既に陸路でパキスタンまで辿り着いた。
荒野ばかりの道を進んで、やや霧が出て来た先で賑わいのある街へと辿り着いた。
「今晩はここで一泊するとしよう。大きいし、いいホテルがあるかもしれん!」
「俺はいいトイレのあるホテルにしたいぜ!指で尻を洗うのはこう、気が乗らねぇ」
「こればっかりは僕もポルナレフに賛同します……」
ゲンナリした花京院君に俺はやや同情がちに頷いた。
この辺の文化なのはわかるが、やはり日本人には辛いところなのは間違いない。
俺はトイレに行かないタイプのアイドル触手なので問題ないけど。
街でも大きめのホテルがあったので、そこでジョセフさんが部屋をとれるか確認。
無事、バラバラの場所ではあるものの全員分の部屋が取れたのでぞろぞろと入室する。
夕飯は近場の食事処で済ませる予定だ。
俺は一人、自分にあてがわれた部屋に入る。部屋には荷物を置きに来た形だ。
カーテンをそろりと開けて、街の景色を眺める。
薄暗い中に曇り空に霧がかかっていて、一層見通しが悪い空が広がっている。
それは間違いなくスタンドで、凄まじく巨大な力を秘めた力場であった。
その意識の全てが俺に向いて、俺のことを観察している。
「…………そろそろかな」
承太郎達でなく俺に用があるのなら、部屋は彼らとは別の方がいい。
だから口に出さずに黙っていたのだが、この後きっと怒られるだろう。
今からしょげかえりつつ、俺は狭い部屋を見渡した。
部屋はこじんまりとはしていたが、綺麗で整っている。
何かあったらすぐに内線で電話、と番号を確認しあっているし、電話の位置も確認。
急な泊まりだと隣の部屋が取りづらいのが難点だ。
俺は部屋にあった木製の椅子に腰掛けて、「入っていいよ」と声をかけた。
しばらくの沈黙の後。
慎重に扉を開いたのは、霧で姿を誤魔化した老婆であった。
普通の人から見ればホテルの若い女性スタッフに見えたかもしれない。
老婆は霧を纏って妙に高い声を出した。
「あ、すみません!フロントにお客様に用だという方がいらっしゃいまして…!」
「誤魔化さなくていい。ずっと俺を見ていた人だろう?随分と熱烈な視線だったし、いくら俺でも気付くさ」
そのように軽く笑って、その霧を魔術で消し飛ばす。
パチっという小さな音と共に、纏った霧の幻覚が霧散。
どうやら実体ある虚像の類のようで、非常に強い力を纏っている。
老婆は慌てたようにニコニコと笑顔を取り繕った。
魔術師で間違いなく、そして俺、すなわち旧支配者ハスターのことを知っているようだ。
「ワシはエンヤといいますじゃ。ご無礼重ねてお詫びしたい」
「ふむ。なら要件は?」
「どうかあのジョースターめらを信用召されぬように。DIO様も彼奴等には迷惑しておりますじゃ」
揉み手でエンヤ婆は「ジョースターどもの悪行」とやらを騒ぎ立てた。
DIOは力のある吸血鬼で人を導くに足るカリスマがある。
それを勝手な思い込みで邪魔するジョースターどもに、仕方なく反撃しただけ。
どうやらエンヤ婆は俺に手を引いてもらいたいらしい。
一通り話を聞いてから、俺はうっそりと目を細めて笑って見せた。
「話はわかった。だが旧支配者に頼み事をするのに、手ぶらというわけにはいかないだろう?」
「も、もちろん!これをご覧くだされ!」
取り出されたのは一本の矢だ。
これには俺も少しばかり驚いた。
これは精神の強い、化身を生み出すに足る人間を捕捉して化身作成の力を与えるアーティファクト。
いわばスタンド使いを生み出す矢だ。
鏃の部分が本体で、あとの部位はさして意味はなさそうだ。
微生物を媒体に肉体に侵食する機構は非常にユニークだ。
俺は満足して頷き、神判を下した。
「なるほど。その捧げ物ならばこう答えよう。『君だけは見逃す』と」
「!!!」
口角を吊り上げ、無様に目を見開く老婆を嘲笑った。
「そ、それは…!」
「DIOとやらは処分するが、君は捧げ物の功績に免じて生かして帰そう。どうかな?」
「ワシなどよりもDIO様を、」
「俺は人間という種族が好きだから、特別に生かしてあげようという話だよ。吸血鬼などという羽虫を愛でる趣味はないんだ」
「ッ………!」
ぎり、とエンヤ婆は奥歯を噛み締めたようだ。
俺はクスクスと笑って、彼女の背を押すべくもう一つ口を開く。
「納得できない?なら仕方ないなぁ。とびっきりの提案をしてあげようか」
「………」
「君がDIOにこれ以上与しないなら、君の息子さんを生き返らせてあげようか」
「ッッッ!?!?!?」
カッと目を見開き、ブルブルと青ざめた老婆が茫然自失で脂汗を垂らす。
魂が霧散しているから、正しい意味での蘇生は不可能だが。
この老婆は息子がいるという事実さえあればよくて、息子のことを碌に見てもいない。
過去からちょいと汲み上げて、悪事をはたらかぬよう手直しした息子を与えれば済む話だ。
どうせ「心の清い我が子」とかいう幻想を愛していただけだ。
本当に清くなれば一石二鳥だろうよ。
老婆はぜえぜえと荒い呼吸で、己の杖を血が滲むほどに握りしめる。
「君はどうする?DIOへの忠誠心と息子への愛。君はどっちが大切?」
「……この、バケモノめがぁ……ッ!」
「嫌だな。こんなに慈悲深い旧支配者、他にいないって言うのに」
割と本当のことだ。
旧支配者の気まぐれと短気を舐めてもらっちゃ困る。
俺はそうだな、怒りのあまりちょっとニャルラトホテプのやり方を真似ているだけだ。
飛行機でも、船でも。すでに死人が出ているのだ。
この老婆の余罪は他にもある。
多くの死を招いた根源。矢の使い方を教え、スタンド使いを生み出す過程で多数の死者を出した罪。
生かして返す義理はない。
ペロリと唇を舐めて笑みを浮かべる俺に、エンヤ婆はいよいよ震えて拳を握りしめた。
バッと顔を上げて、決別するように宣言する。
「ぬぅぅうう!どうあっても引かぬのならば、追い出すまでのことよッ!!!」
「ん?」
「我がまじないを見よ!この街に霧で描かれた紋様を見よ!この土地から退去せぇバケモノめ!」
町中いっぱいに霧で描かれた巨大儀式が、光を伴って発動する。
おそらく町人を使ってあらかじめ発動直前まで儀式を進行させていたのだろう。
街に設置された赤く塗り込められた幻影のモノリスが、逆V字に輝いてその術式を描き出す。
素晴らしい大儀式だ。
これほどの儀式、魔術師が何人も集まって何十年もかけなければ成立し得ないだろうに。
正しい形で俺へと収束し、旧支配者ハスターを地球外に放り出そうとする。
そのままリラックスし、無防備に俺は術式を体で受けた。
俺の体は少しだけMPを吸って重たくなり、腹が満たされた感覚がある。
大量のMPを消費し、スタンドを維持できなくなったエンヤ婆が、愕然と肩で息をしている。
俺は拍手でもって彼女の苦労を労った。
ぱち、ぱち、ぱち。
乾いた音がホテルの部屋にこだまする。
「パーフェクト。素晴らしい完成度の退散呪文だったよ。俺にも作用するなんて、人間として本当に最高峰だ」
「な、ぜ……」
「ただ…そうだな。招来魔術で呼び寄せたやる気のない旧支配者ならともかく。完全顕現した我々に、退散呪文は意味を成さない。覚えておくと良い」
俺が椅子から立ち上がると、エンヤ婆はなんとか抵抗しようとハサミを取り出した。
再具現化した霧のスタンドは背後にぼんやり浮かぶ程度の規模でしかない。
カーテンの外では霧が晴れ、街の夜景がくっきりと夜空を照らしている。
俺は慈悲深く、再三に渡る確認をした。
「DIOの根城、場所を教えてくれるなら苦しみのない死をあげるけど」
「DIO様、万歳ッ!!!」
「誤解のないように言っておくと、魂から直接データを取り出すか、口で喋るか選ばせてあげるって話だからね。喋った方がお得だと思う」
それでも言う気はないようだ。
口を引き結んだまま、こちらに向かってハサミを構えるのみだ。
息子を持ち出されても揺るがない忠誠心は見事としか言いようがない。
俺は微笑んで、両手をゆったりと広げて老婆を歓迎した。
「じゃあ仕方ない。かかっておいで。人の無謀に付き合うのもまた、神の役目だからな」
というわけで夕食の時間である。
この地方の伝統的料理か、物珍しい品が並ぶ街並みを見ながら、俺はしょぼしょぼとジョセフさん達と合流した。
ポルナレフさんが俺の様子に心配したのか、肩を組んできてくれる。
「どうした黄衣、なんかあったのか」
「敵襲あったんだよね、さっき…もう撃破したけど」
「嘘だろおい!?」
俺は咳払いして、「あとDIOの居場所吐いた。俺ってば大戦果じゃん?」とダブルピースする。
半目の花京院君が素早く俺に「当て身!」と謎当て身をくり出した。
げふぅ。暴力反対……。
承太郎君にもガンをつけられ、俺はむくつけき男達の洗礼をうけたのであった。
「てめぇなんのために内線番号確認したんだよ」
「それでDIOの居場所とはどこなんじゃ!?」
「黄衣君、それより怪我はないか?厄介な能力持ちだと君の再生能力も手が届かない可能性がある。油断しないほうがいい」
アヴドゥルさんあったけぇなあ……。
食事どころでは無くなってしまいつつ、いい加減部屋は大きめの部屋を二つとって、二人と三人で無理やり寝ようかなんて話が出つつ。
俺たちはつつがなく今晩も過ごしたのであった。
・旧支配者ハスターの神判基準
基本は「どれだけ悪いことをやったか」×「どれだけ人間外か」の計算式。
普通の連続殺人犯……顔を顰めるだけで決して殺さない。飼ってるハムちゃんを野良猫にやられた気持ち。
悪いスタンド使い……人喰いクマ駆除する心で悲しみながら殺す。可哀想に、山にお帰り。
悪いスタンド使いの魔術師……この辺から雲行きが怪しくなる。
元人間のスタンド使い吸血鬼……不明
純人外……ただの羽虫だ。視界に入れば思わず潰してしまうこともある。