インドに到着した今現在。
俺たちはバスでガンジス川のほとりをまったりと揺られている。
修行者の荒行が車窓から確認できて、その雄大な川の流れを一望できた。
俺の隣で足を組むポルナレフさんが、ややむくれて口を開いた。
「それで、人間体の方こそが本物のスタンドだったって話なのかよ」
「その通り。俺は世にも奇妙な触手で、この姿はスタンドです。すごく人間そっくりだろ?」
ポルナレフさんの疑問に応え、俺は神妙に頷いた。
バスに俺たち以外の客はいない。
俺たちは後部座席の方を大男の軍勢で占拠してくつろいでいる。
ポルナレフさんがむすっとして眉を顰めながら言った。
「そんなもん変に隠さずとも教えてくれりゃいいってのに。水臭ぇなお前!」
「妙な触手に世間の目は厳しいんだよ!俺がどんな目に遭ってきたか!住んでる洞窟に石投げられるんだぞ!」
「お、おう…」
グスッ、と隣に涙ぐむ触手を出現させて、俺はポルナレフさんを非難した。
石投げられるのならまだ軽傷の部類だ。
村の若いもんで討伐隊が組まれてからが本番である。
花京院君がじとっとポルナレフさんを糾弾した。
「ポルナレフ、触手が泣いてる。デリカシーないんじゃないか」
「わ、悪かったって!つかどうしてわざわざ触手の方出して泣くんだよ!」
「うむ。ちょっと可愛めの触手で小動物感を狙いに行こうと思って。可愛いかろう?」
俺選りすぐりの触手でキュルンと上目遣いをする。
何度も触手再生ガチャをして作り出した、ちょっとだけいい具合の触手だ。
目が一列に整っていて、縦に開く口も歯並びがいい。
六個の大きな瞳をうるうるとさせれば、瞬時に皆が大宇宙を背負ったようだ。
「可愛……黄衣さん種族的な価値観ですかね」
「いや一般的な視点で。目がクリクリしてるし、造形がちょっと整ってて可愛かろう?触手系アイドルだよこれは」
「……目が…クリクリ……」
花京院君は哲学的難題に悩まされてしまった。
ジョセフさんが「人の好みは多様じゃしな」と頷くなどする。
蓼食う虫も好き好きみたいな話になってきて俺は憮然として腕を組んだ。
ポルナレフさんが俺の触手の先っぽをちょっと引っ張り、しげしげと見つめてくる。
「お前、普段は海とかに住んでるのか?」
「宇宙らしいぜ」
「あー。承太郎達は事前に聞いたんだったか。宇宙人かぁ、故郷はどんな星だったんだ?」
結構気軽に、出身地聞くみたいなノリで話題を広げるために聞いてくれるようだ。
さすがはポルナレフさん。根本が陽の男。
俺はふふんと触手で胸を張る仕草をして答えた。
「地球からでも見えるよ。牡牛座アルデバランの惑星カルコサだ。恒星から遠くて、全球凍結してる。俺の住まいはそこにある黒きハリ湖って名前の極低温ヘリウムで満たされた湖だ」
「生物が住めるところには思えねぇが」
承太郎君がやや興味ありそうに身を乗り出した。
スペースロマンが意外とウケているらしく、皆も俺を見て話の続きを待っている。
なんとなく話の主役になった気がして、俺は住まいのハリ湖のことをたくさん語った。
近くにカルコサという石造りの街があること。ビヤーキーという賢い大型生物が住んでいること。
人に話したのなんて数えるほどしかない、俺の住まいの話だ。
皆興味津々で聞いてくれて、受け入れられたという実感が遅れて込み上げて来る。
ああ、泣きたいような笑いたいような、不思議な気持ちだ。
あとポルナレフさんは俺の触手の先っぽそろそろ引っ張るのやめて。
触手がビロビロになってきたじゃんかよ。
アヴドゥルさんが深く頷いて、感じ入るような姿を見せた。
「宇宙は広いとは分かっていましたが、各国がこぞって月を目指す気持ちも少しは分かったような気がしますね」
「そうじゃの。宇宙かぁ。流石に民間ではまだ難しいが、確かめたいこともあるしスピードワゴン財団に相談してみるとするか」
「確かめたいこと、ですか?」
ジョセフさんはうむうむと頷いて眉間に皺を寄せて、ピンと一本人差し指を立てた。
「承太郎には昔話したことがあったと思うが、カーズという究極生命体と戦ったことがあっての」
「ああ、あの与太話。まさかマジだったのか?」
「与太話って思っとったの!?ワシショック!!」
孫にピシャリと一刀両断され、ジョセフさんは泣き崩れる。
相変わらずこの系列のジジ孫コントは切れ味が鋭いんだよなぁ。
「ええわいもう。で、そのカーズを火山を使って宇宙までぶっ飛ばしたんじゃが」
「この内容で俺に信じろって方がキビシーんじゃねぇか」
「黙らっしゃい!ともかく、まだカーズは宇宙に漂ってる可能性があるってことじゃ。間違って衛星やスペースシャトルと衝突したら大事じゃし、状態を確かめておきたいんじゃが」
うーむ、とジョセフさん思い悩んだ顔をする。
そして「なんか地球に来た時の宇宙船なんかは余ってないか?」と俺に問いかけてきた。
あいにく俺は宇宙船を移動に使ったことはないので、申し訳ない気持ちでぺこりと頭を下げた。
「いや、俺は身一つで宇宙に飛び出るタイプの星間飛行生物だから。よければいずれ俺が見てこようか?」
「本当か!?というか身一つで!?」
「黄衣さん、話せば話すほどキワモノになっていくんですよね」
「こんだけ別種の生命が人間のふりできてるって意味では、逆に完璧に人に寄り添ってるとも言えるぜ」
「なるほど、承太郎の言う通りかもしれない」
なんか変な納得のされ方をしているようだ。
俺はブスくれて全部の目で高校生組を睨みつけた。
「触手が見てきてますよ」「うっとおしいぜ」などとヒソヒソ高校生組が話をしている。
俺はますますむしゃくしゃして、触手の先っぽから細い触手を生やしてポルナレフさんの手を縛り上げた。
不意にキモい感じで触手の先から細い触手が生え、「ぬわーーーっ!!」とポルナレフさんが悲鳴をあげる。
あ、そろそろ頃合いか。
俺は頷いてジョセフさんに忠告した。
「ところで、ジョセフさんスタンド攻撃されてるぞ」
「なにぃーーーッッ!?!?」
小さな虫刺されの腫れのようなものを指さして、俺は淡々と説明する。
「寄生型のスタンドだ。遠隔で操作できると思う。放っておくと本体に成り代わるぞ」
「ウゲェーッ!そういうことは早く言ってくれ!」
「ある程度成長しないと切除しづらいしな。気持ち悪い思いは少しの方がいいと思って」
ひょえー!とジョセフさんが腕を遠ざけて悶えている。
ポルナレフさんが「切っていいか?」と聞いてきたので、頷いておく。
どうやらポルナレフさんが切除してくれるらしい。
彼の精密動作性なら十分すぎるほどだろう。
根本からやや深めに細切れにして切り落とす。
それだけで呆気なくジエンドである。
ジョセフさんが「オゥ!イチチ!」と苦しんだので素早く患部に再生を付与。
無事に跡形もなく治療が完了する。
その直後にバスを後ろからつけてきていた車が一台、突然操作を失ってガンジス川に突っ込んでいった。
あれに本体が乗っていたのだろう。
車を見て花京院君が「落ちましたね。寄生型のスタンドとは、早めに気付けて良かった」と少し眉を顰めて難しい顔をする。
まあ、まだ視覚聴覚もない状態で潰すに限る。
ある程度成長しないと五感が同期しないようだし、意外と使い勝手の悪そうなスタンドだ。
ジョセフさんがつるりと傷ひとつない患部を撫で摩り、ほっと一息ついたようだ。
「うーむ、スタンド能力を視認できるというのは本当なんじゃな」
「俺らの種族が太古の昔から使ってる技術だからな。化身の判別と能力看破ぐらいお手のものさ」
「まったく、便利な能力の宝庫じゃな。………ならホリィの治療は、そんな君の目から見ても難しいのか?」
真剣な表情での問いかけに、俺は重く頷いた。
空気が瞬時にピリリと張り詰め、承太郎君が意識を向けているのがわかる。
「ああ。そもそも化身は自分の一部をメッセンジャーとして分離することを指す。つまり、自分より弱いんだ」
「……ふん。俺らのスタンドと違って、制圧可能ってことか」
「そうだよ。同族で反抗したり問題になった例を俺も知ってるけど、なら『捻り潰して処理すればいい』ってだけだ」
ニャルラトホテプとか時々化身に反抗されてるが、大抵プチッと潰して終わりだし。
スタンドの反抗なんて、正直どうしていいのかさっぱりわからない。
俺はため息をついて肩を落とした。
「あの時は、そうだな。承太郎君に包丁を突きつけて『今ここでこいつを殺すッ!』とかホリィさんにやるのもちょっと考えたけど」
「何考えとるんじゃッ!?!?」
「なるほど、彼女の闘争心を引き出して、スタンドの主導権を握らせようとしたわけだ」
アヴドゥルさんは俺の意図をすぐに理解したらしい。
俺は首肯して口をへの字に曲げた。
「でもホリィさん優しいから、『代わりに自分が犠牲になるから!』って懇願して彼女を疲弊させるだけで終わりそうだし、止めたんだ」
「ううむ……確かに。あの子は優しい子じゃからな……」
DIOを倒さなければ、彼女の命は無い。
その事実は依然として我々の原動力として、この旅の根本に横たわっているのだ。
エンヤ婆は嘆いている。
「ルウェェエエエエ!悲しいよぉお!息子が!最愛の息子が殺されたッ!!!」
ジョースター一行によって殺された。
最早復讐を果たすことでしかこの心は晴れない。
そうわかっているのに、あの化け物が邪魔をする。
「ぎぃぃいいい!あのクソ化け物がぁ!!何故だ!なぜこの場所に留まるッ!!」
アレは「外」から来たものだ。大いなるもの。この世にありえざるもの。人を容易く踏み潰すもの。
正面から立ち向かっても無駄だ。
エンヤ婆とて、魔術を扱うものとしてアレに立ち向かうのがどれほどの身の程知らずかはわかっている。
ふと、音もなく部屋に入るものが一人。
それは甘く人を堕落させる声で優しく語りかけた。
「まだ嘆いているのか」
「ッDIO様!!!」
エンヤ婆が跪けば、DIOは優雅に淫美に歩み寄る。
己の絶対性を確信している、そんな足取りだった。
「そんなにも厄介なのか、あの黄衣という生物は」
「っ…………」
普段なら「DIO様の敵ではない!」と断言する場面だ。
だができない。他ならぬDIOに、そんな大ボラは吹けない。
「あれは…太陽ですじゃ。強い弱いの話ではない。戦ってはならない。この世の何よりも強大で、本来世界にあってはならぬもの…」
「ほう。ますます興味深い。わたしの道に佇む、頂点を阻むもの」
ニタリと笑うDIOに、エンヤ婆はひれ伏した。
アレは当然のように運命を、この世の逃れられぬ宿業を見通す。未来と全てを知っている。
そのアレが、DIOは必ず敗れると言った!
エンヤ婆は屈辱に震えて、時を止め一瞬のうちに退出するDIOを見送った。
時を支配するその絶技が、エンヤ婆の目の前で惜しげもなく振るわれる。
「そんなはずはない、DIO様が負けるなど…あるはずがないぃ…ッ!!!」
エンヤ婆は噛み締めすぎた口からダラダラと血を垂れ流し、歯軋りした。
アレを前に時を止めたところで意味などない。
星見と魔女の血脈を継ぐエンヤ婆はそのことをよく知っていたが。
その執念が故に、知らぬふりをするしかなかった。
・可愛い触手
目がクリクリしていて歯並びがいい。
花京院はハイエロファントを出して隣に並べて触手仲間な真似をするなどしている。
ポルナレフが引っ張ったから先っぽがビロビロになった。
・DIO
実は超不機嫌。
エンヤ婆がダンマリなのは「黄衣ハスタに手を出すな」って言ってるようなもので、つまりこのDIOより強いと断言しているということ。
口に出さない忠誠は買っているが、不愉快MAX。
無限再生ぐらい自分でもできるし。スタンド能力見破られたからって時止めは攻略できっこないし。
何か隠し玉を持っててもこのDIOならなんとかできるしぃ。