【ネタバレあり】牢屋敷内にある裁判所の証言台は13台しかないらしい 作:みかづきのみ
〈エマ視点〉
エマたち一行は外へ出て、森の中にある湖の方までやって来ていた。
「こんなところに、何かありますかねぇ? ノアさんの殺害に関係ありそうなものが、あるとは思えませんが……」
歩いている背中に突っ込まれ、エマはうっと唸る。
(どっちかというと、外の空気を吸いたかった気持ちが大きいかも)
牢屋敷の地下には、ノアの遺体がある。それを考えると、エマは居た
「ごめん、ここらへんを調査してもあんまり意味はないかも。中に戻ろうか——」
「あれ、でもここまで来ている子がいるみたいですわよ」
「ホントだ」
ハンナの指差す方向、湖のほとりに座っている少女がいた。
(アリサちゃん……)
「そう言えば昨日の夜監房に戻る時、紫藤さんとすれ違ったんだよね」
「それならわたくしたちも会いましたわ」
「せっかくだし、アリサちゃんに話を聞いてみようか」
アリサの監房は階段に近く、奥まで行く理由はないはずだ。特別な用事があったのかもしれない。
「ああ、それなら私は席を外した方が良さそうです」
「え、なんで?」
「私、アリサさんと同室なんですが、めちゃくちゃ嫌われてまして」
「あぁ……なるほど」
「わかる気がしますわ」
シェリーの言に、ライカとハンナは納得したような表情を浮かべる。
「私がいたらきっとキレ散らかして逃げると思うので、私は隠れてますね」
(シェリーちゃんが隠れるのなんてできるのかなぁ?)
エマは首を捻りながらも、アリサの方へと近付いていく。
「あの、アリサちゃん。ここで何を?」
「んだよ、来てんじゃねぇよ」
アリサは明らかに歓迎のムードではなく、チッという舌打ちと共に睨んでくる。
エマは怯みながらも、なんとかアリサへと一歩近付いた。
「昨日の夜さ、通路でぶつかったよね? あの時、なんであんなところにいたのかなって」
「あなたの方からぶつかって来ておいて……ずいぶん慌てているように見えましたけれど?」
「あ? おめえら、ウチのこと疑ってやがんのか?」
「そ、そういうわけじゃ……!」
険悪な空気に危機感を抱いたのか、ライカが一歩前に出た。
「いやいや、落ち着いて。紫藤さんを犯人だと思ってるから聞いてるんじゃなくて、犯人を絞り込むために聞いてるんだよ。紫藤さんしかしらない情報を持ってるかもしれないし、ね?」
宥めるように穏やかな口調でそう言うが、アリサの怒りの火は衰えてはいないようだ。
「うるせえ! こういう時、やったのはウチだって、みんな口を揃えて言いやがる……。不快なんだよ! 消えろ!!」
怒鳴られて、エマもハンナも肩をびくりと震わせてしまう。ライカは困ったように目尻を下げていた。
「お話になりませんわね。ふん、行きましょう、エマさん、ライカさん」
「うん……」
エマとハンナが背を向けた時だった。
「……アートだよ」
呟きが届き、エマは振り返る。
「アートって……ノアちゃんが部屋に描いてた、スプレーアート……?」
アリサは忌々しそうに顔を歪めていたが、ぽつりぽつりと語りだす。
「あいつが【バルーン】だってことにはすぐ気付いて。それから、何回も足を運んで見に行ってた。昨日もそれで見に行ったんだけど、あの優等生と鉢合わせて気まずくなって帰ったんだよ」
「なるほど、蓮見さんか」
(そっか……アリサちゃんは、ノアちゃんの絵を見に来てたんだ)
「ありがとう話してくれて」
不貞腐れたように、アリサは小石を湖に投げた。
「そういえば、湖でこんなもん拾った。アイツが探してたやつじゃねーか? やるよ」
アリサが差し出してきたのは、リボンだった。
(これってもしかして、ナノカちゃんが探してた……? でも、血がついているように見える……)
「言っとくが、ウチが盗ったんじゃねえからな」
とりあえず、エマはアリサからリボンを受け取る。
「血……と、白い、塗料?」
遠慮がちに覗き込んで来たライカにリボンを見せると、口元に曲げた人差し指の第二関節を当て、ぶつぶつと呟いた。
エマも改めてよくよくみれば、確かにリボンには白い汚れがついている。
「紫藤さん。これ、さっき拾ったんだよね? ここに来るまでに誰か見かけたりした?」
「ああ? いや……誰も見てねーけど……。なぁもう用ねーだろ、消えろ。そこに隠れてるハエ女と一緒に」
「せっ、せめて【妖精さん】って言ってください〜!」
思い切りバレていたらしい。茂みに隠れていたシェリーが姿を現した。
「ちなみに私はアリサさんを疑ってないですよ」
「ふん、どうだか」
「ああでも、ひとつ確認させてください。アリサさんは、どんな魔法を使えるんで?」
「……別に隠すつもりもねえ」
アリサは指先に、まるで見えないライターを持っているかのようにぼっと炎を点してみせた。
「パイロキネシスですね! すごいすごいすご〜い!」
シェリーはアリサの魔法を見て大喜びだ。
アリサはもうエマたちと会話する気がないようで、反応を示さない。無言で湖面を見つめる横顔は、どこか寂しそうに見えた。
エマとシェリー、ハンナ、ライカは目配せしあい、その場を後にすることにした。
歩き出してすぐ。
「ウチはあいつの絵、好きだった」
ぽつりと呟きが聞こえてきた。
そのひとりごとは、誰にも届かない虚空へと消えていく。
〈ライカ視点〉
監房や娯楽室の捜査も終え、そのほかにも何かあるかもしれないと感じた場所は調べまわった。
その長い調査の末、すっかり陽がくれてしまっている。
——ゴーン、ゴーン。
今まで聞いたことのない、荘厳な鐘の音がこの牢屋敷に響きわたる。
(……時間か)
弾かれるように、同行していた三人が顔を上げる。
「鐘の音……」
「これってもしかして……」
『魔女裁判の時間となりました。皆さん、必ず自身のスマホを持って、速やかに裁判所に集合してください。従わない者は看守によって強制連行します』
ゴクチョーからのメッセージを見て、深呼吸する。
これから始まるのだ。命をかけた、話し合いが。
(夏目さんは動機はあるけど、最初の反応が犯人には見えなかった。紫藤さんも犯人じゃないだろう)
桜羽エマ、紫藤アリサ、遠野ハンナ、夏目アンアンの四人は、城ケ崎ノアを殺害した犯人ではないと思う。
わからないのが黒部ナノカ、佐伯ミリア、氷上メルル、橘シェリー。心象が悪いのが沢渡ココ。怪しいのは蓮見レイア、宝生マーゴの二人。この辺りは、議論で絞っていくしかないだろう。
敢えて差をつけるのなら、氷上メルルと橘シェリーは事件発生前から魔法を開示している分やや白い。
「行くしかないですね」
橘シェリーがお手上げと肩をすくめ、二人も渋々と頷く。
先を歩く三人に、少し遅れて着いて行った。
牢屋敷には、さまざまな不思議なものがある。それは図書室に咲く桜の木であったり、常に空にかかる虹であったり。そんな不思議なものの中で、鍵のかかって開かなかった大部屋——。
その扉が、開かれていた。
ホールのように広い室内中央には台座があり、それを取り囲む形で証言台が並んでいる。その後ろには、燃え盛る炎の描かれたステンドグラスがぐるりと配置されていた。
(魔女狩りの処刑……火炙り)
フランスの聖女、ジャンヌ・ダルクの命を奪った処刑方法。魔女裁判の処刑、そのイメージとして、これ以上ないだろう。
証言台には各囚人の番号が割り振られており、席が決まっていた。
出入り口の大扉の前には、見張りだろう看守が立っている。
そして、高い位置の手すりで羽を休めているゴクチョーが喋り始めた。
魔女裁判のルール。議論時間は1時間。投票で選ばれた人物が中央の台座に連行され、処刑されるというシンプルなルール。
「1時間もいらねーよ。さっさと投票して終わらせろ!」
「あら、それならあなたが犯人だって名乗り出てくれるかしら? そうしたらお話は簡単に終わるけれど」
「ウチは殺ってねぇ。疑うのは勝手だけどな。覚えのない殺人犯になるつもりはねえよ!」
「いやぁ、アンタ何人か殺してそうだけどね〜? ほんとは殺したんじゃないの〜? あてぃし、アリサに投票しちゃおっかな〜」
「てめえ……っ」
生産性のない言い合いに、思わず呆れてしまう。
沢渡ココは、自分が吊り上げられることを恐れていないのだろうか。
(……いや。あれは恐怖と不安の裏返しか)
みんながみんな、余裕があるわけではない。この状況で、まともに議論できる方がおかしいのだ。
お互いがお互いを探り合うように、睨み合う同年代の少女たち。
不安と恐怖、嫌悪と猜疑心に塗れた裁判所。
「それでは、魔女裁判開廷です!」
その、最初の裁判が始まった。
〈エマ視点〉
「さて、まずは何から話すべきかな」
「それはもちろん、犯人を示す明確な証拠からですよ!」
裁判の口火を切ったのは、レイアとシェリーだった。
「んなもんあったら苦労してねぇよ」
「ふっふっふー。それがあるって言ったらどうします?」
自慢げなシェリーの言葉に、会話に入っていないものも注目する。
「……死体に犯人の名前でも書いてあるってのか?」
「ていうかそんなのあったらみんな見つけてるし!」
「まあまあ。とにかくシェリーちゃんの話を聞いてみようよ。どうせ何から話していいのかわからないんだし……」
実際、エマも何を話せばいいのかわかっていない。議論のきっかけとしては悪くないだろう。
「ああ、それじゃあ聞かせてくれシェリーくん。キミの見つけた証拠について」
「ええ! お任せください!」
(これから議論が本格的に始まるんだ……みんなの話をちゃんと聞かないと……。何か気になることがあったら、勇気を出して指摘してみよう……!)
「私が見つけた証拠……それはズバリ、ダイイングメッセージです!」
「……そんなの死体の周りにあったかぁ?」
アリサはあまり納得がいかないらしく、首を傾げている。しかし、エマには心当たりがあった。
(それって、ノアちゃんの倒れてたところにあった、蝶の絵のことだよね? でも、確かあれは……)
エマが考えている間にも、シェリーの話は進んでいく。
「この蝶によって差し示される犯人! それは、マーゴさん、あなたです!」
「あらあら……私? 面白い推理ね♪ ……詳しく聞かせてくれるかしら?」
マーゴは微笑みを崩さず、余裕たっぷりに話を促す。
「あの蝶は、ノアさんが死に際に描いたもの……つまり、犯人を示しています! そして、マーゴさんの衣装には……蝶があしらわれています。」
「確かに用意された私の衣装には、蝶をモチーフにした飾りがついているわね」
「そう……つまりあの絵はノアさんが死に際、犯人であるマーゴさんを告発したメッセージだったんですよ! 犯人は宝生マーゴさん! あなたで決まりです!」
「あら、そうだったのね。知らなかったわ♪」
犯人であると疑いをかけられても、マーゴは反論すらしていない。
そこで、アリサが口を開いた。
「城ケ崎が残したって言うが、流石に死に際にあの絵を描くのは難しいんじゃねぇか? 城ケ崎以外が書いた可能性もあるだろ」
「ふむ……アリサくんの言う通り、犯人がマーゴくんに濡れ衣を着せるために残した可能性はむしろ高いだろうね」
普通であれば、確かに難しいだろう。しかし、被害者であるノアも、この牢屋敷も普通ではない。
「ちょっと待って! ……みんな、ノアちゃんの魔法って知ってる? ボクは本人から聞いたけど……彼女の魔法は【液体を操作する魔法】……そうやって絵を描くんだ。だからあの絵は、ノアちゃんが魔法で描いた絵だと思うんだ」
「桜羽さんの言う通り、城ケ崎さんの魔法は【液体操作】。城ケ崎さんに限って言えば、死に際にダイイングメッセージとして絵を描くことは可能だったと思う」
ライカの援護もあり、少女たちは蝶の絵をノア本人の絵だったのだろうと結論付ける。エマはマーゴに再度疑いがかけられる前に、口を開いた。
「でも、ボクはノアちゃんの絵をダイイングメッセージだったとは思わない。みんな、これを見て欲しいんだけど……」
そう言って、エマはアンアンのスケッチブックに描かれていた蝶の写真を見せる。
「それって……ノアちゃんの絵?」
「死体現場に描かれていたのとそっくりですわ!」
「実はこれは、アンアンちゃんのスケッチブックに描かれていたものなんだ」
「えーっ!? そうなんですかアンアンさん!」
「…………そう」
アンアンはぽつりと肯定して、スケッチブックにさらさらと文字を書く。
『ノアが勝手に描いてった』
「事件現場に残された蝶の絵は確かにノアちゃんが死に際、魔法で描いたんだと思うけど……。でもこのスケッチブックの蝶の絵は、前から書かれていたものなんだよ」
「なるほど、この蝶の絵は宝生さんを示したものじゃないってことか」
『蝶はマーゴを示す絵ではない。わがはいが否定する。わがはいはこの蝶の絵について、ノアから事前に聞いている』
「……この絵はノアの死に関係はない」
「そういうことなら、これがダイイングメッセージとは少し考えにくいですね……!」
「なるほど〜。……確かにそう考えると違うかもしれませんね。それじゃあさっきの発言は撤回しちゃいます!」
シェリーも納得の姿勢を見せたことで、議論が一度落ち着く。
「……一応絵が夏目さんを示してて、意味について嘘をついてる可能性はなくはないか? でも、それなら宝生さんへの容疑を否定する理由はない」
エマの左隣から、ギリギリ聞こえるかどうかと言うくらいの小さい声が聞こえてくる。
そちらを見れば、考え込むように俯きながらぶつぶつと呟いているライカの姿があった。
(考え事が漏れてる……って感じなのかな。ちょっと怖い……)
「……簡単に自分の間違いを認めていいのかい?」
エマが恐れを抱いていると、レイアの声が裁判所に響く。
「見ようによっては、マーゴくんを犯人に仕立て上げようとした真犯人のようにも見えるよ? 自分が捕まらない為に……ね」
「いいんですよぅ。間違ってたのは納得しましたし!」
「いや、今のは意味のある話し合いだったし、橘さんの推理も理解のできるものだったよ。蓮見さんの言ってることもわかるけど、これで罪をなすりつけようとした犯人呼ばわりは流石にね」
シェリーを擁護したのはライカだ。苦笑いを浮かべながら、落ち着いた様子でレイアに反論する。
「みんながみんな全部の情報を持ってるわけじゃないんだから、ある程度のミスリードがあるのは仕方ないよ。むしろアレで撤回しない方が言いがかりレベルになって怪しいと思うな。お互い、間違いは認めて修正していこう」
(……そうだ。ボクは知ってるけど、みんながまだ知らない情報もあるんだ。知らないなら正しい推理なんてできない……!)
「……でもさあ、じゃあなんでこんな絵、描いたん? いくら天才画家だろうと、きっかけくらいあんじゃね?」
(だから正しい情報を共有して、みんなの間違いを訂正していくんだ!)
「ノアちゃんの死は、【自殺だったかもしれない】……そう言うことよ」
エマが思考を重ねていると、話は次の議題に進んでいた。
マーゴの言葉に、自殺の可能性を検討する。
「だったら良かったけどね。いや、別に良くはないか」
「あら? ライカちゃんは自殺を否定する根拠を持っているのかしら」
目を細め、妖艶な笑みをライカに向けるマーゴ。ライカは視線をそらしながら、嫌そうにため息を吐いた。
「……宝生さんだって分かってるくせに。自殺が考えにくい根拠は二つある。そうだよね、桜羽さん」
「えっ!? ボク!?」
突然話を振られ、エマはぎょっとする。
しかし、落ち着いて見れば心当たりがあった。
「ライカくんが言ってるのは、多分これのことだよね」
エマは、城ケ崎ノアの死体写真を見せる。
「その写真は……床の傷……? それがどうかしたのかしら?」
「この傷があったのは、矢が落ちていた反対側。塗料が剥げているから、あの部屋が白いカラースプレーで塗り潰された後についたもののはずだよね。城ケ崎さんが自殺だった場合、この傷をつけたものがその場にないのがおかしいよ」
「……自殺する前、ノアちゃん本人が別の場所に置いた可能性はあるんじゃないかしら」
「ちょっと待って! それなら部屋に足跡がないのはおかしいんじゃないかな?」
「凶器の矢が傷をつけたって言うなら、矢に塗料がついてないのがおかしい。どちらにせよ、不自然だよね」
エマに合わせて、ライカが先回りで反論を封じる。
「……けどさ〜。たしかにちょっと不自然かもだけど……そんな細かい事、なんか事件に関係あんの?」
「ふふ、関係あるわよ。……事件にとても大きな関係がね? だって、傷をつけたものがないと言うことは……【床に傷付けた物】を誰かが持ち去ったと言うことでしょう?」
「なるほど! 第三者がいたのなら、その人物が犯人である可能性は高いですね!」
「そう言うこと♪ シェリーちゃんは賢いわね。これは、明確に【殺人者】が存在していた証拠になるわ」
「確かに少なくとも、自殺であれば死体を見た後に立ち去っている人物はいるはずですもんね!」
シェリーは納得したと言ったふうに、うんうんと頷いている。
「ええ。……あなたたちもそう言いたかったのよね? エマちゃん、ライカちゃん」
「え!? えと、たぶん、そう……」
「……じゃあやっぱ、あてぃしらの中の誰かが殺したってこと!?」
「そう、つまり……。この中に、ノアちゃんを殺した【殺人鬼】が紛れ込んでいるということよ」
「そ、そんな……! 嘘ですわっ!?」
突きつけられた現実に、少女たちはパニックに陥る。
(マーゴちゃん……! それは確かにそうかもしれないけど……! そんな言い方……!)
「危うくそんな大事な情報を見落とすところだったわ♡ ありがとう、エマちゃん、ライカちゃん。おかげで議論が進んだわ」
「う、うん……」
「……ふふ。そう……。【誰かを処刑しなくてはいけない議論】が。……ね?」
「う……!?」
(マーゴちゃんの言う通り、ボクたちが指摘したのは【この中に犯人がいる】ということなのかも……)
裁判所が、緊張感に包まれる。
「はぁ。まぁ、いいや。……みんな理解してくれたみたいだし、そろそろ事件の情報を整理しない?」
緊迫した空気の中で声を発したのは、ライカだった。マーゴに胡乱げな視線を一度投げ、全員をぐるりと見回す。
「そうですね! まずは何から行きます?」
それに呼応したのは、シェリーだった。
「凶器と死因に軽く触れて、それから城ケ崎さんがいつ頃亡くなったのかについて話したいかな」
「……他はともかく、凶器について話し合う必要あるのか? さっきお前と桜羽、宝生が話してただろ……。あの矢が城ケ崎を殺した凶器だってな」
「うん、ノアちゃんの胸の傷とも一致するし、この矢を刺されて死んだんだと思う」
エマはアリサの言葉に補足しながら賛同する。
「そう。そしてこの矢は【ボウガンの矢】だ。城ケ崎さんを殺害した凶器がボウガンなら、房の中に入る必要もない。現場に足跡がなかったことの説明もつく」
「……ナノカちゃん。昨日ラウンジにあったボウガンがなくなったって言ってたよね?」
「……ええ、そうよ」
(良かった、答えてくれた……!)
「昨日の夜、ナノカちゃんがラウンジのボウガンがなくなってたことに気付いて教えてくれたんだよ。きっと、そのボウガンの矢がこれなんだと思う」
「ええ、間違いありません! 矢羽も少ないですし、これは洋弓銃の矢ですよ!」
「よーきゅーじゅー……? って何? ボウガンのこと……?」
突然の耳慣れない用語に、ココは疑問を口にする。
「はい! 正式にはクロスボウというらしいんですが……それはともかく。きっとラウンジにあったボウガンの矢ですね!」
「橘さんはなんでそんなこと知ってるの……」
呆れ半分と言った様子で、ライカがツッコミを入れる。
「ボウガンを使えた人物がノアくんを殺した犯人……ということだね?」
話を戻したレイアに、ライカの視線がほんの僅かに鋭くなる。その瞳は、敵意が滲んでいるように見えた。
(ライカくんは、レイアちゃんを疑っているってこと……? でも、レイアちゃんはあんなにみんなを守るって頑張ってくれてたのに……)
「ボウガンを盗んだ人は誰なんですの!? さっさと出てきやがりなさいませ〜!」
「いやそんなん名乗り出てくるわけないじゃん……。十中八九そいつが犯人なんだし……」
「あ、それ私です」
シェリーの言葉に、驚いたように少女たちの視線が集う。
「…………は?」
「ですからぁ……ラウンジからボウガンを持ち出したのは私ですよ?」
「な、なんでシェリーちゃん、そんなことを……!?」
「えー? だって危ないじゃないですか」
なんでもないことのように言ってのけるシェリーに、エマは頭を抱える。
「いや、それは先に言っておこうよ。『分解しちゃったので使えませんよ〜』とかさ。せめて桜羽さんと遠野さんくらいには……」
シェリーの声真似を交えつつ、ライカが苦言を呈す。
似ていると言えば似ているが、そっくりとは言えない突然の声真似に、僅かに場の空気が緩んだ。
(……って)
「……分解、ですの?」
「うん、たぶん氷上さんは見てるよね。昨日の夕方、廊下のバケツに入ってた分解されたパーツ」
(……あ!)
「はっ、は、はいぃ……!」
「それなら、ボクも一緒に見たよ!」
「それがボウガンだったものだ。そして、氷上さんが何故か一部のパーツを持ち帰ってきてたから、組み立て直すのも難しいと思う」
「じゃあ殺した後分解したんじゃね?」
(……それは、違う)
「ううん。ボクとメルルちゃんは分解されたボウガンを見つけた後、生きてるノアちゃんを見てるんだ。つまりノアちゃんが生きている時、このボウガンはもう分解されていた……。このボウガンを使うことは、物理的に不可能なんだ!」
「これは俺も証言できるよ。見たのは桜羽さんたちの少し前だろうけど」
流石に三人の証言があったからか、他の少女たちもある程度納得したように見える。
「……でもそうなると、話は振り出しに戻っちゃったわね? ボウガンが使われていないとなると……」
「えっと、犯人はやっぱり【矢を手で投げた】……ってことになるんだよね?」
「けれど、いくら短い距離とはいえ、致命傷になるほどやを深く刺すなんて手投げで可能なのかしら……」
「手投げは流石に厳しいと思うけど……。そもそも刺さるかどうかも怪しいんじゃないかな?」
ライカの言葉に、少女たちは頭を悩ませる。
「うーん……投げる以外の方法ってあるのかな?」
「部屋は一面に白い塗料が塗られており、足跡もなかった……。やっぱりノアちゃんに近付くのは難しそうね?」
「いや、それはどうだろう。全員ができないとは限らないんじゃないかな」
レイアの言葉に、ハンナはびくりと肩を振るわせる。
「あぁ、遠野さんだよね。魔法ってアプローチはいいと思うよ」
話の腰を折るようなライカの発言に、レイアは僅かに眉を寄せた。しかし、それもすぐに取り繕う。
「その通り。彼女の魔法なら、矢を投げて当てるなんて達人技をこなさなくても、白一面の部屋に足跡を残さずなんなく侵入できるはずだ」
「わ、わたくしはやってませんわー!?」
「矢が遠くから撃たれたものでないというのなら、手に持って直接突き刺す必要があるだろう? だがあの部屋は全てを白い塗料で覆われていた。そしてそこには足跡が残っていなかった……。ならばノアくんに近付くことはできない。……そう! 空でも飛ばない限りは……ね」
芝居がかった、堂々とした発言。この場にいる誰もが納得してしまうような雰囲気を纏っている。
(このままだとハンナちゃんが犯人として指名されちゃうかも……。でも本当にこれでいいのかな? ハンナちゃんは人殺しなんてしてないって信じたい……)
「一切の痕跡を残さず部屋に侵入して被害者を刺す……ハンナくん以外は飛べないのだから、そんなことは他の誰にも不可能なのだよ」
「……いや、レイアちゃん。一つ見落としてる証拠があるよ。この、床に残されている痕跡だ」
「それは、さっきマーゴくんが言っていた床の傷だね……。それがどうかしたのかい?」
「レイアちゃんはさっき、【犯人は一切証拠を残していない】って言っていたよね。けど見ての通り……実際には、現場に痕跡が残っているんだ」
「そんな些細なもの——」
「——さ……些細だとしても、【一切痕跡がなかった】は嘘ですわ!」
「それに、その証拠は私たちが【ノアちゃんは他殺である】と考える根拠になった証拠じゃないかしら。とても些細とは言いきれない気がするけどね?」
「……たしかに、その傷のことは私も見落としていたようだね。申し訳ないよ。でも、だとしても何が変わるんだい? ハンナくん以外に大きな痕跡を残さずに侵入できた人物がいたとでも?」
「そ、それは……」
エマは反論に窮してしまう。
「……そ、それなら……別の角度から考えてみたらどうでしょう? たとえば……ハンナさんが【侵入できるタイミングがあったか】はまだ検討されてないと思うんです……」
「……というと?」
「アリバイ、だね。と言っても、城ケ崎さんが亡くなったタイミングを絞るところからだけど」
「ミステリーの基本中の基本! テンション上がりますね〜!」
「……この中で、城ケ崎ノアを最後に視認した人は?」
舞い上がっているシェリーを横目に、ナノカが問いかける。
「……ああ、目撃証言は重要ですね! 昨日の晩、最後にノアさんが生きていたのをみた人は誰なんでしょう?」
その言葉に、誰も声を発さない。
「…………。……あれ? もしかして、誰もいないんですか?」
「……えっと……じゃあボクらがみたのが最後になるのかな?」
「そう……かもしれませんね……!」
「ボクたち、昨日の夕飯前にノアちゃんと話したんだ。その後夕食のために食堂に行ったら、ちょうどライカくんと会って、中には他のみんながいて……」
「はい。……ですので、その後でないとノアさんを殺すことは誰にもできないはずです」
そこで、沢渡ココが得意げに口をひらく。
「あてぃしわかっちゃった〜! 犯人が! ……いや、正確には二択なんだけど。あてぃしたち、配信の後にノアの部屋の前を通って自分たちの部屋に帰ってるっしょ〜?」
「……ああ、そうだね。たしかにその時、ノアちゃんの部屋の前を通ってるかも……」
「……なるほどね。私達は3人一緒に、配信が終わった後、彼女の部屋の前を通っている……。しかし、死体を見つけてはいないんだよ」
「さすがにあんな状態の部屋の前を通ったら、気付かないはずないっしょ! あてぃしが見逃すはずないもん! だから必然的にぃ、犯人は——!」
思わせぶりに、一瞬のためを作る。
「——桜羽エマ! 夏目アンアン! あんたらのどっちかだろ!」
「ボ、ボク……!?」
『どういうことだ』
そこから語られる、ココの推理。
それに異を唱えたのは、ライカだった。
「推理自体は悪くないと思うけど……。少なくとも3人は、城ケ崎さんを見てないんだよね? それに、城ケ崎さんがいなくても一面真っ白な部屋なんて見たら記憶に残ると思うけど。それで覚えてないなら、部屋の中を見てないって考えるのが自然だ。仮に亡くなってたとして、血の匂いもスプレーの刺激臭に消されてたし、見なければ気付かないってことは十分に考えられる状況だったと思うよ」
ライカの反論自体も、全員を納得させられるほどの根拠はない。それでも、見逃したという可能性は残る程度には説得力のある論だった。
「だから、3人が見つけられなかったからその時に生きていたってのは根拠として薄いんじゃないかな」
「あと、部屋に足跡がないんだから足音を聞いたっていうのは勘違いだと思う」
ライカに合わせて、エマも発言の信憑性を落としにかかる。
エマは犯人ではないのだから、処刑されるわけにはいかない。
『そもそも、今の推理には穴があるだろう。今朝のわがはいは、扉のロックが開いてすぐに自分の部屋へと向かった。そしてそこに、ちょうどエマが現れて同時に死体を発見した』
「あっ……そう言えばそうだったね。ということは……。ボクから、アンアンちゃんが隣の部屋に潜んでなかったって証言できるかも……」
「……それを言うなら私も証言できるわ」
「朝は静かだものね。今日は朝から私たち2人とも起きていたし、音でわかると思うわ。……まあ、死んでたのには気付かなかったんだけどね?」
ナノカとマーゴも、エマたちのアリバイを証言してくれる。
『2人の証言と、わがはいとエマ双方の目撃証言を組み合わせればわがはいたちが部屋から出ていないことを証明できるのでは?』
「つまり、深夜に城ケ崎さんの部屋に入れた人はいない……夕食後から、就寝時間までの間に殺害されたってことだね」
昨夜の時点でノアは死んでいた。その事実が明らかになった。
「みなさんの夕食の終了時間はだいたい20時、就寝時間は22時ですね! なので、この2時間の間に犯行が行われたことになります」
「……あっ。でもそれなら、配信してた3人は21時から22時までのほとんどの時間【アリバイがある】って言えるかな……?」
「わたくしとメルルさんも、部屋で配信を見ていましたわー!」
「アリサさんがその時間部屋にいたのは私が証言できますね〜! 私も部屋で配信を見ていたので!」
「あら、それを言うなら私も配信を見ながらだけど、部屋にナノカちゃんがいるのを見ているわ」
「……そうね」
『配信の間、医務室にエマがいたことはわがはいが証明できる』
「……うん。ボクらあのとき、医務室で一緒に配信を見てたんだ」
そして、最後の1人……ライカへと視線が集まる。
「んー、その時間【俺にアリバイはない】よ。監房で配信見てたけど……氷上さんは遠野さんの監房に行ってたからね」
苦笑いを浮かべながら、ライカは話を続ける。
「一応、俺も配信を見ていたし、内容も言えるけど……正直、絶対のアリバイにはならないね。遠野さんも氷上さんも、監房の前を通ってないことは保証できないだろうし」
「そうね、配信はアーカイブも確認できるし、どうとでも言い訳できてしまうわ?」
(ハンナちゃんとメルルちゃんは配信を見ていたから、監房の外には意識が向いていないはずだし……)
「わかりました! 犯人はライカさん、あなたですね!」
シェリーは笑顔で指をさした。
「ふむ、シェリーくん、推理を聞かせてもらってもいいかな?」
「はい!」
「あー、ちょっと先にいい?」
レイアに言われ、シェリーが口を開くのを、ライカが制止した。
(ライカくん、何を言うつもりなんだろう……本当に、ライカくんがノアちゃんを殺した犯人なの……?)
ライカは穏やかな笑みを浮かべ、11人の少女たちをぐるっと見回す。
「今、俺を犯人だと思ってる人ってどのくらいいる?」
エマは……
・視線を逸らす
・ライカを信じる
エマは……
-
視線を逸らす
-
ライカを信じる