Pokémon Card Game LEGENDS "became" 作:とげ
「もう! 付いてこないでって言ってるでしょ!!」
「一人にさせるわけにはいかないだろ」
人目を避け、もう何度目か分からないやり取りをつづけながら二人はある扉の前に来ていた。
エマはどうしてもついてくるククルにため息をつき、とうとう観念したようだ。
「はぁ……もういいわ。何も企んでないと思うけど、変な事したら許さないからね」
「大丈夫大丈夫! カミグリの才能は無くても見張りくらいは出来るよ!」
ククルは、から元気を出し大きく握り拳を作って見せた。
そんなククルを横目にため息をつきながら、エマはその扉をゆっくりと開いた。
その途端、少しひんやりとした空気が部屋から流れ出してくる。
真っ暗な部屋の中は、いくつかの木板が壁に掛けられていた。これらが全て精霊の印なのだろう。
ククルは興奮を隠せず、キョロキョロとそれらを見ていった。
(あぁ、自分にも才能さえあればこの精霊の印を使えたのかな。……本当に、オレじゃダメなんだろうか)
思わず触れたくなるククルだったが、自分では本当に扱えないのだという現実を知るのが怖くて、伸ばしそうになる手をひっこめた。
「……ねぇ、いま何か言った?」
「何も言ってないわよ。ちょっと静かにしてて」
その時ふと何か聞こえた気がしたククルだったが、気のせいだったらしい。
それにしても、周囲にある精霊の印を回収しなくていいのだろうか。そう思いながらも、ククルは何やら焦って進むエマに黙ってついていくしかなかった。
「よかった。あった!」
それを見つけたエマは、安堵した。
部屋の一番奥に鎮座していたのは、精霊の印だ。
それは厳重に布の上に置かれ、明らかに他の精霊の印とは扱いが違っていた。
その精霊の印に彫られたポケモンは、変わった姿をしていた。長い尾と大きな頭を持つ二足歩行のポケモンが正面を向いている。
どこにでも居るようで、どこにもいないようなそんな不思議な印象を持つポケモンだった。ただ、一目見ただけで他の精霊の印と何かが違うと感じる、異様な雰囲気を醸し出していた。
エマがこの場所に来た理由。それは、この精霊の印を持ち去ることにあった。
これは、教会にとってご神体ともいえる特別な物だ。
何故ならこの精霊の印は数年に一度、質問に答える形で微かに喋るのだ。
他の精霊の印にも、意思のような物はあるがそれは声ではなくあくまで何かを伝えたい思いがあると感じる程度のものだ。
だが、それらとは違いこの精霊の印は明らかに人の声を喋り質問に返事をする。
数年に一度の夏至の日、ある一定以上の才能を持った人間にだけ微かに声が聞こえ、それらは精霊の意思として尊重されてきた。
カミグリ誕生のきっかけになったのも、この精霊の印の『競い合え』という言葉だったとも言われている。
「君じゃない……か」
それは、エマが数年前にこの木板から聞いた声だった。
その当時、エマは最高のカミグリになると期待されていた。
もしかしたらこの精霊の印の持ち主になれるのではないかと。
だからこそ、その精霊の印の声の聞こえる夏至の日に精霊の印を賜る儀式を受けた。だが、その結果聞こえたのがその声だった。
2属性のエネルギーを最初から扱えるほどの才能のあったエマですらダメだった事から、今では恐らくこの精霊の印と契約できるのは生まれながらに全属性を扱えるような、奇跡の存在しかいないのではないかと推測されるようになったのだった。
「これだけは持って帰らないと、もしこの印が彼らの手に渡ったらどうなるか……」
それは、先ほど思い至った懸念だった。
もしこの精霊の印を喰う事が出来たら?
それは、今までこの精霊の印をご神体として崇めて来た教会にとっては思いもよらない事だった。
教会にとって大事なのは、この精霊の印から聞けるお告げであり、力ではなかったからだ。だが、彼が……ケイツァル達が求める物は力であり、彼らはこの精霊の印を破壊して力を取り入れようとする可能性があった。
(それだけは、ダメ。持ち主になれなかった以上、私の役目はこの子の声を聞けて、尚且つ悪用しない人を見つける事なんだから……! )
それこそが、エマに課せられた宿命だといつしか考えるようになっていた。
ケイツァル達にこの精霊の印《オメガ》を奪われてしまえば、もはやナワール教の暴走を止める事は不可能となり、世界は乱世へと突入することは間違いないだろう。
「……ふぅ。後は見つからないようにして出ていくだけね。……それじゃ行きましょ――」
「……!! だから、黙れって!!」
「っ!?」
エマが、目の前の精霊の印を手に取り振り返ろうとした時だった。
先ほどからボソボソと何か独り言を言っていたようだったククルが、とうとう大きな声を上げた。
「ちょっと! 声が大きい! さっきから何なのよ!?」
「いや、ごめん! なんかずっと……話声みたいなのが聞こえて……」
「……? 何も聞こえないわよ。大丈夫?」
エマが誰かが来たのかと周囲に聞き耳を立てるが、辺りに変化は無く人の気配は感じない。
「えぇ? 本当にうるさいんだ。何なんだよこの声……」
「うーん? 声なんて聞こえないけど……何て聞こえるの?」
「なんか、オメガとか大文字がどうとか、本当にオレ、おかしくなっちゃったのかな……」
「……え? 声? オメガ? え?」
木板とククルの顔を見比べるエマの目が、だんだんと見開いていく。
そして――
「うそ……えぇぇぇぇ!!!?」
「!?」
エマの口から悲鳴にも似た驚嘆の声が溢れ、ククルは意味が分からず戸惑うしかできなかったのだった。
ほんの数分前の事だ。
部屋に入ったククルは、奇妙な声がかすかに聞こえた。
エマが何か喋ったのかと思い聞いてみるも、どうやら空耳だったらしい。
そこで静かにしろと言われてしまったククルは、それ以上何も言えなくなってしまった。
だが、その声はだんだんと部屋の奥に行くにつれてハッキリと聞こえてくるではないか。
そして――
『あれ? 初めて見る子だ。初めまして。僕の名前はオメガ! 表記は大文字だからね。小文字はだめだよしょぼーんってなっちゃうからね。なーんて聞こえてないよねクスクス』
「ん……?」
『……あれー? もしかして君、僕の声聞こえてる? こっちだよーこっち。……え? もしかして本当に聞こえてる? うそー!?』
その声は、はっきりとククルに語り掛けて来たのだった。
「そこから、ずっと何か話してくるんだけど、意味が分からない単語ばっかりだしどこから聞こえてるかもわからないし……」
「嘘……でしょ……えぇ? なんで? なんでククルが……?」
いまだにエマはショックから立ち直れず、一人ブツブツと呟いている。ククルはようやくエマの様子からこの声が精霊の印から聞こえてくるものなのだと気づいた。
「え……これが……? 本当に君が喋ってるの……?」
『そうだよー。やっと信じた? ただ僕にもわからないんだよねぇー。なんで君、僕の声聞こえるんだろ? 夏至でもないのになぁ』
理解の追いつかないククルに対し、オメガと呼ばれる精霊の印は怒涛の如く喋り続ける。
『それにしても……声も聞こえるし折角エマちんが連れてきてくれたから、すごい才能の持ち主かと思ったのになぁ。適性なさ過ぎて笑えるね君』
「えぇぇ? やっぱりないんだ……」
『無いも無い。属性値が完全にゼロなんて初めて見たよ。君、本当にこの世界の人間? ってくらいレアだね!』
ククルはその言葉にひどく落胆した。実は先ほどから声が聞こえるって事はもしかして、実は自分にも精霊の印を扱える才能があったのではないかと期待していたからだ。
『あーあ、本体に取り込まれて消えたくないから才能あるトレーナーを選んで契約するって発想は良かったんだけどなぁ――』
「そ、そうか! そういう事なのね!!」
久しぶりの話し相手に興奮気味に喋り続けるオメガだったが、その言葉の聞こえていないエマが、急に何かに気づいたように顔を上げた。
「ど、どうしたの?」
「私たちは、勘違いしてたのよ。特別な精霊の印であるオメガにふさわしいのは全属性を扱える人だと思い込んでたけど、逆だったのね!」
エマはキラキラとした目で、ククルを見つめた。
「無属性こそが、オメガと契約できる条件だったのよ! 必要なのは空っぽの器! そんな人、これまであなた以外に居なかったもの! 嘘、なんでこんな簡単なことに私達気づかなかったのかしら!」
『いやいやいやいや、違うよ?』
「ククル! 私たち間違えてた! あなたの事才能ないだなんて言って、ごめんなさい。成れる。成れるわあなた!」
「え?」
「この精霊の印【オメガ】と契約して、カミグリになれるのよ!」
興奮しきったエマは、ビシッとククルを指差して宣言したのだった。
『クスクスクス。エマちんは面白い事いうなぁ。この子が僕の契約者? 無い無い。僕はただ、弱い子について負けちゃうのが嫌で強いトレーナーが来るのを待ってただけだけさ。さぁ、ククル。違うって言ってあげなよ。早く別の才能あるトレーナーを連れて来てってさ』
だが、ククルはそんなオメガの言葉を聞きながらも黙っていた。
それは、ククルの脳裏に浮かんでしまった、黙っていればもしかしたらまかり間違えてカミグリになれるんじゃないかという誘惑と戦っていたからだ。
『わお、そこで黙っちゃうんだ。君って最低だね!』
だが、そんな浅はかな考えはあっさりとオメガへとばれてしまった。
「うううるさい! 何だお前。さっきから失礼な奴だな! 今言おうとしてたところだろ。エマ、残念だけど僕はコイツの契約者になんか成れないんだ。コイツも違うって言ってるし」
だがしかし、エマはすっかり興奮した様子で聞く耳も持たず、ククルの手を握りながら反論して来た。
「さっき、私が才能ないって言った事気に病んでるのね。本当にごめんなさい。遠慮しなくていいわ! あなたにはきっと私が気づかなかった才能があるのよ!」
『わぁ、この子、思い込んだら止まらない系の女の子?』
「オレも知らなかったけど、そうみたい……」
「やっぱり!」
あぁややこしいと、ククルは頭を抱えた。
一人と一枚は、エマの様子にすっかりドン引きしてしまっていた。
しかしそんな事にはまるで気づいていないエマは、興奮の収まらない様子でオメガの精霊の印をククルの前にずいっと押し出した。
「さぁ、この精霊の印にあなたの血を垂らしてみて。ポケモンが受け入れてくれたらそれで契約は完了するわ。あなたもカミグリの一員になるのよ」
『はー、言葉が伝わらないのは不便だなぁ。まぁ好きにしたらいいか。僕がこんな子を受け入れることなんてないけどね』
(む……! 何なんだよさっきから。オレだってお前みたいなの願い下げだよ!)
だが、そうは思っていても実演しなければエマの興奮は収まりそうにない。
仕方ないかと、ククルはその場で指を薄く噛み血をオメガへと絞り出した。
垂れた一滴が、ポケモンのレリーフの上へと染み込んでいく。
だが、やはりというか当然のごとく何も変化が起きない。
「ね? 無理だったでしょ」
「大丈夫。契約の完了までに時間がかかることなんて普通の事よ」
『まぁ、しばらくすれば満足するか。ところでなんで君たち僕のところに来たの? 少し慌ててるみたいだったし。僕が寝てる間になんかあった?』
その質問に、ククルはふと我に返った。
そうだ、今こんなことをしている場合じゃなかったのだ。エマの目的の物も回収出来た事だし早くこの場を去らなければ。そのためにも現状をこのオメガに知ってもらい、静かにしてもらっていた方が良いだろう。そう思ったククルは口を開こうとし、
「実は――」
『あ、いいよちょっと読ませて。こっちの方が早いし』
「え……うわぁ頭が……! なんだこの感覚ぎぃぃ」
オメガがそう言った瞬間、ククルの頭の中に異様な感触が走った。
それは何と言ったらいいか、脳の皺を指でなぞられるような気味の悪い感覚で鳥肌が止まらない。その感覚は数秒で抜けたのだが。
『……え? まさか……なんで?』
それと同時に、オメガの声があからさまに焦りを帯びていくのを感じた。
『なんで彼の気配を感じるんだ! そんな馬鹿な……ありえない。一体何が起こってるの。僕たちの想定した事態から外れすぎてる……!』
「ククル、頭押さえてどうしたの? オメガはなんて言ってるの?」
「なんか……ケイツァルの事知って焦ってるみたい」
「そっか、やっぱり……」
二人は先ほどの出来事を思い浮かべ、オメガですら焦るような事態なのだと再認識して顔を見合わせた。やはり、危険を冒してでもココに来たのは間違いではなかったようだ。
『まずいまずいまずい。誰でもいいから早く契約して力を付けないと彼に見つかったら終わっちゃう! あぁもう、最悪だよ。ククル! この際君以外だったら誰でもいい! 誰か連れてきて!』
間違いではなかったと思ったのも束の間、ククルはやっぱり間違いだったのかもしれないとすぐに思い直した。
「なんて酷い言われ方だ……。悲しくて言う事聞きたくないなー」
「な、何を言われたのよ……」
何だかエマに合わせて気を使うのも、あほらしく感じて来た所だった。何なのだろうこのオメガというポケモンは。失礼にも程があるだろう。ご神体だかなんだか知らないが、そもそも自分はナワール教ですらないのだが。
『ごめーん! 違うんだごめんお願いだから拗ねないで誰か連れてきて! 消えたくないんだよ本当に!』
そんな軽い気持ちでの棒読みだったのだが、オメガには効果が抜群だったらしい。あまりの必死な声に、ククルの方が少し引いてしまった。
「えぇ……そんなに? はぁ、仕方ないなぁ。此処から出たら誰か適当に――」
「おい、本当にこっちなんだろうな!?」
「っ!!!」
その時だった。部屋の中に緊張が走り二人の心臓が跳ねた。
ドタドタという足音と共に、今度こそ本当に外から男の怒鳴り声のようなものが聞こえて来たのだ。
しまった、こんな言い争いしている場合じゃなかったと全員が焦る。
「ククル、早く契約を完了するように言って! このままじゃ見つかっちゃう!! 逃げてる途中で契約が完了したら光でばれる!」
「いや、だからオレは契約出来ないってば」
二人は小声で言い争いながらどこか隠れる場所は無いかと部屋の中を見渡すが、この部屋には仕切りはあれど他には必要最低限のものしかなく、とてもじゃないが二人が隠れられるような物は無かった。
『あぁぁぁぁ! こんなことならあの時欲張らずにエマと契約しとくんだった。本当に馬鹿馬鹿自分の馬鹿! 嫌だよこんな何のとりえもない奴と契約したくないよぉぉぉ』
(コイツ、このまま置いて逃げちゃおうかな?)
一瞬そんな考えがよぎった。だが、もちろんそんな余裕などなく――
「今、声が聞こえなかったか!? 誰だ!! そこに居るのは!!」
勢いよく、宝物庫の扉が開いたのだった。