紅海を抜けて、エジプトへ向かっているなり。
素晴らしく透き通った水はまるで船が宙に浮かんでいるようだ。
そこを潜水艦でブーンと進むのは実に風情があって、浅いところを進む潜水艦の鮮やかな海中の様子は水族館さながらだ。
スピードワゴン財団を通して、ジョセフさんのポケットマネーで購入した潜水艦だ。
旅のために使い捨ての潜水艦を買うとは、なんともまぁ豪胆なものだ。
俺は潜水艦の外で思いっきり姿を晒して警護している。
もし潜水艦を狙う奴がいれば、俺が迎撃する手筈になっている。
コックピットの二つの丸窓から暗い海を見たポルナレフさんが、そこに映る俺の大きな目に「うおお、デケェ!」と慄いた。
黄衣の王たる体の方で俺は胸を張った。
「どうだ!俺は大きくて凄いわけで!水陸空両用ってわけよ!」
「ダイオウイカですねこれ。邪悪な組織に改造されたダイオウイカの格好ですよ」
「邪悪言うなし。あとダイオウイカでもない。目がたくさんあるってことは監視にも向くんだぞ」
「この暗さで見えてんのか?」
「問題なく。宇宙ほどに暗くても見えてるよ」
俺の目は光を捉えられるが、主に魔力やルールを視認している。
魔力とはすなわち「創造神アザトースの夢に漂うかの神の意思」である。
それを以って神に請願すれば、世界すなわち夢はその通りに変わるのだ。
魔術とは「アザトースに尤もらしく夢を変えてもらうための説得文句」でしかない。
俺たちがそれを視認するのも当然だろう。
ついー、と泳ぐ海には多様な生き物が泳いでいる。
俺を見て逃げたり寄ってきたり、俺をクジラだと思ってピッタリくっついたり。
おお、くすぐったいから脇に入るなし。
だんだん並走が面倒になって、やや太めの触手を潜水艦に巻き付けて、ゆったり引っ張ってもらうなどする。
そしてすぐに運転手のジョセフさんにバレて、承太郎君にポカっとどつかれるなどした。
「やるなら言ってからやれ」とのこと。
全くもっておっしゃる通りです…。
花京院君がぼんやりハイエロファントを出したり消したりしながら言った。
「あのホル・ホースとかいうスタンド使いの一団はアメリカに着いたでしょうか。一度は黄衣さんを狙ってる刺客なので、財団職員が心配ですが」
「そうじゃな。だが今は信じるしかないじゃろう。DIOを裏切ってわしらにつくとするなら、それ以上の成果はない」
「Jガイルみてーな外道と組む野郎なんざ俺ははなから信用してねぇけどな。あ、承太郎!紅茶入れたから飲もうぜ!」
ポルナレフさんが紅茶を淹れてくれたらしい。
ワイワイ集まって休憩タイムに入る。
花京院君が触脚を使って6つ紅茶を一斉に運んでくれたようだ。
便利だなやっぱり。
隣では精密動作性の訓練か、承太郎君が角砂糖を一つずつ縦に積んで塔を作っている。
ポルナレフさんが「黄衣、お前スタンドで飲んで満足するのか…?」と若干心配しつつチャリオッツに紅茶を飲ませようと試し始める。
心なしかチャリオッツが迷惑そうな顔をしている気がする。
俺もなんか超能力者っぽいことやりたいものだ。
俺は蒼白の仮面を取り出して無意味に装着した。
花京院君が訝しげな顔をしてまじまじとこちらを見る。
「なんですそれ?土産屋で買ったんですか?」
「いや俺の本当のスタンド能力。目を合わせた相手を狂気に陥らせる力の副産物」
「初耳すぎる能力なんですけど。再生はどこいったんですか」
「いやそれは俺の種族特徴だから。黄衣の化身つまりイエロー・トライアンフの能力は『仮面をとって相手と視線を合わせた時、狂気に陥らせる』なのだよ」
うむうむ頷くと、瓶の中身全部使って砂糖タワーを作った承太郎君がやや首を傾げた。
ジョセフさんが「ワシ砂糖使いたいんだけどこれどうすりゃいいの」と困っている。
「どうしてこれまで使わなかった?強力な力に聞こえるが」
「だって…相手を発狂させるとかいかにもこう、悪の触手みたいじゃん……」
「まあそれはそうですね。僕のハイエロファントも人の体内に入って敵を操れますが、やりたい感じではないですし。下衆なスタンドって言われましたし」
「まだ根に持ってんのか花京院」
承太郎君が珍しくオロオロしている。
どうやら肉の芽時代の花京院君が承太郎君と戦う時に言われた言葉らしい。
光るメロンも根に持ってたし、花京院君はやや粘着質なところがあるようだ。
などと考えた瞬間、穏やかな顔の花京院君と目があったので思考を引っ込めた。
何も考えてませんよー、俺は良い触手ですよー。ぬるぬる。
そうしてまったりと旅をしつつ。
ようやく紅海を抜けるあたりになって、海を泳いでこちらに接近する謎の影を発見した。
俺が慌てて触手で迎撃すれば、俺に撃ち落とされたスタンドは派手に岩にぶつかって捻じ曲がった。
だが、しぶとくまだ動くようだ。
跳ね返った動きに乗じて潜水艦の船体に張り付き、すっと溶けた。
俺はすぐに立ち上がって皆に注意喚起した。
「敵襲だ!一撃入れたがまだ動くみたいで船内に入られた。敵スタンドは遠隔操作型。鉱物に化ける能力持ち」
「なんじゃと!?厄介極まりないわい」
「見破る方法はないんですか?」
「多分俺が一撃入れたから、その歪みが化けても出てると思う。派手に歪んでる物質がそれだろう」
そう言うと同時。
バチン、バチン!という金属の軋むような音がして、計器の一部が弾け飛んだ。
どうやら潜伏しつつ、潜水艦を破壊しているようだ。
自分が歪みによって見分けられるなら、周囲も歪ませてしまえばいい。
スマートかつ効果的な話だ。
ジョセフさんが慄いた。
「こ、こいつ!潜水艦を沈める気か!」
「スタンドに呼吸は必要ねぇ。なるほど、一石二鳥って奴だな」
「言っとる場合か承太郎!まずいぞ!」
「この深さならギリギリ船外に出ても死なねぇだろうよ。まずこの潜水艦から脱出すべきだぜ」
「ぬうう、わしの奮発した買い物が…DIOめ…!」
潜水艦購入はすごい買い物過ぎるが、これもまた運命か。
あと潜水艦も攻撃されると死亡率高いからやめた方が良かったのに。
景色綺麗だし俺は泳げるしで嬉しすぎて何も口出ししなかったけど。
瞬間、素晴らしい速度で机の裏から飛び出した敵スタンドが、俺の生首を切り落とした。
「黄衣ッッッ!!!」とポルナレフさんが絶句し、同時にスタープラチナの神速の一撃が敵スタンドを捉える。
強烈な二撃目は、空中での一撃であったことで衝撃が逃げたらしい。
刃物に化けていた敵スタンドが跳ね飛ばされ、よろよろとふたたび潜水艦に溶ける。
俺は冷静に自分の生首を拾ってくっつけた。
「びびびびっくりした……世界が回って見えた」
「デュラハンとかですか!戦闘中に気が抜けることはやめてください!」
「俺のせいじゃねーよ!あのすばしっこいのが悪い!くそ、俺見えるけど潜水艦に穴あけちゃうし…!」
ひとまず潜水艦外に逃げるべきだ。
このまま浸水すれば下手をすれば全滅だろう。
スキューバダイビング用の装備も載せている、という話だったので、俺たちは敵スタンドに気をつけながら船内を移動する。
だが、そのあたり敵も把握していたらしい。
「なんと言うことじゃ、壊されておる!」とジョセフさんがぐしゃぐしゃに穴を開けられた酸素ボンベを見てムンクの叫びのようになった。
どうしてもこの船と運命を共にしてほしいらしい。
非常出口のドアも壊されて開かないようになっている。
俺は苦り切った顔で覚悟を決めた。
「俺がみんなを触手で捕まえて、再生かけながら一気に水面まで運ぶ。減圧症で苦しむことになるけど、一瞬で回復させられるから死にはしない。いいか」
「この場面で選択肢なんてねぇっつーの!やってくれ黄衣!俺たちの命はおまえにかかってる!」
「頼みました黄衣さん。なるべく僕たちが捕まえやすいよう、僕のハイエロファントで体を繋いでおきましょう」
アヴドゥルさんか「私のスタンドはこういう時取回しが悪くて困る」と臍を噛んだようだ。
確かに、大火力すぎる悩みは俺もよくわかる。
ダメージが嵩んで敵スタンドは俺たちに仕掛けてくる気はないらしい。
だが外にもう一人、刺客が待ち受けている。
俺は大きく息を吐いて気合いを入れ直した。
今しばらく、戦いは続きそうだ。
・完全顕現ハスター(深海のすがた)
全長100mぐらいある。
その巨体で潜水艦に巻きついて楽をしようとするので、潜水艦が全然進まない。
のびのびできてとても嬉しい。
変なお魚さんとも戯れてこの世の春。
・ミドラー
鉱物に化けるスタンドの持ち主。
完全顕現ハスターの触手の一撃を喰らってなお動く超ガッツの持ち主。
小さかったため威力が逃げたのが幸いした。
スタプラの二撃目を喰らってKO。
虫の息でダイビング用品壊してから気絶した。
仕事人。超偉い。