鬼の兵法伝承者、異世界に転世せしむる。 作:書仙凡人
[Ⅰ]
ヤグルを除く、この場にいる全員が、俺を見ていた。
何とも言えない、微妙な空気が少し漂っている。
とはいえ、今は戦闘中だ。
しかもチャンスである。
なぜなら、べリアスが俺に気を逸らしている所為か、オヴェリウス兵のヤグル達も、時間が止まったかのように動きを止めていたからだ。
恐らく、ヤグルを操れてないんだろう。
「ロイアスさん! ヤグルが止まってます! 今の内ですよ!」
「え? あ、ああ! おい、皆、ヤグルを倒すんだ!」
ロイアスさん達は俺の言葉を聞き、正気を取り戻し、攻撃を再開した。
べリアスが慌てて視線を戻す。
「あ!? チッ、しまった!」
だが時すでに遅しだ。
ロイアスさん達は今の僅かな隙をついて、ヤグル達に刃を突き立てていたからである。
べリアスは苦虫を潰したように、悔しそうな表情をしていた……気がする。
というか、骸骨の表情なんてようわからんわ。
カタカタ顎骨動かしてるだけだし。
それはさておき、程なくして、ヨグ隊長達から黒い煙が立ち昇った。
昇天の時間だ。
「これは……私は……なぜこんな所に……」
「ここはどこだ……」
「ココは一体……」
ヨグ隊長達から弱々しい声が聞こえてくる。
先程のラーデン兵士長と同様、ヨグ隊長達は一瞬、正気を取り戻したかのように周囲を見回していた。
「あ、貴方はシュレン様……そしてシム殿……これは一体……」
ヨグ隊長はそこで、消えゆく自分の身体を見た。
そして、俺達に向かって微笑んだのである。
「そうか……我々は既に死んでいたのですね……王子……先に逝きます。オヴェリウスに栄光あれ」
ヨグ隊長は、その言葉を最後に、加護の力によって灰となり、消えていった。
あまり見たくないシチュエーションだったが、致し方あるまい。
シムとレティアは悲し気に彼等を見ていた。
言葉で言い表せない、悲痛な表情である。
「クッ……おのれぇ! 折角手に入れた活きの良いヤグルなのに! 調子に乗りやがって!」
流石のベリアスも余裕が無くなっていた。
恐らく、エンドラをあっさり倒したのが想定外だったのだろう。
するとその時であった。
「黙れ! 次はお前だァッ!」
動揺するベリアスに向かい、ロイアスさんは間合いを詰め、剣を振るっていたのである。
ロイアスさんは上段から剣を鋭く振り下ろし、ベリアスを一刀両断した。が、しかし……まるで空気を斬るかの如く、剣はベリアスをすり抜けたのだ。
その直後、ベリアスはフッと姿を消したのである。
「な!? 消えた! なんだ今のは……全然、手応えがない」
「イヒヒヒッ、コッチだよ。マヌケ!」
ベリアスは5mくらい離れた所に、フッと姿を現した。
それはまるで、瞬間移動をしたかのような動きであった。
「チッ、ならもう一度だ!」
ロイアスさんは即座に間合いを詰め、ベリアスに斬りかかる。
だがしかし、ベリアスは斬撃を受けるや否や、またも、その場から幻のように消えたのであった。
不可解な現象であった。
ロイアスさんも腑に落ちない表情で、俺を見ている。
「また消えた……どういう事だ、一体」
「手応えはどうでした?」
ロイアスさんは首を横に振る。
「いや、全然ない。まるで空気を斬っている気分だよ」
「やはりね……」
今気付いたが、奴には影がなかった。
つまり……そういう事なんだろう
暫し沈黙の時が訪れる。
祭壇に浮かぶ紫色の光球はそのままであった。
すると程なくして、祭壇の後ろから声が響いたのである。
「イヒヒヒッ……私にそんな攻撃など効かんわ。愚か者共め!」
ベリアスは床から浮き出るように、姿を現した。
その背後にはヤグルの集団がいた。
数にして50体はいるだろう。
普通の死体に加え、オヴェリウス兵のヤグルも何体か混じっていた。
今の状況で、これだけの集団を出してきたという事は、これが今出せる最大の戦力なのかもしれない。
だが今問題なのは……それではない。
どうやら俺達は、戦う相手を見誤っている可能性があるからだ。
俺はそれを確認すべく、付近に転がるラーデン兵士長の忘れ形見、セイブアスを拾った。
そして、人知れずミシュラの魔法で加護を与え、それをべリアスに投擲したのである。
すると次の瞬間、剣はべリアスを擦り抜け、奥のヤグルに突き刺さったのであった。
ヤグルから黒い煙が立ち昇る。
間違いない。これで確信を得た。
「まただ……なぜ奴に攻撃が効かない……」
剣が擦り抜けたのを見て、ロイアスさんは怪訝に眉を寄せた。
「剣が擦り抜けたぞ……なぜだ」
「どういう事なの。なんでアイツに、攻撃が通じないのよ」
他の者達もそれを見て、動揺していた。
べリアスはカタカタと顎を動かし、愉快そうに笑っている。
「ヒヒヒッ、言っただろう? 私はお前達では倒せないとな」
ベリアスは小馬鹿にしていた。
だがこれは、本心ではあるまい。
さて、奴の化けの皮を剥がしてやるとしよう。
奴のイリュージョンマジックに、これ以上付き合うつもりはない。
「なるほど……お前は、なかなかの不死身ぶりだな。大したもんだよ」
「イッヒヒヒッ、如何にお前の剣の腕が凄かろうと、私は倒せんよ。絶対にな」
ベリアスは自信満々である。
その余裕の表情をゲドゲドの恐怖面にしてやろう。
「ああ、そうだな。確かに、お前は倒せそうにないよ。俺もお手上げだ」
「ほほう、開き直ったか」
「いや、違うね。考え方を変えなきゃならんという事だよ」
「何?」
ベリアスは俺の言葉を聞き、真顔になった。
「お前……なかなかのイリュージョニストじゃないか。お金取れるよ」
「は? いりゅーじょにすと? イヒヒヒッ、わけのわからん事を言いおってからに。まぁいい。さてそれでは……お前達にはこれから力尽きるまで、ヤグルと戦ってもらうとしようか。生きている者には限界があるからな。イッヒッヒッヒッ」
さて、種明かしの時間だ。
俺は徐に祭壇へと近づいた。
「なッ!? 貴様……」
べリアスの慌てる声が聞こえる。
どうやらビンゴのようだ。
俺は構わずに祭壇へと向かった。
「チッ! 行けェェ! アイツを殺せぇ!」
ヤグル共が一斉に動き出した。
俺はそこで勢いをつけ、祭壇を駆けのぼる。
そして、怪しく光る紫色の光球に向かい、俺は剣を振り下ろしたのであった。
すると次の瞬間、紫色の光球はそれを避けるように、フワリと横に動いたのである。
しかし、そこまでであった。
大きく動けないところを見ると、この祭壇に括られているのだろう。
それはさておき、そこでべリアスの姿はフッと消え去った。
「グッ……貴様、気付いていたのか!」
紫色の光球が言葉を発した。
やはりコレが種のようだ。
「ああ、お陰さんでな。アレは幻だと気付いたよ。強がるのではなく、少しでも痛がるそぶりを見せておくべきだったな。何れにしろ、お前の本体はソレだ。討たせてもらうぞ」
「おのれぇ! ならば!」
と言ったその直後、紫色の光球から炎が俺に向かって放たれたのだ。
俺は祭壇から飛び降り、それを躱す。
どうやら、魔法を使えるみたいである。
「コジローさん! 大丈夫か!」
ロイアスさんが俺の所に来た。
「ええ、大丈夫ですよ。さて、コイツを倒せば、このヤグル達を倒したも同然です。やっちまいましょう。コイツは恐らく、祭壇から離れられないようですからね」
「な、なに……」
べリアスは右往左往し始めた。
おかしな挙動してる時点で、もろバレだろう。
ロイアスさんの大声が響いた。
「皆聞け! 神官達とセリン達はヤグルを食い止めるんだ! 俺とコジローさんでコイツを倒す! ヤグル共を祭壇に近づけさせるな!」
「はい、ロイアス様!」
「ロイアス様もお気をつけて!」
俺も言っておこう。
「シムとレティア、それとランドとユミルもだ。ヤグルを祭壇に近づけさせないでくれ」
「はい、コジローさん!」
「わかったわ」
「なるべく早くお願いしますよ、シュレン様。私は貴方ほど剣術に秀でてませんので」
「任せてください、シュレン様」
シムとレティアには後で忠告しておかねばなるまい。
だって、俺は桜木小次郎だしぃ。
「ニーサさん達も、後方支援を引き続きお願いします」
「ええ、勿論です。それに私も、貴方にお話したい事がございますので、早く終わらせたいのです」
ニーサさんはそう言って、ニコリと意味ありげに微笑んだ。
何を話したいのか知らんが、面倒事は勘弁である。
まぁそれはともかく、後はコイツの始末だけだ。
俺とロイアスさんは剣を構え、祭壇に近づいた。
紫色の光球が怪しく輝く。
「チッ……かくなる上は、私が自ら戦うしかないか。ヒヒヒッ、言っておくが、私はそう易々と斬られはせんぞ。目にモノを見せてくれるわ!」
すると次の瞬間、急にこの場が冷えだした。
そして無数の小さな氷の矢が、奴の前に出現したのである。
「チッ、氷の魔法か!」
ロイアスさんはそう言って、背中にある盾を装備した。
どうやら氷の魔法のようだ。
シュレンの記憶にない魔法であった。
しかし、数が多い。どうやって防ぐべきか。
俺は盾を持ってきてないので、防ぐモノがない。
と、そこで、あるモノが視界に入ったのである。
それはラーデン兵士長の鎧であった。
「ウヒヒヒッ、死ねぇ!」
俺は急いで鎧を手に取り、腰を落として前に掲げた。
それと同時に、奴の魔法が放たれる。
無数の氷の矢は雨霰の如く、俺とロイアスさんを目掛け、凄まじい速さで襲い掛かってきた。
盾と鎧に、無数の氷の矢がぶち当たって来る。
だが、数が多い為、無傷というわけにはいかなかった。
大部分は防いでいるが、どうしても他の部分は被弾するからだ。
「クッ……なんて数だ」
「こりゃ大変だ。防ぎきれんわ」
だがそれも程なく、終わりを迎える。
時間にして10秒ほどの出来事であった。
超痛かったのは言うまでもない。
「イィィヒッヒッヒッ! そんなモノでいつまで防げるかな! まだまだ行くぞ!」
「させるか! デヤァァ!」
ロイアスさんは盾を前に掲げながら、勇猛果敢に祭壇へ突進する。
そして祭壇を駆けあがり、ベリアスに向かい、上段から斬撃を繰り出したのだ。が、しかし……ベリアスはそれをするりと躱し、ロイアスさんに体当たりをかましてきたのだった。
「何! グアァァ!」
ロイアスさんはべリアスにフッ飛ばされ、祭壇を転げ落ちた。
べリアスの馬鹿笑いが響き渡る。
「ヒヒヒッ、愚か者が! 魔法以外の攻撃手段がないとでも思ったか!」
ベリアスは意外と俊敏な動きだったが、ロイアスさんが隙を作ってくれたので、これを利用する事にした。
俺は祭壇に向かって素早く駆けた。
ベリアスはそこで、俺の接近に気付いた。
「チッ、今度はこっちか! 同じ事よ!」
俺は一気に祭壇を駆け上がり、べリアスに袈裟斬りを見舞った。
だが、べリアスはふわりと浮き上がって、それを躱した。
「ヒヒヒッ、私は羽みたいなもんなんだよ。お前等の剣で倒せるモノか! お前もフッ飛ばしてやる!」
俺の斬撃は止まらない。
そこから続けて、横にべリアスを薙いだ。が、しかし、それもべリアスはふわりと躱したのである。
「死ね!」
その直後、べリアスは俺に向かい、突進してきた。
俺はその隙を見逃さない。
そこで刀の向きを返し、逆手に剣を持ち替え、一気に刀を振り戻したのである。
その刹那、光球を刃が一閃する。
「え? なんで……そんなに早く、剣が戻って来るの……グギャァァ!」
べリアスの断末魔が響き渡る。
そして、光球は真っ二つに切断されたのであった。
これは鬼一兵法の奥義・残月の太刀。
わかりやすいように言うと、中条流の虎切や、今で言う燕返しみたいな技である。
要は返し技だ。但し、水平斬りの返し斬りだが。
まぁそれはさておき、紫色の光は消え去り、ヤグル達は動きを止めた。
やはり今回の一件は、ベリアスが原因だったのだろう。
なかなか大変な原因調査だったが、これにて依頼は達成だ……たぶん。