鬼の兵法伝承者、異世界に転世せしむる。 作:書仙凡人
[Ⅰ]
空を見上げると、暗闇の中で無数の星が弱々しく、そして美しく輝いていた。
3つある月は新月に入ったのか、今日は見えない。
その所為か、いつもより星々が宝石のように輝いていた。美しい夜空だ。
日本にいた時のように、ついつい北斗七星やオリオン座、それからカシオペア座を無意識に探してしまうが、そういった星の並びは皆無であった。
ここはやはり、地球ではないのだろう。
というか、月のような衛星が3つあるので、そもそもその時点から違うが。
(しかし、ここは一体どこなんだ? どこぞのスペースオペラのように、遥か彼方の銀河系で……なんていうオチもあり得そうだ。ま、どうでもいいか……気にしてもしょうがない)
俺は暫し夜空を眺めた後、大地に視線を戻した。
眼前にある褐色の地面には、ラグリアの薪がパチパチと音を立て、静かに燃えている。
煙とともに、焦げたラグリアの芳香が辺りに漂っていた。
風があまり吹いてないので少し鼻につくが、檜のような感じなので、嫌いなニオイではない。
ロイアスさんの話だと、まぁまぁの安息効果もあるそうだ。
だが、この焚き火はその為にしているのではない。
魔物と魔獣の忌避が目的だからである。
それに加え、夜の肌寒い外気も、この焚き火の熱により、かなり和らいでいた。
つまり、暖房効果も兼ねた守りの焚き火なのである。
そのお陰もあり、辺りは静かでホカホカとしていた。妙な気配もない。
耳を澄ますと、近くの茂みから鈴虫のような鳴き声がリンリンと聞こえる。
少し離れた森からは、ホーホーという梟のような鳴き声も。
平穏で静かな夜だ。
そんな中、俺は新しいラグリアの薪を手に取り、燃え盛る火の中にくべた。
新しい薪は徐々に黒く焼け焦げ、檜のような芳香を強く発し始める。それの繰り返しだ。
他の仲間達は焚き火の周囲で、馬と共に就寝中である。
全員、すぐに起きて戦えるよう、武器は手元に置いたままだ。
危険度がしっかりと感じられるファンタジー冒険者のリアルキャンプであった。
で、なぜ俺が起きているのかだが、それは勿論、見張りの順番が来たからである。
だが俺1人ではない。シムとレティアも一緒だ。
シムとレティアは今、付近のパトロールに向かっている。
で、俺はここに残り、燃料の追加投入をしているというわけだ。
要は3人1組で交代しながら、周囲の見張りと、火を絶やさないように薪をくべる役割があるのである。
見張りの交代時間は、砂時計が尽きるまでだ。
体感的に1時間くらいの砂時計である。
シグルードの冒険者ならば、絶対に持っている必需品だそうだ。
これはシュレンの記憶にない情報なので、憶えておくとしよう。
因みに形状は、現代でも定番のひょうたん型で、素材は恐らくガラスだろう。
ゴツイ木枠に入ってるので、かなり武骨な感じの砂時計であった。
まぁそれはさておき、シムとレティアが見回りから帰ってきたようだ。
「コジロー様……今のところ、魔獣はいない感じですね。野盗の類もいないと思われます」
「この調子だと、今夜はぐっすり寝れそうですよ」
2人は小声でそう言うと、俺の隣に腰を下ろした。
「見回りご苦労さん。それを聞いて安心したよ。とりあえず、少し休め」
俺も小声で返した。
2人は頷く。
就寝中の仲間がいるので、ここからはヒソヒソの雑談になりそうだ。
「ところで、コジロー様……ランド君達も言ってましたが、これからどうされるのですか? 私は貴方を王都に連れて行きたいのですが……」
「私もそれが気になっていました。どうするのですか? 王都に行くなら、私もお供します。どこまでも」
反対隣にいるレティアも、それに乗っかってきた。
レティアはともかく、シムは父からのお願いを全うしたいんだろう。
だが、俺は王都へ行くつもりはサラサラない。
「言っておくが、俺はアーレスには行かないよ。ここで暫く考えたい事もあるんでな」
「え? どうしてですか?」
「理由は色々とある。情勢的に複雑な問題もあるし。何れにしろ……今は動くつもりはない」
「複雑な問題?」
俺は寝ている仲間達をチラッと見た。
ぐっすり就寝中だが、聞き耳を立てている者はいる筈だ。
余計な事は言わないでおこう。
「また今度な。こんな所で話す内容じゃない……」
シムとレティアは首を傾げていた。
事の重大性が、2人にはわからないのだろう。
グランゼニスの侵攻を逃れたオヴェリウスの王族が、アルディオンの王都に入るという事が何を意味するかを。
そう、これは単純な話ではない。
オヴェリウスの血統を根絶やしにしようと、グランゼニス側が考える可能性を考慮してないからだ。
場合によっては、この国にグランゼニスの矛先が向きかねないのである。
あの地獄のような戦禍がこの国に襲い掛かる……その可能性が大いにあるからだ。
そして、その時、アルディオンがどういう決断を下すかは未知数なのである。
俺をグランゼニスに差し出すか、或いは、逆に牙をむく可能性だって否定できない。
今日のべリアスとの戦いで、俺の脳裏にそれが過ぎった。
極めつけはエル・オヴェリアンの門。
まず間違いなく、ベリアスはグランゼニスの尖兵と見ていいだろう。
つまり今後、オヴェリウスの王族が狙われるに十分な理由を、俺はそこで見てしまったのである。
王族の血により、エル・オヴェリアンの門を開閉できるなら、グランゼニスはそれを放っておくわけがないからだ。
不穏分子として、ターゲットにされ得る十分な理由がそこにある。
そんなわけで俺は今、ちょいとナーバスな気分にもなっているのであった。
「そうですか……わかりました。コジロー様にも色々とお考えがあるのですね。良いですよ。私は貴方の判断に従います。今の貴方なら……どんな困難にも打ち勝てそうな気がしますから」
「それは言いすぎだ、シム。俺はそこまで大層な輩ではないよ」
「そうでしょうか? 今の貴方は、嘗ての貴方と全然違いますよ。ルザリア様が言っていた事は、本当のような気がしてますから」
「私もシム様と同じ気持ちです。正直言うと……別人のように見えました。でも、貴方を見ていたら……やはり、シュレン様なのです。私……決めました。貴方にずっと付いていきますから」
何言ってんだ、コイツは。
「は? ずっとって……どこまでだよ」
「ずっとと言ったら、ずっとです」
「なんだそりゃ。ついてこない方が良かったと後悔するぞ、多分」
「しませんよ。これは私の意思ですので」
レティアはそう言って、ニコリと微笑んだ。
正直、あんまりついて来ないでほしいんだが。
「ったく、どうなっても知らないよ」
「覚悟の上です。それはそうと……コジローさんは、どこであの剣術を習得されたんですか?」
「私も気になってました。あれ、オヴェリウスの剣術じゃないですよね?」
また面倒な事を訊いてきやがった。
適当にあしらっておこう。
言ったところでわからんだろうし。
「君達の言う通り、アレはオヴェリウスの剣術じゃないよ。
「おにいちのひょうほう? って何ですか?」
「鬼一という山の天狗……といってもわからんか。とにかく、遥か昔の武人が創始した武術や軍略の総称だよ。それを鬼一兵法という。俺はオヴェリウスにいた時……古代の兵法書、
六韜三略巻の辺りは適当だが、もうこの設定で押し通そう。
まぁとはいえ、厳密には全くの嘘ではない。
出所不明の古い六韜三略の巻物が、実際、桜木家では伝承されてるからだ。
しかも、文韜、武韜、龍韜、虎韜、豹韜、犬韜の六韜六巻と、上略、中略、下略の黄石公三略の全てが揃っている。
そして……鬼一兵法の伝承者は、これに必ず目を通すのが、古来からの習わしなのである。
勿論、俺も読んでいる。
前伝承者の親父からは、特に、六韜は全てを必ず読めと言われた。
読むだけで力を得られる眉唾伝説の書物だからだそうだ。
それから、こうも言っていた。
壱韜でも抜いたら不完全な伝承になるとも。
その例として、虎韜……つまり、俗に言う、虎の巻だけを読んだ源義経公は、それが原因で破滅に向かったなどとも言っていたのだ。
真偽の程は定かではないが、とにかく、そんな怪しい書物を桜木家は代々受け継いできたのである。
因みに、六韜三略巻は、古代の漢語で記述された書物だ。
門外不出の兵法書の為、存在を知ってるのは前伝承者と現伝承者のみである。
本家の六韜三略巻といえば、紀元前11世紀頃の古代中国、周の軍師である太公望呂尚が記したと云われる伝説の兵法書。
桜木家で伝承しているのが本物かどうかは俺にはわからないが、代々、本物として伝承しているのであった。
まぁ俺個人的には、そんなわけないやろと思ってはいるが。
とはいえ、かなり怪しい書物なのは間違いない。
奇妙な絵や呪術めいた八卦図のようなモノまで描かれているからだ。
「りくとうさん? なんのことかよくわかりませんが、古い文献を読んで、深い瞑想って……いつも部屋に籠ってそんな事してたんですか? 貴方はそんな方だったかなぁ。色んな文献を読むのが好きだったのは知ってますけど……」
シムは納得できないのか、腕を組み、首を傾げている。
お前の知ってるシュレンは、確かに、超絶陰キャでヒッキーだったが、もうそろそろ設定を強制アップデートしてもらうとしよう。
「お前が信じようが信じまいが、どうでもいいんだよ。これは事実だ。それに……性格が変わったのは、お前の所為でもあるんだからな。だから……納得しろ。それから……もう、この話題は口にするな。いいな?」
と言って、俺は念を押す意味も込めて、シムを少し睨んだ。
「すいません、シュ……いえ、コジロー様。私の影響もありますよね……申し訳ございませんでした」
シムはションボリと肩を落とした。
「わかりゃ良いんだよ。それにな、こうなってしまった以上、もうどうにもならん。とりあえず、今を大事に生きるしかないんだ。過去の俺を引き合いに出すな。それを聞く度に、俺も気が滅入る……わかったな? レティアもだ。返事は?」
「は、はい……以後気を付けます」
「はい、わかりました」
シムとレティアは俺の強気発言を聞き、少し萎縮していた。
ちょいと言い過ぎたか。
すると、レティアはそこで俺の手を取り、両掌で包み込んだのである。
一体、何の真似だ?
「私は……コジローさんの事を信じますから、安心してください」
レティアは神妙な面持ちになり、真っ直ぐな瞳で俺を見つめていた。
ようやくわかってくれましたか、レティア。
一瞬、頭をナデナデしたくなったが、やめておこう。
「レティアは素直で良い子だねぇ。よし、マティスに着いたら飯でも奢ってやろう」
「え? 本当ですか。やった。では楽しみにしてますね」
レティアはそう言うと、嬉しそうに俺へ肩を寄せてきた。
もしかして、俺に気があんのか?
悪いが、次は俺の制御棒を出し入れして、お前を臨界させるぞ。
前のシュレンはルザリアを想像しながら、臨界前カク実験だったがな。
「気前も凄く良くなりましたよね。以前の貴方は、そんな風に誰かを手懐けるような事はしなかったのに……」
コイツはまだわかってないようだ。
俺はシムに向かい、冷たい流し目を送った。
「もう言うなと……俺、今言ったよね? 言ったよね? もう一回最初から言わなきゃいけない? もしかして耳が聞こえないの? それともアレか、すぐ忘れる病気なの? ねぇねぇ、なんで?」
「す、すいません。つい……」
シムは慌てて、手で口を覆った。
ったく、どうでもいい事をよく覚えてる奴だ。
というか、手懐けるとか、人聞き悪いこと言うな。
まぁそれはさておき、目の前に置いてある砂時計は尽きようとしていた。
どうやら交代の時間だ。
俺はそこで立ち上がった。
「さて……おしゃべりはここまでにしよう。見張りの交代だ。スヴェン達を起こしてくる」――
[Ⅱ]
遺跡探索を終えた翌日の早朝、俺達は移動を始め、昼過ぎにマティスへと到着した。
俺達はそのままシグルードに向かい、そこで探索結果を伝えた。
そして、報酬の10000ラウムを頂き、依頼は完了となったわけである。
今回の探索のパーティは、そこで解散となった。
ロイアスさんやスヴェン達は、マティス公に今回の一件を報告する為、シグルードを後にし、領主の館へと向かった。
エルファナの神官達もそこで神殿へと戻ったので、今回のパーティでシグルードに残っているのは、俺達だけとなっていた。
さて、ここからは報酬の山分けイベントである。
俺達はシグルード内にある仕切られたブースへ行き、そこで報酬の分配をする事にした。
木製の間仕切り壁で作られた6畳程度の四角いブースで、真ん中には円卓が置かれていた。
どうやらこの円卓の上で、報酬を分配するようだ。
俺はそこで、受け取った報酬全額を円卓の上に、ジャラジャラと置いた。
10000ラウムは、金貨が10枚と銀貨にして100枚分だ。
金貨20枚で貰う事も可能だが、使い易さを考慮して半分は銀貨で貰ったのである。
俺がリーダーなので、分配率は独断で決めさせてもらとしよう。
「さて、それじゃあ均等に分配といこうか。1人2000ラウムだ。つーわけで……ごっつあんです」
俺はそう言って、金貨2枚と銀貨20枚を頂き、革製の巾着袋にしまっておいた。
するとなぜか知らないが、他の皆はキョトンとしていたのである。
「ん? どうしたんだ、皆。そんな顔をして……」
「コジローさん……均等に分けるんですか?」
と、ランド。
「そ、そうよ。なんで均等なの? 普通、責任者が多く取ると聞いたけど……」
ユミルも納得いかないといった表情である。
「コジロー様、良いのですか? 私は嬉しいですが、貰いすぎな気もしますよ」
「そうですよ。コジローさんのお陰で達成できたようなものなのに……」
シムとレティアもそれに同調していた。
ここではそういう慣習なんだろう。
だが、俺は金にそこまで興味がないので、首を横に振った。
「いいんだよ。俺は別に、冒険者をするつもりないしな。キエーザの件があったから、今回は特別に受けたまでだ。寧ろ、俺が皆を巻き込んだようなもんだからな。迷惑料だとでも思って、もらっといてくれ。俺からは以上だ」
4人は顔を見合わせ、微妙な表情であった。
「まぁ……コジロー様がそう仰るなら」
「コジローさんが良いなら、それで良いです」
「ありがとう、コジローさん」
「まさかこんなに貰えると思わなかった……ありがとう、コジローさん」
渋々だが、4人はラウムを受け取ってくれた。
面倒に付き合わせたのは事実だし、これでいい。
さて、撤収するとしよう。
「まぁそういうわけだ。さて……それじゃあ、ここを出……ン?」
するとその時であった。
何やら大きな声が、シグルード内に響き渡ったのである。
【おい! ここにコジローとか言う奴が、今いると聞いた! どこだ出てきやがれ! シグルードにいるのはわかってんだ。逃がさねぇぞ! この界隈仕切ってる俺達ダヴィードリアンが目にもの見せてくれるわ!】
どうやらコジローという奴に用があるみたいだ。
しかも、かなりキレ気味である。
というか、誰やねん。
まぁそれはさておき、俺以外の可能性もある。
確認しとこう。
「なんか吠えてるね。コジロー……って言ってるけど、俺以外にもいるのか?」
「いや……いないと思いますが。この辺りじゃ、耳慣れない名前ですし」
「いないです……たぶん」
シムとランドが困惑気味に答えた。
「じゃあ、可能性的に俺だな。因みに、ダヴィードリアンて……何? 俺はそんなの知らんけど。マティス名産の臭い果物か?」
「そんな果物ないですよ。僕も知らないです。あんまし、イシルの外には出ないから」
「私も兄さんと一緒で知らないわ」
ランドとユミルは首を横に振る。
「ダヴィードリアン……どこかで聞いたことあるような」
レティアは聞き覚えがあるのか、思案顔だ。
するとそこで、シムがポンと手を打ったのである。
「ダヴィードリアン……あ!? 思い出した! 確か、キエーザと仲の良い一味の名前ですよ! 追い剥ぎや強盗も辞さない凶悪な奴等です。ど、どうします……面倒な奴等ですよ。噂じゃ……キエーザは、ダヴィードリアンに巻き上げたラウムを上納してたという話もありますから。これは……不味いかもしれません」
シムは険しい表情でそう告げた。
どうやら、キエーザと関係のある反社グループが殴り込みに来たんだろう。
帰ってきて、いきなりこれか。
面倒な展開である。
まぁとはいえ、このブースを出ないと帰れんから、どんな奴らか拝ませてもらうとするか。