Pokémon Card Game LEGENDS "became"   作:とげ

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少女とマナーと少年と

 

――星落しの夜と呼ばれる流星の日から十数年後。南米――

 

 それは今から、遠い昔。

 そのとある日の、とある時間。

 物語は、ここから始まる。

 

 そこは、辺り一面真っ白な世界に見えた。

 

 少年が眩しさで閉じていた目を開くと、チカチカと瞬く世界に一人の少女が立っていた。

 

 白髪で、整った顔をした少女だ。

 彼女は、微笑みながら少年に話しかけて来た。

 

「私の名前は、エマ。みんなからはポケモンの巫女と呼ばれているわ。まだ知らない人が多いけど、この世界にはポケットモンスターと呼ばれる精霊たちが居るの。その精霊の宿った札を、私たちは戦わせたり集めたり……そして、私の父は、この精霊のことを研究しているというわけよ。では、初めに君の名前を教えてもらうわ」

「……? ククルだ。何で今更?」

「ふむふむ、ククルね。そして、アイツがケイツァル……」

 

 ククルと名乗った少年は、少女の芝居がかったセリフに首をかしげながらもとりあえず聞いてみることにした。

 

「ククル! いよいよ、これから君の物語の始まりよ。夢と冒険と! ポケットモンスターの居る世界へ! レッツゴーよ!」

「これは、なに……?」

「う……。うちの教会に伝わってる旅立つ者への祝詞みたいなものだから気にしないで」

 

 事態を飲み込めないククル少年と、少し恥ずかしそうに笑うエマ。

 

 これが少年と少女の、これから始まる旅の最初の記憶だったと後にふりかえる事になるなんて、彼らはこの時思ってもみなかった。

 

 

 同日、数時間前。

 

 鬱蒼と生い茂る深い森の中を、少年は駆けていた。

 絡まる蔦を手製の石斧で切り開き、行く手を阻むかのように次々と現れる大きなシダ系植物の葉を体ごとなぎ倒していく。そのため体の至る所に切り傷が出来ていたが、彼はまるで気にしないようだった。

 

「ハッ……ハッ……急がないと!! 終わっちゃう……!」

 

 あと少しで、このジャングルを抜ける。

 そうすれば、目の前に広がるのは――

 

「……着いた!!」

 

 最後の藪を抜ければ、視界が一気に開け青空が見えた。

 勢いで飛び降りてしまわないように急ブレーキをかけた少年が崖の上から見下ろしたのは、見渡す限り広がる広大な森の中に、浮かぶように佇む石造りの巨大な都市。

 

「――来たぞ!! エルドラド……!」

 

 それが、この街の名だった。

 

 この両手を上げ叫んでいる少年の名は、ククル。

 この物語の主人公だ。

 

 歳は13になったばかり。黒髪で浅黒い肌を汗で輝かせる彼が纏った服はボロボロの簡素なもので、とてもじゃないがお世辞にも裕福そうとは言えないものだった。

 

 実際、彼の村は貧しく辺鄙なところにある。

 そんな貧しい農村で生まれた彼が、わざわざ村を出て遠くこの都市へとやって来たのには、訳があった。

 

「あいつ……元気にやれてるのかな」

 

 同郷の幼馴染が、この街に移住したのだ。

 

 数年前のある日、この街の司祭がククル達の住む村へとやってきて、幼馴染を教会へと連れて行ってしまったのである。

 それなりに貧しかった彼の家は、多額の施しを受け簡単に彼を奉公に出してしまった。

 

 そんな彼が、今日とある催し物で人前に出ることになったと風の噂で聞いて、ククルは居てもたってもいられなくなりここまで飛び出してきてしまったのだった。

 

「すっげぇ……あいつ、こんなところで生活してるのかぁ……」

 

 ようやく街へと辿りついたククルは、改めて街の活気に感心していた。どこを見ても人、人、人だ。こんなに大勢の人をいっぺんに見たのは初めてで圧倒されてしまった。

 

 このエルドラドは、この国最大の宗教都市だ。

 

 十数年前に起こった星落しの夜以降、急速に力をつけ発展して来た。なんでも、カミグリと呼ばれる不思議な力を持った人たちが都市の発展に寄与してきたらしい。

 そのため、宗教のシンボルである二匹の蛇が二重に円を描いたものが、力を誇示するようにあちらこちらと石作りの建物に掘り込まれている。

 

 ちなみにこの宗教に関しては、幼馴染を連れて行ってしまった事もありククルはあまりよく思っていない。

 そういうのもあって、今までこの街にそれほど関心をもってこなかったのだが、まさかこんなに都会だとは思いもしなかった。

 

「安いよー!」

「アンデスの恵みだ! この芋をくっときゃ病気知らずさ!」

 

 辺りの露店では、威勢のいい掛け声が飛び交っている。

 

(広すぎてわかんないや。あいつ、一体どこに居るんだろ)

 

 そんな街の中を、ククルは一目でおのぼりさんだとばれてしまうくらいキョロキョロしながらしばらく歩いていく。

 やがてそんな彼が足を止めたのは、とある露店の前だった。

 

「あ……これ……」

「よぉ、見ていきな」

 

 当然、こんなところで幼馴染を見つけたわけではない。

 床に並んでいたのは、木の板に簡素な絵の描かれた物だった。

 

「板当てかぁ」

 

 それは今、近隣の村の子どもたちの間で流行っている玩具だ。

 絵に描かれた精霊の札を当て合い、飛ばしたほうの勝ちというシンプルな遊びが受けて、みんなこれで遊んでいる。

 これを持っていなければ、友達の輪に入れてもらえないほどだ。

 近隣の村では、大会まで開かれているのだとかなんとか。

 

「いいな……」

 

 貧しい家庭で育ってきたククルには、当然こんなおもちゃを買い与えてもらえる余裕なんてなかった。

 そのため、ひそかに憧れていた物だったためつい足を止めてしまったのだ。

 それに此処に売っている物は、時折行商が村に持ってくる中に紛れた板より、格段に出来も良く種類が多い。これは、亀の絵だろうか。

 

「新作も入ってるんだぜ坊主。買っていくか?」

「あ、いやオレは……」

 

 正直、欲しい。だが残念ながら、家から勝手に飛び出してきたククルの手持ちのお金は、ほとんど残っていなかった。

 

(……ダメだ。オレには一生縁がないんだろうな。見てても惨めになるだけだ。行こう――)

「あら、新作が入ってるんです?」

「っ!?」

 

 立ち去ろうとしていたククルは、横を見て一瞬で目を奪われた。

 店主の声に反応して隣に座り込んだのは、ククルと同じくらいか少し年上くらいの少女だった。

 

 腰まで伸びた綺麗な髪は銀色に艶々と輝き、身にまとうのはどう見ても育ちの違いを感じる品のある服だ。鼻筋はすっと伸び、目はこぼれ落ちそうなほど大きかった。

 所謂、美少女って奴がそこに居た。

 

「これはこれは、お嬢さん。また買いに来たんで?」

「ふふ、新作という声が聞こえたから気になっちゃったわ」

 

 どうやら少女は、この露店の常連らしい。

 こんなかわいい子でも、板当てをやるのかとククルは少し驚いた。

 板当てをやっていれば、もしかして仲良くなれたのかもと思うと少し悔しい。

 

「新作は……このポケモンね。ふむふむ……こんな子も居るんだ」

「えぇ、なんでも大量に水を吐き出す精霊らしいですぜ」

「……ポケモン?」

 

 店主と少女の会話に聞きなれない言葉を見つけ、ククルは思わず口に出してしまった。すると少女が此方を見た。

 

「あら、ポケモン板を見てらっしゃったのにご存じないの?」

「これの事? 村じゃ、板当てとしか……」

 

 そもそも、ククルは友達とこんなもので遊んだことはなく誰かがそう呼んで居るのを聞いただけだ。

 

「ふーん……地方じゃそんな名前で呼ばれてるのね。まぁ、アレを見たことなければ興味も無いか……。ん? あなた……ちょっと失礼」

「え? な、なに?」

 

 ポケモンねぇ……なんか変った名前だななんて考えていると、少女が突然こちらを覗き込むようにして見つめて来た。

 

 距離が近い。しかも、更にどんどん近づいてくるではないか。

 一体何なんだろうかとドキッとしたのだが――

 

「……やっぱり。ちょっとあなた、匂うわよ」

 

 次の瞬間、とんでもない一言で殴られた。

 

「は?」

「いや……は? じゃなくてあなたすごい匂いよ。ちゃんと水浴びしてる?」

 

 ククルは少女の顰め面を見て、一気に青ざめた。

 慌てて自分の体を嗅いでみる。

 自分じゃ、全く気付かない……いや、少し匂うか?

 確かに、この数日ひたすら走り続けてここまで来たため洗濯どころか水浴びすらしていない。

 

 だが、いくら匂うからって普通そんなことを初対面で面と向かって言うだろうか。

 そして、ククルはこう見えて思春期真っ盛りの多感なお年頃だ。

 そんな彼が、美少女に面と向かってそんなことを言われた結果――

 

「いい? 人前に出るにはマナーってものが――」

「ううううるさいブス!! ブーース!!」

「はぁ!? ブス!? あ! ちょっと! 逃げるなー!!!」

 

 此方も混乱し、とんでもない一言を残して逃げ出してしまったのだった。

 

 そこに残されたのは、置いていかれ呆然とする少女と、笑いをこらえきれなかった店主だ。

 

「くっくっく」

「……なによ。ブスで悪かったわね」

「思春期の男なんてあんなもんっすよ。お嬢さんは間違いなく別嬪ですから、お気になさらんこって。……で? その様子だとあのにいちゃんはお眼鏡にかなわなかったんで?」

 

 店主がひとしきり笑ったあと、「それを見ていたんでしょう?」と真顔で少女を見ると、彼女は残念そうに息をついた。

 

「それが……すごいわよ、あの子。ダメもダメ。適性が全くないの。何かの間違いかと思ったほどよ」

「ほぉ……全くとは……それはまた珍しい」

「でしょ。気の毒すぎてはっきり伝えられなかったから……思わず匂いの方を指摘して誤魔化してしまったわ」

「っかー。そりゃあのにいちゃんもかわいそうに。お嬢さんに見初められれば、今日試合に出てるあいつらみたいに、本物を触れたってのに。その上臭いって言われるなんて」

「そんなひどい言い方してないでしょ!?」

 

 ククルは自分が立ち去った後に、そんな会話がされていたなんて知る由も無かった。




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