王家の谷付近まで来ている。
今日はここを通ってルクソールで泊まる予定だ。
ここにきたのは単なるトイレ休憩だが、やはり圧巻の一言だ。
大きな石像が遠くからでも見えて、俺は「おお!」と歓声を上げた。
まさしく雄大、何千年経っても素晴らしい遺産であることは間違いない。
俺は双眼鏡で遠くに見えるそれをまじまじと観察しながらほうと息をついた。
「かっこいいな!こんな時でなければ観光で盛り上がるのに」
「テメェは来たことがないのか」
「絶対来てやろうと思ってたけど、その頃体調悪くて見逃したよ……でも友達がここで王様やってたよ!」
「当時来てたかは聞いてねぇんだが」
観光に来たことあるか聞いただけだったらしい。
俺の無限ガバに、承太郎君がやれやれだぜポーズをした。
話を聞いていたポルナレフさんが「王!?!?」と素っ頓狂な声をあげる。
「いやいやいや、ダチが王やってるってどんな状況だよ!?ファラオって話か!?」
「ネフレン=カって名前でね。こっそりファラオになりすまして人間いじめて悪いことたくさんしてたよ」
エジプト出身のアヴドゥルさんは、それだけで思い当たる節があったらしい。
目を見開いて「あの暗黒のファラオか!」と驚愕の面持ちを見せた。
どうやらこの世界の過去でもニャルは好き勝手やっていたらしい。
まだ閉じ切っていない時期だったのか、それとも無理やり入って悪さしたのか。
分からないが、ニャルの悪さはいつものことである。
ポルナレフさんがきょとんとして問いかける。
「なんだよ、知ってんのかアヴドゥル?」
「ああ。古代、邪悪な儀式に耽溺し玉座を追われたファラオだ。伝説として語り継がれていて、史実扱いはされないが…なんでも、未来予知の力があり、邪神を崇拝していたとされている」
「その邪神が俺の友達だよ。なるほど、人間の末端に自分自身を召喚させたのか」
俺はやや納得して頷いた。
入れないなら召喚して貰えばいい。
王道の顕現方法だ。悪いニャル野郎め。
アヴドゥルさんの伝承解説は生々しくて、処刑、殺し合いを見せ物にした儀式など多岐に渡った。
皆ドン引きで、花京院君がおえと引き気味に口を開く。
「完全なる悪党じゃ無いですか…」
「いやいやいや、あいつの悪行はまだまだこんなもんじゃ無いから。やってること並べたらDIOが霞むくらい悪いよ」
「いやほんとどうしてダチやってんだよ?というかダチなら殴れよ!」
「もう両手で利かない数本気で殴り合ってるよ…それに俺と同じだけ長生きで話の合う奴あいつしかいないから…」
しょげ返る俺に、ポルナレフさんが小さく聞いてきた。
「お前どんだけ長生きなんだ?…実際何歳?」
「うーむ。俺がたとえば人間で言う四十歳だとして」
「黄衣さん四十路にしては落ち着きがないですよね」
「うるさいぞそこ!138億年前の宇宙開闢は俺にとって10年前ぐらいの気持ち」
花京院君はさらに訝しげな顔になった。
まるで計算が合わないみたいな表情だ。
「それだと黄衣さん、宇宙誕生のはるか前誕生になるんですけど」
「うむ。当然時間のルールも違うから計算できん。その前にも別の宇宙はあったから、無から生まれたわけじゃないけど」
「年の功が全く機能してない感じです?」
花京院君はすっかり宇宙猫になった。
時の長さに疑問を呈しているのではなく、それだけ長い時を生きた俺がコレなのを疑問に思っている様子だ。
うん、酷いね。俺泣いちゃってもいいのか?
ジョセフさんが「わし、一行の最年長の気持ちでおったんじゃけど」と若干しょぼしょぼした様子で立ち尽くしている。
承太郎が帽子を下げて肩をすくめた。
「ジジイが最年長でいい。こいつは抜けすぎてるからな。コム・オンボでまたパチモン死ぬほど買ってきやがった」
「うっす…その節はすんませんでした……でもこの紙、パピルスと同じ製法で作られてて意外とよくできたパチモンでぇ」
「と、このザマだ」
親指でクイッと指差されて、俺は激しくむしゃくしゃした。
よかろう。この俺が本気を、目が肥えている証拠を見せてやろうではないか!
懐からババン!と取り出すのはニャルからもらった古代エジプトの秘宝である。
「これを見よ!友達からもらった本物の黄金の杖!ヘカだぞ!」
「!?!?!?」
握りの部分が鍵型に曲がっている王権の象徴で、ヘカと呼ばれている杖だ。
全部黄金でできてるのですんごい重い。
かっこいいしニャルからの贈り物なので大切にとってあるのだが、たぶん当時はたんなる装飾品だったろう。
アヴドゥルさんがしばしフリーズして、眼をカッと見開いた。
その後ろでひっそりニャルが満足そうにダブルピースしている。
生産農家さんの切り抜き写真みたいな顔だ。
俺はいそいそと杖を抱きしめて頷いた。
「どうよ。俺のこと見直した?長生きしてて本物にも覚えがあるんやで」
「話を総合すると、つまり12世紀の人物の話を懐かしそうにしてたのは本人的にかなり努力して時代を合わせていたと言うことですか。誤解していてすみませんでした」
「待って違うそうじゃない、明後日の方向に同情しないで」
俺のポンに理由がついただけだったようだ。
ジョセフさんが「ううむ、もし純金なら素材だけですごい値段じゃわい。歴史的価値を含めれば…」と眼を白黒させている。
どうも俺の凄さは示せなかったらしい。
俺はむしゃくしゃして、佩いていた剣を小さくつついた。
『Zzzzz……ん?なんだ』
「めっちゃ寝てたんかい。ともあれ俺凄げやろ」
『……?巨大恒星の如き存在が今更何を…?』
「うむ。善きなり」
俺は満足して胸を張るなどした。
花京院君はすっかり審議中の状態になって、承太郎君とヒソヒソ言っている。
そこ!俺の悪口はそこまでにするんだ!事実陳列罪で逮捕するぞ!!
などとわいがやして休憩を済ませつつ。
ともあれ、俺たちはつつがなくルクソールへ到着することができた。
犬も同室可のホテルを探せば、部屋の都合で、二、二、二で分かれることになった。
俺はポルナレフさんと同室だ。
結構おしゃれないい宿で、窓を開けるとナイル川が一望できる。
窓から外を眺めながら、ポルナレフさんがまったりと口を開く。
「なあ。黄衣は家族とかいるのか?」
「う、うーん。父と母と兄弟がいるけど、俺、兄弟とは死ぬほど仲が悪いんだよな。殺し合うレベル」
「まじか。そりゃ変なこと聞いて悪かった」
「いやいや、気を使わせてこっちこそ悪かったよ。でも家族みたいに過ごしていた人はいたよ。6億5千年前のことだけど」
夕闇に染まるナイル川は赤く染まっている。
ただ静かに、ポルナレフさんはこちらを見ずに窓枠に頬杖をつきながら笑った。
「へぇ、どんなやつだったんだ?」
「強い子だったよ。俺が面倒を見ていた孤児でね、いつか俺がみんなを助けるんだと言って憚らなかった」
ハイパーボリア勃興の頃の話だ。
古のものが生み出した人の祖先を、俺が手を加えて人類に仕立て上げた。
氷に沈む星を魔術で包み、人の住める環境にした。
そんな原始的な場所において自然に発生した村では、当然のように孤児が生まれる。
俺は孤児を引き取り、家族として育てた。
「そりゃ本当に強いやつだったんだな」
「ああ。国を立ち上げて、それがのちに大きな大きな大国になったよ。人の悪意に苛まれてなお運命に負けぬ子だった」
あるいは承太郎にも似た人の輝きのある人間だったと言えるだろう。
当然だが、とうの昔に亡くなっている。
大往生だった。
子々孫々、俺はあの子の子孫を庇護し、ハイパーボリアの王として導いた。
ハイパーボリアはあらゆる病・格差・犯罪を取り除いた箱庭の如き楽園として、3億年変わらぬ明日を提供し続けた。
そのハイパーボリアもクトゥルフの侵攻で海の底へと消えた。
文明は散逸し、各地に生き残りの築いた遺跡の残るのみとなった。
諸行無常とはまた、人間の短い生でよくそこまで世を理解した言葉を残せたものだ。
ゆっくりと沈みゆく夕陽が、だんだんと辺りを暗く染め上げていく。
グラデーションを描く空を見上げて、ポルナレフさんは遠く故人を想ったようだった。
「大切な人を亡くすってのは、辛いもんだな」
「そうだね。……ああ、本当にそうだ」
しばらく。
俺たちは沈黙した。黙祷していたのかもしれないし、己の喪失に向き合っただけかもしれない。
長い沈黙の後、ポルナレフさんがにっと笑って俺の肩に手を回した。
「俺らのこと、億年先も覚えててくれ。脳内で会話をシミュレートできるぐらい精密にな。そうすりゃ多少の賑やかしにはなるだろ」
「はは、ポルナレフさん脳内に住ませたら騒がしそうだなぁ」
「騒がしいぐらいがちょうどいいんだよ!」
あるいはそのように、彼も妹を心のうちに色鮮やかにしまい込んでいるのかもしれない。
それが、彼なりの弔いの形であるのか。
喪失に向き合うのは何も長命な旧支配者に限った話ではない。
人もまた、そうした当たり前の死と別れに直面して生きている。
なら、俺ばかりが怯えて引いていては話は始まらないだろう。
「心がぁ、張り裂けそうぅ!俺は陰険イカ魔神なのに!嫌われたらポルナレフさん慰めてくれ!」
「おうおう、仕方ねぇな。Jガイル以下のクズ野郎でも受け入れてやるよ」
「想定クズ度が最下限だった件。流石の俺もそこまででは無いはず。…ないよな?」
「心配になってんじゃねぇ!自信を持て!」
「うす!!!」
笑い声がルクソールの夜に響く。
そのように、俺は一つ前に進む決意をしたのだった。
・時系列
旧支配者なのでゆるふわ。
実はこのハスターは既に杜王町に行って露伴先生と会ったことがある。
これは時系列の乱れであり、後に四部承太郎が露伴先生から話を聞いて驚愕に立ち上がったという。
・ハイパーボリア
超古代国家。
ジョジョ世界ではない地球に存在した、旧支配者による人のための楽園。
人間が怖くて苦しい目に遭うことはない。全てにおいて福祉が行き届いていて、人は皆満ち足りて心が清らかだった。
犯罪は1000年に一度のレベルで、老いも病も知らぬ常若の国。
その全てはハスターの権能と魔力で賄われた、虫籠の中の楽園であった。