DIOの刺客は、肉の芽とやらによって洗脳されていたらしい。
それはこの世界の吸血鬼が利用する洗脳道具で、脳に深く突き刺さって人を操る。
DIOを理想の君主のように思わされた男子高校生は、それによって命じられるがまま承太郎君の命を狙いに来た、というわけだ。
陰鬱な顔をしたジョセフさんが、男子高校生君の様子をもう一度確認して首を振った。
「もう助からん。これを見ろ、脳を食われ、あと数日の命に違いない」
見れば、気持ちの悪い蜘蛛のようなものが男子高校生の額で蠢いていた。
まるで神話生物だ。冒涜的で、誰もが嫌悪感を覚えるカタチ。
取り出すには手術も脳を傷つけるため不可能、となれば、もはや処置の術は残っていない。
どうやらアヴドゥルさんも、件の恐ろしい吸血鬼に遭ったことがあるらしい。
当時のことを思い出して、身を震わせている。
「恐ろしい男だったッ!甘く誘惑するような、不気味なカリスマがあったのだ…!」
「それは凄いな。人を惹きつけるのは、単純な強さや異質さでは難しい。強い人間味が必要だ。一国の王なら大成しただろうに」
「DIOが王など寒気がするわい!だが奴を放っておけば、そうなる未来もあるやもしれん」
既に男子高校生のことは死者として二人は処理しているようだ。
気の毒そうだが、それをどうにかしようとはしていない。
この人たちの人情を考えると、きっとそれだけ助けようとして、失敗していると言うこと。
承太郎君が立ち上がった。
その瞳には燃えるような意志が宿っている。
「なら、俺がこの肉の芽とやらを抜けばいいッ!」
「な、待たんか承太郎!!」
片手で男子高校生君の顎を掴んで固定。
スタープラチナを用いて肉の芽を摘んだ。
素早く反撃に出る肉の芽が、承太郎君の右手のひらに突き刺さる。
ぐぐぐ、とその触手は悍ましい速度で腕まで侵入し、脳へと至らんと迫り上がっていく。
瞬間、
承太郎君は残るスタンドの左腕で、右を微動だにさせないまま己の腕をむしり取った。
血飛沫が部屋中に飛び散るが、承太郎君は顔を痛みに青ざめさせながらも震え一つ起こさない。
腕に潜り込んだままの肉の芽の触手が、切り離された腕の皮膚の下でぞろりと蠢いた。
「なッ、どんな無茶苦茶するんだ!!!」
「やかましい……腕がズレる」
俺が慌てて再生を付与すれば、すぐさま承太郎君の腕が高速で生えそろう。
凄まじく痛いだろうに、なんて無茶をするのか。
肉の芽は時間をおいて腕が切り離されたことを理解したのか、食い破って再び承太郎君へと向かう。
俺が前に入るも、うまく触手をくねらせて躱し、承太郎君の元へと向かう。
恐らくは己を抜こうとする人間を何らかの方法で感知しているのだろう。
承太郎君は再生したての右腕にわざと食いつかせて、盾にしたようだ。
その間にも摘出はつつがなく進んでいく。
小揺るぎもしない胆力に、ジョセフさんが「承太郎ッ…!!」と息を呑んだ。
腕を上り切る前に、また腕を切除。
派手に血飛沫が飛ぶ。
その血飛沫を顔に受けて目を覚ました男子高校生君が、惨状に「なに、を…!?」と目を見開いた。
ゴロゴロと転がった右腕の中で肉の芽がどこへも行けずにのたうっている。
そして、摘出は完了する。
瞬時にジョセフさんが必死の表情で「オーバードライブ!」と叫ぶ。
それは特異な呼吸法らしい。
僅かな光と共に放たれた太陽光の力に、肉の芽は瞬時に灰となったようだ。
うねる触手がサラサラと空気に溶けて消えていく。
俺は承太郎君に再生を付与しつつ、ため息をついた。
「力技すぎるだろう!もし俺が他人の再生でそこまで出力が出なかったらどうする気だ!片腕生活だぞ!」
「出るだろう。でなきゃ、相手を傷つけるのに臆病なテメェが手合わせなんざしねぇ」
「そうだけどぉ……そうだけどさぁ……」
「頭を吹っ飛ばして再生させることも考えたが、流石に本人に許可を取らずにやるのはカワイソーってやつだからな」
「思い切りが良すぎる!!!」
溢れんばかりの胆力に、俺の方が目眩を起こしそうな心地である。
生き急ぐにも程があるだろう!
男子高校生君も正気に戻ったようで、承太郎君を驚愕の様子で凝視している。
血まみれの室内で残った痛みに油汗をかく承太郎君に、震える唇で声をかける。
「なぜ、ここまでして、命をかけてまで僕を助けた…?」
そりゃそうだ。右手を何本もむしり取ってまで、戦った敵を助けようとするだろうか。
痛くないはずがないのに、その震えすら押し殺して。
少しでも対処が遅れれば肉の芽に侵入され、同じ運命を辿ると言うのに。
そこまでして敵を助ける義理なんてない。
彼の境遇はかわいそうだが、単なる同情でそこまでできる人間なんていやしない。
承太郎君は帽子を深く下げてそっぽを向いた。
「さあな。おれにもようわからん」
それだけ言って、部屋を後にしたのだった。
あえて言うなら義憤と人情というやつか。
だが言葉にするとひどく安っぽく、薄っぺらく聞こえる。
だからせめてもの抵抗にわからないふりをする姿は。
年相応の男子高校生のように見えた。
その後の男子高校生君の治療も俺が行った。
額の治療もせねばならないし、承太郎との戦闘の名残も身体中に残っていたからだ。
ジョセフさんの波紋でもよかったが、俺の方が確実で消費もない。
というか、波紋も凄まじい技術だ。
単純な呼吸法ではなく、己の肺を変換器に見立てた、一種の原始魔術だろう。
特定の呼吸形式を詠唱に見立て、己の精神力を太陽光に近しいものに変換するのだ。
その力は極めて戦闘に特化され、瞬時に攻撃的な力となって発露される。
身体強化と治癒を兼ね、使用者に若さをもたらす。
一通り治療を受けて、男子高校生君の方は健康体になったようだ。
男子高校生君は花京院典明と言うらしい。
ぺこりと頭を下げて、俺に対して真摯に頭を下げた。
「ありがとうございます、黄衣さん」
「いやいや。君も大変だったろう。勝手に操られてこんな場所まで向かわされて。もう具合はいいかい?」
「ええ。どこも痛みません。黄衣さんのスタンドは素晴らしい力を持っているんですね」
アヴドゥルさんもその言葉には同意らしく、大きく頷いた。
「私も他人を回復させるスタンドは初めて見たよ。本来闘争の本能で動かすスタンドとしては、規格外に穏やかな力を持っているようだ」
「まあ見た目は悪のクリーチャーなんだけどね…ホラー映画とかで出てくるやつ」
俺がちょっとしょげて肩を落とした。
控えめに言ってもエイリアンだし、いくら敵だと言っても衆目の前で晒すのは気が引ける。
あはは、と明るく花京院君は笑った。
「便利だしかっこいいじゃないですか!そんなこと言ったら僕のハイエロファントなんて光るメロンって言われましたよ」
「えっ見せて見せて光るメロン見たい!」
「ほら、これですよ」
花京院君が隣にスタンドを出現させる。
エメラルドグリーンに煌めく美しいスタンドで、植物の蔦のような触脚がうねっている。
「えっめっちゃかっこいいじゃん。というかアヴドゥルさんも承太郎君もみんなスタンド超格好いいの何」
「照れるな、そんなふうにスタンドを褒められたことなんてなかったですから。そもそも、他のスタンド使いとこんなふうに話したこともなかった」
至極嬉しそうな様子ではにかんで、花京院君は視線を下げた。
アヴドゥルさんもこれには優しく微笑んで口を開く。
「スタンド使いは孤独なことが多い。我が強く、スタンド使い同士ですら対立する。それを、このような理解者が得られたのは私も含めて幸運だったかもしれないな」
「………ええ。ずっと理解者など得られないとばかり僕も思っていました。承太郎に救われるまでは」
彼は今風呂に入っている。
こういう話をすると照れ臭くなるのか「やかましい!」と叫んでどこか別の部屋に消えてしまうだろう。
鬼の居ぬ間にというやつだ。
奇妙な話だが、吸血鬼とやらが結んだ縁なのだろう。
このまま静かに大人しくしていてくれれば、俺も討伐なんて荒っぽい真似をせずに済むのだが。
翌日。
ホリィさんが倒れた。
彼女のスタンドが暴走して、彼女自身の生命力を食い荒らしているのだ。
「ホリィさんの様子はどうだ?」
「信頼できるスピードワゴン財団の医師団を呼んだ。今は落ち着いておる」
「………そうか」
倒れ伏す彼女の姿を思い起こす。
表情の抜け落ちた顔で承太郎君がドスの効いた声を出す。
「テメェの再生でどこまでできる?」
「再生でダメになった臓器を復元するのはできる。が、再生できるのはあくまで肉体の復元だ。大元の生命力が抜け落ちていけば、いずれ限界が来る」
「だろうな。ダメ元で聞いてみただけだ」
重々しい空気が部屋に落ちる。
承太郎君とジョセフさんが並んで立ち尽くしていると、どうしても圧迫感を覚えてしまう。
俺は少し後退りして距離をとった。
化身の暴走なんて、正直俺もどうしていいかさっぱりわからない。
俺たちの尺度で言うなら、「そんな化身は消し飛ばして解決」だ。
反抗する抜け毛なんて踏み潰せばいい。
時々ニャルラトホテプも尖った己の化身に齧り付かれていることもあるし。
そういう時はプチっと潰して終了である。
どうでもいいから放っておくこともある。
だが人間が同じ状況の時、果たしてどうすればいいのだろうか。
人間は俺たちみたいに己と化身を分けて考えられないから、化身を傷つければ己まで傷つけてしまう。
己より大きな力を従えるスタンドの原理上、スタンドと戦うことすら難しい。
例えば俺がホリィさんの魂に干渉したとして、スタンドという人の作りし化身に対してあまりにも無知だ。
ホリィさんを実験台にするわけにもいかない。
できることは、ただこっそりと魔術で身体を保全することのみ。
魂の不具合であるスタンドの暴走に対して、そんなの対症療法にすらなりはしない。
承太郎君は憤りを振り払うように、中庭から外を見た。
「……DIOはエジプトにいる」
「らしいな。俺路銀ゼロなんだけど大丈夫かな…パスポートもないし」
「何度も聞くが、来るつもりか?縁もゆかりもないし、テメェは人を傷つけるのが苦手だろう。お人よしなだけで着いてくるのは不幸を呼ぶぜ」
俺の無意識の忌避感がバレていたらしい。
俺はぎくりと肩を揺らした。
人を傷つけるのは苦手だ。
己が化け物であると認めるようなものだ。
というか、旧支配者が人を殴るなんて、子犬を蹴るみたいな悪逆非道感に身がすくむ。
路上で誘われた際もやけに反対派だったし、承太郎君も案外聡い人であることよ。
ノータイムで頷いた俺に訝しげにしていたし。
でも、俺に目的があるのも間違いない。
「前も言ったけど、大丈夫だってば。俺にも目的があるんだよ。そのDIOとやらがそうとは限らないけど、探し物があってね」
「ならいい。お前はヒョロいが頼りになる」
「ヒョロいって今言う必要あった?」
俺は憤慨したが、同時に「頼りになる」の言葉にニコニコした。
頼りにされるなら、こんな嬉しいことはない。
ジョセフさんが「もう五人分のチケットは取っておる。これから頼むぞ!」と俺に力強い視線を向けたのだった。
「───この男は」
吸血鬼は暗闇の中、そっと写真を掲げた。
床にはいくつもの写真が散らばっている。
ポラロイドカメラから飛び出た写真は全て、日本のある家庭の様子を映している。
すなわち、空条家である。
「いつも、このDIOと目が合っている」
何度撮ってもカメラ目線で、男の一人がDIOを写真越しに見つめている。
だがジョースターの血族というわけではなく、星型のアザもない。
単に勘が鋭いだけのようだからそこまで気にすることもないだろう。
対処は、多少必要ではあるだろうが。
「───まあいい」
食い散らかした「デザート」が部屋の隅に打ち捨てられている。
邪魔なため、そろそろ掃除をさせた方がいいだろう。
どうせJOJO亡き世に、このDIOに牙を立てられるものなど存在し得ない。
僅かな空虚さを纏って、DIOはうっすらと笑みを浮かべたのだった。
・花京院典明
スタンド使いだらけの空間にソワソワドキドキしている。
なかまがたくさん!
地味に光るメロンって言われたのは根に持っていたが、格好いいって褒められて恨みは成仏した。