【ネタバレあり】牢屋敷内にある裁判所の証言台は13台しかないらしい 作:みかづきのみ
夕食後。
桜羽エマたちは、ある程度無事に団結出来たらしい。先ほど遠野ハンナ、橘シェリー、宝生マーゴの3人と共に、揃って監房に戻って行くのを見た。氷上メルルは、医務室だろうか。
あまり盗み聞きするのも悪いし、疑われたくはない。監房に戻るのは避け、時間を潰すことにする。
娯楽室に入ると、白黒映画を見ている佐伯ミリアがいた。
「……あぁ、ライカくん!」
邪魔するのも悪いかと思い声をかけなかったが、向こうからこちらに声をかけてきた。
「……佐伯さん、どうしたの?」
「えぇっと、あのさ! 今朝は、おじさんを助けてくれて本当にありがとう! 朝は言いそびれちゃってて……。お昼はライカくんに会えなくて……」
なんの要件かと思えば、感謝の言葉を伝え忘れたことを気にしていたらしい。確かにそう言えば、黒部ナノカには言われたが佐伯ミリアには言われていなかった。
昼は昼食も食べにいかないことも多く、外出禁止時間まで人と会わない日はそこそこある。
(……そんなことか)
「気にしないで。……和解できて良かったよ」
にこりと笑ってそう言うと、佐伯ミリアは感極まったようにぶんぶんと頷く。
少しの間会話が途切れ、目を伏せた彼女は、ぽつりと囁くように呟いた。
「……ライカくんは、優しいね」
「……そうかな? 佐伯さんの方が、優しいと思うけどね」
(……俺は、自分が嫌なことをやってないし)
例えば、【みせかけ】の魔法を使えば、食事の見た目だけは改善できるだろう。においや味はどうにもならないが、多少はストレス緩和になるかもしれない。
他にも、シャワールームの落ちない汚れを隠し、新品同様に見せる使い方もある。実際に綺麗になっているわけではないが、それでも気分は違うだろう。
看守の見た目を変える、と言うのもある。見かけるたびに恐怖と不安を植え付けるあの姿を見なくなるだけでも、効果はありそうだ。
ここでの生活を良くするために、俺の魔法は使い道がいろいろある。それを、俺が使いたくないと言う理由で使っていないのだ。
「お、おじさんは……」
「蓮見さんもそうだったけど、佐伯さんも城ケ崎さんを気にかけてあげてたよね。本人に聞いたよ」
四日目の夕食前、城ケ崎さんが殺害される少し前。
嬉しそうに語ってくれたのを、覚えている。
否定する前に言葉を重ねると、照れたような、自嘲するような表情で、佐伯ミリアは黙ってしまった。
「……そろそろ、俺は監房に戻るよ。それじゃあ、また明日」
「……う、うん。また明日」
気まずい空気になってしまったため、外出禁止時間が近づいて来ていることをいいことに、部屋に戻ることにした。
牢屋敷生活、七日目。
とうとう、ここに囚われて一週間が経ってしまった。
朝食後、なんとなく中庭に出て、空を眺める。
朝にしてはぽかぽかと暖かい気温で、夜更かししてしまったこともあり眠気を誘われる。
(……なんか、眠くなってきたな)
瞼が落ちて来ているのを感じる。
(……アラームは、つけないと……)
ぼんやりとしながら、緩慢な動きでスマホの電源をつける。
(あ……軍手、取らなきゃ……)
段々と、アラームを設定するのも億劫になってきた。
(……やっぱ、いいや)
そのまま睡魔に負け、意識は微睡に溶けていった。
〈エマ視点〉
朝の自由時間も残り40分を切り、部屋に戻る前にエマが外の空気を吸いに中庭へ出ると、ベンチに座ってすやすやと眠っているライカの姿があった。
(あれって……ライカくん?)
近くまで行くと、静かな寝息が聞こえてくる。うなされていると言ったことはなく、比較的穏やかな睡眠。
(……寝てるだけか、よかった)
裁判ではエマと共に真犯人を追い詰め、その後の黒幕容疑をかけられたミリアを庇い、疑いを晴らしてみせた。
そんな少年も、こうしてみればただの同い年くらいの子供だ。
(……こうしてみると、ライカくんって小さいな)
エマよりも5cm程度は低い身長に、幼い顔立ち。エマより年下でもおかしくない。
(……そろそろ自由時間が終わっちゃうし、起こした方がいいよね?)
自由時間を過ぎて看守に見つかれば、懲罰房に入れられてしまう。
気持ちよさそうに眠っているところを起こすのは、少し気が引けるが、仕方ない。
「……ライカくん、ライカくん、起きて」
小さな声で呼びかけながら、軽くライカの肩を揺する。
すると、左目をわずかに開けた。
「……んぅ? ……とーり?」
ぼんやりした様子のライカは、エマを誰かと勘違いしたのか、知らない名前を呼んだ。
(誰だろう)
「ライカくん、起きた? ……ってな、なに!?」
(……え、ええぇぇっ!!)
そして、エマの頭を優しく撫でてくる。
突然のことにエマが驚いていると、ゆったりとした動作で目を擦りだす。
(……もしかして、寝ぼけてる?)
「あ、あの……ライカくん?」
「ん…………。……あ」
眠そうな半目が声に再び反応してこちらをみると、一瞬時がとまったように動きがなくなり、目が見開かれると共にビクッとライカの体が震えた。
バッと頭から手が離れ、ライカは即座に地面に手をつき、土下座の姿勢になる。
「ほんっっっとうにすみませんでしたぁ……っっ!!」
寝起きとは思えないほど大きい声で、謝罪の言葉を口にしながら、頭を地面に擦り付ける。
その勢いに、エマは困惑するばかりだ。
「え、えっと、ライカくん……?」
「勝手に女性の髪を触ってしまい、本当に申し訳ございません! どうか、どうかお許しくださいっ!」
(そ、そんなに……?)
「お、怒ってないよ! ライカくん、寝ぼけてたんだよね……?」
「はい……」
小さく下を向きながら答えるライカは、明らかに肩を落とし、しょぼくれている。
(そんなに騒ぐことかな……)
「だから、仕方ないよ。気にしないで! ……ほら、ボクもそんなにいやじゃなかったし」
「ありがとうございます……。首からプラカードをさげたい気分です……」
(……思ってたより、面白い子だな)
「あ! じゃあ一個聞いていい?」
「はい……」
なかなか立ち直らないライカに、エマは先ほどの疑問を口にする。
「とーりちゃん? って、誰?」
「あぁ……えっと、俺の妹です。夢咲トウリ」
(ライカくん、兄妹いたんだ……)
思い返してみれば、初日の吐いているココの背中を摩ってあげているところだったり、部屋から出ないノアに差し入れをしてあげているところだったり、ノアの死体を発見した時にエマに肩を貸してくれたところだったりと、片鱗はあった。
「……仲良かったの?」
「家族の中では……多分一番良かったです……」
「そうなんだ。じゃあ、これでおあいこ! そろそろ自由時間も終わっちゃうし、早く戻ろう?」
そう言いながら、エマは立ち上がらせるために手を差し出す。
ライカは遠慮がちに手を取り、ゆっくりと起き上がった。
〈ライカ視点〉
夜。食堂に行くと、他の少女たちは全員揃っていた。
当然、その中に桜羽エマの姿もある。
(気まずい……)
今朝のやらかしが、かなり重くのしかかっている。
ここに連れてこられてから一週間も経って、気が緩んでいたのかもしれない。
(本当に、気をつけないと……)
幸い桜羽エマが許してくれた上に、言いふらすような人ではなかったからこの程度で済んでいるが、沢渡ココや宝生マーゴだったらと思うと気が気でない。
「あっ! あてぃしいいこと思いついた! ってか、なんで気がつかなかったんだろ〜!」
夜ご飯を装いながら考え込んでいると、沢渡ココの上機嫌な声が聞こえてきた。
(……なんか、嫌な予感がする)
その予感は当たってしまったようで、沢渡ココはニヤニヤしながらこちらに近づいて来ていた。
「ねぇねぇ、ライカっち〜」
「……どうしたの、沢渡さん」
「ライカっちの魔法でさぁ〜? あてぃしのご飯、美味しそうな見た目にしてよ〜」
「ちょ、ちょっとココちゃん!?」
猫撫で声のような声色で、魔法の使用をねだってきた。
沢渡ココの要求に、桜羽エマが焦ったような声を上げる。
(……そういえば、沢渡さんにはこの魔法使いたくないって言ったことないか)
俺が自分の魔法を嫌いだと知っているのは、桜羽エマ、遠野ハンナ、橘シェリーの3人だけ。
おそらく、悪気はないのだろう。
(……沢渡さんには、恩もある)
「……俺、自分の魔法は嫌いだから使いたくないんだよね。……でも、まぁ、一回だけならいいよ」
「そうなん? ……よくわかんないけど、ラッキー♪」
「……変わるのは見た目だけだから、あんまり期待しない方がいいけどね。……どんな見た目にして欲しいの? 俺が知らない料理は無理だけど」
【みせかけ】の魔法は、頭の中でイメージしたものを直接出力する。だから、俺が知らないものは出せないし、イメージがおかしいとおかしな幻が見えてしまう。
「ん〜、ビーフシチューとか? あんまり元と違い過ぎると食べにくそーだし」
「わかった」
軍手を外し、沢渡ココの料理が装われた食器に手をかざすように触れ、魔法を発動する。
「おお〜! さんきゅーライカっち!」
「……食器から出したら意味ないから、そこは工夫してね」
流石に、人が食べるものに触るわけにはいかない。
だから、食器の方に【みせかけ】の魔法を使った。
(……大丈夫かな)
「スプーンが消えてくの、ちょっとおもろくね? いただきまあーんむんむ……」
ご機嫌だった沢渡ココが、目を瞑って食事を口に運び、そのまま項垂れた。
「コ、ココちゃん……?」
桜羽エマが、心配そうに声をかける。
「……まっずぅ」
苦虫を噛み潰したような表情で、そう呟いた。
「……見た目が美味しそうな分、めっちゃ騙された気がする……。ライカっちめ、あてぃしを騙したな!」
「ええ!?」
顔を上げた沢渡ココが、ビシッとこちらを指で指し示す。
「しかもこれ、すくいにくいし、あとどのくらい残ってっか見えねーし!」
「んな理不尽な……」
「お願いしたの、ココちゃんのほう……」
確かに言う通り、【みせかけ】の魔法で作られた幻であるビーフシチューの量は全く変わっていない。当然といえば当然だが。
「じゃあ、魔法解除しようか?」
「……んや、このまま食べる……」
(……何だったんだ)
ため息をついて、そのまま自分の食事に戻った。
「……いつも通り、まずい」
牢屋敷生活、八日目。
夕食前。医務室に、お見舞いに足を運んでいた。毎日ではないが、掃除に飽きた時なんかには顔を出していたため、医務室常連の夏目アンアンとはある程度交流がある。
中には氷上メルルと夏目アンアンがいたが、夏目アンアンはちょうど眠っているところだったらしい。
「氷上さん、看病お疲れ様。夏目さんの体調はどう?」
「ラ、ライカさん……。アンアンさんは、少し良くなって来ています……!」
そう告げる氷上メルルは、夏目アンアンの体調が良くなっていることが本当に嬉しそうだ。
「ライカさんも、お疲れではないですか……? 今日も、お昼はずっと屋敷のお掃除をされてましたよね……?」
心配そうに目を潤ませる氷上メルルに、ゆるく頭を振る。
「ここに来る前よりはずっと睡眠時間も長いし、多分大丈夫だよ。……まぁ、もうちょっと寝具がいいものなら良かったけどね」
そこで、夏目アンアンがもぞもぞと動き出した。目を覚ましたらしい。
「おはよう夏目さん。……起こしちゃったかな?」
スケッチブックを探すそぶりを見せた彼女に、ペンと共にそっと差し出す。
『そんなことはない』
「それなら良かった。気分はどう? 何か持ってこようか?」
『飲み物』
「でしたら、私がハーブティーを淹れますね。ライカさんもぜひ一緒に」
「じゃあ、お言葉に甘えて」
氷上メルルを待っている間、軽い世間話をする。
「そう言えば、昨日佐伯さんと仲良くなったんだって?」
『そうだ』
「佐伯さん、いい人だよね。氷上さんも」
俺の言葉にこくりと頷いて、さらさらと文字を書く。
『2人とも優しい』
「佐伯さんとは、どんなことをしたの?」
『映画を見たり、小説について話した』
自慢げな表情でスケッチブックを見せてくる夏目アンアン。
「お〜! いいね。俺も小説は結構好きなんだ」
『そうなのか?』
「どっちかっていうと、純文学よりはラノベとかそっち系だけどね。別に詳しいわけでもないし。ここの図書室の本は読めないから、自給自足してるよ」
一度暇つぶしになるものがないか探しに行ったが、見たことのない言語で書かれた本ばかりだった。
『貴様、自分で書いているのか?』
「あー、うん。まぁ、人に見せられるようなものじゃないけどね」
『わがはいも、実は小説を書いている』
「そうなんだ。じゃあ、一緒だね!」
そう笑いかけると、夏目アンアンは少し照れたように微笑んだ。
『ああ』
「……小説書くのも、結構大変だよね。夏目さんが字を書くのが速いのは、やっぱり慣れてるからって言うのもあるのかな?」
そんな風に話していると、ハーブの良い香りが漂ってきた。
見れば、氷上メルルがハーブティーを持って来てくれていた。
「お待たせしました……! 熱いので、気をつけてくださいね……」
「氷上さん、ありがとう」
コップを受け取り、口をつける。
「……うん、美味しい」
「良かった、です……」
静かな医務室で、ゆったりと過ごす。
牢屋敷の中とは思えないほど、穏やかな時間を過ごした。