【ネタバレあり】牢屋敷内にある裁判所の証言台は13台しかないらしい 作:みかづきのみ
「夏目さん、落ち着いて。まずは佐伯さんに謝りに行こう? 俺も一緒に謝るからさ」
まずは、落ち着いてもらう必要がある。このまま魔女因子の殺人衝動に呑まれてしまえば、取り返しのつかないことになってしまうだろう。
「昨日言ってたよね、佐伯さんと氷上さんと一緒にいたいって。仲直りしないと、一緒にいられなくなっちゃうかもしれない。桜羽さんについて考えるのは、その後でいいんじゃないかな?」
まだ、絶対に殺すというところまでは行っていない筈だ。それなら、和解出来る可能性だってある。
「仲直りできれば、佐伯さんも一緒に残ってくれるかもしれないよ」
実際、この可能性は低くはないだろう。
夏目アンアンの魔法は軽度の【洗脳】。相手が納得すれば、相手を従わせることができる。
つまり、洗脳が効いた佐伯ミリアも脱獄したくない気持ちがあったはずだ。
(それなら、ちゃんと話せば受け入れてくれる可能性もある)
彼女は、心優しい子だ。
桜羽エマも、話し合えばわかってくれるかもしれない。実際、俺が一緒に出るのは諦めてくれていたように見えた。
「……わかった」
小さくそう言うものの、動こうとはしない。
(流石に、気まずいか)
今すぐに、と言うのは難しいだろう。今行っても、懲罰を受けていて話すことはできないかもしれない。
あまり負担をかけるべきではないだろう。
「今じゃなくてもいいよ。気持ちの整理もついてないと思うし。だから……今日の夜でどう? ……っと、よし。おっけー」
絆創膏を傷口へと丁寧に貼り、処置を終える。
「……ライカ」
『ありがとう』
スケッチブックに小さく書かれた言葉に、できるだけ穏やかに笑いかけた。
*
夜。夕食を終え、夏目アンアンと合流する。
他の少女たちのほとんどは流石に気力も続かなかったらしく、そもそも食堂に来なかったり、少しだけ食べてすぐに自分の房に戻る、と言った状況だった。
夏目アンアンは拒絶されることを恐れているのか、いまだに葛藤している様子だ。
それでも謝りたい気持ちが勝っているらしく、俺の服の裾を掴み、逃げたりはしていない。
「じゃあ、行こうか」
置いて行ったりはしないと言う気持ちを込めて、手を繋いだ。
懲罰房に行くと、とても静かな状態だった。俺と夏目アンアンの足音だけが、通路に響く。
思っていた通り通路には誰も居らず、看守やゴクチョーもいない。拷問と言ったことも、今現在は行われていなさそうだ。
佐伯ミリアが囚われている懲罰房の前に立ち、2人で覗き窓を見る。
中では佐伯ミリアが磔にされた状態で拘束されていた。かなり消耗しているようで、酷い目に遭ったことが容易に想像できる状態だ。
「……ミリア」
夏目アンアンが、か細い声を発する。
最初、夏目アンアンはスケッチブックに言いたいことを書き、それを俺が読み上げると言う方法を取りたがっていたが、自分で話した方がいいと説得した。
「アンアンちゃん? ……と、ライカくん?」
弱りながらも、会話はできる程度には体力が残っているらしい。
「うん。……俺たち、佐伯さんに謝りたいことがあって」
「謝りたいこと?」
佐伯ミリアは優しい声色で、オウム返しに聞き返すことでこちらの話を促す。
握っている手の力を僅かに強め夏目アンアンに視線を向けると、小さくこくりと頷いて一歩前に出た。
「……気球を壊してほしい、とおねだりしたのは、すまなかった。わがはいの【洗脳】が、発動してしまったようだ……」
佐伯ミリアは、その言葉に力無く微笑む。
「ああ、それはなんとなく……気球を壊したいって思っちゃったのは、アンアンちゃんに言われたからだろうなあって」
懲罰房に入れられる原因となったことを引き起こしたのは自分であると言われても、責めるような声色にはならず、ただどこか納得したように呟く。
「俺も、ごめん。多分先に、似たようなことは聞いてたんだ。だから、俺が先にやってれば佐伯さんが捕まるようなことにはならなかった」
「ええ!? そんなそんな! ライカくんのせいじゃないよ! ……それに、アンアンちゃんのせいでもない。やったのはおじさんなんだし」
佐伯ミリアも、同じくらいの年齢の少女のはずだ。
それでも、こんな酷い状況に置かれていてもなお、自分をこんな目に合わせた人間に、優しさに満ちた言葉をかけられる。
(……佐伯さんは、すごいな)
「それにね、おじさんも……」
「——全部あいつが悪いんだ!」
佐伯ミリアの言葉を、何かを思い出したか怒りが沸々と湧いてきたらしい夏目アンアンが遮ってしまう。
「あいつって……?」
「……桜羽エマ」
おそらく、俺と夏目アンアンのせいではないと佐伯ミリアに言われ、夏目アンアンの中で佐伯ミリアのせいでもないという思考から、桜羽エマに向いてしまったのだろう。
(……なんて言おうとしたんだ? 【も】ってことは……)
やはり、佐伯ミリアもここを出たくないと思っていたと言うことだろうか。
まだ確定させるには早いが、本人から近い言葉を得られたのは嬉しい。いくらそう考えられる要素や情報があったとしても、本当にそうなのかは予想である以上ずっと付き纏ってくるものだ。
「あいつが出よう出ようと扇動して! みんながその気になって! あいつはいっつもわがはいの邪魔をする! レイアだって、あいつが犯人だって騒いだからあいつが殺したようなものだ! レイアは、優しかったのに!」
「アンアンちゃん、落ち着いて……」
朝、医務室で俺が言われたことと、ほとんど一緒の言葉。それだけ、このことが許せないのだろう。
「わがはいは、あいつを殺そうと思っている」
「っ」
「——!」
(もう、そんなに行ってるのか)
今朝は、まだ消えてほしい止まりだった。
それが、殺そうと思うところまで。
俺が焦るのと同じように、佐伯ミリアの瞳がみるみる見開かれていった。
「……もう計画も立てている」
「アンアンちゃん、それは……」
「わがはいには簡単なんだ! 誰かを【洗脳】さえできたら、わがはいが疑われることなく、殺害できる! あいつさえいなくなれば! あいつさえ! あいつさえ……っ!」
(……こんなに、急に膨れ上がるものなのか?)
魔女因子の影響はあるのだろう。それでも、一日も経たずにこうも進むようなものなのだろうか。
「……ぷっ、あはは! 傑作だよアンアンちゃん!」
夏目アンアンの様子に気を取られていると、突然佐伯ミリアが笑い声を上げる。
「ミリア……? どうしたのだ……?」
夏目アンアンが困惑するのも当然だろう。
笑うような状況ではない。
「アンアンちゃんの計画はもう台無しだ。だってボクはね、【桜羽エマ】なんだよ」
(……嘘だ)
桜羽エマが脱出の指揮を執ったのは、佐伯ミリアが看守に連れて行かれた後。あれが、佐伯ミリアの言動とは思えない。
それに、桜羽エマは殺意を向けられた時に傑作とは言わないだろうし、佐伯ミリアは自分の身代わりを誰かに押し付けるようなことはしないだろう。
そう理解すると同時に、佐伯ミリアの思惑にも気付いた。
俺が気付いたことにも気付いたらしく、視線が一瞬こちらに向けられる。
(合わせろってことかな)
「……桜羽エマ……!?」
「知っているでしょう? 佐伯ミリアの魔法は【入れ替わり】。看守に捕まった時、その魔法を使われちゃってね。今この体に入ってるのが桜羽エマの魂。それで、桜羽エマの中に入っているのが——」
冷静に考えれば、おかしいことはわかるはずだ。
だが、夏目アンアンの今の状態は普通ではない。
「おじさんの魂ってわけ。だから、あの子を殺しても意味ないよ。そんなに憎いなら、ボクを殺さなきゃね」
そんなことを言っているのに、その表情は柔らかい。
これは、桜羽エマを守る一手であり、夏目アンアンを守る一手でもある。
「あ、そうそう。看守に捕まった時にね、咄嗟に、鍵を口の中に隠したんだ。ボクはいらないから、こんなもの飲み込んじゃうね」
ごくりと、佐伯ミリアの喉がなる。
「——! 桜羽、エマ……!」
夏目アンアンの体が震える。
(……)
繋いでいた手を離し、後ろから夏目アンアンの両目をそっと塞ぐ。
「……ライ、カ?」
「……嘘だよ。夏目さん、落ち着いて」
できるだけ、優しく。
「ライカくん!?」
「ごめん、佐伯さん。その手には乗れないや」
慌てる佐伯さんを一旦置いておき、夏目アンアンにこちらを向かせる。
「嘘……?」
「そう、嘘。佐伯さんと桜羽さんは入れ替わってない」
「え……?」
手を退けると、少し混乱しているからか、眼から憎悪が一時的に消えていた。
「佐伯さんは、夏目さんと桜羽さんを守ろうとしてるんだよ」
よくわかっていない様子の夏目アンアンの頭を優しく撫で、目線を合わせる。
「佐伯さんは、夏目さんに殺人を犯してほしくないんだよ。だから、懲罰房にいる間、桜羽さんが殺されないように嘘をついた」
「そうなの、か……?」
まだ信じ切ることができていない様子の夏目アンアンに、畳み掛ける。
この場合、敵として認識している桜羽エマより、彼女が懐いている佐伯ミリアがどうかで攻めた方がいいだろう。
「そうだよ。だって考えてみて? 佐伯さんって、自分が危ない目に遭う時、誰かを身代わりにするような人かな?」
「……ミリアは、そんなことしない」
「そうだよね。佐伯さんは優しい人だから」
「……そう、だ……」
夏目アンアンが落ち着いたのをみて、佐伯ミリアを見る。
褒められて照れているような、嘘がバレて恥ずかしがっているような、自分のやろうとしたことを切り捨てられて少し怒っているような、なんとも言えない表情。
「佐伯さん、誰も誰かを殺したりしないために、協力してほしい」
「……おじさんが協力したって、無理だよ」
「むしろ、佐伯さんの協力が必要なんだ。……佐伯さんも、ここを出たくないんだよね」
その言葉に、驚いたように体を跳ねさせた。
じっと見つめると、やがて目を伏せ、観念したように話し出す。
「……ライカくんには、バレちゃってたか。……そうだよ、おじさんもアンアンちゃんと一緒なんだ。……ここを、出たくない」
夏目アンアンがぴくりと反応し、佐伯ミリアを見る。
俺としては、本人が認めてくれてホッとするばかりだ。
「……夏目さん、聞いた? 佐伯さんも、おんなじ気持ちなんだよ。だから、桜羽さんを殺す必要なんてないんだ」
「ミリアも、同じ……」
「それに、夏目さんは佐伯さんのこと大好きだよね。そんな佐伯さんの殺人なんて犯してほしくないって気持ちも、大事にしてあげてほしいな」
ただ殺人はダメだと言うよりも、こちらの方が夏目アンアンには効くと見たが、どうだろうか。
「……ミリア、そうなのか?」
「うん。アンアンちゃんに、誰かを殺すなんてしてほしくないよ」
考え込むように黙る夏目アンアンの手を、そっと握る。
おそらく、魔女因子や殺人衝動と戦っているはずだ。
「俺は、桜羽さんたちには脱獄して貰えばいいと思ってる。夏目さんが一緒にいたいって言ってたのは、佐伯さんと氷上さんの2人だけなんだ。佐伯さんが自分の意思で残ってくれるなら、出たい人は出てもらうのが一番丸く収まるかなって」
氷上メルルはどうにかして口説く必要があるが、どうにかするしかない。
気球の大きさを考えれば、沢渡ココ、宝生マーゴ、紫藤アリサ、遠野ハンナ、桜羽エマ、橘シェリーの6人になった方が、成功の可能性は高まるだろう。
「夏目さんも、それでいい?」
「……いい。ミリアとメルル……それに、ライカが居てくれれば、それでいい」
少し葛藤していた様子だったが、納得してくれたようだ。
「……ライカくんは、すごいね。……うん、おじさんも協力するよ! ……だから、アンアンちゃんをよろしくね」
「……任せて。佐伯さんも、気をつけてね」
*
「桜羽さん、ちょっといいかな」
「あれ、ライカくん……と、アンアンちゃん。どうしたの?」
翌朝。佐伯ミリアが出てこれるまで一日ある。その間に、少しでもできることをやっておきたい。
そのため、まずは桜羽エマに声をかけていた。
夏目アンアンは桜羽エマとあまり顔を合わせない方がいいかと思ったのだが、そばから離れようとしないため仕方なく一緒に行動している。
「明日、佐伯さんが出てくる前にみんなに話したいことがあるんだ。だから、みんなを集めてほしい」
「ライカくんが? 珍しいね」
「ああ、うん。でも、大事なことなんだ」
「……わかった。みんなに声をかけておくね」
不思議そうにしながらも、桜羽エマは了承してくれる。黒部ナノカは来ないだろうが、今回は問題ない。
桜羽エマに感謝の言葉を告げ、その場を離れた。
*
「夏目さん、氷上さんについて知ってることを教えてほしい」
俺は同室だが、挨拶を覗けば看病されていた時くらいしかちゃんと会話した記憶がない。
つまり、俺は氷上メルルに関してほとんど何も知らないのだ。
これでは到底口説き落とすことはできないだろう。
『わがはいも、あまり知っていることはないが』
「どんな小さいことでもいいよ、何かのヒントになるかも」
『わかった』
夏目アンアンの次は、遠野ハンナと橘シェリーの2人だ。桜羽エマも含めて、4人で動いていることがそこそこ多い。桜羽エマに聞くには、さっき別れたばかりで気まずかったため、後回しにすることにした。
「メルルさん、ですか? うーん、言われてみれば確かに、メルルさんのことについて私たちはあまり知りませんね」
「とても優しい方なのは間違いねえですわ」
「あとは、喧嘩とかは嫌いそうでしたね!」
「あなたねえ、喧嘩が好きな人なんてそうそういないでしょうが」
橘シェリーに、呆れたように言葉を返す遠野ハンナ。
否定するようなニュアンスでも、遠野ハンナの言葉に橘シェリーはにこにこと笑顔を浮かべている。
「ああ! 思い出しました! メルルさんはハーブに詳しいみたいですね。二日目には中庭のハーブを摘んで、ハーブティーを入れてくれていましたし!」
それなら、俺も淹れてもらったことが何回かある。
それにしても、突然連れてこられて、その翌日の時点でハーブティーに使えるハーブの確認やどこに何が生えているのか把握ができるようなものなのだろうか。
ひとまず、2人から聞くことができるのはこのくらいだろう。
お礼を言って、図書室に向かった。
*
「宝生さん」
予想通り、図書室では宝生マーゴが本を読んでいた。
声をかけると、こちらに視線を向ける。
「……あら、ライカちゃん、アンアンちゃん。どうしたの?」
目を細め、品定めするように微笑みを浮かべている宝生マーゴに、笑顔を返す。
「ちょっと相談って言うか、宝生さんに協力してほしいことがあって」
「ふふ、何かしら♡」
「桜羽さんの説得に協力してほしいんだ。実は——」
夏目アンアンと佐伯ミリアも脱獄はしたくないと言うことと、夏目アンアンと桜羽エマの間に溝ができていて、このまま一緒にいると危険な可能性があること、脱獄を望む人は早く脱獄した方がいいと考えていることを伝える。
「それに、これは宝生さんにとってもメリットがあると思う。あの気球で全員が脱出するのはかなり厳しいって、宝生さんならわかってただろうし」
宝生マーゴは否定も肯定もせず、曖昧に微笑む。今、彼女の頭の中ではそろばんが弾かれているはずだ。
「今回は脱獄計画に俺も協力するよ。【みせかけ】の魔法でもなんでも……誰かが死ぬよりはずっとマシだから」
俺はこの魔法が嫌いだ。
でも、使わずにいた結果誰かが死んでしまうくらいなら、使って苦しんだ方がずっといい。
「……いいわ。エマちゃんの説得に協力してあげる♡ ……だから、一緒に頑張りましょうね?」
宝生マーゴは、嗜虐的な笑みを浮かべながら、そう言った。
*
「みんな、集まってくれてありがとう。俺が話したいのは、佐伯さんが気球を壊した件についてなんだ」
佐伯ミリアが懲罰房から戻ってくる日の朝。朝食を終え、ラウンジに俺含め9人の囚人が集まった。
桜羽エマが作ってくれた機会を活かすため、一歩前に出て口をひらく。
既に事情を話した宝生マーゴ以外の少女たちは、こちらに視線を向ける。
「……まず、あの件の真相は、黒幕とは関係なかった。でも、ただ事故って言うには……流石に、ダメージが大きすぎたと思う」
「……だから、わがはいに謝らせてほしい」
隣に並び立ってきた夏目アンアンに、少女たちの意識に移ったのを確認し、一歩後ろに下がる。
「……ミリアが気球を壊してしまったのは、わがはいのせいなのだ」
肩を振るわせ、俯きながらもポツポツと自分の罪を告白する幼い少女の姿。
「ずっと言えなくて、すまなかった。……わがはいも、ライカと同じように、ここから出たくないと考えていた」
その言葉に、桜羽エマや遠野ハンナの表情が驚愕に彩られる。
「それを、ミリアに言った時に……わがはいの【洗脳】が発動してしまったようだ。……だから、ミリアは悪くない。全部、わがはいのせいだ。……みんな、本当に、すまなかった」
夏目アンアンが頭を下げ、場が静まり返る。
そこで一歩前に出たのは、遠野ハンナだった。
「たしかに、アンアンさんのせいですわね」
夏目アンアンは責められることを予感してか、ビクッと体を縮こまらせた。
それを見て遠野ハンナは、すまし顔からふっと力を抜き、優しく微笑む。
「……ですが、わざとじゃないんでしょう? それなら、わたくしは許しますわ。わたくしにだって、アンアンさんの気持ちに気付けなかったと言う責任があります」
「ハンナ……」
気球作りでかなりの負担を請け負っていた遠野ハンナが真っ先に許すと口にしたことで、他の少女たちも同じような空気に流れている。
(遠野さん……かなり大変だったはずなのに)
元々は、宝生マーゴにその役割を担ってもらうつもりだった。彼女も、かなり貢献していたはずだからだ。
「ハンナさんがいいなら、私も許しますよ!」
「……うん。ボクの方こそ、アンアンちゃんの気持ちに気付けなくてごめん」
「ええ、私も今回のことは仕方なかったと思うわ」
「遠野と桜羽と宝生がいいなら、ウチに口を出す権利はねえ」
「ヒッキーが出たくない〜って言うなら、勝手に残ればいいんじゃね?」
少女たちの言葉に、夏目アンアンは顔を上げる。
(……やっぱり、いい人たちではあるんだよな)
「あ! ミリアちゃん!」
「ミリア!」
そこに、佐伯ミリアが登場する。
「ミ、ミリアさん、大丈夫ですか……?」
「え!? う、うん、おじさんは平気だよ?」
ラウンジに入った途端、心配するような、気遣うような視線が集まり、佐伯ミリアは慌てて手を挙げた。
実際、少しやつれているようには見えるが、外傷などはない。
「今、気球の件について話したところだよ」
「ああ、だから……。……あのね、みんな。やったのはおじさんだから、悪いのはおじさんだよ。アンアンちゃんは悪くないから! それに、もともとおじさんもアンアンちゃんたちと同じで、ここを出たくない気持ちもあったんだよ」
戻ってきてそうそうに、夏目アンアンを庇うように声を上げる。
その必要はないような状態だが、ここは次の話に繋げるために乗じておく。
「それで言うと、俺も事前に気球の破壊は止められたかもしれないんだ。だから、俺の責任でもある」
「……ライカさんに非はないと思いますけどね?」
そんな橘シェリーの言葉はスルーして、言葉を続ける。
「もう一回作るって言っても、やっぱり遠野さんたちの負担が大きすぎると思うんだ。だから、
『わがはいにも手伝わせて欲しい』
夏目アンアンは【洗脳】が発動しないよう、スケッチブックに書いて掲げた。
「協力すると言っても、俺は出る気になったわけじゃない。ここを出たい人は脱獄する。残りたい人は残る。それでいいと思うんだ」
宝生マーゴに視線を送り、協力を要請する。
「……たしかに、出たくないと言う人を無理に連れ出しても、良い結果にはならないと思うわ」
「あてぃしもさんせー。出たくないやつはそれでいいんじゃね?」
「でも……」
桜羽エマは、やはり納得はしきれていないようだ。
それでも、最初に脱獄の計画を話した時よりは、確実に揺れている。
「桜羽さん、桜羽さんの帰りたいって気持ちには、多分理由があると思うんだ。家族に会いたいとか、やり残したことがあるとか……そういうね」
友達はあまり多かった方ではないと聞いた記憶がある。そこから、考えられる可能性が高いものを挙げた。
「でも、それがない人もいるんだ。居場所がないとか、出てもずっと1人とか。共感はしなくてもいい。そう言う人もいるんだって理解してくれると嬉しいな」
諭すように、穏やかに語りかける。
「それに、現実的な面もあるわ? 気球での脱獄は、間違いなく人が少ない方が成功率は高い。もともと、一度に全員は乗れなかったのだしね?」
宝生マーゴの追撃もあり、桜羽エマはゆっくりと目を閉じる。
「……うん。わかった」
そして、脱獄計画が始まった。
*
「……ライカさん、あなた裁縫もできたんですのね」
「あぁ、まぁ人並みには」
宝生マーゴの監房で、遠野ハンナと向き合い共に布を縫い合わせる。
母の余裕がない時は代わりにやっていたし、知り合いが得意だったため一緒に作業したこともあった。
「遠野さんの方こそ、すごいね」
「これは慣れですわ」
手を動かしたまま、なんともなしにそう言ってのける。俺とは、手際の良さが段違いだ。
「……ライカさんのおかげで、前回よりも早く完成しそうですわね」
「流石に人手が増えれば、早くなるよ」
「……シェリーさんが増えれば、むしろ遅くなること間違いなしですわ」
「ああ……そう言えば千切ってたっけ……」
そんなことを話しながら、一日の自由時間のほとんどを布を縫う作業に費やした。
*
「当日、わがはいが看守を引きつける」
「おじさんはゴクチョーの足止めだね!」
「俺は見送りと、【みせかけ】の魔法で少しでも気球が見つからないように細工するよ」
居残り組は、脱獄組が無事にここを出られるようにそれぞれが役割を持っている。
「まさか、【洗脳】が看守に効くなんてね……」
佐伯ミリアの呟きに、苦笑いで同意する。
「意志がないわけじゃないとは思ってたけど、俺も効くとは思ってなかったよ」
『わがはいもダメ元だった』
懲罰房に入れられない範囲で色々妨害を試している時に、たまたま成功したのだ。
これで、脱出組がある程度は自由に動ける算段がついた。
「……あとは、氷上さんか」
氷上メルルは、あまり自分のことを話したがらない。いつも人の心配してばかりで、いまいち彼女が脱獄に関してどう言うスタンスなのかはわかっていないのだ。
「……わがはいは、メルルが出たいと言うなら……その意思を尊重したいと、今は思っている」
ポツリと小さく呟かれる、そんな言葉。
「本当に、いいの?」
「わがはいは……メルルが、好きだ。だから、メルルの気持ちも……大事にしたい」
懲罰房前での言葉を思い出す。
俺はあの時、「大好きな相手の気持ちも大事にしてあげてほしい」と言った。
涙目になりながらも、自分本位ではない言葉を口にする夏目アンアンに、自然と手が伸びる。
「……えらいね。じゃあ、正直にお願いしてみようか」
こくりと頷く夏目アンアンに、にこりと微笑む。
そこで、佐伯ミリアが微笑ましそうにこちらを見ていることに気付いた。
(……ちょっと恥ずかしいな)
*
「あ、氷上さん」
医務室に探しに向かうと、ちょうど部屋から出てくるところだった。入れ違いにならずに済んだのは、幸運だろう。
「ライカさん、アンアンさん……どうかしましたか……?」
「氷上さんがこれからどうするつもりなのか、聞きたくて」
「脱獄の話……でしょうか」
小さく笑みを浮かべて聞いてくる氷上メルルに、頷いて答える。
「私は……」
困ったような笑顔で、視線を彷徨わせる。
言い難いのか、まだ自分でも決めていないのか。
「わがはいは」
『メルルと一緒にいたい』
声に出しかけて、途中で【洗脳】を恐れたのか筆談に移る。
夏目アンアンなりの誠意だろう。
「……だから、残ってくれたら、嬉しい」
「アンアンさん……。……す、少し、考えさせてください……」
「決行まではまだ時間があるし、ゆっくり考えて」
本人も決めていないなら、急かしても仕方ない。即決しない時点で、ある程度外に出たい気持ちもあることはわかるが。
外出禁止時間も近づいていたため、房に戻ることにした。
*
数日後。気球は9割型完成し、準備も大詰め段階だ。
昼食前の外出禁止時間。房に氷上メルルと2人きり。
いまだに、氷上メルルはどちらにするか明言していなかった。
「……氷上さん、決めた?」
「わ、私には……」
涙目になり小さくなっている氷上メルルの姿は庇護欲を誘われるが、俺はここ数日で一つの仮説を立てていた。
それが正しいなら、氷上メルルを説得できるかもしれない。
夏目アンアンは氷上メルルの意思を尊重すると言っていたが、居てくれるに越したことはないだろう。
「……氷上さんってさ——」
「私も、残ることにしました……。アンアンさんと、一緒ですね……!」
「本当か!?」
思っていたよりも、かなりあっさりと話がついた。
他のメンバーにも口伝で共有し、脱獄メンバーが確定する。
(夏目さん、嬉しそうだな)
その喜びようを見れば、微笑ましい気持ちになった。
*
決行の日。塀のそばにある【みせかけ】で隠した気球の近くに、俺を含めて7人が集まった。
ここにいない氷上メルル、夏目アンアン、佐伯ミリアの3人はすでに脱出組のメンバーとは別れの挨拶を済ませている。
「……じゃあ、元気でね」
「……うん。ライカくんも、元気で」
またね、とは言わない。脱獄が成功しても、失敗しても、おそらく二度と彼女たちと会うことはないだろう。
桜羽エマ、遠野ハンナ、橘シェリー、沢渡ココ、宝生マーゴ、紫藤アリサ。
彼女たちとの思い出が、ふと想起される。
俺が【みせかけ】の魔法をあらためて掛け直したことを確認し、紫藤アリサの【発火】で、気球は静かに浮かび上がっていく。
この場にいる全員が、緊張しているのがわかる。
(……破けたり、重さに耐えきれなくなったりはしてなさそう)
ぐんぐんと高度をあげていき、少女たちの姿が小さくなっていく。
手を振ったり、声を上げることはしない。
気球が塀を越える頃には、判別も難しいほど。
とても静かな、別れだった。
*
6人が塀を乗り越えた翌日。
ゴクチョーから、6人が監房に戻っていないと言う連絡が来たが、それを気にする人はいない。
4人で中庭に集まり、お茶会のようなものをしていた。
暖かな木漏れ日と温もりに安心したのか、夏目アンアンは隣に座った佐伯ミリアの肩にもたれうつらうつらと船を漕いでいる。
「もう、アンアンちゃんったら……」
佐伯ミリアが、優しく頭を撫で、夏目アンアンを膝上に寝かせる。
静かで、穏やかな時間。
「……みりあ……らいか……めるる……」
とても眠そうな彼女の手から、スケッチブックが滑り落ちる。
床に落ち、パラパラと開かれたページには、たった一言。
『だいすき』
3人で顔を見合わせ、笑い合う。
この平穏な時間は、長くは続かないかもしれない。
それでも、とてもいいものなのは間違いなかった。
BAD END
気球周りはマーゴさんと黒幕さんが何考えてたのか気になります。
あと、ハンナさんのセリフ難しい……なんかコレジャナイ感……。