セスナで降りた次の街で、俺たちはスピードワゴン財団に赤ん坊を預けた。
俺たちは一泊体を休めるため、近場のホテルに立ち寄ったところである。
赤ん坊は財団職員に渡されても慎重にしていた。
あれほど賢い子だから、損得計算を間違えることはあるまいよ。
今はホテルの部屋で、皆が集まっている。
DIOについて落ち着いて話し合うため、一旦皆で顔を突き合わせることにしたのだ。
深刻そうな顔でポルナレフさんが腕を組んだ。
「時の停止か。んなもんどうやったら攻略できんだよ」
「奴がスタンド能力を使う前に、奇襲で倒すしかないじゃろうな」
「射程外から倒す方法もありますよ。もっとも、素で黄衣さん並に回復力があると言う吸血鬼を、射程外からの攻撃で仕留めるのは不可能に近いですが」
皆でああでもないこうでもないと悩みつつ、俺は触手をベッドで寝かせながら少しだけ納得していた。
時折感じていた時間停止は、どうやら吸血鬼の持つスタンド能力であったらしい。
俺は旅中、その間にこそこそ運命の縄を解いたりしてボーナスタイム扱いしていたが。
花京院君が少し俺に話を振ってきた。
「というか何やってるんですか黄衣さん。一人で寛がないでください」
「いや俺ちゃんと話し合いに参加してるじゃん」
「本体が露骨に寝てますよ。目閉じてぐーぐー言ってますけど」
「気のせいだよ」
器用な俺は触手単位で寝られるので、二本の触手は目を閉じて涎を垂らしながらグースカ言っている。
俺は花京院君に対してキメ顔を作った。
瞬間、ハイエロファントの触脚が俺の触手の額を酷くぶった。
「暴力反対!!!宇宙人を大切に!」
「ところで、黄衣さんはDIOの能力のことどう思いますか?」
「何事もなかったかのように会話…だと……?ごほん。普通に考えるならクールタイムがあるから、そこを狙うとか。封印系スタンドを用意する、のは難しいか」
あとは承太郎君のスタンドでカウンターするのが一番良いだろう。
彼のスタンドはそういう強大かつ特殊な能力に対するカウンターに特化している。
皆スタープラチナの高性能さをスタンド能力と間違えているが、本来は「敵を超える」のがスタープラチナの本懐で間違いない。
だがこれは自分で自覚した方がいいだろう。
ポルナレフさんが泣きべそをかく触手の先っぽを抱いてあやしている。
「おーよしよし、花京院がひでーことするもんな」と揺らしてくれた。
くつくつ笑った承太郎君が肩を揺らしている。
「てめぇ、実際人間換算だと何歳なんだ?」
「………わ、わかんにゃい…幼稚園児……?」
「ワシおしめも替えたこともあるぞ!承太郎も可愛かったわい!」
異次元の角度で不意打ちが直撃した承太郎君が、スタープラチナでジョセフさんを締め上げている。
「ギブギブギブギブなぜじゃワシの愛の籠ったいたたたたた」と悲鳴が聞こえる。
なお、俺が幼稚園児なのは父なる神ヨグ=ソトースを基準に換算した時のタイムスケールの話である。
彼ら外なる神に比べて、俺たちは本当にポッと出の存在に他ならない
と、そのあたりで不意に部屋の扉が控えめにノックされた。
扉を開けると、困り顔のホテルマンが申し訳なさそうに口を開いた。
「フロントにお客様とお約束だと言う方がいらっしゃいまして」
「なるほど。すぐいくよ。伝えてくれてありがとう」
刺客が呼び出しとは行儀が良いことだ。
皆で頷き、油断なくフロントまで行けば。
そこにいたのはチグハグな三人組だった。
一人は見覚えのあるテンガロンハットのカウボーイさん。
「よ!」と俺に軽く挨拶するのはホル・ホースだ。
元気で何よりである。
次に目を引くのは子供だ。
大きめの漫画本程度のサイズの本のスタンドを抱えてオドオドと視線を彷徨わせている。
結構強大な力を持つスタンドだ。
三人目は子供と血のつながりを感じさせる男だ。
所在なさげに困った様子でこちらを見ている。
ポルナレフさんが「あん?誰だこいつら」と胡乱な顔をした。
俺は気軽に肩をすくめて言った。
「あの帽子の人は俺を襲った刺客だよ。ホルホース。いったい何の用なんだ?」
「なにーーッ!?DIOの刺客じゃと!?こんな場所でやろうと言うのか!」
「へぇ。やはり穏やかではありませんね」
皆が臨戦態勢で構えを取るので、ホルホースは「ちょっと待った!!俺たちの話を聞いてくれ!」と大慌てで手を振った。
何にしても、こんな人の多い場所でする話でもない。
幸いまだ明るいので、近場の開けたところに移動しようと言うことでまとまった。
ややピリピリした空気のまま中庭に移動して。
まず話を切り出したのはホル・ホースだった。
「ま、なんだ。あの時は敵同士だった。悪く思わないでくれよ」
「今はそうじゃねぇと聞こえるが?」
「そうだ。俺達は鞍替えしようと思ったわけだ。仕える主は賢く選ばなくちゃな」
ちらっと少年に目配せ。
おずおずと少年が前に出て、もたついた口調で、恐怖と困惑が同量混ぜ込められた様子で己の本を差し出した。
「ぼ、ぼくのスタンド……トト神はよ、予言のマンガです。一度出たら絶対に変えられない、逆らおうとすれば、苦しむだけ……!」
「見せてもらっていいかな?」
少年は頷いた。
やや訝しげな顔の承太郎に、「未来予知のスタンドとは、何と強大な…!」と慄くアヴドゥルさん。
開いたページは過去の予言が描かれていた。
独特なタッチと添えられた文章は、漫画というより絵本に似ている。
パラパラとめくって行けば、予言が最近のものに変わっていく。
そして不意に予言が途切れて、真っ黒なページが現れる。
そこには赤く燃え上がる三眼だけがページいっぱいに描かれていた。
ボインゴ達は見られているよ!絶対に気を引いちゃダメ!静かに、知らないふりをしよう!
次のページをめくれば、燃え上がる三眼の絵から視線を感じた。
添えられた文章は一言だけ。
見てます。
めくってもめくっても真っ黒いページにニャルの紋章が続くのはちょっとしたホラーのようだ。
「見てます」じゃねーよこんないたいけな男の子をいじめやがってニャルラトホテプめ。
ニマー、と向こう側から覗き込むニャルラトホテプが悪質な笑みを浮かべている。
たぶん勝手に羽虫に見られて不愉快になったニャルラトホテプがガン付けただけだろう。
本題はこちらではなさそうだ。
花京院君が「不気味な本ですね…これが予言のスタンドなのか…?」と困惑している。
俺は頷いて肯定した。
「確かに予知のスタンドだよ、これは。運命を予知して、使用者に運命に立ち向かう勇気を与えるスタンドだ」
「そんな神の如き力を持つスタンドが……それはスタンドというよりむしろ……」
アヴドゥルさんが少し思い当たるような顔をした。
きっと今も各地に残る神の息吹を思い返しているのだろう。
「ああ。たぶん古代からそのようなあり方だった怪異が、今少年に宿ってスタンドと呼ばれてるだけだな」
「もし敵として現れたらと思うと恐ろしいわい」
ジョセフさんの言葉に俺も頷いた。
これは神の権能の欠片で、本来旧神と呼ぶべきものの在り方が地上に残されたもの。
この世界では神は旧きものではない。
未だ神の座にある、外敵を知らぬ者たちである。
その中でもこれは運命を見せるが、それは変えられない定めを示す。
「運命は変えられない。だがそこに至る道筋で人の命の輝きを示せ」という神からのメッセージだ。
まったく、か弱い人間になんて過酷なことを言うのか。
虐待だぞそれは。
ポコポコ勝手に怒りながらめくっていくと、途中で予言が復活した。
承太郎と……相手は、腰ほどもある金の長髪に白い衣装を纏ったDIOだろうか。
DIOの背後にはぼんやりと白い手が浮かび、DIOに何かを授けているように見える。
ウワーッ、DIOが変身した!人間はミナゴロシだ!
でも大丈夫、承太郎に付いたボインゴは、DIOだって怖くない!
頑張れボインゴ!負けるなボインゴ!
それをぺらりとめくると、ようやく最後のページが出てきた。
これまでとは違うやけに写実的なタッチで描かれた俺、旧支配者ハスターが地球を食い破って外に出る絵だ。
背景には燃える三眼が描かれている。
おしまい、と血で引っ掻いたような文字が添えられているようだ。
すごい勢いでジョースター一行が俺を見た。
「ちが、違います誤解です俺は無実ですこんな事しないですマジで!!」
「別に何も言っとらんじゃろう」
「焦ると容疑者みたいに見えますよ黄衣さん」
俺は図星を突かれていきりたつなどした。
ニャルの事実無根の落書きで疑うなど許されざるよ。
漫画本を閉じて、少年と目線を合わせて微笑んだ。
ニャルのいたずらを許してもらうための愛想笑いである。
「この燃える三眼は俺の昔からのダチのマークなんだ。嘘つきで気まぐれでDIOより悪い奴だから、単純にこれはこの子のスタンドに嘘の予言を書き込んでいたずらしただけだと思う」
「テメェダチとかいたのか」
「DIOより悪い宇宙人と友達ですか。黄衣さん、ヤンキーにいいように利用されてませんか?」
「そういや黄衣はワルだったって話だし、尖ってた時期のダチと縁を切れねぇだけじゃねえか?」
凄い言われようというか、今はワルじゃなくなったと思ってもらえてるのは嬉しい限りである。
俺はニコニコした。
それと承太郎君や、テメェダチとかいたのかって割とストレートに名誉毀損だぞ。
ジョセフさんが「スタンドにイタズラってよくわからんが、まあいいか」といろいろ聞きたいことを飲み込んで話をまとめてくれた。
「ということはこのDIOとの決戦だけは本来の予言ということと考えていいんじゃな」
「そうだな。ジョセフさんの念写とは姿が随分と違うし、白い手が何なのかも気になる」
「DIOに与するものを暗示してるんじゃねーのか」
「そうじゃのう。承太郎が戦っとるようだったが」
「背景に俺らがいたけど、黄衣がいなかったのも気になるな」
ふぅむ、とみんなで考察に励む中、俺はちょっとだけ後悔した。
多分白い手はこの世界の神の後押しが入ったことを暗示しているのだ。
俺の存在に気づいた神が、DIOに肩入れして俺を排除させようとしたに違いない。
その程度で俺が倒せるとはこの世の神も思ってないだろうが、普通に俺を見てパニックで条件反射的に力を授けただけだろう。
困ったことになった、と俺はしょぼしょぼした。
・旧支配者ハスター
全然今も現役のワル。
人間のことは好きだが人外はキモくて嫌いなので気軽にニャルラトホテプと組んで族滅する。
ニャルとは遊び仲間。
人間にとってはとても良いやつ。
・承太郎
黄衣の言うダチとやらを少し疑ってる。
呑気な黄衣が騙されて利用されてないかもそうだが、この旅の間ずっと感じる妙な視線の主ではないか。
本来感じることのない視線を感じられたのは、スタープラチナの「対抗」の力が微弱に発動しているかもしれない。