鬼の兵法伝承者、異世界に転世せしむる。   作:書仙凡人

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lv.24 秘太刀

   [Ⅰ]

 

 

 ベリアスは不敵に笑っていた。

 俺も流石にイラッと来た為、腰にある短剣をダーツの如く、奴に向かって素早く投擲した。

 すると意外にも、短剣は奴の身体を貫通し、その向こうにある壁にぶち当たったのである。

 しかも、短剣は何の抵抗もなく、貫通したのだ。

 それはまるで、煙に向かって投げたかのような感じであった。

 ベリアスの馬鹿笑いが聞こえる。

 

「イッヒッヒッヒッ、残念だったな。お前達では私を倒せんよ。さて、続けるか。良い機会だ。お前達には実験台になってもらうとしよう」

 

 また後方の床が妖しく光った。

 すると次の瞬間、大きな緑色の何かが姿を現したのである。

 爬虫類を思わせる緑の鱗に覆われ、肉食恐竜のようなフォルムに、蝙蝠のような翼。手や足には尖った爪。角が二本生えた頭部には赤く光る眼と、鋭利な沢山の歯がノコギリのように並んだ顎があった。

 そう、もうおわかりだろう。そこに現れたのはなんと、ドラゴンのような化け物なのであった。

 しかも、朽ちかけた肉体……つまり、ドラゴンゾンビが現れたのだ。

 高さは約4mで、尻尾まで含めると全長6mくらいか。

 身体が大きいので威圧感が半端ない。

 おまけに朽ちかけのゾンビなので、その腐臭も凄かった。

 かなりの悪臭である。芳香剤が欲しいと思ったくらいだ。

 つまり、色んな意味で凄い化け物が現れたのであった。

 汚物を消毒したい気分になったのは言うまでもない。

 

「なッ!? あのナルガスはまさか……エンドラッ!  おい、エンドラのヤグルが出現したぞ!」

 

 仲間の誰かが驚きの声を上げた。

 ロイアスさん達はかなり険しい表情であった。

 それもその筈、このエンドラはかなり悪名が高いドラゴンだからだ。

 

「チッ……エンドラだと。どうなっている……」

 

 邪竜エンドラ。

 人や動物を捕食する獰猛な魔物で、この地で恐れられているドラゴンの一種だ。 

 空を舞い、顎から強烈な炎を吹き、鋭利な牙と爪で獲物を狩る。

 この世界では、コイツの所為で滅んだ村もあるくらいだ。

 そして極めつけは、厄介な魔法だろう。

 シュレンがオヴェリウス城で学んでいた魔物の書物によると、エンドラの生態は謎だが、1つだけ非常に厄介な魔法を使うと記述されていた。

 それは何かというと、動物を深く眠らせる魔法を使うらしい。

 確かに厄介な魔法である。が、しかし……現代社会に生きてきた俺からすると、正直、微妙な魔法に思えたのも事実なのであった。

 というのも、ファンタジーゲームに於ける眠りの魔法は、初歩的な扱いモノばかりだからである。

 その為、そこまで凄い魔法には思えなかったのだが、よくよく考えてみると、リアルファンタジーならば、そういうわけにいかない事象であった。

 なぜなら、眠りは完全な無防備になる為、その状態で襲撃されたならば、ほぼ100%に近い確率で死んでしまうからである。

 これは、シュレンが王城で半強制的に学ばされていた、魔法や戦いの知識からも窺い知れる。

 つまり、リアルファンタジー世界とは、常に死と隣り合わせの世界なのである。

 眠りの魔法は完全なる脅威なのだ。

 ちなみにこの世界は、ゲームのように何回もダメージ受けても死なず、仮に死んだとして、生き返れるような甘々な環境では無い。

 死は、文字通りの死。次はないのである。 

 だがとはいうものの、俺は一度死んでいる事もあり、どこか達観している部分もあるのだった。

 その証拠に、この状況にも拘らず、大して恐怖心が湧いてこないのである。

 日本で桜木小次郎として生きてきた時ならば、考えられない事であった。

 その所為かどうかはわからないが、俺の中の武芸者としての血が騒ぐのである。

 俺は生前、父から鬼一兵法の当代の座を伝承するに至ったが、それはどちらかというと、古流剣術の伝承と文化的継承をしたという感じであった。

 しかし、ここにきて、真の意味での鬼一兵法を振るえているように、俺は感じているのだ。

 俺は死んだ事によって、武芸者として一皮剥けたのかもしれない。

 今の俺ならば、例えどんな敵が出てきたとしても、心を乱す事はほぼないだろう。

 この世界でならば、鬼一兵法の神髄を極められる。

 そう考えている自分がいるのであった。

 

   *

 

 話は変わるが、ここでは竜の事をナルガスと呼ぶ。ドラゴンとは呼ばない。

 だが、この転世記では使い慣れたドラゴンという呼称も用いるので、予め言っておこう。

 異世界には異世界の文化があるので、時折、ややこしい固有名詞が出てくるが、そこは大目に見て頂きたい。

 では、話を戻そう。

 

   *

 

 邪竜エンドラの出現により、この場はより一層、緊張感のある戦いの場と化していた。

 仲間達も皆、険しい表情であった。

 

「クッ……エンドラのヤグルだと……なぜそんな化け物がここにいる……」

 

 ロイアスさんも少し動揺している感じだ。

 剣の柄を握る手にかなり力が籠もっている。

 他の皆も同様であった。

 それだけエンドラを脅威と見ているのだろう。

 この世界に於いて、人がエンドラに遭遇してしまった場合、生きて帰れる保証はどこにもないと言われるほどだ。

 そう……遭遇したら最後、多くはエンドラに捕食されているからである。

 但し、それは生きているエンドラの話。

 ドラゴンゾンビとしては未知数であった。

 シュレンの記憶を探っても、エンドラのヤグルに関しては何も出てこないからだ。

 まぁとはいえ、強敵には変わりないだろう。

 あの体格を持つヤグルだ。弱いはずがない。

 

「ヒヒヒッ……まさか、エンドラのヤグルを出さねばならぬとはな。言っておくが……エンドラのヤグルは、武具の加護程度では灰にはできんからな。ヒッヒッヒッ」

 

 これは初耳であった。

 シュレンの記憶にもない情報だ。

 俺は前を向いたまま、後方にいるニーサさんに訊いてみた。

 

「ニーサさん……奴が言っている事は本当ですか? エルファナの加護では難しいのですかね?」

「はい……全く効果がないわけではありませんが、あれだけ大きなヤグルだと、死霊の力が強くて、加護の力がかなり弱まってしまうと思います」

「そういった場合の対策は?」

「私は経験がありませんが……1つだけ方法があります。至近距離から加護の魔法をヤグルへと放つのです。神殿にある戦いの記録には、そう記されておりました。私はこのくらいしかわかりません。私はナルガスのヤグルと戦った事がございませんので……」

 

 要は光の印・ミシュラの魔法を武具にではなく、ヤグルに直接使うという事のようだ。

 よくわからんが、手段はあるみたいである。

 そんなやり取りをする中、べリアスの声が響いた。

 

「さて、では始めようか。行け! コイツ等を殺せ!」

 

 号令に従い、ヤグル達はこちらへと迫ってきた。

 ロイアスさん達がいる左側からは、オヴェリウス兵のヤグル達が迫る。

 俺達がいる右側からは、エンドラのヤグルが、ドスンドスンという重い足音を発しながら迫ってきた。

 と、そこで、ロイアスさんの大声が響いた。

 

「コジローさん! 我々は兵士達の相手をする。そちら側にいるエンドラは、貴方達で今は対応してほしい! 相手はエンドラなだけに大変だと思うが、暫しの間、持ちこたえてくれ! すぐに向かう!」

「了解です」

 

 さて、ドラゴンゾンビか……ドラゴンとはいえ、相手は死体だ。

 生前の強靭な肉体は既にない。

 シュレンの記憶によると、生きているエンドラは、鱗がない首下と胸と腹の部分が弱点のようである。

 凄腕の剣士に討たれた記録もあるので、完全無欠の化け物というわけではないようだ。

 それが事実ならば、案外、物理攻撃には弱そうである。

 しかし、シュレンは臆病なだけに、こういう勉強は結構してたみたいだ。

 これはこれで助かる情報であった。

 それはさておき、俺はそこで皆に指示を出した。

 

「皆、聞いてくれ! 俺が正面からコイツの相手をする! ランドにユミル、それから、シムとレティアは左右に回って援護だ! 但し、不用意に近づくなよ!」

「わかった!」

「わかりました!」

 

 4人は左右に分かれ、間合いを取る。

 よし、これで邪魔はいなくなった。

 思う存分に剣を振るえる環境の完成だ。

 あれ? 俺もしかして、戦いを楽しんでる? まぁいいか。

 続いて俺は、後方の神官達に告げた。

 

「ニーサさん達は頃合いを見て、加護の魔法を追加して!」

「はい、畏まりました」

「では参る!」

 

 そして戦いは始まったのである。

 俺は迫りくるエンドラに向かい、下段に構えつつ、闘いの印・ウルザラグアという魔法を使った。

 すると次の瞬間、身体がフワリと軽くなった。

 コレが効能である。

 つまり、身体強化によってスピードと力が増幅される魔法だ。

 といっても、今の俺では3割増し程度の強化ではあるが。

 自称神のペンギン曰く、魂がもっと強くれば、更に効果が上がってくるとの事であった。

 つまり、俺は魔法に関して、まだまだ未熟者なのである。

 これは仕方ないところだろう。

 俺は魔法に関してはド素人だからだ。

 

「コジロー様、気を付けて!」

 

 シムの声が響いた。

 すると、その時であった。

 エンドラは顎を大きく開いて息を吸い、火炎放射の如く炎を吐いてきたのである。

 紅蓮の炎が俺に向かって、一直線に襲い掛かる。

 俺はそれを横に飛んで躱した。

 凄まじい熱気と炎が、俺の横を通り抜ける。

 直撃していたら、ヤバかっただろう。

 というか、どういう原理で炎を吹いてるのか、気になるところだ。

 

「アッツ……本当に火を吹いて来やがった。って、おわッ!」

 

 エンドラの攻撃はまだ続く。

 俺を捕食しようと、エンドラが首を伸ばし、大口を開けて襲い掛かってきた。

 まぁとはいえ、それほど早い動きでもない為、俺は床を転がり、その攻撃をなんなく回避した。

 尚も手を伸ばし、俺を掴もうとしてくる。が、それも俺は後方へ飛んで躱し、そこで少し間合いを取ったのである。

 なかなかの連続攻撃であった。

 お陰で俺は、間合いを取ったとはいえ、部屋の角に追い込まれてしまった形だからだ。

 

「ヒヒヒヒッ、上手く躱したなぁ。だが、行き止まりだ。さて……お前が一番厄介そうだから、まずは貴様から始末してやろう」

 

 べリアスの自慢げな声が響き渡る。 

 それに呼応するかのように、エンドラは俺に向かい、顎を開いた。

 また炎でも吹いてくるんだろう。

 まぁそれはともかく、今のこの身体能力ならば、鬼一兵法の奥義を使えそうである。

 お誂えむきにも、相手は遠慮いらない化け物。やってやろうじゃないか。

 俺はそこで、刀を胸の前に持っていき、側面を前にして、垂直に立てて構えた。

 鬼一兵法、天元の構え。

 別名、天狗の構えとも呼ばれているが、目的は体幹軸を整える為のモノである。

 俺は続いて、刀を右手に持ち、腕を真横に伸ばして水平に構えた。

 そして、俺は一気に、エンドラへと向かい駆けたのである。

 するとエンドラは顎を大きく開き、俺に噛みつくように襲い掛かってきた。

 炎を吹いて来ないところを見ると、俺が距離を詰めてきたので、直接攻撃に切り替えたのだろう。

 好都合だ。鬼一兵法の秘太刀を受けるがいい!

 俺は間合いに入ったところで、身体を独楽(こま)のように回転させ、舞うように刀を振るった。

 刀はエンドラの首や顔、そして胸を、横に斜めにと乱れ打つように斬りつけてゆく。

 そして俺の刀はエンドラの胸元を深く突き刺し、そこで俺は回転を止めたのであった。

 その刹那、複数に切断されたエンドラの長い首と頭部が、ボトボトと床に落ちてくる。

 

「え!? 嘘だろ……すげぇ……」

「今の何……」

「シュレン様……な、なな、なんですか、その技は……」

「凄い……シュレン様」

 

 ランドとユミル、シムとレティアのドン引きする声が聞こえてきた。

 舞うように回転しながら、視界に入る敵を全て一刀の下に斬り伏せる極意。鬼一兵法、車太刀という奥義だ。

 敵に囲まれた際の秘太刀という位置付けの技で、一刀流の秘伝である八方分身という刀法と、よく似た概念の奥義である。

 ちなみに、桜木家にある眉唾古文書には、鬼一兵法の使い手とされる源九郎判官義経公が、この車太刀の奥義で、武蔵坊弁慶を屈服させたと云われる伝承がある。が、真偽のほどは定かではない。

 それに加え、嘘か真か、それが故に、自らの太刀を車太刀と称したとかいう逸話もあるのだった。が、それも真偽のほどは定かではないので、あくまでも、そういう言い伝えが残っているというだけである。まさしく眉唾の伝承というやつだ。

 まぁそれはさておき、俺は続いて、エンドラの胸元に突き刺さる刀を抜き、その傷痕に手を添え、心の中で光の印・ミシュラの呪文を唱えた。

 俺の手から光のシャワーが放出され、傷口からエンドラの中へと流れ込んでゆく。

 すると次の瞬間、エンドラは動きを止め、全身から黒い煙が立ち昇ったのだ。

 そして次第に、その肉体は灰となり、消滅していったのである。

 ニーサさんの話を聞き、試しにやってみたが、なかなかの効能であった。

 消臭効果もバッチリである。

 

「ふぅ……とりあえず、汚物は消毒できたようだな。ン?」

 

 俺はそこで視線を感じた為、周囲に目を向けた。

 すると、仲間達は口を開けながら、ポカンとした表情で、俺を見ていたのであった。

 戦闘中なのに気の抜けた奴等だ。

 ちょっと喝を入れてやろう。

 

「おい、何を見ているんだよ! まだ敵はいるぞ! ロイアスさん達もまだ戦って……え?」

 

 俺はそこでロイアスさん達に視線を向けた。

 するとなぜか知らないが、ロイアスさん達もポカンとしながら、俺を見ていたのである。

 何してんだよ、アンタ等まで!

 おまけになぜか知らないが、ベリアスも大きく口を開けて俺を見ていたのだ。

 というか、お前は何見てんだよ。

 その所為かどうか知らないが、ヤグルのオヴェリウス兵達も、微動だにせず止まっていた。

 そして、奇妙な沈黙の間が訪れたのである。

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