カイロのホテルについてから、俺たちは膝を突き合わせて軽くDIOの館の位置確認をした。
エンヤ婆から抽出した知識によると、カイロのイスラム地区にあるらしい。
外観はすでにジョセフさんの念写で確認済み。
地図上で確認すれば、ここから車ですぐに辿り着ける位置にあることがわかった。
また、アヌビス神にも確認済みだ。
アヌビス神も一応DIOの館を理解していたから、これで双方で確認が取れたことになる。
ようやく、敵のお膝元に来ることができたということだ。
皆でホテルに併設されたバー&レストランへと足を運ぶ。
10時間の列車旅に体も疲れているし、少し休憩と打ち合わせを兼ねた昼食も取りたいところだ。
なお、イギー君は部屋で留守番だ。
箱でコーヒーガムを渡したら、四分割で違う味のコーヒーガムを入れろと指示があった。
すごくグルメなイギー君である。
もう午後過ぎだから今日は一晩英気を養い、
明日の朝イチでDIOの館を襲撃する。
夜にあえて仕掛けるのはこちらにとっても不利だから、今晩は皆で敵襲に警戒するのみ。
俺はひたすらコシャリをもぐつき、腹を満たした。
コシャリは豆とマカロニと麺なんかを辛いトマトソースで味付けしたやつで、これが意外と美味しいのだ。
俺はフォークを握ったままピロピロと振った。
「まあ、DIO自身が夜に仕掛けてくることはないと思うよ。人外になった人間は総じてプライドが高いから」
「なるほど。僕らを挑戦者にするために、自分から手を出すことはしない、と」
「部下は来ると思うけどな。うむ、やっぱこの飯美味しいな!なんかこう、カレーライスみたいに舌に馴染む!」
俺がまったり味わっていると、ポルナレフさんも羨ましくなったらしく同じものを隣で頼みつつ息をついた。
「ここに来るまで色々な国の飯を食ったけどよ、それでも思い返せば地元の味が一番なんだよな」
「すごく良くわかる。僕も味噌と醤油が激しく恋しい。この際白飯に味噌汁だけでいい」
「わしもホットドッグ食べたい…」
食事文化問題は深刻なようだ。
俺はもはや地球食文化誕生を待ち侘びすぎて、虫でも満足して食うけど、普通はそうじゃ無いからな。
少しの楽しみになればと思い、俺はのんびり提案した。
「では戦闘後、俺のソウルフードを提供しまーす。頑張って明日を乗り切りましょう」
「………それは、僕たちが食べられるものですか…?」
「黄衣君の母星の料理、か。その、中々独特そうな味わいになりそうだな」
「失敬。流石に母星の料理を人間に出したら毒殺未遂ですわよ。普通に古代の地球の料理だよ」
生肉のミンチに放射性物質を砕いたものをトッピングするとかになってしまうしな。
ここでない場所に勃興した古代国家ハイパーボリアの料理だ。
基本的に魔術で食材を調理するのが特徴で、キッチンが必要ないからホテルでも作れるだろう。
そんなふうに各国美味しいもの談義をしつつご飯を食べ終わって。
俺はそそくさと日課の運命の縄ほどきに出かけることにした。
ぺこっと頭を下げて手を上げる。
「すまん、俺ちょっと出てくるよ」
「前から気になっとったんじゃが、定期的に何をやっとるんじゃ?船上でもごそごそしとったし、宇宙人流のお手洗いか?」
ジョセフさんの言葉に俺はうーんと首を捻った。
「俺お手洗いに行かないクリーンな触手だから、トイレではないよ。よくトイレに偽装して用事を済ませてたけど」
「え?なら食べたものはどこへ行くんですか?」
「余さず俺の養分になる。これぞエコ。環境にやさしい触手ってやつだ」
俺が胸を張ると、「それで切っても切っても生えてくるんですね」と素朴な感想を漏らした。
いやそういうわけじゃないんだけど。
よく考えればそうなのか?うーん。
ポルナレフさんが「クリーンな触手ってなんだよ」と心底疑問そうにポツリと言い放った。
それは俺みたいないい触手のことだよ。
俺は咳払いして言葉を続けた。
「ええっと、俺の用事だったな。それは地球にとどまりすぎると飛び立てなくなるから、定期的に飛び立ち補助をしてるんだ」
わかりやすく説明は省いたが、概ね合ってる感じの話だ。
この世界にとどまるように俺の体を這う運命の縄をほどき、飛び立てる準備をしているだけ。
承太郎君が片眉を上げてニヤリと笑った。
「へぇ、ことが終わったら俺たちに別れも言わずに出て行く気じゃねーだろうな」
「まっさか。泣いて泣いてたくさんハグしてもらって高校生組を死ぬほど撫で散らかしてから記念写真100枚ぐらいとってから地球を出立します」
「僕に円形ハゲができたらどうしてくれるんですか。若いのに」
「別れ際なら許されると思った」
「………仕方ないですね。DIO討伐のお祝いとして特別に許可しましょう。承太郎も、それでいいですよね」
「ジジイが二人に増えた気分だ。ジジイも抱きしめてやれよ」
苦虫を噛み潰したような顔をしつつ、それでも俺の冗談に混じった寂寞を感じ取ったのだろう。
彼らは俺を受け入れたようだった。
俺が帰らねばならぬことも、薄々感じ取った上で。
ジョセフさんが再びハムスター耳を作ってうふんとかわい子ぶりっこしている。
「ワシ、宇宙人の間でアイドルデビューできるかもしれん!愛らしいじゃろ?いつでも撫でていいぞ!」
「うむ。ぶちゃいく猫もそれはそれで可愛ゆいものよ」
「ジョースターさん、そのポーズで強調されるのは上腕三頭筋だけです」
卓上飾りの空のテキーラ瓶を抱えてかわい子ぶりっこしたジョセフさんに、冷静なアヴドゥルさんのツッコミが突き刺さる。
ミニスカとか履いたら人類種の悪夢だったかもしれん。
俺はわいわいを背後にのっそりとホテルのトイレへと引き篭もった。
ごそごそ狭いトイレ内で縄を解いていく。
少し時間が空いたからか、かなり頑固に絡まってしまっている。
なにやら時の加速がどうとか、かなり未来の運命も混じっているようだ。
地道に一つずつ解いて行く。
この星の未来の滅びに手出しすれば、この星の神との決定的な対立は避けられない。
人類種を守る神との敵対は、できれば回避したい。
世界を閉ざしたからこそ、この世界は平和に発展している。
無責任に帰るだけの俺が手出ししていいものではない。
少し時間がかかったが、ようやく全ての縄を解いて退けることができた。
そろそろ戻るべきだろう。
「悪い、遅くなったみんな…………」
トイレから戻ると。
何故か状況はクライマックスであった。
承太郎君達に相対する男が一人、余裕の表情で立ち塞がっている。
背後にはスタンドが浮かんでいる。
すでにジョセフさんとポルナレフさんが死体のように転がっていて、二人がやられたことがわかる。
承太郎君とアヴドゥル、花京院君、そしてアヴドゥルさんが油断なく構えて一筋の冷や汗を流していた。
「黄衣君っ!」とアヴドゥルさんが声を上げた。
「ふーむ、ここのバーテンの人が敵スタンド使いで、今二人がやられて人質に取られてるとこって認識でいい?」
「ええ。まず遊び半分のポルナレフがやられて、次に人質を取り返そうとしたジョースターさんが負けました」
「なんてこったい。勝負に負けた相手の魂を引き抜き、半物質封印する力か」
男のスタンドはこれまた非常に稀有な力を秘めていた。
強固なルール型で、相手の魂を引き抜くだけではなく封印・物質化する。
特に封印機構がとても珍しく、封印されている間魂が劣化しないのだ。
もしかしたら、これを解析すれば140年ほどしかない魂の寿命を大幅に増やすことができるかもしれない。
俺は目を見張って男のスタンドをまじまじと見た。
男は優雅に笑って一礼した。
「ふふふ、あなたが黄衣ハスタですか。私はダニエル・J・ダービー。DIO様がひどくご執心でしたよ」
「ふむ。どうも、黄衣だ。わざわざ俺に話しかけてくるってことは、何か理由があるんだろ?」
「ちょっとしたディール(取引)ですよ。貴方が無抵抗で私と共に来るのなら、二人は解放して差し上げましょう」
「ふうむ」
俺は率直に言っていい提案だと思った。
俺の乗り気が伝わったのか、花京院君が叫ぶ。
「危険すぎます!!」
「虎穴に入らずんば虎子を得ず。敵の思惑を知る良いチャンスだ。それに、俺にはそうリスクなことでもないしな」
触手を一本もいで、花京院君に投げ渡した。
ビチビチと跳ねる触手が涙目で花京院君を見上げる。
「いざとなったらそれを起点に再生し直すから。これ、お手軽瞬間脱出法ね」
「!!」
本当はこんな誘いに乗らなくとも、敵スタンドに干渉して俺が強制的に魂を解放してやれる。
だがせっかくだしDIOとやらと話もしてみたかったのだ。
何を思い悪行に走るのか。
なぜ人を捨て人外に至り、何を思っているのか。
……と、思っているのが承太郎君にもバレているらしい。
承太郎君はやれやれだぜポーズをした。
どんどん俺のことをどうしようもないやつだと思われている気がする今日この頃である。
面白くなさそうに息をつき、ダニエル・J・ダービーとやらは俺を先導した。
「ではいきましょうか。解放は屋敷についた段階で行いますので」
「なら、それは俺が見届けようかな。行ってくる。みんな心配しないでくれ」
約束を反故にされる心配はあまりしなくていいだろう。
そもそも、この男はポルナレフさんを人質にしなくとも自分のスタンドルール影響下における。
この男のバッグには罪のない一般人の魂が大量に詰まっているのだから。
それを人質にするだけで賭けのフィールドに持ち込める以上、確保しておく理由が薄い。
ポルナレフさんを騙し討ちにしたのは自分の能力の誇示と、承太郎君達の善性を確認するためだろう。
承太郎君が俺の背後に静かに声をかける。
「おい、明日に響くから早く戻れよ」
「了解」
帰還を確信する声色に信頼されてる感を実感して、俺はつい笑顔になった。
近場とはいえ、徒歩にはやや遠い距離だ。
敵と一緒に公共交通機関を乗り継ぐ若干シュールな絵面になりつつ、俺たちは無言で屋敷を目指した。
長い沈黙を挟んで、ダニエル・J・ダービーが口を開く。
「貴方はなぜジョースター一行に与するのですか?」
やや見下したような、愚か者を見るような様子で問いかけてくる。
敵わない相手になぜ牙を向けるのか。車に威嚇するカマキリを見るような目だ。
俺はクスクス笑って肩をすくめた。
「そりゃ承太郎達の方が好ましいからだよ、人間の規範と照らし合わせて」
「そんなもの強者が守る道理は無いと思いますが」
「無いなぁ。だから単に好ましいだけだよ」
カブトムシとゴキブリなら、カブトムシの方が好ましいだろ?
俺がせせら笑うと、ダニエル・J・ダービーは少しだけ気分を害したようだった。
これはやや露悪的な言い回しだ。
承太郎君達はマイベストフレンドなのでカブトムシとは天と地だし。
吸血鬼がゴキブリほど怖いかと言われればそんなこたぁ無いし。
というかゴキブリ怖いんだよな。
旅の最中、宿の自室に出て死ぬかとおもった。
触手全部縮み上がって俺の得意魔術「魂の撃滅」がまろび出そうになったほどだ。
対旧支配者用の魂魄攻撃術式をお漏らしは洒落にならないのでしなかったけど。
男は冷笑するように口角を釣り上げた。
「DIO様が気にかけるのだから、もう少し賢いかと思っていましたが」
「賢さって意味だと俺は本当に賢くは無いから突っ込んではいけない」
俺の素直な感想に、はあ、と若干引き気味に相槌を打つ。
煽りとかではなく俺は普通に頭良く無いのでその話は俺に不利なのだ。
そんなこんなでDIOの館へと到着する。
結構大きな邸宅で、塔がついた3階建ほどの建物だろうか。
中に入ると執事さんがお出迎えしてくれて、俺は応接室へと通された。
チラリと見た部屋は全てのカーテンが閉ざされて、どこか霧の立ちこめるような陰鬱な空気
僅かな血の匂いが充満している。
それと視線がいくつか、俺を敵意に満ちた様子で捉えた。
黙って案内された席に座って待っていれば、
ゆらりと。
扉から男が一人、姿を現した。
「初めまして、黄衣ハスタ」
長身に、筋肉質な体。
承太郎と同じ星形の痣に、淫美で人を惹きつけるような不思議な色香。
彼こそが吸血鬼DIOなのだろうと、俺はすぐに直感したのだった。
・魔術「魂の撃滅」
旧支配者とタイマンで殴り合うための術式。
効果範囲を狭くすればするほど威力が高まる。
ハスタは狂人なので地球に襲来する旧支配者にはこの魔術を乱打して威嚇するなどしている。
血走った目で斧振り回す狂人が路地に出たみたいなもんで、旧支配者は概ね黙ってUターンする。
細かく対象指定ができるので、地球からゴキブリだけを一掃することも可能。