【ネタバレあり】牢屋敷内にある裁判所の証言台は13台しかないらしい 作:みかづきのみ
夕食後、娯楽室に行くと、いつものように佐伯ミリアが映画を見ていた。
桜羽エマたちのグループは脱獄のために精力的に活動しているし、息抜きも必要だろう。
「あぁ、ライカくん。もし暇なら、おじさんと一緒に映画でも見ない?」
部屋に入った俺に気付いた佐伯ミリアが、微笑みを浮かべながら手招きをする。
ちらりと流れている映像を見ると、おそらくピーターパンが流れていた。
(……特にしたいこともないし)
「……じゃあ、お言葉に甘えて」
一人分くらいの間をあけ、ソファの隣に座る。
「そう言えば、佐伯さんってホラー苦手なの?」
ふと気になって、そんな疑問を口にする。
娯楽室も掃除をしながら色々見たが、ホラー映画がやたら多かったはずだ。その中で、わざわざピーターパンを選んで見ているのなら、ホラーはあまり得意ではないのかもしれない。実際に、ホラー映画は動かされた形跡がないものがほとんどだった。
「え!? えっと……」
数度視線を彷徨わせ、観念したように呟く。
「うう……実は、そうなんだ。おじさん特にビックリ系のホラーは苦手で……」
「まぁ、心臓に悪いよね。俺もあんまり得意じゃないし」
俺も、自分から見ようとは思わない。
「……ってことは、これ見るのも数回目? もしかして、同じ映画何度でも楽しめるタイプ?」
「そう……だね。牢屋敷に来てから、もう3回は見てるんじゃないかな」
「お得だねぇ……。あ、注目ポイント解説とかしてくれてもいいよ?」
「いやいや! 絶対1回目は普通に楽しんだほうがいいって! おじさん邪魔しないから!」
映画が本当に好きなのだろう。
俺にも映画を楽しんでほしいと言う気持ちが伝わってくる。
(映画なんて、なかなか見る機会もなかったからな)
ピーターパン自体も、名前は当然知っているが見たことはない。
少し、楽しみだ。
*
「……ピーターパンってこう言う終わり方なんだ」
本当に横に並んで映画を見ていただけで、1時間が経っていた。
今はスクリーンにエンドロールが流れていて、佐伯ミリアは余韻に浸っている様子だ。
(……あんまり声かけないほうがいいかな)
見終わってすぐは、静かにしてほしいタイプかもしれない。
映画の内容を振り返りつつ、待つことにする。
「……あっ! もしかして、おじさんのこと待っててくれてた!?」
「ん……いや、気にしないで」
佐伯ミリアが口を開くまで、数分程度の短い時間しかなかった。このくらいなら待つにも入らないだろう。
「ごめん、誘っておいて1人で考え込んじゃって……。ライカくん、どうだった?」
上目遣いで聞いてくる佐伯ミリアに、目を瞑って笑顔で答える。
「結構楽しめたよ。特に——」
「ああ、そこは——」
「……なるほど、そう言う解釈もあるんだ」
「おじさんは——」
軽い感想会も終わり、一息つく。
そこで、佐伯ミリアがおずおずと口を開いた。
「……ライカくんは、なんでここを出たくないのかって……聞いても、いいかな? ……ご、ごめん! い、いやだったら全然、無視してくれていいから!」
ボソリと、縋るように呟かれた質問。
言ってしまった後に、自分でも行き過ぎた質問だと感じたのか、慌てて顔の前でパタパタと手を振った。
(……あんまり、聞かせるようなことでもないけど)
言いたくない、と言うほどでもない。
「……俺、家族のことあんまり好きじゃないんだ」
俺の家は、5人家族だった。
父と、母と、姉と、妹。
母は専業主婦で、家の中だと父の権力が圧倒的に強く、父に気に入られてる姉も強い。姉に気に入られている妹も、俺よりは上。そんな家族。
父は酒癖が悪くて、気に入らないことがあるとすぐに暴力に走る人だった。
「うちにはさ、夜ご飯は家族揃って食べるってルールがあったんだよね」
だから、夜に一度は必ず顔を合わせなきゃいけなかった。
父の機嫌が悪ければ、ストレス解消に殴られる。返事が遅かったり気に入らなければ、怒鳴られる。テストの点数が悪ければ、突き飛ばされる。食べ終わるのが遅ければ、腹を蹴られる。そんな日々だった。
夜ご飯の時間が嫌いになって、そのうち誰かと一緒にご飯を食べるのも、食事自体も苦手になってしまった。
「そのあとも、家族会議というか、家族裁判というか。家で何かあった時、糾弾する時間があった」
と言っても、それに意味は大してない。父親はミスを認めないし、反論すれば暴力を振るわれる。ただの、父のストレス解消目的だった。
その中で、姉は自分のミスを全て俺のせいにしてきた。ていの良いスケープゴートだったのだろう。
もちろん、自分がやっていないものは反論した。それでも、いくつかは押し付けられてしまった。
姉は父のお気に入りだから、もし本当のことがバレても軽い注意で終わり。俺は、悪いことをしたことになった数だけ、顔を殴られた。首を絞められた。髪を引っ張られた。踏まれた。膝蹴りされた。
反論し切ることができなかった分は、そのまま俺の罪になる。すると、俺は自分の罪を隠すために、嘘をついた人間になった。
だから、そのうち母にも信じてもらえなくなった。
姉は要領というか、立ち回りがうまかったんだと思う。優秀な人だったよ。俺なんかとは違って。
俺は姉の罪を隠すようになった。放置されたものを片付けたり、姉の代わりにこぼした跡を掃除をしたり。
結局俺の罪になるのなら、先に無かったことにした方が助かることも多かった。
その時に、俺は自分が【みせかけ】の魔法を使えることに気付いた。
「俺は、あんな生活に戻りたくない。……だから、帰りたいと思ってないんだ」
わざと、明るく言葉を締める。
「……ごめん、辛いこと聞いて……」
「俺が話しても良いと思ったから話したんだよ。気にしないで」
それ以上会話はなく、一緒にいるような空気でもなくなったため、別れを告げて自身の房に戻った。
その晩、黒部ナノカが監房に戻らなかったことを、ゴクチョーからの連絡で知ることになった。発見され次第、懲罰房行きになるらしい。
——嘘吐き!
四方から石を投げられ、膝を抱えて蹲る。
——嘘吐き!
頭上から言葉を浴びせられ、頭を抱えて涙を流す。
——あいつは、どうした?
ごめん。ごめん。ごめん。ごめんなさい。
——なんで、あいつはいないんだ?
ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい。嘘を吐きました、ごめんなさい。
——この、人殺し。
牢屋敷生活、九日目。
昨日あんな話をしたせいか、悪夢を見た。牢屋敷に囚われてからは、一度も見ていなかったのに。
「ラ、ライカさん……大丈夫、ですか……?」
ベッドから降りると、心配そうな氷上メルルに声をかけられた。
「……大丈夫って? 俺は元気だよ?」
「ひ、酷くうなされて、いました……」
(……うなされてたのか)
「お疲れでは、ないですか……? 具合が悪くなったりは、していませんか……?」
「……心配かけてごめん、氷上さん。でも、本当に大丈夫だから……」
「う、うぅ……ですが……」
涙目になりながらもジリジリと近づいてくる氷上メルルを、なんとか苦笑いでいなしつつ監房を出る。
体調自体は問題ないし、少し寝覚めが悪かっただけだ。
「ええと、今は……」
現在時刻を確認するため、作業服のポケットに手を伸ばし、そこで、監房の中にスマホを忘れてしまったことに気付く。
「……やば、スマホ忘れた」
恐る恐る房の中を覗き込むと、俺のスマホを抱えた氷上メルルが待ち構えていた。
「や、やっぱり、今日のライカさんはおかしい、です……! お世話、させてください……!」
結局こちらを心配する気持ちに抗いきれず、医務室まで連行され、昼までは少なくとも大人しくするように言われてしまった。
*
夕食後。沢渡ココの配信を見つつ2階の掃除をしていると、背後に気配を感じ咄嗟に前に飛んで振り返る。
「っ!」
「えっ、わっ!」
すると、そこには桜羽エマが驚いた様子で立っていた。
「……ああ、桜羽さんか。ごめん、びっくりしちゃって」
「う、ううん。ボクの方こそ驚かせちゃってごめん」
特に俺を探しに来たといった雰囲気でもなさそうなため、掃除に戻る。
「……ライカくんは、今日も掃除?」
「うん、まぁ」
2階は地下や一階に比べればかなり綺麗な方ではあるが、それでも汚れ自体はあった。
初日、二階堂ヒロの死体を看守が片付けていたように、流石に牢屋敷側もある程度は清掃を行なっているらしく、それでも残っているような汚れは簡単な拭き掃除では落ちないのだが。
「……ライカくん」
「ん?」
なかなか移動しない桜羽エマに、一瞬視線を向ける。
両手を胸の前に合わせるように固めて、意を決したような表情でこちらを見ていた。
「やっぱり、ライカくんもボクらと一緒にここを出ようよ! 脱獄の計画も進んでるんだ。妹のトウリちゃんだって、ライカくんが帰ってきてくれるのを待ってるはずだよ!」
(【みせかけ】の魔法が欲しいって打算……ってわけでもなさそうか)
打算が全くないとは言えないが、それよりは純粋な気持ちが占めるウェイトが大きいように見える。
「……トウリは俺なんかがいなくても大丈夫だよ」
トウリも優秀だし、姉への取り入り方も心得ている。俺はせいぜい盾が一個増えるかどうかくらいの認識だろう。
笑ってそう言うと、桜羽エマは途端に悲しげな表情になった。
「そんなこと……」
「【みせかけ】の魔法なら、桜羽さんには感謝してるし……一回だけなら協力してもいいよ」
沢渡ココもだったように、桜羽エマと紫藤アリサに関しては、魔女裁判での恩があると言える。だから、一度くらいなら魔法を使ってもいい。桜羽エマに関しては、更に一昨日のやらかしもある。
「だから、それで納得して欲しいな」
一変、桜羽エマは悲しげな表情から、目尻を吊り上げて怒ったような顔になる。
「ちがうよ! ボクは魔法じゃなくて、ライカくんに一緒に来て欲しいんだ!」
思わず、小さくため息をついてしまう。
(こんな感じで、声かけてるのか……)
昼前に黒部ナノカから連絡があったが、本気で全員での脱出を目論んでいるらしい。
(志は立派だけど……)
「……ナノカさんに聞いたんだけど、そうやってみんなを説得して回ってるんだっけ」
「う、うん……」
「俺みたいなのを仲間に入れたって、無駄に亀裂が入るだけだよ。目指すところが違うんだから」
脱出に向けて何かがあった時、桜羽エマはそう思わなくても、他のメンバーの誰かが俺を疑う可能性もある。
黒幕がいたとして、失敗するように仕向け、それを俺になすり付ける可能性もある。
当然そうなれば怪しいのは脱獄に反対していた俺だ。
俺は、協力しないと言うスタンスを見せた時点で、近づかないほうがいい。
「そんな……」
ショックを受けている桜羽エマに胸が痛むが、お互いにとって関わらないほうがいいだろう。
掛ける言葉を失ったのか、桜羽エマはとぼとぼと戻って行った。
牢屋敷生活、十日目。
「ライカさーん!」
橘シェリーの大きな声に起こされ、目が覚める。
「……おはよう。どうしたの、橘さん。」
「おはようございます〜!」
(元気だなぁ……)
寝起きだと、少し疲れる。
「ナノカさんがどこにいるか、ご存知ないですか?」
(ナノカさん……?)
「知らないけど、なんで俺?」
房に戻っていないとはいえ、同室だった宝生マーゴの方が詳しそうだが。
「そうですか〜、残念です。ナノカさんと一番仲良いのって、ライカさんじゃないですか?」
「……そう?」
「そうですよ〜。だって、ライカさんは他の方は苗字にさん付けなのに、ナノカさんだけ名前で呼んでるじゃないですか! 連絡先も知っているのでは?」
(ああ……)
全部が全部間違いでもないが、黒部ナノカを苗字呼びしていないのは、別に仲が良いことが理由なわけではない。
「……IDは知ってるけど、名前呼びは別に関係ないよ」
「本当ですか!?」
目をキラキラさせ手を掴んできた橘シェリーから視線を逸らし、ため息をつく。
「……ナノカさんに何のよう?」
「あ、エマさんが話したいそうなんですが、なかなか出会えませんし、誰も連絡先を持っていなかったんです! そこで、ライカさんなら知ってるんじゃないかと言う話になりまして!」
(ナノカさん、誰とも連絡先交換してないんだ……)
協力する気は無いと言っていたし、わからなくはないが。
(……それでも、絶対知っといた方がいいよなぁ)
冷静なようで、抜けたところのある黒髪の少女を思い浮かべ、ため息をつく。
「……昨日一回は遭遇したんじゃないの?」
「ああ、はい。私はどちらでもいいんですが、エマさんが諦めきれない様子でして」
(……意味ないよなぁ)
正直、ある程度事情を聞いている身としては時間の無駄のように思える。
「ごめん、協力できないや」
「まぁ、仕方ないですね!」
先ほど自分でどちらでもいいと言っていた通り、橘シェリー自体は今のままでも構わないのだろう。
そろそろ帰ってくれるかと期待していると、逆にずいっと体を寄せてくる。
「と・こ・ろ・で〜! いつナノカさんと連絡先を交換したんですか〜? 仲の良さが理由ではないのなら、なぜナノカさんだけ名前呼びなんでしょう? 気になりますぅ〜!」
どうやら、橘シェリーの知的好奇心に火をつけてしまったらしい。
触れないように両手をあげ、落ち着いて欲しいとジェスチャーする。
(近い……!)
「ちょ、ちょっと離れてもらってもいいかな……」
「ああ、すみません!」
そう言って、橘シェリーは出入り口を塞ぐように一歩後ろに下がる。
物理的な距離が空き、ほっと息を漏らす。
(……勝手に人に言っていいような話じゃないんだよなぁ)
牢屋敷に来て、三日目の昼のことを思い出す。
「……ああ、看守さん。こんにちは」
掃除中、ぬっと現れた異形の看守に挨拶する。
ゴクチョーにはなかなか会わないが、この看守は度々遭遇していた。
当然、返事のようなものは返ってこない。それでも、一瞬だけこちらを見たような気がした。
(ゴクチョーは、マインドコントロールしてるって言ってたけど……)
その言葉を信じるなら、看守にも操作する精神があると言うことになる。
「看守さんは、ここに何の用ですか?」
今度は、全く反応がない。
静かな廊下に、言葉が空虚に響く。
(……ん?)
そこで、声や物音以外にも何か音があることに気付いた。
出所は、看守の方向。
そっと近づき、耳を澄ます。
「ンアyトナンンアyトナンンアyトナン」
(……喋ってる?)
何と言っているかはわからない。ただ、確かに看守の仮面の下から声が聞こえていた。
(……? あの髪リボン、どこかで……)
まじまじと看守を見ていると、看守が見覚えのあるものを身につけていることに気付いた。
「……夢咲ライカ、何をしているの?」
いつの間にか、陰からこちらを見ていた黒部ナノカに声をかけられる。
声に反応し、そちらを見て、一点に視線が奪われた。
「あっ!」
「……なに?」
「もしかして、黒部さんって——」
桜羽エマと二階堂ヒロという例があったのにも関わらず、全く気が付かなかった。
そもそも、看守をしっかりと見るなんてことがあまりなかったのもあるが。
「……俺がナノカさんと連絡先を交換したのは、ここに来て三日目の昼だよ。たまたま話すことがあって、その時に」
「なるほど……結構早かったんですね!」
橘シェリーの言葉に頷きつつ、話を続ける。
「名前呼びになったのもその時なんだけど……ごめん、ナノカさんのプライベートな部分だから、流石に勝手に言うわけにはいかないかな。どうしても気になるなら、本人に聞いてほしい」
「む〜……まぁ、仕方ないですね! 教えてくださり、ありがとうございます!」
それだけ言い残して、橘シェリーは笑顔のまま監房を出ていった。
嵐が去って、大きくため息をつく。
(……朝から疲れた)
昨日更新できずすみませんでした。週4更新を目標に、嫌にならない程度に頑張ります。