としてはいるものの、緩慢に動き出した。
「……アンアンさん? どうしました、また具合が悪く……?」
気球の傍で座り込んだ夏目アンアンに気づいた氷上メルルが、声をかける。
夏目アンアンは地面を睨み、心底悔しそうに拳を打ちつけていた。
(……せっかく脱獄が失敗したのに……ってことか?)
「切り替えるのは、大変よね。私も詳しくて堪らないもの」
「アンアンさん、戻りましょう……? 怪我しちゃいます……戻りましょう……?」
氷上メルルが優しく声をかけながら背中を撫でているが、夏目アンアンはなかなか動かない。
「氷上さん、俺が夏目さんを医務室に連れて行くよ。……ほら、夏目さん。愚痴でもなんでも聞くからさ」
「……わ、わかりました……。ライカさん、アンアンさんをお願いします……」
夏目アンアンの拳が止まったのを見て、氷上メルルは心配そうにしながらも離れていく。
その場に俺と夏目アンアンの2人しかいなくなって、夏目アンアンはポツリと呟くように口を開いた。
「……わがはいの、せいだ」
その言葉に、一つの仮説を組み立てる。
佐伯ミリアが、気球を壊した真相。
「……こんなところで話すのもなんだし、医務室に行こうか」
妹にしていたように、夏目アンアンの体を両腕で抱え上げる。
歩き出してすぐ、言っておかなければならないことを思い出した。
「……あ、嫌だったらすぐに言ってね。やめるから」
医務室に到着し、まずは地面に打ちつけた手を洗う。
「えーっと、消毒液消毒液……」
かなり強い力で打ち付けていたのか、夏目アンアンの手は切り傷や擦り傷で血が出てきていた。
それほど、嫌だったのだろう。
(……桜羽さんを恨んでなきゃいいけど)
元々、夏目アンアンはあまり桜羽エマのことを好きそうではなかった。
「……ミリアが捕まったのは、わがはいのせいだ」
ぽつりと、声が聞こえた。
「……わがはいが、ミリアに言ったのだ。……気球を壊してほしい、と」
視線を下げながら、罪を告白するように呟く。
「そんなつもりはなかった、のに……【洗脳】が、発動してしまったらしい……」
夏目アンアンも、佐伯ミリアに罪を被せたかったわけではないだろう。
出たくないから、気球がなければいいのに。誰かが、気球を壊してくれればいいのに。
そんな気持ちが、漏れてしまったのだろう。
「わざとじゃないんでしょ? なら、佐伯さんはきっと——」
「——あいつが悪いんだ!」
笑って許してくれる。そう言おうとして、夏目アンアンの声にかき消される。
「……桜羽さん?」
「……そうだ。あいつさえ居なければ、こんなことには……。あいつが出よう出ようと騒がなければ……」
魔女因子が影響しているのか、その言葉には殺意すら宿っているように見える。
「あいつはわがはいの邪魔ばかりする! レイアだって、あいつが居なければ……」
蓮見レイアに関しては、桜羽エマのせいとするなら俺のせいでもあるだろう。
(夏目さんから見れば、桜羽さんがどんどん奪って行く敵みたいに見えてるのか)
蓮見レイアは殺人こそ起こしたが、普段は皆を守りたいと行動するような優しい少女だった。
夏目アンアンは、その優しさに多く触れていたはずだ。
「わがはいは、あいつに消えてほしい」
夏目アンアンは顔を上げ、その双眸がこちらに向けられる。
「……ライカにも、協力してほしい」
ライカは……
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まずは一緒に佐伯ミリアに謝ろうと提案する
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曖昧に誤魔化す
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協力すると告げる