鬼の兵法伝承者、異世界に転世せしむる。 作:書仙凡人
[Ⅰ]
【どこにいやがる! 出てきやがれ! コジローとかいうやつ! ぶっ殺してやる!】
シグルード内には尚も怒号が響き渡っていた。
盛大にコジローを呼んでいる。
さて、ではどんな奴等か、拝ませてもらうとしよう。
俺はブースの外へ向かおうとした。
だがそこで、シムが行く手を阻むように、俺の前に来たのである。
「コジロー様……奴等のところに行くのですか? それは危険だと思います。ダヴィードリアンの首領にザンブロッタというのがいるんですが、そいつはキエーザの従兄弟だった筈ですから」
「そうですよ、コジローさん。シム様の言う通りだと思います。私もそれを思い出しました」
どうやら、キエーザの親戚が仕切る反社グループのようだ。
「へぇ、そうなの。でもどんな奴等か見てみたいし、ここには裏の出口ないから、どの道、行くしかないんじゃね」
俺の軽い言い分に、4人はポカンとしていた。
「コジローさんは本当に動じないなぁ……」
「流石は私の師匠ね。そういうところが、キュンときちゃうのよね」
ランドとユミルはしみじみと頷いた。
「本当にコジロー様は、全然、委縮してないですね。こんなに図太い性格になられてたとは……」
「でも、危なくなったら逃げてくださいね。わ、私も道を作りますから」
レティアはそう言うと、息を飲みつつ、剣の束に手を掛けた。
気持ちはありがたいが、自分で対処するとしよう。
まぁ場合によっては手を借るかもしれないが。
「気持ちは受け取っておくよ。だが、ここは俺だけで行く。皆は俺の事を知らないふりしておけばいい。そうすりゃ、被害は受けないし、俺もその方がやりやすいから」
俺は軽い口調でそう告げた。
「そうですか。というか、なんでそんなに気楽なんです?」
「なんでって……奴等がわざわざシグルードに乗り込んできたからだよ」
「あの……どういう意味ですか、コジロー様。ちょっと何言ってるのか、分からないです」
「ま、その内わかるさ」
シムはわけがわからないのか、首を捻っていた。
「でも、本当に無理はしないでくださいよ、コジローさん。私もすぐに動けるように待機してますので」
レティアも念押ししてくる。
「そんな意気込まなくていいよ。つーわけで、レッツゴー」
と言って、俺は堂々とブースを出たのであった。
するとシグルード内は、やや騒然とした感じになっていた。
冒険者の人だかりの中心に、十数人ほどの厳つい武装をしまくった集団がいた。
全員、人相が悪く、獣人らしき者達も混じっている。狼男みたいな奴までいた。中には見た事ある奴も。
その集団の1人に、ハルバードのような厳つい槍を持って、周囲に吠えている人間の輩がいた。
身体は大きく、ムキムキの筋骨隆々で、身長は180cmくらいあるだろう。
顔つきは欧米系だが、アラブ人のようなモジャモジャの長い髭を生やしていた。
全身を悪趣味な赤黒い魚鱗の鎧で覆い、左手には魚鱗の丸い盾、そして頭部にはバイキングヘルムのような兜を被っていた。
今から合戦にでも行くのかのような、フル装備の姿であった。
因みにシュレンの記憶によると、この赤黒い魚鱗の鎧は、ラルカンスと呼ばれる巨大魚の鱗でできているようだ。軽くて頑丈な為、結構な高級品みたいである。
以前、水族館でピラルクーという南米の巨大淡水魚を見た事があるが、あれを大きくしたような感じの鱗だ。
(ふむ……態度のデカさ的に、コイツが首領か。騒々しい
俺は奴等へと無造作に近づいた。
するとそこで、取り巻きにいる見覚えのある輩が、俺を見るや大きな声を上げたのである。
多分、キエーザの腰巾着だろう。
「ザンブロッタの旦那! アイツですよ! 間違いないっス! キエーザさんをあんな目に合わせたのは!」
「なに、どいつだ!」
ザンブロッタはキョロキョロ見回した。
腰巾着野郎は俺を指差した。
「あそこにいる白い衣を着た黒髪のアシェンです。背中の妙な剣に見覚えがあるんで」
「アイツか!」
ザンブロッタという輩は、眉を吊り上げ、俺を睨んだ。
憤怒の形相である。
全員の視線が俺に注がれていた。
まさに注目の的というやつだ。
さて、お呼びのようなので行くとしよう。
俺はスタスタと奴等の所へと向かった。
そして至近距離まで近づき、奴等と対峙したのである。
「さっきから俺と同じ名前を呼んでるが、どのコジローに用かな? そっちの奴は俺を指さしてたが」
「ココ、コイツです……たぶん」
「お、おう……テメェか! キエーザをあんな風にしたのは?」
俺が堂々と奴等の前に出たので、若干、戸惑っている感じであった。
この戸惑いと装備品から、なんとなくこの男の性質が見て取れる。
加えて、シグルードにわざわざ来たというのも、内面が透けて見えるところだ。
ある意味、やり易い相手かもしれない。
それはともかく、答えるとしよう。
「キエーザがどんな風になってるのか知らんが、奴と一悶着あったのは事実だね。で、どこの誰か知らないが、アンタは俺に何の用なんだ?」
「俺はキエーザの従兄弟でザンブロッタという者だ。俺が可愛がってたキエーザをあんな風にしやがって! ただで済むと思うなよ!」
要するに、仲間がやられたから、ヤキ入れに来たんだろう。
「へぇ……仕返しってわけね。いいだろう。で、ここでやるのかい? ぞろぞろお仲間連れてきてるが」
「ふん、良い度胸じゃねぇか。ついてこい。外でぶっ飛ばしてやる!」
俺はそこで、ザンブロッタとかいう男の隣にスッと移動した。
これでとりあえず、チェックメイトである。
後は様子を見よう。
「では案内してくれたまえ、ダヴィードリアンの首領さん」
「チッ……イケすかねぇ野郎だ。良いだろう、ついてこい!」
そして俺達は移動を開始した。
シグルード内は静まり返っていた。
シムやレティア、それとランドやユミルは固唾を飲んで、成り行きを見守っている。
するとそこで1人の老剣士が現れたのである。
ソレスさんであった。
「止まれ、ザンブロッタ……キエーザの件の復讐か。させんぞ」
「なんだと、ジジイ! お前は引っ込んでろ!」
2人は無言で暫し睨みあう。
重苦しい沈黙が漂いだした。
というわけで、俺が茶々を入れることにした。
「まぁまぁソレスさん、良いですよ。ちょっと話をしてくるだけですから」
「は? ちょっと話って……こいつ等は、そういう奴等ではないぞ、コジロー殿」
「てめぇ……何言ってやがる。な、舐めんじゃねぇぞ!」
ザンブロッタはイキり返してきた。
俺は構わず続けた。
「とりあえず、外に出ようか。俺やアンタ達がココにいると、周りの者達が迷惑だからさ」
「グッ……てめぇ!」
「行かないのかい?」
「あ、あたりまえだろ、行くに決まってんだろが! 行くぞ!」
ザンブロッタはそう言って、玄関に向かい歩を進めた。
俺もそれに続く。
ソレスさんがそこで、引き気味に声をかけてきた。
「お、おい、コジロー殿……いいのかね? コイツ等はならず者だ。何をしてくるかわからんぞ」
「まぁとりあえず、行ってきますよ。自分で蒔いた種なんでね。では」
「では、って……」
俺はドン引きしてるソレスさんに軽く手を振り、このシグルードを後にしたのである。
[Ⅱ]
シグルードの外に出ると、中の様子を窺う冒険者達が、建物の前に何人もいた。
それらの冒険者達は、俺達を見るや慌てて、ササッと道を開ける。
するとその冒険者達の中に、エルファナの神官服を纏う美しい女性の姿があったのだ。それはニーサさんであった。
ニーサさんは目を大きくしながら、こちらを見ていた。
多分、只ならぬ雰囲気を感じ取ったのだろう。
そして何を思ったのか、俺達に近づいてきたのである。
「コジローさん……どこに行かれるのですか? それとその方々達は……」
俺は適当に返しておいた。
「彼等は俺に用があるみたいなので、ついて行くだけですよ」
「チッ……エルファナの神官か。めんどくせぇ」
それを見たザンブロッタは鼻をフンと鳴らし、小さく悪態を吐いた。
俺はニーサさんに軽く微笑み、手を振っておいた。
「まぁそういうわけなので、では」
「え? ですが……」
ニーサさんは何か言いたそうだったが、俺はザンブロッタ一味に囲われながら、そのまま移動を始めた。
(さて……どこに連れてくのかな、首領さん。アジトがあるなら見てみたいが……)
その後、俺はザンブロッタ達と共に、無言で街の大通りを進んだ。
俺の隣には、ザンブロッタが見張るようにして並び歩いている。
また、俺とザンブロッタの周りには、距離を取りながら囲むようにして、奴のゴロツキ手下達が控えていた。数にして20人ほどだ。
その為、俺達は周囲からかなり浮いた集団であった。
すれ違う者達は皆、俺達を見るや、避けるようにして道を譲っていた。
見るからに野蛮な集団なので無理もないところである。
まぁとはいえ、後ろを見ると、俺達を尾行してはいる者が何人かいた。正体は、いわずもがなだが。
さて、それはさておき、今の問題は、こいつ等がどこに向かっているのかだが、なんとなく、目的地が見えないような感じであった。
なぜなら、街の中心に向かってるのかと思ったら、また来た道を戻ったりしているからである。
そんなわけで俺は今、シグルードの付近に、また帰ってきたところであった。
もしかすると、ザンブロッタ自身もこの展開は考えていなかったんだろう。
その証拠に、奴の表情は時折、顰め面になっていたからだ。
(むぅ……俺はシグルードで、余計な事をしちまったのかもな。ふむ、仕方ない。ここは孫子の兵法……戦わずして勝つに誘導するか)
俺は周囲の手下達に聞こえないよう、小声で奴に語り掛けた。
「なぁザンブロッタさんよ……どこに向かってるのか知らんが、本当に俺と戦う気はあるのかい?」
「ああん、なんだと。あ、あるに決まってんだろが!」
ザンブロッタは中途半端にイキり返してきた。
多分、本音は違うんだろう。
恐らくコイツは、反社としてのメンツで、俺を脅しに来ただけに違いない。
キエーザがコテンパンにやられたので、従兄弟である手前、立ち上がらないと示しがつかないと考えたんだろう。
装備と兵隊の数で、俺をビビらせるつもりだったんだろうが、アテが外れて困っているというのが現状に違いない。
わざわざ横槍が入るシグルードで絡んできたのが、何よりの証拠だ。
本当は、ソレスさん辺りに止めてほしかったのかもしれない。
「へぇ……そうかい。だが、本気で俺と戦うつもりなら、覚悟はしておいてもらおう。これだけの人数だと、キエーザの時のように俺も手加減はできない。修羅にならざるを得ないから」
「はぁ? ……しゅら? 何を言ってやがる」
「命を容赦なく奪うという事だよ」
「グッ……なんだと。これだけ囲まれてるのに、勝てるとでも思ってんのか」
俺は前を向いたまま、淡々と小声で答えた。
「勝てるよ。悪いが……アンタは既に、俺が殺傷出来る間合いに入ってる。だから……ここで親玉であるアンタを倒せば、
「な、何ィ……ふざけた事抜かすな。このラルカンスの鎧や盾に、剣が通じるとでも思ってんのか」
「ふざけてなんぞいないよ。俺が言いたいのは……そこではない。キエーザの仕返しの為に、命をかけるつもりがあるのかという事だ。どうなんだい?」
するとザンブロッタは黙りこくった。
俺は構わずに続けた。
「幾らダヴィードリアンとしてのメンツの為とはいえ、割に合わない行動だと思うがね。本当にやるつもりかい? 俺も無益な殺生はしたくないんだが」
「フン……俺達は舐められたらお仕舞いなんだよ。それが掃き溜めに生きる者の心得だ。俺達にとっちゃ、エルファナへの祈りと同じくらい、大事な心得なんだよ。ここまで来たら……もうタダでは引き下がれねぇんだ」
「ふぅん……面倒な心得だね。じゃあ、仕方がない」
俺はそこで立ち止まった。
「チッ、ここでやるつもりか……」
ザンブロッタは盾と槍を構え、手下達に目で合図を送る。
手下達も身構え、武器に手をかけた。
俺はそこで後ろを振り向き、腰の丈くらいの植え込みに隠れている、間抜けな尾行者に視線を向けたのである。
「ニーサさん……そこにいるんだろ? 木の枝を持って隠れても、白い服の裾が見えてるんで、モロバレですよ。というか、ずっと尾けてましたね?」
その直後、バツの悪そうな表情で、ニーサさんが姿を現した。
意外とドジっ子なのかもしれない。
「バ、バレてたんですね……だったら、もっと早く言ってください」
ニーサさんは苦笑いを浮かべながら、俺とザンブロッタの前にやって来た。
ザンブロッタ達は全員、ポカンとしている。
予想外の人物が現れたからだろう。
「ええ、バレてましたよ。さて、そこでなのですが、我々はここで一戦交えようと思っております。エルファナの神官としてはどうなんですかね?」
「いけないに決まってます。させませんわよ」
俺はそこでザンブロッタに視線を向けた。
「だ、そうです」
「な!? 俺達にも意地がある!」
「ニーサさん、彼はこう言ってますが?」
「エルファナは慈愛の神にして戦の神でもありますが、不純な動機の諍いや争いは好みません。どなたか存じませんが、おやめなさい」
ニーサさんは毅然と言い放った。
なかなかの貫禄である。
さすがはエルファナの高位神官だ。
「ザンブロッタさん、ニーサ神官はこう言ってるんだが、それでも続けんのかい? 俺はエルファナの教えを信仰してるから、無益な争いはしたくないんだがね」
俺はそこでザンブロッタに近づき、小さく囁いた。
「踏みとどまるなら、今だよ。今ならアンタのメンツも保たれる。さぁどうする?」
ザンブロッタはそこで溜息を吐き、武器を下した。
「フン……まんまとお前に嵌められちまったな。いいだろう。掃き溜めの俺達でも、エルファナに祈りは捧げるからな。だが……これだけは言っておく」
「なんだい?」
「キエーザのあんな姿は見てらんねぇ。お前がアイツをあんな風にしたんだ。だから……お前がアイツを何とかしろ!」
「はぁ? あんな風って……どういう意味だ?」
「見りゃわかるよ。奴は今、家にいるはずだ。行ってみろ……以前のアイツとは思えねぇような状態だから。俺からはそれだけだ」
どうやら、かなりの変貌を遂げているようだ。
「私も噂で聞きました。キエーザさんは家に引き籠ってるという話です。コジローさんの所為でもあるので、一度、お伺いしたらどうでしょう。私、家を知ってますから、一緒に行きましょうか?」
と、ニーサさん。
ふむ、ならば行ってみるとするか。
どうなってるのか、ちょっと興味あるし。
「ふぅん……ま、俺が蒔いた種だ。じゃあ、後で様子を見てくるよ」
「ああ、そうしてくれ。ったく……高い金出して、ラルカンスの鎧や盾を用意してきたのによ。結局、使わず仕舞いか」
と言って、ザンブロッタは自分の装備品を見た。
どうやらこのラルカンスの魚鱗防具は、俺を警戒して用意してきたようだ。
今までの言動から察するに、根は用心深い奴なんだろう。
「へぇ……その鎧はそんなに丈夫なのかい?」
「お前知らねぇのか。この鎧はな、どんな剣も弾き返すくらいに、硬く弾力があるんだぜ。炎にも耐性あるしな。まぁ斧のようにゴツイのだったら、金属製の鎧の方が少し分があるが、軽さは雲泥の差だ。幾ら、キエーザを倒したという凄腕剣士のお前でも、コイツを斬るのは無理だぜ、へっへっへ」
奴は自信満々にそう言った。
となると、武芸者としての血が騒ぐというモノである。
斬れぬなら斬って見せよう、なんとやらだ。
というか、金属ではないので、なんとなくイケそうな気がした。
「へぇ、じゃあ斬らせてもらってもいいか?」
「た、試すつもりか。フン……良いだろう。この盾でやってみな」
ザンブロッタはそう言って、ぎこちなく盾を前に出して構えた。
ちょっとビビってるみたいだ。
もしかすると、言うほどには信用してないのかもしれない。
「アンタ腰引けてないか? それと動くなよ。というか、既にプルプル震えてるし」
「ま、間違えて、俺を斬るなよ」
図体はデカいのに意外とビビりな奴である。
「アンタのその体勢の方が不安だよ。しゃあないな……」
俺はそこで足元の小石を広い、真上に高く放り投げた。
この場にいる者達は皆、石に気を取られている。
それはザンブロッタも同様だ。
また、ザンブロッタもその時ばかりは震えが止まっていたのである。
(では参る!)
次の瞬間、俺は背中の刀を素早く抜き、丸い盾に向かい、鋭く袈裟に刀を振るった。
そして、俺は背中の鞘に刀を納めたのである。
それと同時に、石がコツンと可愛い音を立てて地面に落ちてきた。
手応えありだ。
「おい、お前、何の真似だ。石なんか投げて……ン?」
と、その直後。
カランという音を立てて、丸い盾の上の部分が、斜めにずり落ちたのであった。
それを見たザンブロッタは息を飲みこんだ。
「た、たた、盾が……斬られてる。いつの間に……」
ザンブロッタの手下達もそれを見るや、目を見開いたまま固まっていた。
そんな中、ニーサさんだけが空気を読まず、嬉しそうに拍手してくれたのだ。
「お見事です。流石、コジローさんですね。エンドラの首を斬り落とせる程の腕ですもの。このような盾など、造作もないですね」
「エ、エンドラの首を斬り落としただと……何者だよ、お前……」
そして、この場はシーンと静まり返ったのであった。