俺は旧支配者ハスター、転生者である。
旧支配者ハスターとは、名状し難き創作神話「クトゥルフ神話」における風の神。
太古の昔に地球を支配した、古の神である。
果たして俺が本当に転生者なのか、はたまた自分を転生者だと信じている気狂いハスターなのか。
そのあたりは創造神アザトースのみぞ知る。
状況証拠的には本物転生者っぽいが、果たして。
さて、そんな俺だが、現在ちょっと変わった地球にいる。
時は1988年。
ソ連が宇宙シャトルの打ち上げに成功したという報道が新聞に載り、家電量販店には発売したばかりのゲーム機、メガドライブが陳列されている。
何となく古めかしい気持ちになりながらも、時はつつがなく進んでいく。
俺は寒空の下、ブルーシートを敷いて手作りアクセサリーを販売しているわけである。
そう、突如人間が現れるすなわち無一文だからな。
宿無し住民票無しとくれば、やはり少しばかりは稼ぎを得なければならないのである。
本当は魔術を使って如何様にでもできるが、死のない旧支配者にとって、金稼ぎに急ぐ理由もない。
のんびりまったり、魔術で作った何の変哲もないアイテムを売り捌くのみだ。
今日の売り上げも芳しくなく、500円のイヤリングが一つ売れたきり。
風で値札がバサバサ飛ぶし、冷やかしも多い。
何の許可も得ずに勝手に売っているため、警察が来たら逃げねばならぬ。
ううむ、と今日は風が強いので、ここらで商品が飛ばない場所に移動しようか考えていると。
一人、男性客がふらりと屋台に近寄ってきた。
えらく体格のいい人だ。
190はあるだろうに、その上で全身に無駄のない筋肉ががっしりと体を重く見せている。
学生さんらしく、特徴的な学生帽をかぶり、革のカバンを下げている。
学生さんは俺の作ったベルトを手に持ち、「これを頼む」と口数少なに言った。
翼あるヘビの模様が彫り込まれた、少しパンクなデザインだ。
学生さんに「ありがとな。1000円です」と言う。
少しだけ眉を顰めて、学生さんは言い返した。
「気にくわねぇな。上質な本革に丁寧な装飾。1万円でも安いぐらいだ」
「そ、そう言われるとめちゃくちゃ照れる、が。確かに安すぎると同業者に失礼か。忠告の礼も含めて五千円で手を打ってくれ」
「ふん」
そっけなく学生さんは財布を出して、五千円札を一枚取り出す。
見た目に見合わず実にいい子のようだ。
不良のようだが、揺るがぬ芯のようなものがこの短い間でも垣間見えた。
俺が五千円を受け取り「まいど!」と言った、そのあたりで事件は起こった。
突如彼の体から透明な力場が出現。
驚愕に目を見開く彼の意思とは裏腹に、ブルーシートの上の商品を引っ掴んだのだ。
それはネックレスとピンバッジ複数、そしてシンプルなベルト一点を掴んで学生さんの元へと引き寄せた。
学生さんが「やめろ!」と怒声をあげる。
瞬時に力場は掻き消え、商品はバラバラとアスファルトの上に落ちた。
それを拾い上げて、学生さんが帽子を下に下ろす。
「………全部弁償する。が、今は手持ちがねぇ。俺は空条承太郎だ。家に取りに戻るから待っていろ」
「いやいやいや、今のは空条君の意思じゃなかっただろ!?どう見ても力が暴走してたし、弁償はいいよ!」
「ッ、この悪霊を知っているのか!?」
カッ、と目を見開いて学生さん改め空条君が体を前のめりにする。
うおっ凄まれると流石に怖いな。
俺はパタパタと手を振って彼を宥めた。
「同じようなものを前に見たことがあるだけだよ。ルールのある力場。己の分身。多分それは君の化身だ」
「化身……だと?」
「そう。君の心の具現だ。多分君が俺の商品に名残惜しさを感じたから、勝手に発動しちゃっただけだろうさ」
ある種、俺たちの作る「化身」と非常に近い。
己の在り方の一部を抜き出して、別の形として出力する。
人間が突然化身を作ってしまったんだから、そりゃあ制御には苦労するだろう。
「そんなふうに思ってもらえるほど商品を気に入ってもらえたなら嬉しいよ」と、俺は照れ臭くなって頬をかいた。
心の底から欲しくなったって意味だし。
作り手冥利に尽きると言うものだ。
空条君はそっぽを向いて小さく呟いた。
「俺のせいであることに違いねーじゃねーか」
「まあまあ。もしよければ今後ともご贔屓に。いや流石に学生さんの懐を枯らすようなことはしないけどさ」
「なんにせよ、この化身とかいうのの情報料も含めて借りが増えた。必ず返すから明日以降もここにいろ」
「お、おう」
なんか「覚悟しとけよテメー」のノリで言われてしまった。
どんなお礼参りをされるのだろうと不安になるテンションだ。
そんなふうに、俺のファーストインプレッションは過ぎていったのであった。
次に会ったのは翌日夜だ。
ネオン輝く夜の9時頃、同じく屈強な体格のおじいさんを伴って現れた。
同じく屈強な異国情緒あふれる人もいて、なんだか俺だけヒョロガリに見える空間が出来上がる。
なんだこれボディビル会場か?
俺なんか拳一発で黙らせられそうな肉体なんだが、これがこの世界の男の普通なのか?
おじいさんがふうむ、と俺を覗き込んで首を傾げた。
「ふうむ、承太郎。この男がスタンドについて教えたのか?」
「名称までは聞いてないがな」
彼らの会話に応ずるように進み出た男の背には、やはり強力な力場が浮かんでいる。
「すまないが、これが見えるか?」
ふむ、と俺は少し考えた。
どうやらこれは「見える」ものらしい。
空条君とおじいさんの視覚情報を取得すると、確かにそれらしい影が映った。
「炎を纏う鳥の頭を持つ人型が見えますね。凄いな、炎を操れるんですか?」
「ああ。私はモハメド・アヴドゥル。スタンドの名はマジシャンズ・レッドという。よければ君のスタンドも見せてくれないか」
見えるということはすなわち持っているということらしい。
やべーなこれ。ちょっと引っ込みがつかなくなった。
今更「実は見えないんですよぉ」とか言っても一から十まで全部説明することになるだけだし。
俺は苦肉の策で、見る者のSAN値に害を与えないように加工した触手をずるりと引き摺り出した。
力場のように加工して、常人の目には見えないように工夫する。
ぬるりとしたたくさん目のついた巨木のようなサイズの触手が蠢き、彼らの姿を捉えた。
「これは……ッ!?」
「そちらのように格好いいものではないですけど。こんな感じです」
いかにも悍ましいものを見てしまったかのような表情で「なんと、強烈なエネルギーを放つスタンドだ…!」とアヴドゥルさんがのけぞった。
見ただけでわかるんかいそんなの。
頷いたおじいさんが俺に向かって赫赫と燃えるような瞳を向ける。
「通りすがりでしかなかった承太郎に知識を与えるその善の心を見込んで頼みがある!どうかワシらに力を貸してほしいッ!」
「は、はい、何のご用でしょうか」
凄まじい迫力と勢いに押されがちになりながら、俺はひとまず話を聞く体制に入った。
なんでも、この世界には吸血鬼がいるらしい。
人を血袋として扱う悪鬼。
それが百年のねむりから目覚め、邪悪の限りを尽くそうとしている。
その討伐の手助けをしてほしい、ということらしい。
俺は二つ返事で頷いた。
「それなら、ええ。俺が力になれるなら参加しましょう」
「……親切心で簡単に頷くものじゃねーぜ。いくらお人よしっつったって、テメェが死ぬかもしれないって話だ」
空条君が視線を鋭くして俺に忠告した。
俺がただの親切でこの話を受けたと思ったらしい。
だが、これは残念ながら親切心ではない。
確かに俺は心が人間であるものとして人を救いたい気持ちもある。
とはいえ、それは単なる気持ちの話。
実利こそが本題と言えるだろう。
すなわち。
『この円環を描く世界に封印された、俺、すなわち旧支配者ハスターの復活を目指す』。
そのような目的があるわけである。
俺はこの世界から脱出し、元いた世界に戻る。
この世界の理を食い破って封印より抜け出し、元の地球へと飛び立つのだ。
このぐるりと回る時間の輪から抜け出して、帰るべきものの元に帰る。
そのためなら、多少の無茶だってするだろうよ。
「大丈夫、空条君。俺は結構強いし。いや体格ではヒョロガリだけど。それは君らが屈強すぎるというか」
「大丈夫かよ。一発ぶん殴っただけで伸びそうだぜ」
「その体格で一発分殴ったら誰でも伸びる件。俺の触手強いぞ!凄いぞ!かっこいいぞ!」
「………ふん」
格好いいかは異論が残るみたいな顔をした空条君が、俺への情けでそれを口には出さなかったようだ。
そんなわけで、俺は彼ら星屑十字軍のメンバーに加わったのである。
封印された旧支配者が復活をかけて動き出す。
なんとも悪役チックなものだが、それもまた乙なもの。
そのように、俺は決意を新たにしたのである。
・旧支配者ハスター
円環に閉じた世界に囚われ、封印されている。
世界移動不可。外宇宙への帰還不可。
運命が身体に絡んでいて身動きが取れない。
乱暴に動いて世界を食い破れば出れるが、この世界も崩れる。