Pokémon Card Game LEGENDS "became" 作:とげ
数十分後。
一方、逃げ出してしまったククルはその後、しっかり水浴びをしたそのままの足で街の中心部へとやって来ていた。
数年ぶりに友人に会うのだ。かなり動揺してしまって馬鹿な事をしたが、事前に自分の匂いに気付けたのは不幸中の幸いだった。
そう思うことにしようと、頭をブンブンと振り気持ちを切り替える。
「……もう匂わないよな? すっかり遅くなっちゃった。それにしてもあいつがカミグリかぁ……大丈夫なのかな」
ようやくたどり着いた、彼が居るであろう大きな建物を見ながら、ククルはケイツァルに会いに来た理由に今一度考えを巡らせた。
【カミグリ】。
それは、このナワール教の階級の一つである。
幼馴染であるケイツァルは、狭き門であるカミグリの儀式を潜り抜けたらしい。
そして、今日そのお披露目の祭典があるのだと聞いて来たのだ。
これは、とても珍しい事だった。
普段、カミグリと呼ばれる人達は教会内の限られた儀式のときくらいしか人前に姿を現すことが無い謎の存在とされてきた。
近年では数年前に一度、教皇であるテスカ・コァトルが人前で奇跡を見せたといわれている程度だ。
それが今回、ナワール教会の権威を見せつけるために新しいカミグリをお披露目するのだ。その主役に選ばれた一人がケイツァルだというのだから驚きだった。
その一報が流れた時には、村ではお祭り騒ぎになったほどだ。
「このチャンスを逃したら、もう会えないかも……」
お披露目が終われば、カミグリはまた隠された存在になってしまうかもしれない。
流石にカミグリに興味の無かったククルでも、このチャンスにどうしてももう一度ケイツァルに会っておきたかった。
建物の中に入ると会場は熱気であふれ、土の敷き詰められた広場の中央に何人かが集まっている。その中に、探し求めた彼は居た。
「ケイツァル!!」
しかしククルが大声で呼びかけるも、その声は観衆の声にかき消されてしまい届かない。
「しかしさっきはすげぇ試合だったな……決勝はどっちだ思う?」
「そりゃ、もちろんケイツァルだろ。あいつの戦い見たか? 絶対優勝だよ」
周囲の声に聞き耳を立てれば、どうやら今日はお披露目と称して何かの競技が行われるらしく、ケイツァルはその決勝戦に残っているらしい。
そのため周囲は熱気に包まれ、とてもじゃないがこれ以上叫んでも気づいてもらえそうになかった。
ククルは声をかけるのを諦めると、ようやく見つけた空いている席へと腰を下ろした。
ここら辺はかなりアリーナから遠いため、人がまばらだ。
(ケイツァルのやつ……元気そうでよかった)
見つけてすぐは気づかなかったが、ケイツァルの姿はククルの知っている頃よりも背が伸びかなり端整な顔つきになっている。
あの詰襟の恰好は、司祭の着る服だろう。黒と白が良く似合っており、どうやら歓声を聞く限りかなりファンも付いているようだった。
やがて、中央に集まっていた何人かは散開し、中央付近にケイツァルを含めた3人だけが残った。一人だけ恰好が違うのは恐らく審判なのだろう。
もしかして、そろそろ試合が始まるのだろうか。
雰囲気の変化を感じ身構えたククルだったが、そんな彼にふいに背後から声がかかった。
「あぁよかった間に合った。ここ、よろしいかしら」
「あ、どうぞ――」
「あー! あなた!!」
そこに現れたのは、何の偶然だろうか。
先ほど露店で出会った少女ではないか。
まさか、こんなところで会うとは思っていなかったククルは驚いた。
できることなら、会って謝りたいと思っていた相手だ。
何故なら、『人の体臭を指摘するなんて、すごく勇気のいる事でありがたい事なんだぞ』と、道を教えてくれた通りすがりのおじさんに教えてもらえたのだ。
これは、正に神様がくれたチャンスだった。
そんなククルの口から出た言葉は――
「うわああああ! 匂う女!!」
「誰がよ!!」
――バチン!
強烈なビンタで、世界が回った。
彼は油断している所への不意な再会で、完全に混乱してしまっていたのだ。
ククルは、回る世界の中で全く成長していない自分を呪ったのだった。
「……ごめん」
「……謝罪は受け取るし、私も謝るわ」
お互いビンタをきっかけに少々ギャアギャアと罵り合ったが、言いたいことを言ってようやく気持ちが落ち着いてきた。
ふと我に返り、会場を見渡すもまだ試合が始まっておらず一安心だ。
ククルは、謝罪も出来たしもうこの子のことは気にせず試合を見ようかと思案するが、少しの間を置き、少女がふと気づいたように口を開いた。
「……あ。ところで自己紹介まだだったわね」
「ほんとだ」
ククルとしてはとうの昔に名乗ったつもりでいたのだが、確かにお互い名前も知らないままだ。
これだけ話したのだ。名乗るくらいは礼儀だろう。
改めて、二人は向き合い目を合わせた。
「私ブスな匂う女。よろしく」
「うわ、めんどくさ」
「は?」
「イエ、ナンデモナイデス。匂う男デスドウゾヨロシク」
「ふふ。なんだ、ちゃんと話しできるんじゃない」
「テンパってなければね」
お互いに、くすくすと笑い合い手を取り合った。
ククルは、なんだ初手で嫌な奴かと思ってたけど案外面白い奴じゃないかと心の中で思った。ちょろい男である。
「そういえば君、ポケモン板は知らないのに見に来たのね」
「あー……あの背の高いのが幼馴染でさ。何するのかよくわかってないんだけど応援に来たんだ。あいつ、優しい奴でさ。故郷じゃどんくさいオレなんかにも構ってくれてたから、せめて応援をと思ってね」
「あぁ彼の。じゃあ本当に何も知らずに此処に来たのね」
「そんなかんじ」
ククルは肩をすくめて苦笑いをした。
そんな様子を見たエマは、少し考えた様子でこう切り出した。
「んー、これも何かの縁ね。じゃあ、私がビンタのお詫びに解説をしてあげる!」
「え、本当?」
ククルは、すぐに飛びつくように聞き返した。
正直この提案は、渡りに船だった。
ククルとしても、ケイツァルがこれから何をするのか気になって仕方なかったのだ。
「よろしく頼むよ!」
「わかったわ。あ、改めて、私エマニュエル。エマって呼んで」
「オレ、トゥームベン村のククル。よろしく――」
その時だった。
「お待たせした! これより、ケイツァル対ナスカエルによる決勝を執り行う!」
挨拶が終わったところで、計ったかのようにタイミングよく審判が声を上げた。それまでざわついていただけの会場が、一気にボルテージを上げる。
巨大な歓声にククルは驚き耳をふさいだが、エマは笑ってこっちを見た。
「とは言っても、でもまぁ最初はやっぱり一目見てからが良いわよね」
少しイタズラっぽく笑った彼女に、ククルはドキッとするがそんなことはあっという間に忘れることになる。
いや、これから見る光景に全てを上書きされると言った方が正しいかもしれない。
エマは、会場中央のケイツァル達を指差した。
「見ててね、驚いちゃだめよ? 今から彼らがポケモンを呼ぶわ」
「……呼ぶ?」
ポケモンとは、先ほどの絵に描かれている精霊の事じゃなかったんだろうか。まさか、本当に精霊を呼ぶ? いやいや、まさかそんなわけがない。そういう儀式を行うという意味の話だろうか――
そんなことを考えながら見ていると、ケイツァルと対戦者のナスカエルが懐から何かを取り出した。
それは、遠目ではただの木の板に見えた。
「あれは……ポケモン板?」
(なんだ。呼ぶってポケモン板の事か。こんなに大げさにやってて……。え、ここの人達ってまさか板当てをこんなに興奮してみてたの?)
ククルはひどくがっかりして、ドヤ顔で笑うエマに苦笑いを返した――次の瞬間だった。
「来い!! デルビル!!」
「っ!」
ケイツァルが懐から取り出した木板を、両手でひねってみせた。
厚みのある板だと思っていた物は、薄い箱だったらしい。
そして、それを投げた。
するとどうした事だろうか。二人が手元から投げた四角い蓋が、突如姿を変え中型犬ほどの獣に変化したではないか。
「は……?」
――グルルルル!!
それは、真っ黒の姿をした犬のようだった。だが、決定的に違うのは頭に頭蓋骨のような骨と、背中にも骨のような物を背負った姿である。あんな生き物、見たことが無かった。
――ワッ!!
歓声が、さらにボルテージを上げていく。
クルルは、今見たものが信じられず口を大きく開けて固まってしまった。
「な……な……な……!?」
「アレが、本当のポケモン。ふふ、驚いちゃった? この街の人だって今朝の予選で初めて見た人が殆どだから気にすることは無いわ」
突然、板が変化して現れた。
あれが、ポケモン。
確かに、先ほど露店で見た絵に描かれていた獣に似ている気がする。
「な……なな……なにあれ! 精霊様!?」
突然現れた原理や理屈なんてどうでもよく、勇ましく可愛らしいポケモンの姿は、ククルの子ども心に一瞬で火を付けた。興奮した彼は鼻息も荒くエマへと顔を近づける。
「ちかっ!」
「あ、ごめん! それよりアレ何!?」
「コホン。アレが精霊様。私達がポケモンって呼んでいるもの。今から行われるのはポケモン同士の戦いの儀式。みて、今からドローするから」
「ドロー……」
指をさされた先で、ケイツァルが目の前に浮かぶ謎の光へと手を伸ばす。
「あの光が、星の記憶。あそこからドローしたカードをあのポケモンたちに使用することでアシストが出来るの」
「全然わからない……」
もう少し細かい説明を求めようとしたが、それより先にケイツァルの行動が始まった。
どうやらあの光の中から出た四角い物がカードらしい。何かの効果のあるカードを、ポケモンへと素早く投げた。複数枚既に持っていることから、最初から数枚は手札を持っていたようだ。
「最初にひねる動作をしたでしょう? あの時に最初の手札が手に入ってるわ。後は星の記憶にパワーが溜まる度に引くことが出来るの」
星の記憶ってものやパワーなど、単語が全く理解できないままだ。
理解の追いついていないクルルを余所に、ケイツァルはさらに手を胸の前で何かを抱くように構えた。すると、その手の平の中に赤い光が灯ったではないか。
「炎エネルギーだわ! 彼、炎の適合者なのね」
「炎? 何アレ? 何で光ってるの!?」
まるで手品のように急に光を生み出したその光景は神秘的だった。
その光を、彼はポケモンへと飛ばす。
「あれは、自然の力。ポケモンが活動するために必要なエネルギーの塊よ。人にしか生み出すことのできないあのエネルギーをポケモンに捧げる事で、ポケモンは技を繰り出せるの」
「炎を纏った!? 奇跡だ……うそだ、信じられない」
クルルは目の前で行われている戦いを見て、めまいを覚えた。
物語の怪物のように、火を操る生き物が存在するなんて思いもしなかった。それを、まさか幼馴染が操り戦っているのだ。
「ふふ、コレがポケモンカードバトルよ」
「ポケモン……カードバトル……」
エマの言葉が、ククルの頭の中で大きく響いていた。
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