エジプトの街、コム・オンボまで来ている。
車でナイル川沿いに直走り、ようやく辿り着いた形だ。
ここは大きな神殿のある街でもあり、観光地としても賑わっている。
街自体は小さいが、コム・オンボ神殿は実に立派だ。
パピルス売りのおじさんが道ゆく観光客を相手に商売をやっている。
他怪しげなお土産などなど、なんともいえぬ活気だ。
俺も少しばかり手作りアクセサリーを換金したので資金がある。
承太郎君達に「ちょっと俺買い物してくる!」と言い置いて別れることとする。
ジョセフさんが「詐欺に遭わんようにな!」と心配そうに声をかけてくれた。
俺を良いカモと見たか、商売男性らがこぞっておしかけてくる。
「本物のパピルスだよ!安いよ!」「こっち!出土品アクセサリーだよ!」と色々見せてくれるが、どれもパチモンだ。
本物見たことある俺からすれば明白な偽パピルス紙だし、そっちのアクセサリーは出土品でもない。
何なら本物はニャルがエジプトで王様やってた時のあまりをくれたりしてるし。
でもこうも迫られるのは悪い気はしない。
よしよし、仕方ないなぁ。
旧支配者ハスターがお金をあげようね…。
などと財布を取り出していたら、見知らぬお兄さんが「これ、お安くしておきますよ?」と刀を見せてくれた。
それは美しい装飾の施された鞘を持つ、年代物の両刃細身の剣だ。
刀に似て優美だが、どこか血を啜った跡のような鈍い煌めきがある。
お兄さんはニコニコしているが、そこには静かかつ邪悪な意志が見え隠れしている。
おそらく何かスタンドの影響を受けているのだろう。
力の元はこの細身の剣のようだ。
少なくとも、人が持っていても良いことは何もない。
提示されたお金を渡して買い取り、刀を受け取る。
しかし、見た目はかっこいい厨二心をくすぐる剣だ。
修学旅行で木刀を買ってしまった気分で、若干ソワソワしながら腰に佩いてみる。
佩くための装備は俺が魔術でちょろりと出した。
うむ。良い感じだ。
俺は満足した。
せっかくなので抜いてみよう、と思って右手で柄を持ってするりと鞘から抜く。
瞬間、スタンドが邪悪な意思を露わにして俺に干渉した。
『くふふふふ、ふははははははは!手に取ったな、このアヌビス神の剣を!もう貴様は私の術中に嵌った……!』
「おお、喋る剣とは、いい買い物をしたかもしれない!もっと代金支払っとくべきだったか」
俺はさらに満足して、人のいないところでブンブン振った。
剣豪になった気持ちで鼻高々である。
『おい貴様!話を聞け!というかなんで喋れる!!コントロールが効かないだと!?』
「喋る魔剣。うーむ、男心をくすぐるネ。大事にしよ」
しめしめと鞘に納め直して、俺はほくそ笑んだ。
俺は剣の素人だが、この剣に任せれば近接戦もいけるかもしれない。
それか遠距離専門のジョセフさんが花京院君に持ってもらうとか。
夢が広がるね。
俺がにこにこしていると、スタンドが激怒ともに吠えた。
『貴様ァッ!!!この私を無視するとはいい度胸』
「───おすわり」
煩かったので、俺の肉眼で少し見てやる。
ハスター本体の瞳が、無数に剣のスタンドを異界の先から覗き込んでいる。
その視線だけで人の心を狂わせ、事象を歪める旧支配者の瞳だ。
ジャッカル頭のスタンドは瞬時に土下座した。
ヒンヒン言いながら震えている。
犬ってみんなこうなのだろうか。
「いい子だね。羽虫はあまりでしゃばらず、静かにしてなきゃダメだろ?」
『ひ、ひぃ…バケモノ……!』
「よく言うこと聞いて、大人しくできるかな?」
優しく柄を撫でながら俺が問いかけてやれば、スタンドはすごく頷いてくれた。
非常にいい子だ。
でもイギー君の方がもっとずっといい子だった。
この刀はすでに数人の人間を殺害している。
刀の状態を見ればわかる。
DIOの命令のままに人を手にかけ、俺たちに牙を剥かんとしたのだ。
「でも、良い犬くんで居られるなら飼ってあげようね」
『っ、っ…!おお御身の言うとおりにします!鞍替えします!!お助けを!!』
「良い子!」と俺は柄をヨシヨシした。
刀を持って意気揚々と承太郎達の元に合流する。
「承太郎君!良いもの手に入れた!!」
「……ん、なんだそりゃ」
「スタンド使いの刀!スタンドが中に宿ってる!」
瞬時にごすっと花京院君にハイエロファントの触脚でぶたれた。
なんでや。俺の何があかんかったんや。
「そのテンションで報告することではないです。もっと危機感を持って、迫真の表情をしてください」
「スタンド使いの刀ッッ!こ、これにはスタンドが中に宿っているッ!!!」
「今やっても意味ないです」
迫真の驚愕顔をスルーされてがっかりの俺である。
ちゃんと横でポルナレフさんは「何だってッ!?!?」と乗ってくれてるのに。
イギー君はブフッと興味なさそうに息をついて寝ている。
慌てて寄ってきたジョセフさんがワタワタしている。
「まさか敵スタンド使いか!?いや本体はどうしたんじゃ!?」
「持ってると言葉がわかるんだけど、どうも生命体を操って本体にする凶悪なスタンド刀らしい」
「それもう黄衣さん操られてることになりませんか」
「いや、俺は対象外っぽい。どうも大きくて知性の高い生き物ほど操りにくいらしくて」
花京院君が「知性が高いかは別として、あれだけ大きければ…まあ…」と納得の様子を見せた。
俺は憤慨して唇を尖らせた。
ギャグ枠なのは本当のことだけどさぁ!
「早いとこ処分した方がいいんじゃないかの。戦闘中に変な茶々を入れられても困るわい」
「そうですね。一瞬の油断が命取りになりかねない」
ジョセフさんとアヴドゥルの言葉に、俺はピースしてVサインしてピースした。
「説得して協力してもらえることになった!」と言えば、意外そうな顔で承太郎君が片眉を上げる。
「テメェは人外が嫌いだと思ったが」
「いや…その……承太郎君にまた怒られたらまずいなと思って自重したの…」
「………」
べし、とスタプラが俺の額に優しくデコピンした。
優しくともスタプラなので結構な威力がある。
なぜみんなして俺をぶつのか。
憮然としていきりたてば、ポルナレフさんがフォローしてくれた。
「何かと狙われやすい黄衣が持ってるのはいいんじゃねぇか?黄衣のスタンドっつーか本体、パワーはあるけど小回りがイマイチだしな」
「そうですね。自衛用にはもってこいでしょう」
二人の言葉に、チラリと承太郎君が俺を見てため息をついた。
「別に敵を無理に生かせって話じゃねぇ。人間程度に他知性体に共感を向けろって話だ」と眉間に皺を寄せる。
なるほど。
承太郎君の注意は、「人間のふりするなら他知性体を羽虫として扱うな」ってことだったらしい。
どうやら見当はずれのことをしてしまったようだ。
申し訳なくてしゅんとしていると、花京院君が「どういうことだ、承太郎?」と首を傾げる。
「コイツは人間以外の生命体をナチュラルに見下す癖があんだよ。いや、違うか。基本知的生命体を見下してて、人間が別枠なだけだな」
「凄い性格悪いダイオウイカじゃないか。全然僕は感じなかったけど、僕が人間だからってことか?」
「ああ。人間のことは犬猫のように大切にしてるらしいぜ」
誇り高い花京院君はムッとして俺を睨みつけた。
俺はしおしおに全身の触手を萎びさせて縮こまる。
「僕は対等な友人のつもりでしたが」
「はい……俺の傲慢を恥じて心を入れ替えますのでどうか御慈悲を……」
「嘘くさい。やり直し」
花京院君にピシャリと言われ、俺はイカの干物になった。
「で、でも素の俺とか邪悪すぎて人前にお出しできないというか、俺ももうこれどこから手をつけて良いのかわからない性格の曲がり方というか」
「何言ってるんです、そういう時のために僕らがいるんでしょう。一人で勝手に性格の悪さが直るわけないですよ。ファンタジーやメルヘンじゃないんですから」
「そうだぜ!花京院だってこれで小中高ずっとぼっちだったんだし、慣れたもんよ!なぁ!」
素早くポルナレフさんはハイエロファントグリーンに処されたようだ。
アヴドゥルさんか穏やかに笑いかける。
「君はそれが己だけの特徴と思っているかもしれないが、スタンド使いは周囲の理解が得られないゆえにその手の性格のものが多い。何も恥じる物ではないだろう」
「そうじゃな。かけがえのない友を失って、己の未熟に気づくこともある。それほどでなければ変われんともいう。恥じることも隠し事もないわい」
────…………。
これは、真の友、というやつだろうか。
嬉しい。あまりの嬉しさに涙が出そうだ。
歓喜に沸き立ち、世界が色付くような、息を呑むような、奇妙な感覚。
それと同時に。
あまりの恐ろしさに、震えが止まらなくなるような悍ましい冷たさを感じる。
彼らはいずれ死ぬだろう。
人である以上、事故、病気、寿命、あらゆる理由で死ぬだろう。
俺に終わりはないがゆえに、これほどまでに俺を思う彼らは俺を置いていずれ去るしかない。
一歩前に踏み出すのがこんなにも恐ろしい。
アザトースの袂に飛び込む方がよほど楽だ。
こんなにも暖かな絆に浸ったら、失った時もう二度と耐えられない。
立ち尽くす俺に、承太郎君が一言、「覚悟を決めたら教えろ」とだけ言った。
あとは俺に任せると、背を向けて先に進んでいく。
俺の恐怖を汲み取って、その上で俺の惑いと苦しみを見ないようにしてくれる。
承太郎君、ほんとエスパーが何かかよ。
ああ。
俺も、そろそろ覚悟を決めなければならない時が来たのかもしれない。
よすよすと刀を撫でていると、剣のスタンドが静かに話しかけてきた。
『何故貴様のような化け物が人のふりをしている?俺にはわかる。あの目に宿る力を見れば間違いない。星を戯れに薙ぎ払えるものが、何故このような矮小な事柄に首を突っ込む?』
心底疑問、というような様子で刀のスタンドが唸り声を上げる。
それに関して俺は、少しだけ迷ったあと単純に返した。
「人が好きだからだよ。人を守りたいし、できれば人になりたい。そのような物として生きたい」
『……わからん。何故好き好んで地を這う虫になりたがるのか。気まぐれに殺されるだけのものの何が良いというのだ』
「さあね」
明言はしなかった。
郷愁、という言葉が一番適切だろう。
俺は前世にしがみついてこの理不尽な宇宙と無限の時を耐えているだけ。
ある種、自分を慰めているに過ぎない。
なんとも儘ならぬものだ。
じろっとこちらを覗いたニャルラトホテプが、若干怒り気味の声で言葉を紡ぐ。
「羽虫の戯言なんて聞く必要ないですよ。どうせ1万年もすればいなくなるような生命体の戯言です」
一万年。
なんて短い間なのか。
瞬きの間もなく羽虫のように矮小に死ぬ生き物を、どうやって対等に見れば良いんだ。
いや、そんなだから性格悪いダイオウイカなんだけどな。
俺はポツリと剣に話しかけた。
「俺って性格悪いと思う?」
『人間の善悪を気にかける意味がわからんが。人間どもがそう言ったならそうじゃないか?』
「そっかぁ。俺、やっぱ性格悪いかぁ。うん、やっぱ心を入れ替える方針でいこう。頑張ろう。魔術も辞さない」
俺は肩を落として全身イカ干物になってトボトボと皆の後を追ったのだった。
・アヌビス神
アヌビス神から見たハスターは宇宙よりの巨大な幾つもの眼。
手の届きそうな位置に恒星を幻視したような気持ち。
絶対逆らえないってか逆らう意味がわからない。
・ハスター
『心を入れ替える』つもり。
根本的に心を開かないうじうじ旧支配者。
心を開いた相手が百年もせず散っていくうえ、社会規範も500年もせず変わるので怖くて自分から殻にこもってる。
それでいつも結局、唯一変わらず共に在れる親友に価値観を合わせている。
そう、ニャルラトホテプである!
・ニャルラトホテプ
コロンビアポーズ大勝利ニャル。
ハスターとはズッ友。ハスターがここから出たら、ショゴスを族滅してプチプチ潰す遊びをしたい。