鬼の兵法伝承者、異世界に転世せしむる。 作:書仙凡人
[Ⅰ]
シムは恐怖と疑念が脳裏で渦巻いているのか、怯えつつも、若干不思議そうに首を傾げていた。
そして、尻をつきながら、少しづつ後退していったのである。
だが後方にある人の背丈ほどの小さな木に阻まれ、そこで行き止まりとなった。
さぁて、じっくりと取り調べだ。
俺はそんなシムを見据えながら、話を続けた。
「シム……お前には色々と聞かなきゃならない事がある。話してもらうぞ。場合によっては……お前をこの場で処刑するからな」
すると、レティアが慌てて、俺達の間に入ってきた。
「ちょっ……ちょっとシュレン様! なぜ処刑なんですか! さっきキエーザを倒して救出までしたのに!」
ああもう、面倒な女だ。
大きな声上げやがって、近くに誰かいたら気付かれるじゃないか。
俺はそこでレティアの口を押え、警告した。
「レティア……さん。今は黙っていてくれ。俺は今、コイツと大事な話をしているんだ。話はそれからにしてくれ。いいな?」
レティアは俺の剣幕と行動に驚いたのか、コクコクと頷いた。
俺はそこでレティアの口から手を離す。
「さて、では続けよう。シム、俺が訊きたいのは何か? もうわかっているな?」
するとシムは唇を震わせながら、地べたにひれ伏し、なぜか泣き出したのであった。
ここで命乞いか?
「シュ、シュレン様……生きておられたんですね……良かった。本当に良かった……」
殺しておいて良かったとは、おかしな事を言う奴だ。
ずっと後悔してたんだろうか?
なら、最初からすんなって話だが。
「何言ってんだ、お前は。ホッとしてる場合かよ」
「シュレン様……どうやって生き返られたのですか? 私が確認した時は、確かに心臓が止まっていたのに……」
どうやらコイツは、俺が死んだのを確認してるようだ。
「どうやって生き返られた? さぁな、知らねぇよ。そもそも、お前が殺そうとしたんだろが。だが、お前が俺に毒を盛った所為で、死に掛けたのは事実だ。残念だったな、俺をちゃんと殺せなくてよ」
するとレティアは目を見開き、両掌で口を覆った。
「え!? シム様が……シュレン王子に毒を……嘘でしょ……そんな事……」
「そんな事あるんだよ、レティアさん。コイツは本当に、俺に毒を盛ったんだから。お陰で、実際、死に掛けたよ。ま……俺は生きているがね。残念だったな、シム」
俺の嫌味を聞き、シムは表情を落とす。
そして、俺を無言で見ていた。
どうやら声が出てこないようだ。
俺は続けた。
「シム、お前言ってたよな。ルザリアに殺すように命じられたって……しかも、オヴェリウス王家を皆殺しにしろと言われたとな。どういう事か話してもらおうじゃないか」
「え……ルザリア様が、オヴェリウス王家を皆殺しですって……」
レティアは息を飲みながら、恐る恐るシムを見た。
部外者がいるにも拘らず、かなり際どい話題をしているが、もうどうにでもなれぇである。
「そ、それは……ルザリア様にそう伝えるように、言われたからです。そして、あの秘薬を飲ませた後、黒い本を置くようにと、私は命令されたんです」
またわけのわからん事を言いだした。
そんなので俺が納得するとでも思ってるんだろうか。
「はぁ? 言われただけだぁ? そんな言い分が信じられるとでも思ってんのかよ。俺は死にかけたんだぞ!」
「ですが……ルザリア様は私にあの秘薬を見せ、こう仰いました。この秘薬はオヴェリウス王家に伝わりし、神秘の秘薬。この秘薬をシュレン王子が飲めば……死の淵から英雄となって蘇るかもしれないと言われたのです。そして……そうなった暁には、グランゼニスに巣食う悪魔の野望を阻止できるかもしれないとも仰っておられました。オヴェリウスを救える希望は王子だけだと……」
「英雄となって蘇るだと……」
俺は思わず、言葉が止まってしまった。
なぜなら、ペンギンの言葉が脳裏に過ぎったからである。
奴は言っていた。古き盟約によって、俺をシュレンに転生させたと。
しかもシムは今、黒い本を自分で置いたと言ったのだ。
俺が英雄かどうかはともかくとして、妙に辻褄が合う。
どういう事だ、これは一体……。
「おい……ルザリアは、本当にそんな事を言っていたのか? 嘘を言ってるんじゃあないだろうな?」
「も、勿論、本当です。エルファナに誓って、嘘は申しておりません。私はルザリア様の言葉を信じて、シュレン様にあの秘薬を飲ませたのですから。そして……蘇ると信じて、ずっと待っていたのです。ですが、シュレン様の心臓はその後、完全に止まってしまいました。だから……私はずっと後悔していたのです。ルザリア様の言葉を信じてしまった自分を……。そして、辛い罰を自分に課す為、キエーザの元に身を置き、あえて酷い仕打ちを受けていたのです。う、うう……」
シムはガックリと肩を落とし、すすり泣いた。
演技には見えんが、信じる事も出来ない。
というか、内容が斜め上過ぎて、わけわからん状況である。
まぁいい、尋問を続けよう。
「へぇ……でも、お前言ったよな? ルザリア様から、オヴェリウス王家の者は根絶やしにしろとの御命令なのです、と。なぜそんな事を言った?」
「ルザリア様は言ってました。どんな境遇になろうとも、生きて何かを守りたいという強い意志がないと、秘薬はその力を示さないと。だからルザリア様に言われるがまま……私はああ言ったのです。う、ううう、ほ、本当に……本当に、申し訳ございませんでしたァ! シュレン様ァァァ」
そしてシムは地面に突っ伏し、大きく号泣したのであった。
予想外の返答がきたので、俺もどうしていいやらだ。
レティアは何とも言えない表情で、俺達のやり取りを見ていた。
話が重いので、流石に入って来れんのだろう。
それにしても問題は、その漫画みたいな秘薬だ。
ルザリアは一体どこで、その秘薬を手に入れたんだろうか? 何者だ、ルザリアは……。
今の話が本当ならば、ルザリアはグランゼニスと通じてはいないようだが、腑に落ちない部分が一杯あって、わけわからんというのが、正直なところであった。
ちなみにルザリアは、シュレンとそこまで多くの接点はない。
まぁとはいえ、全然ないというわけではなく、そこそこ話はしていたようだ。
おまけに記憶によると、この女から古代語の手解きを少し受けていたみたいである。
ほうほう、なるほど。そういうことか。
シュレンの記憶の引き出しを開けると、その人物像が見えてくる。
なかなか綺麗な女性のようで、ざっくり言うと、サラッとした赤く長い髪が特徴のミステリアスな雰囲気の女のようだ。
しかも、結構なボインで、なかなかのプロポーションであった。
シュレンも夜な夜なコイツをおかずにして、自家発電してたようだ。
つか……コイツでマスかいてたんかい。
どうやらシュレンのタイプみたいだ。しょうがない奴だな、もう……。
アカン、こういう記憶はあんま嬉しくないし、見たくないわ。
しかも、シュレン……童貞じゃん。って、今はそれどころじゃないな。
脱線した。話を戻そう。
それはともかく、ルザリアは確かにオヴェリウスの宮廷魔導師だが、それほど位は高くなかった。
20人ほどいた宮廷魔導師の長はルドラムという男が担っており、ルザリアはその部下。
だとすると、ルザリアは誰かから渡されたんだろうか?
まぁいい、シムに訊いてみよう。
「おい、シム。その秘薬とやらをどこで手に入れた? そしてルザリアとどこで会ったんだ?」
「ルザリア様とは、このマティスでお会いしました。そこで私に、この秘薬と黒い本のようなモノを授けられたのです」
やはり、この街だったか。
シュレンの記憶によると、情報収集から帰ってきた後の様子が変だった。
恐らく、そこでルザリアと会ったんだろう。
「ルザリアは他に何か言ってたか?」
「他は特に……いや、そういえば……」
「そういえば、なんだ?」
「あの時、ルザリア様はアルディオンの王都アーレスへ向かうと言っていた気が……」
王都アーレス。実はシュレンとシムも、そこへ向かっていた。
そして、この街に立ち寄った際に、マティス公にお願いして、道中の護衛者を借りる予定だったのである。
なぜ王都に向かうのかといえば、そこにオヴェリウスの公館、つまり領事館のようなモノがあるからだが、正直、今の俺にはどうでもいい事だった。
今の俺はシュレンではあるが、桜木小次郎でもあるからだ。
どこか他人事のように感じてしまうのである。
まぁいい。とりあえず、コイツの処遇を決めるとしよう。
俺はそこで背中の刀を抜いた。
美しい刃紋が浮かぶ、抜き身の刀身が姿を現す。
さて……始めるとしよう。
「シュ、シュレン様……なぜ剣を抜かれたのです……まさか!?」
レティアは怯えた表情で後ずさる。
シムは覚悟を決めたのか、それを見て、目を閉じた。
そんな中、俺は刃の切っ先をシムの首筋に当てたのだ。
刃の当たる部分の皮膚が切れ、少し血が滴った。
「シム……事情は聞かせてもらった。だが、如何なルザリアの命令とはいえ、お前の主は私だ。その私を殺そうとした罪、許すわけにはいかぬ。よって、我が従者たる其方は、この場で処刑させてもらう。何か言い残すことは?」
暫しの沈黙の後、シムは神妙な面持ちになり、祈るように胸の前で手を組んだ。
「シュレン様の仰る通りです。主君であるシュレン王子に対し、私は裏切りにも等しい行為に加担してしまいました。本当に申し訳ございませんでした。何も言い訳は致しません。ただ……1つお願いがございます」
「申してみよ」
「この街にある一番大きなラグリアの木の近くに、私は、空になった秘薬の瓶と王家の証たる短剣、そして、王子の父君であるオヴェリウス王シュレアム様の書簡を隠しました。それをシュレン王子にお返し致します。目印は……シュレン王子ならば、すぐにわかると思います。どうかそれをお受け取りになり……王都アーレスへ向かってください。それだけでございます。今まで……ありがとうございました」
「わかった……では去らばだ!」
次の瞬間、俺は刀を袈裟に鋭く振るった。
「キャッ」
レティアの小さな悲鳴と共に、風切り音がヒュンと小さく鳴る。
シムは祈りの姿で、目を閉じたままだ。
レティアは顔を背け、見ないようにしていた。
すると程なくして、シムの後ろにある小さな木が、ドンという音を立て、地面に横たわったのである。
俺はそこで刀を仕舞った。
シムは目を開き、後ろを振り返る。
「え? 木が……これはどういう……」
「俺が今斬ったのは、王家の従者としての縁だ。これよりは好きに生きるがいい。オヴェリウスが滅んだ今……俺はもはや、ただの旅人だ。もう王子ではない。これからは放浪の剣士・桜木小次郎として生きてゆく。じゃあな」
俺はそこでシムに背を向けた。
するとシムが立ち上がり、俺の前に回り込んできたのだった。
「え、ちょっ、ちょっと待って下さい! それじゃあ、アーレスには行かないんですか?」
「はい、行きません。じゃ、そういうことで」
俺はスタスタと歩き出した。
だがしかし、シムはまた回り込んできたのである。
うぜぇ。
「そんなぁ……困ります。私は陛下にお願いされたのですよ。シュレン王子を無事、アーレスまで送り届けてほしいって」
「お前なぁ……俺を殺しかけておいて、それを言うか? どんな思考してんだよ! もう放っといてくれ!」
「だから、それはすいませんでした。あんな事になると知らなかったからです。本当にすいませんでした。だから、今からでも遅くありません、私と共にアーレスに行きましょう」
この言い分には、さすがに俺もキレそうになった。
一発ぶん殴っておいたほうが良かったか。
「お前、どの面下げて言ってんだ! シバくぞ、ボケ! お前なんかもう知らんわ! あっち行け、シッシッ」
俺は蠅を振り払う仕草をした。
シムは眉根を寄せる。
「王子……人が変わったようですよ。以前はそんなに口が悪い方ではなかったのに」
「お前が俺を殺そうとしたからだよ! 言わせんな」
するとその時であった。
「ちょっと待ったァ!」
外野で見ていたレティアが、俺とシムの間に入ってきたのである。
「なんだ、レティアさん。なんか用か? 早く仕事行ったら?」
レティアはキッと目を細め、俺を指さした。
「貴方……一体誰? さてはシュレン王子を騙る偽物ね!」
コイツはコイツで、またわけわからん事を言いだした。
頭が痛くなってきたのは言うまでもない。
「何言ってんだ、お前は。わざわざ滅んだ国の王子を騙る馬鹿が、どこにいるんだよ。何の得もないだろ。頭おかしいんじゃないか?」
「それよ! その言葉使いよ! 私の知ってるシュレン王子は、そんな品のない言葉使いは、絶対しないもの! 貴方、一体誰よ!」
「ああん? 今のシムとのやり取りはまさに、当事者同士の会話だろうが! 俺は間違いなくシュレンだよ! 文句あるなら、ちゃんとした根拠を言えよ!」
「根拠ならあるわよ!」
「じゃあ言ってみろ!」
するとレティアは、街の入口を指さしたのだった。
「私の知ってるシュレン王子はね、臆病でオドオドしてて、いつも誰かの後ろに隠れてる小心者なのよ! あんな強いのがシュレン王子なわけないでしょ! あのキエーザを軽くあしらうなんて、シュレン王子には絶対に無理! シュレン王子はあんなにカッコよくないんだから!」
レティアは肩で息をしながら、そう捲し立ててきた。
褒めてるのか、貶してるのか、よくわからん言い分であった。
「は? カッコいい?」
するとレティアは焦ったように、両手をブンブン交差させた。
「ち、違う、そうじゃなくて。あんなに強くないって事よ! 何者なのよ!」
コイツは本当に面倒臭い女だ。
こういう女には、このセリフしかないだろう。
「俺か? 俺はただの剣士さ。元王子のな」――