Pokémon Card Game LEGENDS "became" 作:とげ
よろしくおねがいします。
プロローグ『遥かなる時空の彼方にて』
一本の、巨大な大樹があった。
それは、まるで空を覆い尽くさんとばかりに枝葉を広げ、幹の太さは一キロにも達しようかというほどの太さを持った木だった。
生命の樹、または世界樹。
人という存在がまだ残っていたのなら、そう呼ばれていたであろう大樹に、この世界の全ての生き物が集まっていた。
「聞け、同志達よ。この世界はもう……終わる」
木の幹の中腹に空いた洞に佇む、鹿のような生き物が声を上げた。
その声は、不思議と周囲に居るすべての生き物の頭の中に優しく鳴り響く。
「見ろ、この草木の生えない荒れ果てた大地を。赤く染まり色の落ちることの無い空を。水は黒く濁り、多くの同胞が既に命を失った」
幾重にも枝分かれした立派な角を持つこの生き物の声に、集まった生き物は悲しみの声を上げ、うねるような悲鳴となって周囲に響き渡った。
「よく、ここまで頑張ってくれたねゼルネアス」
洞の奥から、白く尾の長い動物が姿を現し、鹿のような生き物に声をかけた。
「ミュウ……。準備はおわったのか」
「うん、あとは君の力を使って貰うだけだよ」
四足の獣の名は、ゼルネアス。
白い尾を持つ生き物はミュウ。
この世界に生きる、ポケモンと呼ばれる生物だ。
「人が消え、世界のバランスが崩れて数百年。なんとか我が力で大樹を生み出し支えてきたが、それももう限界だ」
「そうだね……。だからその間に僕たちは時を超え、空間を渡り探して来た」
そのミュウの声に呼応したかのように、洞の奥から様々なポケモンたちが姿を現した。
「ようやく見つけたぞ」
馬のような姿をした、パルキアと呼ばれるポケモンが言った。
「人が在りし、緑豊かなる地を」
対となる存在である、ディアルガと呼ばれるポケモンが言った。
「あの世界には、ポケモンが居ない」
鳥のような、ルギア、ホウオウと呼ばれるポケモンが声を重ねた。
そこに居たのは、人の有りし日に神や伝説と呼ばれた力を持ったポケモンたちだった。
「人の使う、最終兵器とやらにアルセウスが討たれて数百年。奴が居ないこの地はもはや再生は叶わぬ」
ゼルネアスが目を閉じそういうと、伝説のポケモンたちは顔を顰めた。
「彼だけじゃない。結局、僕たちには人が必要だったって事だよ」
時を超える力を持つポケモン、セレビィだけは、悟ったような顔つきで話をつづけた。
「何度時を超えても、同じ結末だったよ。最終兵器でアルセウスは討たれ、溢れた光によって人は蒸発した。人の居なくなった世界で、僕たちは力を持て余して争い、世界の疲弊を加速させてしまった」
最終兵器を使ったのは、人間だ。
だが、果たしてそれは人間だけの責任だったのだろうか。
最終兵器の起動により時空までもが激しく乱れ、あの時にはセレビィの力をもってしても戻ることは出来なかったため真相は闇の中だ。
そして、その原因を探り合い、ポケモンたちは自分たちで争いを始めてしまった。
「世界とは、繊細なバランスで成り立っている。我々だけでも、人だけでも世界は成り立たない。恐らくあの人間だけの世界も、今は平和だがそう長くは持たないだろう」
「だから……僕たちが行くんだ」
それは、ポケモンたちの最後の希望だった。
世界を超え、新天地を目指す。その地で、全てをやり直すのだ。
「全員を、あの世界に連れて行く。その準備が整ったから君の力を借りに来たんだ」
ミュウは、少し寂しそうにそう言った。
「世界を渡る力は、全てを連れて行くことは叶わぬからな。全てのポケモンの遺伝子を持つミュウ。お主の体へ皆の意思を集める。そして我が力で木板へと姿を変え、皆の力で時と空を超える……」
ただの物質となったミュウの木板を、伝説のポケモンたちの力で時空の彼方へ飛ばすのだ。
《箱舟計画》。ゼルネアス自身の考案したこの方法がうまく行きそうだと、彼は満足そうに頷いた。
「だけど……」
「皆まで言うでない」
ゼルネアスは、分かっているとばかりにミュウの言葉を遮った。
「問題は、彼の地でお前達が無事に再生できるかどうかだ」
「それに関しては、問題ないはずだ」
ゼルネアスの問いに、それまで黙っていたミュウツーが口を開いた。
ミュウの遺伝子を人為的に操作し生まれた、ミュウに似たポケモンだ。
「遺伝子からの再生は、彼の地で人が持つエネルギーに触れ合う事で成されるだろう。ミュウの木板をいくつかに分け、彼らに戦い競い合わせることでそのエネルギーを貯めることが計算上可能だ」
「そのためのシステムも、僕たちが協力して作り上げたもんね!」
「ふん、馴れ馴れしく話しかけるな」
親ともいえるミュウの言葉に、照れたようにそっぽを向いたミュウツーの姿に皆が頬を緩めた。
「良き良き、それは重畳。ならば、一刻の猶予も無い。始めよう」
ゼルネアスは深く頷くと、天を仰ぎはじめた。
するとどうだろうか。自慢の角が、神々しい光を発し始めた。
「エスパーポケモンたちよ、お前達の力の出番だ」
彼の合図で、世界樹の元に集まるおびただしい数のポケモンたちの一角が紫色に光った。すると、ポケモンたちがその場に伏していくではないか。
「さぁ、クレセリア、ダークライ。眠りについた彼らの夢をミュウに繋ぐのだ」
夢見の力を持つクレセリアとダークライは無言で頷くと、空に向かって声ならぬ声を上げた。
やがて、眠りについたポケモンたち一匹一匹から一本の光の糸が現れミュウに向かって繋がっていった。
「……とりあえずは、うまく行きそうだね」
「細胞の一つ一つに意思が潜り込むのだ。お主も苦しかろうに。後はあ奴らをお主に乗せれば全てが終わる」
伝説のポケモンたちは、ゼルネアスの視線の先を見た。
暗く、先を見通せないその洞の先にはただの黒とは言えない全ての色を溶かした深淵のような空間が広がっている。
「……怒ってるだろうね。彼ら」
「仕方あるまい。奴らを連れて行かねば、やはり世界は成り立たぬ」
その闇の先には、かつて彼らが対峙したポケモンたちが捕えられていた。人を愛し、人を失い正気を無くしたポケモンたちだ。
この計画は、彼らの中には反対していた者たちも多い。
よその世界に干渉すべきではない。
我々の世界は、我々だけで終わらせるべきだと。
言い分はわかる。連れて行くべきではないのかもしれない。
だが、彼ら無くしてやはり新しい世界のバランスは保てないことも事実だった。
「世界は、光だけでは成り立たぬ。闇もまた、世界には必要なのだ……」
ゼルネアスはそういうと、ダークライたちに目配せした。
すると、闇の奥から伸びた光の束がミュウへとつながっていくではないか。その光景に、ゼルネアスはホッと安心したようだった。
「反対はしておったが、本気で嫌がるようなら糸は繋がらないはずだ。奴らも一応は納得したのであろう」
やがて、伝説のポケモンたちもミュウへと力を託した後に意識を手放していった。
「それじゃ、行くね。ゼルネアス」
「うむ、達者でな。ワシのことは気にするな」
ミュウは尻尾を、宙で円を描くようにして振り回した。
するとそこに、奇妙な何とも言えない様々な色が溶けた斑色の空間が現れた。
「ごめんね。全てを君に背負わせてしまった」
「なに、ワシはこれでも楽しかった。皆がわしの元で数百年も暮らしてくれたのだ。気にするな」
やがてゼルネアスの光を浴び、パキパキという音を立てミュウの体が木へと変わっていく。
全ての体が変わってしまう前に、ミュウが自ら開いた時空の扉をくぐろうとしたその時だった。
「――――っ!!!!!」
世界が揺れるような、咆哮が響き渡った。
ドスの効いたその声は、暗闇の奥から聞こえて来た物だった。
「いかん、早く行くのだ。奴が来る」
「そんな、こうなるのが分かってたから鎖で縛られていたはずなのに」
何かを引きずる様な音を立てながら、暗闇から現れたのは巨大なかぎづめを持った蛇にも似た鳥を崩したような姿をしたポケモンだった。
その長い尾と両翼を持つフォルムは、アルファベッドのYに似ていた。
「……イベルタル」
「ゼルネアス!!! 我を、出し抜けると思ったか!!」
闇から姿を見せたイベルタルは、拘束を解くためにかなり暴れまわったのだろう。傷だらけになり、引きちぎった鎖の断片を身にまとい地面を這いながら現れた。
「いけ!! ミュウ!! こやつはワシが抑える!」
「でも!! ゼルネアス!!」
「どけえぇぇぇ!!」
叫んだミュウの体は、既にゼルネアスの光に照らされ木板化が進み、ほとんど身動きをとることが出来なかった。
そして木板化が完了する直前、ミュウが最後に見た物は、閉じゆく扉と向こうの世界でもつれ合う二匹の獣の姿だった。
「…………」
間一髪だった。
扉は閉じた。
これでもう、イベルタルは追ってこれない。
彼はこの計画の一番の反対者だった。
ゼルネアスと共に生きた、彼の終生のライバルだった。
「おそらく、彼は――」
ミュウが何かを心の中でつぶやこうとした時だ。
時空の狭間にノイズが走った。
ありえない。この世界は彼ら伝説のポケモンが力を合わせてようやく入口を開けられたのだ。
この世界に干渉出来る存在何て、ほんの一部――
「そうか、君の仕業か」
――バチバチバチバチ!!
雷のような轟音を立て、空間が切り裂かれていく。
無理やり捻じり込んできたのは、漆黒の体とかぎづめ。
イベルタルだった。
「ギラティナァァァァ!! 契約を履行しろ!! 狭間の世界を切り開きやがれ!!」
「イベルタル……! ダメだ。君の体でこの世界に入ってきては、その体が耐えられない!」
ギラティナと呼ばれる狭間の世界に生きるポケモンの力を借りたイベルタルは、やがてその体の全てを時空の空間へと捻じり込んできた。
ミュウの言う通り、その体は空間に耐え切れずに黒い霧となりすごい勢いですり減っていくのが分かった。
「黙れ!! 貴様らの計画を阻止できるなら俺は命なんて要らねぇ!! 戻れ! 余所の世界へ行くなんて許さねぇ!」
「やめるんだ! イベルタル!!」
「うるせぇ!! げほっ!! あいつを残してよその世界へ行く裏切り者なんて殺してやる!!」
イベルタルのかぎづめは、その体がすり減り切る瞬間――
「聞いて! イベ――」
ミュウの木板を、切り裂いた。
もはや目すらも見えていないイベルタルにも、いくつもの断片になり、ミュウの木板が時空の狭間へと散っていくのが感触で分かった。
「っへ……糞共……が……」
既に、時空の摩擦ですり減りほとんど骨しか残っていなかったイベルタルは、腕を振りぬいたと同時に、そのまま全ての体を擦切らせ、消滅してしまったのだった。
こうして、全ての計画が無に帰され、終わったかのように見えた。
だが、イベルタルは知らなかったのだ。
元々、ミュウの木板はいくつもの姿に分かれる予定だったことを。
そして、一方ミュウ側にもやはり一連の出来事は想定外だった。
中でもイベルタルのデスウィングによって意識を刈り取られてしまった事、さらにそれが時空の狭間で起きてしまった事は致命的だった。
ミュウの欠片が、散り散りになり流星となり消えていく。
あと少しだった。
あと少しで、狙った時代の新天地へと辿りつき計画が始まる筈だったのだ。
だが、その計画には狂いが生じてしまった。
時の座標がずれたそれらが落ち行く先は、地球と呼ばれし世界。
その――想定とは別の時代だった。
その日は、流星の降り注ぐ明るい夜だった。
神の怒りだと恐れられ、人々が寝床に隠れた晩に、二つの新しい命が産声を上げた。