シンガポールで宿を取った俺たちは、ようやくまったりと体を休める時間がやってきたわけである。
シンガポールは「ガーデン・シティ」の名の通り、極めて美しく整理された街であり見応えも十分。
何度歩いても満足度があるものだ。
2010年から試験的開業を始めたマリーナ・ベイ・サンズの姿はまだない。
今回は俺たちも普通の中級ランクホテルに泊まる次第である。
一人一室。
俺にあてがわれた部屋は広めで、海も眺められるオーシャンビューの絶景である。
二日も狭い救命艇で鮨詰めだったから、その開放感はひとしおだ。
俺は軽くシャワーを浴びてから、ベッドに大の字になって転げ回った。
おお、ベッドよ、我が元に戻ったか!
本当は人形に化けている爪先をベッドに置くんじゃなくて本体で寝たいけど。
「………………うむ」
もしやこの広さならいけるかな、と俺はそっと体を起こして熟考した。
本体をなるべく小さく、十メートルぐらいにギチギチに縮小。
亜空間を開き、部屋にずるずると顕現させる。
もちろん、俺が普通に顕現したらその場で大変なことが起こる。
俺は風の旧支配者ハスター。
別に何もしなくとも、時速2300kmの暴風が小山を抉って巻き上げ、地表の文明の全てはひっくり返る。
見渡す限りの人間が発狂し、そうでなくても地球全土の人間がよからぬものを受信するだろう。
だから慎重に体を結界で覆い、多重に権能を封印して無力化を図りなから、万全を期しての顕現だ。
【うーむ、ちょっと狭げ?でもギリいけ…いける…!】
俺は触手の口全部でボソボソ独り言を言った。
化身の方は入りきらなかったのでベランダに追いやって、なんとか部屋内に収まる。
成功だ。
俺は今、部屋でまったりくつろいでいる!
ベッドに触手の束を幾分か置いて、俺は勢いづいた。
予備のコーラも触手でかっ喰らったりして、非常にいい感じっぽい。
そうして海を眺めてまったりのんびり触手を伸ばしていると。
承太郎が、ノックもそこそこに扉をあけたではないか!
俺は全触手をピシリと固まらせて硬直した。
「おい、ポルナレフの件は聞いた………何やったんだてめー。まさか敵襲か?」
瞬時に戦闘態勢に入る承太郎に、慌てて弁明した。
【いや違くて。あれだよ。スタンドも疲れたから休ませようかなとかそういうね。話でね】
「なんでスタンドで喋ってんだ」
「…………それは、アレだよ。そういう気分だったんだよ」
「そうか」
「突っ込んでくれよ!!可哀想なものを見る目をしない!!」
俺は叫んで喚いた。
承太郎君は帽子を下げてクツクツと笑いながらかたをすくめた。
「俺は子供の頃『刑事コロンボ』が好きで細かいことが気になるタチだが。同時に情けもあるんだ。哀れな被疑者の言い分を聞く度量ってやつもあるんだぜ」
「全部わかってるって言い回しやめて…何をどこまで理解してんの……」
「さあな」
どこまで気づいてるかは分からないが、俺と彼らは二日間も船で二十四時間一緒だった。
聡い承太郎君なら、何を気づいててもおかしくない状況である。
俺がガバでしかないっていう意見もある。
承太郎君がピラピラと手を振って話を終わらせようとした。
「テメーはスタンドをベッドで休ませる奇行をしていた。それだけだ」
「奇行言うなし……そだね……その通りですはい…」
「行くぞ。ポルナレフのところに敵襲があったらしい。5分後にジジイの部屋に集合だ」
「そりゃ一大事だ。了解、ともかく行こうか」
何か気づいているそぶりを見せながら、何も言わずに話し出すのを待ってくれている。
それは間違いなく承太郎君の気遣いで、ぶっきらぼうな優しさであろうよ。
本当に良い人たちばかりだ。
俺のようなものは、どれほど信頼を得たとして本性を明かせば唾吐かれ恐れられ石を投げられるというのに。
などとちょっとアンニュイな気持ちになりつつ。
気を取り直して承太郎君に問いかける。
「そういや、ポルナレフさんが襲われたって言ってたけど」
「そうだ。一旦は敵は攻撃を受けて逃げたらしい」
「ふぅむ。ポルナレフさんが少し心配かも。敵襲とバレたのなら、合流前に潰しておきたいだろうし」
やや考える仕草をしてから、承太郎君は片眉を上げた。
「だがそれなら一度ホテル外に逃げる理由がない……が、テメェの話もその通りだ。念のためポルナレフの部屋に寄って確認する」
「ラジャ。行こうか」
遠回りだが、エレベーターもあるしそこまで手間というわけでもない。
足早にポルナレフさんのいる階へと向かう。
到着した部屋の前でノックするも、反応がないようだ。
ドアノブをひねれば、するりと抵抗もなく開いた。
鍵がかかってないようだ。
ジョセフさんの部屋に向かうときに急いでいて鍵をかけ忘れた、という可能性もなくは無いが。
開けた扉の目の前に、顔を剥がされ大量に出血したホテルマンを見つけて、思わず俺は絶句した。
「ッくそ!無関係なホテルマンを襲う奴があるか!」
敵は顔を切り裂くように攻撃したらしく、その奥の脳は無事のようだ。
まだホテルマンは生きていた。
しかし仰向けにされていたから己の出血で窒息してしまっているし、目も舌も剥がされて痙攣している。
俺がしゃがみ込んで急いで治療に取り掛かった。
瞬時に魔術で肉体を保全すれば、なんとか一命は取り留めたようだ。
あと5分も遅かったら、肉体から魂が離れて死んでいたことだろう。
酷いことをするものだ!
俺の治療の間ずっと承太郎君が油断なくあたりを確認し、チラリとだけ俺に視線を向けた。
「そいつは無事か?」とやや気遣う様子を見せる。
「問題なく。敵はまだ襲ってこない?」
「ああ。だが奥にまだポルナレフはいるみてーだぜ」
崩れたベッドの下からポルナレフさんの呻き声が聞こえる。
つまり釣り餌、というわけだ。
ゆっくりとベッドに近づき、まずベッドの下からポルナレフさんを救出する作業に取り掛かる。
しかしそこで背後から承太郎君を狙ってノコギリが飛来。
何事もなくスタープラチナでそれを跳ね除け、偶然を装って、わざと鏡にぶち当てた。
なるほど、恨みを晴らすのはポルナレフさんということらしい。
現れたスタンドは人形の形をしていた。
「ケケケケケケケ!!来たか!ジョースター一行!」
どうやら呪詛の性質も同時にはらんでいる、珍しいスタンドのようだ。
本体が抱く恨みによって出力が向上、遠距離スタンド相当になるように見える。
ただ、スタンド使い本人は気づいているかは定かではないが、これは「正しい恨み」であればあるほど向上幅は大きくなる呪詛だ。
吸血鬼の手先として使うようでは真の力は発揮できまい。
それこそ、ポルナレフさんが復讐に使ったなら相当な威力上昇が期待できただろう。
まあ別に、俺たちには関係のない話か。
スタンドの方向性としてブードゥー教系の文化だろうが。
そもそも本来のハイチブードゥーやルイジアナブードゥーではその手の使い方はあまりしない。
呪いかぶれ野郎め、と俺は内心ちょっと吐き捨てた。
呪い人形スタンドはベッド端で飛び跳ねて余裕ぶっこいている。
この距離だと絶対スタープラチナの方が速いから逃げられないんだが、承太郎君は手を出そうとしない。
やはり締めはポルナレフさんに譲るつもりらしい。
「ウケッウケケケケッ!見たなぁ!ここは引いてやるが、覚えておけ!この恨みはどこまで行っても続く!」
「自分で襲って返り討ちに遭っといて何言ってんだ。それに、恨みってんなら部屋をこんなことにされたポルナレフさんの方がよっぽど怒り心頭だろ」
承太郎君の思惑に合わせて、わざと下に逃げさせるように大振りな一撃を触手で放つ。
呪い人形は「バカめーッ!!どこを狙っているッ!」と嘲笑って触手を避けた。
瞬間。
ポルナレフさんのチャリオッツが過たず呪い人形の脳天を突き破った。
壊した鏡の破片が視界を広げ、チャリオッツの動きを補助したのだ。
「どこって、そりゃここだぜ。よくもやってくれたなチクショウが」
「なん……き、サマ…ッ!!!」
「承太郎もちと厳しくねぇか。尻は自分で拭けってか?」
「親切心だぜ。溜まりに溜まったツケを払わせたいだろうと思ってな」
怖い会話だ。
チャリオッツの剣は呪い人形の脳天を貫いたままなのに気軽に会話してる…。
暴れる呪い人形を睨みつけ、ポルナレフさんは口を開いた。
「貴様に聞きたいことがある。呪いのデーボ。両手が右手のスタンド使いはどこにいる」
「ギャハ、それは貴様らのいる場所にいるのさ!刺客とはそういうものだろう!」
「ならばそのスタンド能力は?」
「バカが!他人のスタンドを知る奴なんざいねぇのさ頭花畑野郎!ぶっ殺してやろうか!」
ポルナレフさんは首を振って、無言で敵スタンドを細切れにした。
フィードバックで本体もご臨終しただろう。
なんでこの旅、こんなバンバン人が死ぬのか。
というよりなんでこんな信じられない外道がたくさん出現するのか。
まだシンガポールなのに先行き不安になる俺である。
「ちっ。時間を無駄にした。黄衣、悪いが回復頼む」
「仕事が早い俺はすでに全回復させております」
「お、本当だ!手と足首の出血が無ぇ!助かったぜ!」
「お疲れ。まさか真っ先にポルナレフさんが狙われるとはなぁ」
ポルナレフさんがボロボロの部屋で息をついて肩を回した。
チクチクあのスタンドに突き回されて肩が凝ったのだろう。
承太郎君が戦闘跡を確認してポツリと呟く。
「そりゃそいつが決定力に欠けるからだろうな。自分だけじゃ黄衣は仕留めきれねぇと判断したんだろうぜ」
「確かにな。ダイス状にカットされて生きてたんだから、あいつじゃ殺しきれねぇか」
「うーむ、肉盾役になれなくて不満な俺氏である」
「おめーは体張りすぎなんだよ!承太郎もなんとか言ってやれよ」
「ノーコメントだぜ」
そうして、まったりと俺たちは遅めに皆と合流。
刺客撃破の報告を上げながら警察が来る前に素早くスピードワゴン財団に助けを求めたのであった。
・承太郎の掴んでいるところ
あの触手はスタンド像ではなく恐らく本体。
スタンド能力は「変身」とかで、あの触手が人間に化けているのだと思われる。
変化後は黄色でなければならない制約があるのか、船では変化が禿げていろんなところから触手が飛び出していたが、本人は否定していた。
人間ではないから身分証の類が何一つない。
また、人間より長命なのか百年以上前の話題や様々な国の知識を平然と出す。
まだ謎は多いが、悪い奴ではない。少なくとも、外道な人間などより余程いい。
・ハスターのコメント
「俺ガバ過ぎてワロタ」