俺は見知らぬおじさんの前で眉をハの字に下げた。
「うん……効かないかなそれ…ごめん……」
ことの始まりは部屋に帰ってすぐ。
俺は少し気晴らしにホテルの近場で買い物することにしたわけだが。
もちろん、危険なので遠くには行かない。
自衛用のアヌビス神を持って、一時間ほどで戻るとポルナレフさんに伝えて万全の体制で出かけた。
異変は街を歩いてすぐに起きた。
見知らぬ男が突然、小銭を拾うふりをして俺に近づいてきたのだ。
影のスタンドをわからない程度に伸ばして俺に交わらせて、悪質な笑いを漏らしている。
一眼見て、俺はそれは「年齢を巻き戻すスタンド」であることが理解できた。
肉体を若返らせる、と言い換えてもいい。
これの特徴は、肉体に伴って魂の状態も巻き戻す稀有なところだ。
魂への干渉力を備えた非常に強力なスタンドと言えるだろう。
ニヤついたおじさんがこちらをチラッと見て、俺が若返って子供になるのを期待しているようだ。
俺を狙ったのはやはりヒーラーから潰すという鉄則によるものだろう。
俺と影が交わったのは10秒程度。
人間なら胎児を通り越えて消滅しているところだ。
俺は申し訳なくて俯いた。
そうして、冒頭に戻るというわけである。
俺の「効かないかな…」発言に、おじさんは狼狽えて後退りした。
「な、なんのことだか…私に何かご用ですかねぇ?」
「年齢回帰のスタンドだけど、俺に対して使っても無意味だよ。人間のスペックじゃ巻き戻せてMAX一億年がせいぜいだろうし。そもそも旧支配者に回帰は無意味だ」
我らにとって過去、未来、現在は等価だからだ。
俺たちは時間を位置情報の一種のように捉えているし、俺たち自身そのようなあり方をしている。
ちっとも小さくならない俺に、おじさんは歯を食いしばって唸った。
「ぐ、……う、う」
「ところで君、こっちに寝返る気ある?君の能力ならホリィさんの症状を一時的に改善できそうだし」
「!!!へ、へえ!私はDIOに無理やり命令されていただけでして!ぜひ仲間に入れてくだせぇませ!!」
男は揉手で頷いて俺に擦り寄った。
凄く切り替えの早い男だ。腹に一物あると言っているようなものだ。
俺はまじまじとその男を観察する。
そして頷いて、「なるほど、なるほど」と笑顔を作った。
「あそこに見える家。二階で死にかけの胎児が放置されているね」
「え?……そ、その、私にはさっぱり…そうなんですか?」
「君、俺とすれ違う前子供を蹴っ飛ばしていたね」
「!?い、いやぁ、それはあのガキがわたしの財布をスろうとしてたからで!」
「ふむ」
俺は再びうむうむ頷いて己の中の判決をまとめた。
にっこり三日月型に微笑んで、ペロリと唇を濡らす。
「正直ないい子には剣をあげようね。これを持って、抜いてごらん。そうすれば、仲間に加えてあげるよ」
「ひ、………!!!」
おや、どうやらアヌビス神のスタンドの能力を知っているらしい。
俺の言っている意味を理解したのか、男は後退りしている。
俺は10メートル公称射程圏のあちこちから触手を生やして、男を取り囲んだ。
逃げられないとわかって、男の目に恐怖が浮かぶ。
少し見るだけでこの男の悪行は明らかだった。
たくさんの不審死を、悲劇を生み出してきた。
人を胎児に戻し、子供に戻して嬲り殺すことを生き甲斐にしている。
無力なものを甚振ることを楽しみにしている。
最悪の悪党だ。
だがアヌビス神の本体として能力を再利用できるので、生かしておくぐらいはしてやるとしよう。
と、俺が一歩歩み出した時。
ふっと背後から承太郎が現れた。
次の瞬間、スタープラチナのオラオラが男の顔面に突き刺さる。
スタープラチナの鉄拳を受けた男は錐揉み回転して壁に突き刺さり、そのままブラブラと揺れた。
相変わらず凄まじい威力だ。生きとんのかアレ。
承太郎君は俺を見て眉間に皺を寄せて口を開いた。
「おい。悪辣なことせずに黙ってぶっ飛ばせ」
「え、でもあいつホリィさんの治療に役立つかもしれないし」
「そういう時はボコボコに殴って気絶させてから剣を握らせんだよ。分かってねぇな」
なるほど、深いな……。
俺は神妙に頷いて脳内に教えをメモした。
下手に言葉を弄するからダメ。肉体言語は共通語。
というかこれ多分俺を心配して承太郎君が見にきたんだな。迷惑をかけてすまない……。
そのままおじさんを引きずってホテルへ向かう。
触手でおじさん介抱するふりをして部屋へと連れ込んだ。
汚いおじさんを部屋に入れたくないが、この際仕方ないだろう。
念入りにタコ殴りにされたおじさんはボコボコで伸びていたので、突如部屋に連れ込まれたジョセフさんは驚愕していた。
いやまぁ、知らんおじさん拉致したらそりゃビビるわな。
しかし、ホリィさんの回復の見込みがある能力と聞いて喜んだようだ。
すごい剣幕で俺の肩を掴んだ。
「そ、それは本当なのか黄衣君ッ!このDIOの刺客がホリィの治療に有益だとッ!」
「あくまで死なないように現状維持するだけだけどな。肉体と魂を回帰させるスタンドだ。これでホリィさんを『スタンドを発現していなかった頃』まで戻すんだ」
「むうう!」とジョセフさんは呻いたようだ。
それにはアヌビス神とこの刺客、二人をホリィさんに常時付ける必要があるということだ。
いくらアヌビス神が暫定味方とはいえ、DIOの刺客だったことは確か。
この男に至ってはかなり悪辣なスタンド使いだ。
スタンド使いのいない状態でそんな危険を冒せるか、というのはかなり判断の難しい部分だろう。
しばらく悩んでから、苦悶の様子でジョセフさんが結論を出す。
「ひとまず、この男の身柄はスピードワゴン財団で預かってもらおう。財団の戦力で万が一の時スタンド使い2名を抑えるのは無理じゃ」
「フン。何かある前に俺達がDIOを倒せばいいだけの話だ」
承太郎が帽子を下げて宣言する。
やはりかっこいい男であることよ。
ポルナレフさんもそれにならって「よっしゃ!早いとこケリを付けちまおうぜ!」と場を盛り上げてくれる。
ムードメーカーの貫禄だ。
俺も少し休憩するため椅子に座ると、その椅子の下に陣取っていたイギー君に「アギッ…」と迷惑そうな顔をされた。
椅子の軋みがうるさかったらしい。
謝罪がわりに魔術で作った特製コーヒーガムをプレゼントしておく。
イギー君は納得してもしゃもしゃ食べ始めたようだった。
男をスピードワゴン財団に引き渡せば、あとは列車でカイロに向かうだけ。
およそ十一時間前後。
寝台列車で明日の昼には到着できる見込みである。
いよいよ目的の地に到着するのだ。
旅の終わりが近づいてきていることを再度実感する。
俺はしょぼくれて肩を落とした。
この時がいつまでも続いて欲しいけど、そんなの人間の求める生ではない。
時間ごと切り取って俺のものにできたらどれほど幸せなことか。
ここを自分だけのテラリウムにして永遠に飾っておけたらと夢想してしまうのを止められない。
瓶に詰めた光は輝きを失うのは分かりきった話だというのに。
ついそんなことを考えてしまう。
沈鬱にため息をつく俺に、花京院君が若干心配そうに声をかけてきた。
「どうしました、最近元気ないですよ。ちょっと物言いがキツかったですか?」
「うん……みんなのこと失うのが怖すぎて瓶詰めにして取っときたいなって思ってた」
「僕の心配を返してください」
ピシャリと花京院君に叱られて、俺はヘナヘナ干しイカになった。
イギー君は相変わらず「人は愚か…」みたいな顔をしてコーヒーガムを貪っている。
「仕方がないのぉ!」とか言いながら満更でもない顔でジョセフさんが使わなくなった義手のネジを俺にくれる。
見た感じ本当にただのネジだ。
「ワシだと思って大切にしていいぞ!」
「ジジイてめぇそれこの間間違えて取り寄せて余ってたやつだろうが」
「そうともいう」
「では私は愛用のネックレスを。出立前に黄衣君の手作りのものを受け取っているので、ほんのお返しになればいいのだが」
「おっ、この流れいいな!愛用品交換大会しようぜ!俺このイヤリングな!」
「ポルナレフ、二つしかないイヤリングをどうやって全員に分配する気なんだ…?」
ワイワイガヤガヤ。
明るく楽しく、死地にあってなお輝く人の光。
俺はこの瞬間瞬間を心に刻みながら、精一杯笑ったのだった。
・愛用品交換大会の結果
ジョセフ:使わなくなった義手の部品
アヴドゥル:ネックレス・ブレスレット各種
承太郎:帽子や制服につけてるバッジ
花京院:迷ってからエメスプ彫刻作成
ポルナレフ:花京院の彫刻を見て自分も作成
イギー:大人しく集合写真を撮らせてくれた
黄衣:極大魔力結晶加護山盛り500カラットを作成してその場で総スカンを食らった。
代わりに捨てようと思ってたビリビリの黄色の布片を皆に毟り取られて「エッチ!!」と叫んだ。