鬼の兵法伝承者、異世界に転世せしむる。 作:書仙凡人
[Ⅰ]
俺とレティアは、床の崩壊に巻き込まれて落下していった。
程なくして、ドスンという衝撃が足に伝わる。
不意打ちのような衝撃が足に来たので、俺はかなりバランスを崩してしまった。
「キャッ!」
レティアの小さな悲鳴も聞こえてくる。
そして、俺は体勢を維持出来ず、四つん這いになり、突っ伏したのであった。
全くもって予想外の展開である。底が抜けるのは勘弁してほしいところだ。
俺はそこで身体を起こした。
腕を何かにぶつけたのか、ジンジンと痛い。
それはともかく、着地時に重い衝撃が、足にきた。
とはいえ、動けるくらいだから、そんなに落ちてはいない筈だ。
10mも20mも落ちたのなら、幾らなんでもこの程度じゃ済まない。
あの世に逝ってる可能性もあるからだ。
「イタタタ、ったく、なんなんだ一体……」
ぶつけた腕をさすりながら、上に目をやると、石組みの壁と崩壊途中の天井に加え、グローのモノと思われる黄色い明かりが視界に入ってきた。
天井には、直径2mほどの歪な円形の穴が、ポッカリと空いていた。
恐らく、あそこから落ちたんだろう。
俺の目算だと、6mくらい落ちた感じだろうか。
とはいえ、ロープ無しで上がるのはキツイ高さだ。
誰かロープを持ってきているのだろうか……不安だ。
しかし、床の下に、こんな空洞があったとは……わからないモノである。
「コジロー様! ご無事ですか!」
するとそこで、上からシムの声が響いた。
見上げると、穴の縁から恐る恐る下を覗くシムの顔が見えた。
その近くには、ランドとユミル、それと、ニーサさんの顔もあった。
皆、心配そうにこちらを見ている。
とりあえず、無事をアピールしとこう。
「ああ、俺は一応な。大丈夫だよ」
「よかった。それと、レティアさんは大丈夫ですか? 姿が見えませんが……」
「え? レティアの姿が見えない?」
俺はそこで、手に持っているグローを掲げ、周囲を見回した。
すると、少し離れた所で横たわるレティアの姿が、視界に入ってきたのである。
恐らく、床の崩落による影響で、向こうまで転がったのだろう。
それはさておき、レティアは痛そうに右太腿を押さえていた。大丈夫だろうか。
俺はレティアの傍へと移動した。
「おい、レティア、大丈夫か?」
俺の呼びかけに、レティアは振り向く。
レティアは怪我をしたのか、痛そうに顔を歪めていた。
「コジローさん……ご無事ですか?」
「俺はな。ところで、レティア……足が痛むのか? かなり痛そうだが……」
「はい……落ちる時、何かに接触したようで……痛っ!」
激痛が走ったのか、レティアは顔を顰めていた。
その表情を見る限り、かなり痛々しい感じだ。
俺はそこでグローを掲げ、周囲を見回した。
すると、ここも上と同様、壁や床は石で造られた空間であった。
10畳程の空間で、カビ臭い空気と共に、無数の埃が待っている。
どうやら、衛生環境の悪い場所に落ちてしまったようだ。
もしかすると、長い間、誰も足を踏み入れてない所なのかもしれない。
ちなみに、この空間にある突き当たりの壁には、通路のようなモノが見えるので、どうやらここは、人工的に作られた地下フロアなのだろう。
まぁとりあえず、今のところ、周囲に危険は無さそうだ。
さて、状況確認は程々にして、今はレティアである。
「レティア、ちょっと足を見せてくれるか」
俺はそう言って、レティアの太腿をグローで照らした。
「は、はい……」
レティアは患部から手を離す。
すると、レティアが穿いている衣服の太腿部分は破れ、そこから痛々しい真っ赤な裂傷が見えたのである。
結構、出血しており、傷も深そうであった。
長さも10cmくらいある裂傷なので、早く治療しないと不味いだろう。
仕方ない……回復魔法を使ってみるとしよう。
ここなら死角になって、上の者達に見られる事もない。
但し、レティアには念を押さねばならんが。
「レティア……今から俺が治療してあげよう。但し、今から俺がする事は誰にも言うなよ。いいな?」
「え? よくわかりませんが……わ、わかりました」
「よし、では始めよう」
俺はそこでレティアの患部に手をかざし、生命の印ハオムの呪文を心の中で唱えた。
その直後、俺の掌は青白く輝く。
そして、俺はその掌で、レティアの患部を優しく包み込んだのであった。
レティアはそれを見るや、目を見開いた。
「え! こ、これは、魔法……」
「シッ……それ以上言うな」
「わ、わかりました」
レティアは慌てて口を噤む。
俺はとりあえず、20秒ほど患部に手を当てたところで、魔法を解いた。
するとなんと、傷は分厚そうな瘡蓋に覆われ、出血も止まっていたのである。
初めてハオムの魔法を使ったが、中々の効能のようだ。
もう少しやれば、完全に治せるかもしれないが、この先、どういう魔物が出てくるかわからないので、この辺でやめておくとしよう。
なぜなら、今やってみた感じだと、血の消費が早そうな気がしたからだ。
とはいえ、あくまでも、そんな気がしただけである。念の為だ。
「ふぅ……とりあえず、血は止まったな。すまんが、今はこれで勘弁してくれ」
「あ、ありがとうございます。あの……どうして……」
俺はレティアに向かい、人差し指を立てた。
「その話は、また今度な。今は心の中にしまっておいてくれ」
「わかりました。でも……1つだけ訊かせてください」
「なんだ?」
「コジローさん……貴方は本当にシュレン王子なのですか?」
レティアは言いにくそうに、小声で訊いてきた。
魔法を使ってしまったので、無理もないところだ。
リアルのシュレンは臆病で弱々しい軟弱男な上に、魔法なんて使えるわけもないからだ。
だがそうは言っても、俺は正真正銘のシュレンである。
なので、そう言うしかないだろう。
「レティア、それは心配しなくていい。俺の素性は間違いないから。ただ……シムに変な薬を盛られて以降……以前の俺ではなくなったかもしれんがな。今した事も、その副産物だとでも思っておいてくれ。それしか今は言えん」
「そうですか……わかりました。すいません……変な事を訊いてしまい……」
「気にしなくていい。レティアが変に思うのも無理ないからな。それより、立てるか?」
俺はレティアに手を差し伸べた。
「ありがとうございます、コジローさん」
レティアは俺の手を取り、立ち上がる。
だがその際、レティアはバランスを崩し、大きくよろけたのであった。
俺はそこですぐさま、レティアの腰に手を回して抱き寄せ、軽くホールドして支えて上げた。
「おっと……大丈夫か、レティア。まだ痛むか?」
「シュレ……様、いえ……コジローさん、大丈夫です。ちょっとフラついただけです」
レティアはそう答えたが、少し恥ずかしそうにしていた。
キスできそうなくらいまで抱き寄せてしまったので、無理もないだろう。
とはいえ、こればかりは勘弁してもらうしかない。
「悪いな。もっとカッコいい男に抱かれたかったろうが、今はこういう状況だし、俺で妥協しておいてくれ」
「そ、そんな事ないです。寧ろ、嬉しいというか……」
「は? 嬉しい?」
レティアは恥ずかしそうに俺から目を反らし、顔を少し顔を俯かせた。
もしかして……少し惚れた? というか、脈アリ?
「あ、いや……あのその……以前の貴方と違いすぎて驚いてるんです。私の知っている貴方は……こんな積極的な方じゃなかったですし。でも、嬉しいというのは本当です。ありがとうございます」
レティアはそう言って、上目遣いで俺を見た。
満更でもなさそうであった。
キスできそうな感じだが、それは後にしよう。
「ああ、そういう事ね。まぁそれはともかく、どうだ? 歩けそうか?」
「はい、大丈夫だと思います。まだ少し痛みはあるんですけど、コジローさんのお陰で、かなり良くなりましたから」
「それは何よりだ。ン?」
するとそこで、シムの大きな声が聞こえてきた。
「コジロー様! レティアさんは大丈夫なんですか? やけに静かなんで、心配です。どんな感じなんでしょうか?」
俺はとりあえず、レティアに目配せし、返事しておいた。
「ああ、大丈夫だ! ちょっと転倒して足を擦ったみたいだが、元気そうだから」
「私は大丈夫です、シム様」
と、レティアも続いた。
「それは良かったです。ところで……下はどうなってるんですか?」
「今のところ何とも言えんよ。でも、通路が見えるから、地下にも手が加わってそうだけどな」
「え、通路ですって!? 本当ですか?」
「本当だよ。ウソついてどうする」
「とりあえず、ロイアスさん達に報告してきますね」
「ああ、頼む」――