鬼の兵法伝承者、異世界に転世せしむる。 作:書仙凡人
[Ⅰ]
残月の太刀でベリアスを仕留めた直後、紫色の怪しい輝きは消え去り、辺りは暗闇の空間へと様変わりした。
グローの明かりがある為、完全な暗闇ではないが、視界は悪い。
まぁとはいえ、さっきまではこんな感じだったので、これが本来の姿なのだろう。
それと見たところ、ベリアスが連れてきたヤグル達もすべて灰と化したようだ。
死人使いがいなくなった事で、肉体も解放されたのかもしれない。
どういう原理で動いていたのか知らんが、迷惑な現象である。
で、その原因と思われるベリアスだが、俺の足元にその残骸が転がっていた。
真っ二つに切断された透明の球体。その中には、人のモノと思われる、気味の悪い干し首があった。
勿論、それも真っ二つの状態だ。
今は黒い煙が立ち昇り、灰と化している最中である。
灰になっているという事は、属性的にアンデッドなんだろう。
かなりホラーな展開だが、なぜここにコイツがいるのかが最大の謎だ。
この空洞内には、俺達が来たところ以外、他に通路のようなモノが見当たらないからである。つまり、密室ということだ。
だが……それよりも問題なのは、祭壇の天辺にある直径30cmほどの丸い穴だろう。
どうなっているのか知らないが、その穴からは奇妙な紫色の光がぼんやりと漏れ出ているからである。
おまけに、何やら禍々しい気配を感じる穴でもあった。
しかも、その穴の周囲には、古代文字が彫り込まれており、妙な事が記述されていたのだ。
シュレンの知識で、その古代文字は読めた。
(エル・オヴェリアンの門……また、わけのわからん名詞が出てきたな。シュレンの記憶にない単語だから、メジャーなモノではなさそうだが……まぁいい、後にしよう)
俺はそこで周囲を見回し、辺りを警戒した。
見た感じだと、妙な気配はなさそうだ。
ベリアスが消滅した事で、外のヤグルも一緒に消えたのかもしれない。
とりあえず、差し迫った危険はなさそうなので、俺はそこで、刀を背中の鞘に納めた。
それから祭壇を降り、付近に転がるセイブアスを拾った。
ラーデン兵士長の形見の剣だ。持って帰るとしよう。
ロイアスさんがそこで立ち上がり、こちらにやって来た。
「コジローさん……見事な剣の腕だね。まさか、ここまでとは思わなかったよ。正直、驚いた……何者なんだ?」
ストレートにこう言われると、俺もどう返すか、悩むところだ。
とりあえず、惚けておこう。
「いや……あっしはそんな大層な者ではないですよ。剣客浪漫をしてるだけの流浪人ですから」
「るろう? 何のことかよく分からないが、貴方が凄腕の剣士というのには変わりはない。ところで、最後はどうやってあの魔物を斬ったんだ? その前の剣裁きと比べ、速さが全然違ったんだが……」
ロイアスさんはそう言って、剣で切り返すような動作をした。
倒れながらも、一応、俺の太刀筋を見ていたようだ。
仕方ない。簡単にレクチャーしてやろう。
俺はセイブアスを使い、ゆっくりと実演した。
「アレは逆手に持ち替えて、一気に振りぬくのが極意の残月という技です。まぁとはいえ、その前の剣捌きが大事なんですがね」
「その前の剣捌き?」
「最初の攻撃は避けさせる為に、あえてわざと剣を緩めに振るってるんです。で、相手が油断して攻撃に転じた際、死角から一気に、目にも留まらぬ刃が襲い掛かるという技ですから」
ロイアスさんは顎に手を当て、感心したように俺の剣技を見ていた。
「へぇ、なるほど……奴は既に、貴方の術中に嵌っていたわけか。で、技の名はザンゲツと……」
「まぁそんなところです。ん?」
そんな説明をしていると、他の者達もやってきた。
ロイアスさんの仲間達は、俺に向かい、妙な視線を投げかけていた。
たぶん、変に目立ってしまったからだろう。
その中の1人、女性剣士が口を開いた。
「貴方は一体、何者なのですか? 剣の腕前もそうですが……ヤグル達は消える前、貴方の事をシュレン様と言っていた。どういう事か、説明してもらいたいのだが」
レティアとよく似た格好をした、ショートヘアの美人剣士であった。
背はレティアくらいで、年は20代後半だろうか。よくわからんが、とりあえず、そういう風にしとこう。
全体的な感じとして、軍人を思わせるキビキビとした生真面目そうな女性であった。
なんとなくだが、冗談通じなさそうな雰囲気である。
それはともかく、またピンポイントで、面倒な事を訊いてきた。
正直に言うべきか、否か……どうしよう。
などと俺が悩んでいると、そこでシムが前に出たのであった。
嫌な予感がしたのは言うまでもない。
「私がお話しましょう。この方はオヴェリウスの第一王子、シュレン王子であります」
俺は額に手をやった。
とうとう言いやがった。オカッパ野郎。
今の言葉を聞き、ここにいる者達は皆、ギョッと目を大きくした。
「オヴェリウスの王子ですって!?」
「だからか……」
「オヴェリウスの王子がどうして、マティスに……」
ランドとユミルが俺の所に来る。
続いて、ニーサさんも。
「そうなの、コジローさん……」
「本当なのかい、コジローさん?」
「やはり……そうだったのですね」
シムの所為で、非常に面倒な事になった。
折角、桜木小次郎で生きて行こうと思ったのにぃ!
仕方ない。もう白状するしかないか。
「まぁ……元、王子ではあったのは事実ですが、オヴェリウスはもう滅んでしまった国ですからね。今は根無し草の放浪剣士ってやつです」
「オヴェリウスの王子……なぜそんなお方がこのマティスに?」
女性剣士は尚も訊いてくる。
するとそこで、ロイアスさんが女性剣士を手で制した。
「セリン……今はやめろ。それは後だ」
「しかし、ロイアス様……あのヤグル兵達の鎧には、オヴェリウスの紋章がありました。今もそこに転がっています。今回の一件は、オヴェリウスの滅亡に、何か関係のある事なのでは?」
女性剣士はラーデン兵士長達の鎧を指さし、食い下がった。
尤もな言い分である。
俺も逆の立場なら、同じ事をするに違いない。
「確かにそうだが……我々の今回の目的は、ソレを調べる事ではない。ヤグルの発生原因を突き止める事だ。それを忘れるな、セリン」
ロイアスさんの言葉を聞き、女性剣士は胸に手を当て、恭しく頭を下げた。
「すいません……ロイアス様。差し出がましい真似をして申し訳ありませんでした」
まるで主従関係のようであった。
それもかなり高貴な者に対する仕草だ。
今まではそんな素振りを見せなかったが、さっきの戦いの最中から、少し変わった気がした。
これはもしかすると、マティスの有力貴族なのかもしれない。
とりあえず……カマをかけてみるとしよう。
「ロイアスさん、すいませんね。私の事で少々、混乱をさせてしまったようで」
「いや、気にしないでくれ」
「それはそうと……ロイアスさんはもしかして……マティス公の御子息なのですか?」
するとその直後、ロイアスさん達はギョッと目を見開いた。
半分冗談で言ってみたが、どうやら当たりのようだ。
ロイアスさんは怪訝な目を俺に向ける。
「もしや……知っていたのかい?」
「いや、今思っただけですよ。やはりそうだったのですね。そちらの方々とのやり取りを聞いていたら、主従の関係に見えたので、もしやと思い、訊いてみました」
ロイアスさんは仲間達に目を向け、溜息を吐いた。
女性剣士は少し罰悪そうな表情になる。
「流石にバレたか。仲間達には様付けで呼ぶなと言っておいたんだがな。べリアスとかいう魔物が現れたせいで、芝居を打つ余裕がなくなったんだろう。仕方がない。私も余裕がなくなっていたからな」
ロイアスさんはそう言って、仲間達を見た。
そして俺に向き直り、仕切り直しとばかりに、胸へ手を当てた。
「こんな形で名乗る事になるとは思わなかったが……良い機会だ。挨拶するとしよう。我が名はロイアス・アルバナ・オン・マティス。貴方のご指摘の通り、マティス領主ロンバルトの子だ。まぁとはいっても嫡男ではなく、三男坊だが」
三男か。この国の貴族は、世継ぎじゃないと、なかなか大変のようだ。
彼も将来の食い扶持を得る為に、こういう事をしているのかもしれない。
武功の1つでも立てないと、示しがつかんのだろう。
実際、シュレンの弟であるオランも、それが為に武の道へと進んでいたフシもある。
ま、ロイアスさんがそうかどうかは知らないが。
何れにしろ、色々と事情はあるんだろう。
それはともかく、こうなった以上は名乗るしかあるまい。
「今の私にそれを言う資格があるのかわかりませぬが、正式に名乗らせていただきましょう。私はシュレン・エリア・ソルナンド・オヴェリウス。今は無き、オヴェリウスの第一王子だった者であります。ご挨拶が遅れた事をお許しください。私もこのような形で名乗る事になるとは思っておりませんでした。今の私は、祖国を無くした放浪の身ゆえ、何卒、御容赦下さい」
俺も胸に手を当てて、深く頭を下げ、恭しく正式な挨拶をしておいた。
全くもって面倒な展開である。オカッパ野郎め!
「いや、気にしないでくれ。すまない……祖国があのような事になったのに、こちらも無神経過ぎた。許して欲しい」
国が絡む話は面倒だから、もうこれで終わりにしよう。
「いえ、こちらの方こそ。さて、それはともかく……話を戻させて頂いてよろしいですかね? 今回のヤグルの件で、少々気になる事があったので」
「ああ、そうだったな。ところで、気になる事とは?」
「論より証拠です。ちょっと来ていただけますか?」
俺はそう言って、祭壇の階段を上った。
ロイアスさんは付いて来る。
天辺に来たところで、俺はそこにある穴を指さした。
「ロイアスさん……この穴と、その周囲に刻まれた古代文字。これが少々、引っ掛かるんです」
ロイアスさんは穴と文字に目を凝らした。
首を捻り、顰め面をしている。
もしかすると読めてないのかもしれない。
「古代文字か……俺にはわからないな。君は読めるのかい?」
「ええ、一応、読めます」
「凄腕の剣士なのに、意外と勉強熱心なんだな。で、なんと書いてあるんだ?」
「ここには恐らく、こう書かれています。『ここはエル・オヴェリアンの門……血の証を示すがよい。門を閉じる時……左のエル・オヴェリアンの印に証を捧げよ。門を開く時……右のエル・オヴェリアンの印に証を捧げよ』と。どういう意味なんでしょうかね……エル・オヴェリアンなんて初めて聞きました。オヴェリウスの象徴である生命の大樹オヴェリアと似た言葉ではありますが……」
そう、オヴェリアに似ている言葉だ。
しかも、このエル・オヴェリアンの印は、オヴェリウス王家の紋章にも似ているのである。
これは果たして偶然なのだろうか?
「え!? エル・オヴェリアン!?」
オカッパ野郎が、驚きの声を上げた。
「知ってるのか、シム?」
するとシムは渋い表情になり、やや困惑気味であった。
「知っているというか……村の言い伝えで聞いたことがあるというか」
「言い伝え? どんな話だ? 俺は知らないぞ」
「知るわけないですよ。これは、私が小さい頃に住んでいたオヴェリウスのコルドラ地方の言い伝えですから」
「ふぅん、で、どんな言い伝えなんだ?」
シムは腕を組み、目を閉じる。
思い出してるのだろう。
「確か、こんな内容でした。『遥か遠い昔……邪悪な黒い影が……エル・オヴェリアンの泉より現れ、大地を蝕んだ。草木は枯れ……水は毒と化し……命は黒き影に刈り取られ、そして灰になる。この世は瞬く間に、闇の世界と化していった。しかし、ある時……ペンデュラムスの使者がいずこかより現れ、黒き影を地の底に幽閉したのだ。黒き影は……その時が来るまで静かに眠りについているだろう。起こしてはならぬ。起こせば、黒き影は再び世界を覆う……』という言い伝えです」
何やら恐ろしい言い伝えである。
皆も生唾を飲み込み、無言であった。
まぁこうなるのも無理ない話だ。
とはいえ、話に出てきたペンデュラムスの使者が非常に引っかかるところである。
「なんだ……そのろくでもない、クソみたいな言い伝えは……嘘じゃないだろうな、シム」
「やだな、嘘じゃないですよ。本当にそういう言い伝えがあるんですって。私も何の事かは知りませんけど。ですが、エル・オヴェリアンという言葉がそれに出てくるので、私は驚いただけですから」
ただ名前に聞き覚えがあるだけで、それが何かはわからんようだ。
まぁいずれにしろ、かなりきな臭いので、後でクソペンギンに訊いてみるしかないだろう。
ったく、次から次へと、面倒なことが起きる。