Pokémon Card Game LEGENDS "became" 作:とげ
――ワッ!!!!
ケイツァルが手を上げた瞬間、会場に爆発的な歓声が上がった。
だが、会場が揺れるほどの巨大な歓声を受けながらなお、不思議とケイツァルの顔色は変らない。
その時ケイツァルは、ある一点をジッと見つめていた。
そして、ゆっくりと上げていた手を降ろし人差し指を付き出した。
指の差す方向は、客席。
観客全員の視線が、その先に集中した。
「お……おい、あれ……」
「嘘だろ? いつから居たんだよ!?」
客席も段々とその指さす先に何が居るのかに気づき、ざわつきだした。
やがて、誰かが叫ぶ。
「教皇様だ!! テスカ・コァトルが来ているぞ!!」
その瞬間、再び場内に巨大な歓声が上がった。
客席の最上階。特定の人物しか入れない貴賓席に、腕を組み見下ろすその男の姿はあった。
男の束ねた髪は、燃えるように赤かった。
齢50を超えてなお、衰えることの無いその肉体美は、見る者全てにそこに巨人を幻視させるほどだった。
この男こそ、エルドラドを此処まで発展させた功労者。
生きる伝説、教皇テスカ・コァトルその人だった。
「うおおおおお!! 教皇様ー!!」
「コァトル! コァトル! コァトル!」
歓声が上がり、会場の主役が一瞬にしてケイツァルからテスカ・コァトルへと移り変わったのは、誰から見ても明らかだった。
教皇が、ゆっくりと片手を上げる。
筋骨隆々の男が繰り出すその仕草は、気まぐれで赤子を転がす肉食獣を思い起こさせる所作であった。
一瞬にして静まり返る会場。
その静寂の中、教皇が口を開く。
「親愛なる市民たちよ。ごきげんよう。今日、新たなるカミグリの同志が誕生したことをここに祝おう。そして、ケイツァル。此度の優勝を褒めて使わす。褒美に、貴殿の望みを叶えようではないか。何でも申して見せよ」
その言葉に、指を降ろしたケイツァルが肘を折り頭を垂れながら返事をする。
「ありがたき幸せ。私は……」
一瞬の間が空いた。
審判が、苦虫をかみつぶしたような顔をする。
事情を知る誰もが、彼が故郷への帰還を願い出る物だと思っていた。
だが――
ケイツァルが、顔を上げ叫ぶ。
「私は! お前とのカミ喰いを希望する! 私と戦え、テスカ・コァトル!」
そのまさかの言葉に、会場がどよめいた。
審判や、他の司教たちは顔を青ざめケイツァルに罵詈雑言を投げかける。
だが、もはや集中したケイツァルには何も聞こえて居なかった。
ケイツァルの目には、教皇しか映っていない。
彼は、知っていたのだ。
ナワール教の教えには、テスカ・コァトル自身が定めた『精霊に最も愛されし者こそが蛇の頭であれ』という戒律が存在する事を。
それはつまり、教皇はカミ喰いで負ければ即退位を意味していた。
会場のざわめきの中、教皇だけが高らかに笑う。
「くっくっく……くぁーっはっはっは!!!! よい」
不敬を罰しようと、司教たちがケイツァルを取り押さえるために駆け寄ろうとしていたのを、教皇が手を上げて制止した。
「貴様の望みは、それでよいのだな?」
「あぁ。私が望むのは、お前の精霊の印。そして、コァトルの名……教皇の座だ!!!」
「よかろう!!!!」
その言葉と同時に、教皇が跳んだ。
そして、いつの間に呼び出したのかわからない鳥型のポケモンの足に捕まり飛んでくるではないか。
ケイツァルの頭上まで飛んで来た教皇は、腕を組んだまま直立不動の姿勢で、地面へと突き刺さらんがごとく舞い降りた。
「こうして挑戦者と戦うのも、何年ぶりだろうなぁ。貴様の戦い、見ておったぞ。新たなるエネルギーか。面白い……血沸き踊る戦いにしようではないか」
「初めまして、古き教皇よ。そしてさようならだ」
神に一番近き男と、神をも恐れんとする男との戦いの火ぶたが、今切って落とされたのだった。
「ハァ……ハァ……驚いたぞ。よもやここまでやるとはな」
「ふん、腐っても教皇と言ったところか」
満身創痍の二人が、対峙する。
二人の戦いは激戦を極め、そして膠着状態へと陥っていた。
客席が、その姿を見てざわついていた。
なんと、戦局を見れば驚くことにケイツァルが有利と言える状況だったのだ。
二人の属性はお互いに炎タイプ。ケイツァルの目覚めた悪エネルギーの力を纏った【ヘルガー】に対し、教皇テスカ・コァトルの繰り出しているポケモンはかいりきポケモンである翼を持つ炎のポケモン、【リザードン】であった。
さらに、この二人はポケモンだけで戦うに飽き足らずお互いが肉体での攻撃や防御も繰り出しており、泥臭い戦いを続けていた。そのためエネルギーを練るのが難しく、試合の展開が遅い。
同タイプでの戦いの中、ケイツァルが有利を取っている点、それは若さゆえの本人の体力に他ならなかった。
「完全に事態は膠着した。仕切り直すか? それとも星の記憶を出し切るまでやってみるか?」
「っは、ぬかせ。俺にそんな体力はねぇしこれ以上戦局は動かねぇ」
ケイツァルの提案を、汗をかき片膝をついたままの教皇が一蹴する。力強い口調とは裏腹に息が上がったままのその様子に、余裕は感じられなかった。
そして、彼が苦虫を潰したような顔をしながら出した答えは――
「あー、ちくしょう。参った」
「……なに?」
「だから、言ってんだろ。俺の負けだ。お前が……今日から教皇になれ」
その言葉に、会場全てが凍った。
なんと、教皇自らが負けを認めたのだ。
冥府の戦鬼とまで言われ、これまで数々の奇跡を起こし伝説とまでなった男がだ。
「何の冗談だ。まだ勝負は終わっていないぞ」
「冗談も何もあるかい。何だその出鱈目なエネルギーは。やってらんねぇ。もう一回なんて結果見えちまってるもんやる必要ねぇよ」
「貴様。これは、カミ喰いだぞ? 分かって言っているのか?」
「おぉ、そうだったな。まぁ……仕方ねぇわな。世代交代って奴だ」
その軽々しい口調に、ケイツァルが苛立ち歯を食いしばる。
それはそうだろう。彼らが修行の末あれだけ苦労して手に入れた精霊の印を、目の前の男はあっさりと捨てるというのだ。悪い冗談にしか聞こえなかった。
しかし教皇の降参は本気だったらしく、テスカ・コァトルの星の記憶は降参と同時にカードをばら撒き始めた。
降参した場合、この星の記憶に残ったカードが全てばら撒かれるとポケモンが精霊の印へと戻ってしまう。その印を今回の場合なら、砕いてしまえばすべてに決着がつく。
「……なるほど。どうやらこのおいぼれはボケてしまったらしいな。では望み通り、貴様の精霊の印を喰らい尽し引導を渡してやる!」
ケイツァルがヘルガーに指示を出し、リザードンが精霊の印に変わる瞬間を攻撃しようと狙いを定めた。
だが、教皇はまるで気にせず危機感を感じるどころか投げやりな様子で喋り続ける。
「……しかしお前さん、よくカミ喰いの事なんて知ってたなぁ。その強さと言いなかなかの勤勉さだ」
「ふん、なんだ? 今更命乞いか? だがもう遅い。何もかもな」
「いやいや、そんなんじゃねぇよ。まぁ聞け。ただなぁ、残念ながら惜しいんだわ。ちょこっとだけ勉強不足だな」
「なんだと?」
テスカ・コァトルはそういうと片手を上にかざした。
「俺に勝った祝いに、カミ喰いを行うときの注意点を教えておいてやるよ。それはな、『やるなら絶対に逃がすな』……だ!」
「っ!!! 貴様」
「覚えとけ」
その瞬間、バトル場に残っていたリザードンが翼を大きく羽ばたかせ素早く後ろに飛び立ち、テスカ・コァトルはその足へと掴まった。
空に舞い上がった教皇は、上からケイツァルへと語り掛ける。
「悪りぃな! 俺はこいつだけは失うわけにはいかなくてな。喰われるわけにはいかねぇのよ。だが安心しろ。今吐きだしちまってるカードはお前のもんだし、ちゃーんと教皇の座はくれてやる!」
そういい終わるや否や、リザードンは高速で飛び立ち天井を突き破り、更に空高く舞い上がった。ガラガラと落ちる天井の石材に、観客がパニックになる。
教皇、いや、旧教皇はその混乱に乗じて、ゆっくりとケイツァルに背を向け飛び去って行こうとした――だが。
会場がパニックに陥る中、ケイツァルだけは落ち着いていた。
「教皇の座は頂いておこう。だが、この私が逃がすと思ったか? ヘルガー」
表情に一切の感情を見せず、ただ空を見つめ、そして冷たい声でケイツァルは、こう命令した。
「【かえんほうしゃ】」
その瞬間、ものすごい勢いでヘルガーの口から炎が噴き出し、飛び去ろうとしていたテスカがその明るさにようやく気付き振り向いたときには――
炎はもはや回避不能なほど、目の前に迫っていた。
「ば、馬鹿な。この距離を――ぐああああああ!!」
ヘルガーの口から放たれたどす黒い悪エネルギーを巻き込んだその炎は、この世のすべてを燃やし尽くすかと思われるほどの明るさで、遠く離れた観客の顔にすら熱気を感じさせた。
そんな灼熱の炎に飲まれたリザードンとテスカは、観客の悲鳴が上がる中、会場の外へ黒い影として墜落していったのだった。
コァトルは名前ではなく、蛇という意味を持つナワール教団最高位の称号です。
どうも、お読みいただきありがとうございます。
長かったケイツァルのパートはこれでひと段落です。
読んでいただき、本当にありがとうございます。