鬼の兵法伝承者、異世界に転世せしむる。 作:書仙凡人
[Ⅰ]
ベリアスという魔物は、いやらしく笑いながら俺達に杖を向けた。
「コイツ等を殺せ。できるだけ綺麗な状態でな。イッヒッヒッヒッ」
ラーデン兵士長達は、奴の号令に従い、腰の剣を抜いた。
兵士長の剣は、生前使っていたモノで間違いないだろう。
歴代の兵士長より代々受け継がれる名剣セイブアス。
それはまさしく、オヴェリウス兵士長の証たる剣だ。
刃渡り1mくらいある両刃の長剣で、刃の付け根部分で十字を切る美しい金の鍔と、青い柄が懐かしい。
抜き身の刃は、祭壇の光が反射して、妖しく紫色に輝いていた。
形状は西洋のバスタードソードを思わせる両手剣である。
まぁそれはさておき、ラーデン兵士長達はこちらに向かい、無表情で歩き始めた。
背筋を伸ばし、規則正しく歩く様は、まるで、感情のないロボットのような行進であった。
兵士長が歩く度に、身に着けている傷だらけのシルバーの鎧が、カチャカチャと鳴り響く。
その胸には、オヴェリウスの紋章が刻まれていた。
そして、生気のない、焦点の定まらない眼で、こちらを見ているのだ。
それはヨグ隊長や、他の兵士達にしても同様であった。
やはり、この人達は既に、死んでいるのである。
おまけに他の者達も、兵士長と同様、防具には無数の傷が刻まれていた。
矢が刺さった痕や、剣で斬りつけられたであろう、生々しい戦闘の爪痕が。
しかも、ラーデン兵士長とヨグ隊長の蒼白い首筋には、槍や剣で貫かれたであろう刺創痕が幾つかあったのだ。
恐らく、これが致命傷だったのだろう。
それにしても、グランゼニスは酷い事をする。
死んだ者をヤグルとして利用するなんぞ、悪魔の所業である。
彼等は戦場で、名誉の戦死を遂げたにも拘らず……死後、こうやって敵に利用され続けるのだ。
あまりに不憫で忍びない。
もう戦って成仏させてやる以外、方法が無いのだろう。
そこでシムが口を開いた。
「ロイアスさん! このヤグルは恐らく、オヴェリウスの兵士長と思われます。気をつけて下さい! オヴェリウスで最強と謳われた剣士です!」
ロイアスさんはそれを聞き、怪訝に眉を寄せた。
「さっき、貴方が言っていた通りということか。オヴェリウスのラーデン兵士長……その武勇は噂に聞いた事がある。おい、皆、注意しろ! どうやらこのヤグルは、ただの魔物ではないようだ!」
ロイアスさんが、皆に注意を促した。
それを聞き、仲間達の表情が険しくなる。
べリアスという魔物は、そのやり取りを見てニヤニヤしていた。
俺達の反応を見て、さぞや楽しんでいるのだろう。
反吐が出る化け物だが、戦いは冷静にいかねばならない。
それが兵法というモノの第一の心得だからだ。
しかし、このべリアスという魔物は、どうやって、兵士長達を召喚したのだろうか? 謎である。
それに加え、崩れた床にあったオヴェリウスの紋章に似た印だ。
なんとなく、無関係に思えない印ではあった。が、まぁ俺が考えたところで、わかるわけもない。
俺が今すべき事は、この事態への対応である。
だが、1つ懸念がある。
シムも言ったが、ラーデン兵士長はオヴェリウス最強の剣士でもあるからだ。
その腕前は、オヴェリウス全土に轟くくらいだとシュレンは記憶している。
ランドやユミルでは厳しいだろう。
それに、他の者達に被害が出るのも、あまり気分が良い物ではない。
ここはせめてラーデン兵士長だけでも、俺が相手するしかないだろう。
おまけに今回の件は、オヴェリウスの滅亡に大きく関係する事案。
俺の手でケリをつけねばなるまい。
それはともかく、俺はペンギンの言うとおり、どうやら巻き込まれてしまったようだ。
今回は悲しい戦いになりそうである。
俺はそこで前に出る。
そして、ラーデン兵士長を待ち構えた。
「コジローさん! どうしたんだ、急に!」
「コジロー様!」
「え! コジローさん!」
ロイアスさんとシムとレティアの声が響いた。
俺は後ろを振り返らず、彼等に答えた。
「ラーデン兵士長の相手は俺がします。俺と少なからず、縁があった者なんでね」
「どういう事だ?」
「俺は以前、この方々と関りがあったんですよ。なもんで、せめてラーデン兵士長は、俺と戦わせてください。他の者達はお願いします」
俺はそこで刀を正眼に構えた。
するとその直後、ラーデン兵士長の目が赤く光ったのである。
そして、なぜか知らないが、他のヤグル達は動きを止めたのだった。
なぜ動きを止めたのか知らないが、恐らく、死んだ者を自在に操る魔法があるのだろう。
ベリアスの声が聞こえる。
「ほほう……このヤグル戦士を1人で相手するつもりか。そういえば、今の戦いぶりを見る限り、お前も強い剣士のようだな。よし……お前と戦わせて、このヤグルの強さを確認するとしよう。言っておくが……コイツは今のところ、一度も負けた事がないぞ。お前に倒せるかな。イッヒッヒッ。さぁやれ!」
と、その直後、ラーデン兵士長は俺に向かい、素早く駆けてきた。
俺は刀を逆刃にし、霞に構え直す。
ラーデン兵士長は人間離れした跳躍をし、上から鋭い斬撃を繰り出してきた。
3mくらい跳んでるので少し意表を突かれたが、俺は冷静に、兵士長の斬撃を一旦峰で受け流した。
キィンという鋭い衝突音が響く。
そして、次の技に移ろうとした。だが……それは叶わなかった。
なぜなら、予想外にも打ち込みが強く、鋭いモノだったからだ。
受け流すだけになってしまったのである。
恐らく、今の跳躍に少し気を取られてしまったのと、シュレンの身体が弱いからだろう。
「チッ……まだ筋力が足らんか……」
やはり、キエーザの時のようにはいかない。
相手は並みの剣士ではないからだ。
シュレンの今の筋力では、上手くタイミングを計らないと、次に移れないという事である。
兵士長は続いて、薙ぎ払うように、横から剣を振るって来た。
俺は素早く横に飛び、それを間一髪で避ける。
だがこれで終わりではない。
兵士長は更に踏み込み、連続で鋭い突きを入れてきたからだ。
俺は半身になり、突きを刀の
そして、すぐに下がり、俺は間合いを取ったのである。
「おお、今のも捌くか。お前は相当な剣士のようだな。面白いぞ。これは良い相手のようだ。イッヒッヒッヒッ」
流石は兵士長といったところだが……それだけではない。
動きと力が、かなり増強されている。
恐らく、生前の兵士長よりも力はあるだろう。
そして、それは、死人使いによる魔法の恩恵によるモノに違いない。
はっきり言って厄介な敵である。が、しかし……これは断じて、兵士長の太刀筋ではない。
シュレンの記憶にあるラーデン兵士長の剣技は、こんなモノではないからだ。
もっと洗練されたモノだからである。
今の口振りを聞くに、兵士長を操っているのは、恐らく、あのベリアスとかいう魔物なんだろう。
「さて、続けるとしようか。言っておくが、ヤグルは疲れ知らずだ。まだまだ続くぞ。ついて来れるかな。ヒヒヒッ」
ラーデン兵士長はジリジリと間合いを詰める。
俺はそれに合わせ、少し後退した。
周囲の皆は固唾を飲み、俺と兵士長の戦いを見ている。
だが、シムやレティアは複雑な表情であった。
ヤグルとはいえ、同士討ちをしているのだから、無理もないところである。
それはともかく、ラーデン兵士長は生前と同様、かなりの豪の剣士であった。
シュレンは直接指導を受けた事はないが、弟のオランが兵士長と訓練しているのは見た事があった。
その時よりも、段違いに速い打ち込みである。
だがこれは、ラーデン兵士長の太刀筋ではない。
恐らく、実力の半分も出せていないだろう。
今の立ち合いで、それはわかったところだ。
もう終わりにするとしよう。
俺は後退しつつ、また霞に構えた。
「どうした? 逃げてばかりでは倒せんぞ、ウヒヒヒッ。行け!」
兵士長は指示に従い、素早い動きで俺に間合いを詰め、剣を振りかぶる。
一度、剣を交えた事で、間合いと速さ、そして力は大凡把握した。
俺は最初と同じく、峰で受け、刃を受け流した。
と、次の瞬間、俺は受け流しつつ、刀の峰を返し、更に踏み込んだのである。
そして、俺は兵士長の手首に向かい、逆袈裟に一閃したのだ。
その刹那、兵士長の両手首が剣を持ったまま、床に落ちる。
鬼一兵法、
「なッ!? いつの間にッ!」
べリアスの驚く声が聞こえてくる。
だが、これで終わりではない。
俺はそこで更に間合いを詰め、ガラ空きとなった兵士長の首元に、刃の切っ先を突き立てたのだ。
兵士長の身体に、ずぶずぶと刀身が突き刺さってゆく。
刺創から黒い煙が立ち昇り、兵士長は緩やかに動きを止めた。
するとその時であった。
なぜか知らないが、兵士長の瞳に力が戻ったのである。
そして、兵士長の唇が僅かに動いたのだ。
「こ、ここは……どこだ……私は一体……」
まるで正気に戻ったかのような挙動であった。
俺は刀を更に突き刺し、懺悔をした。
「すまない、ラーデン兵士長。許してくれ……こうするしか……貴方を救えないんだ」
ラーデン兵士長は、ゆっくりとこちらに目を向ける。
「貴方は……シュレン王子……」
続いて兵士長は、切り落とされた自分の手首に目をやった。
そこからは、黒い煙がユラユラと立ち昇っている。
もう幾許もなく、灰と化すことだろう。
「そう言うことか……どうやら私は、ヤグルとなっていたのですな。貴方が私を止めてくれるとは……逞しくなられましたな。シュレン王子……」
「本当の貴方ならば……こうはいかなかったでしょう。このような場でですが、兵士長と戦えてようございました」
ラーデン兵士長は感慨深く俺を見た。
「貴方に討たれるなら本望だ。どうか……オヴェリウスを頼みましたぞ」
そして、ラーデン兵士長の身体は黒い煙と共に、白い灰となって消えていったのであった。
肉体の消失に伴い、身に着けていた装備品が、床にカランと音を立てて落ちてくる。
ラーデン兵士長の魂は、今まさに解放されたのだ。
シムとレティアは悲しそうに涙を浮かべ、俺を見ていた。
その思いは、痛いほどよくわかるところだ。
「クッ……まさか、ここまで強い奴だったとはな。折角手に入れた凄腕のヤグルが、灰になってしまったではないか。ったく、腹が立つ」
俺はべリアスを睨んだ。
「それはこっちのセリフだよ。お前を始末する!」
俺はそう言って切っ先を奴に向けた。
べリアスはカタカタと笑った。
「私を倒すだと……ヒヒヒッ。できるモノか! ちょっと腕が立つくらいで好い気になるなよ」――